karma10 光は絶やさない

 生物の手は軽く握られている。掌と指の間に丸い隙間ができていた。隙間は指1本分くらい。小指と薬指、中指は並び合い、親指が曲げられた人差し指と中指の上に被る。ずっとその状態で浮いていたが、その静止も、木戸崎に気づかれたことにより終わる。

 すでに遅かった。彼らの必殺は、軽く握られた手の状態を数十秒保った後、人差し指を伸ばせばせる。


 木戸崎が標的にした生物の手は、人差し指を素早く伸ばす。その人差し指は全力で向かってくる木戸崎を差した。その時何よりも速かったのは、ウォーリアではない。その一瞬の間だけ、一番の速さを誇ったのは、空中を真っすぐに飛翔する見えない弾丸だ。


 目視できない。シールドモニターを搭載するARヘルメットがあれど、着用者に伝える物体が透明な場合、きわめて難しくなる。

 着弾の寸前、弾の軌道を把握した。空中に浮かぶいくつもの直線の軌道がわずかに景色をゆがめていた。すべて避けるには時間が足りない。できることは、致命傷を避けるのみだった。

 砕けく音が告げる。木戸崎の膝が曲がり、ゆっくりと力が抜けていく。宙を舞う薄黒い結晶の破片。咲き乱れ、儚く散って落ちていく。


「木戸崎さんッ!!」


 西松はいち早く木戸崎の異変に気づき、救援に急ぐ。

 木戸崎は腹を押さえ、地に膝をついていた。それを狙う生物の手が次の弾を放つ。放った後に伸ばされた人差し指。人を成す形態で創生したのなら、あるべき物が欠けている。他の指と比較すれば一目瞭然。黒鉄くろがねの爪がない。そう、爪こそ弾丸となる。

 木戸崎は正体を知る由もないが、正体がなんであれ、弾丸の類であることは想像に難しくない。顔をゆがめながらも、木戸崎は右手を前にかざす。電撃とレーザーが爪の弾丸を跳ね返し、推進力を失って地面に落下する。その間に西松が木戸崎をさらい、一気に加速していく。


 一時身を隠せる場所へ逃げていくが、ウォーリアの速度についていける生物の能力では捕捉し直されるのは必至だ。追いかける役を担うのは、浮遊する手などの細胞片である。が、速度で追いつけはしない。

 西松と木戸崎を助太刀する円環の光が直線上に宙を駆ける。光の環に通された多くの細胞片は突然動きを止める。すると、静止していた細胞片は木っ端みじんに破裂していった。


 下田は西松と木戸崎を狙う細胞片がいないか周囲に注意を払い、追手を狩る裁きの重砲を向ける。生物は指が銃身となるが、下田は腕を銃身とさせる。太い腕輪の先端に刻まれた穴はダイヤ型に彫られ、光を灯していた。

 照準を定めると、先端だけが回転を始める。回転は徐々に速まり、穴の形を捉えられないほど急速な回転数に到達する。伸ばした腕の手首周りに光の円環が現れた途端、円環は直線的に光速で伸長した。


 散乱する光の攻撃が夜空を照らす。天体観測には光害にしかならない。

 その最中、雲隠れした西松と木戸崎は瓦礫の陰に隠れていた。


「大丈夫ですか?」


 木戸崎は苦笑を浮かべて西松に視線を振る。


「新人に心配されてんじゃ、面目丸潰れだな」


「すみません……」


「いいんだ。助かったよ。ありがとな」


 木戸崎は後ろ左腰部からアルカリイオン水容器を取り出した。シールドモニターを開け、水分を補給する。一息つくと、アルカリイオン水を西松に差し出す。


「飲めよ」


「い、いえ、悪いっすよ」


「遠慮すんなって。助けてくれたお礼だ」


 西松は戸惑う様子を見せた後、「じゃあ少しだけ」と言い、受け取った。ARヘルメットのシールドモニターを開け、口に含んでいく。冷たい水が体内へ注ぎ込まれ、全身に染み渡る感覚が西松の体に蓄積された疲弊感を吹き飛ばすようだった。

 西松は容器から口を外し、口に留めた最後の水を飲み込んで息をする。


「ありがとうございます」


「ああ」


 木戸崎が容器を受け取ろうとした瞬間、背にしたコンクリートの瓦礫が弾けた。とっさに伏せた2人は破片を被るも大事には至らなかった。


「気を抜くなッ! どんどん増えてんぞ!!」


 附柴の声がARヘルメットのスピーカーに入ってきた。それにこたえる暇もなく、生物の細胞片が飛びかかってくる。西松と木戸崎は避難場所を追われるように戦線に復帰する。


「附柴先輩。なんで通信できるんですか?」


 西松は驚愕を露わにして問いかける。


「理由は分からねぇが、音声ラインをヒューマンチャンネルだけに絞れば、通信はできるらしい」


「じゃあ司令室にも!?」


 下田が期待を寄せるも、


「ダメだ。この場にいるヤツらしか通信はつながらねエ」


「まあ、これで連携は取りやすくなる。一気に畳みかけるしかねえ」


 蓬鮴の声がおごそかに伝える。

 他の隊員は蓬鮴の意思を聞き、覚悟を胸に刻む。無尽蔵に増えていく生物に、今までに感じたことのない恐怖を抱きながらも、攻電即撃部隊ever5の隊員に逃げるという選択肢ははなからない。

 ここで自分たちが退避する意味をしっかり理解しているからだ。建物内に避難している国民の命と健康の悪化。長引けばそれらに支障をきたしかねない。

 何が何でもこの苦境を乗り越え、隊員としてやってきた誇りと信念を守ることに闘志を燃やし、自分たちの限界速度にまで光を散らすのだった。

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