karma8 異種武装戦線

 ウォーリアオブゴッド。そう呼ばれることもある隊員たちは、強さこそが神格化のゆえんである。例外なく、附柴も同じだ。それを頭の片隅に残して戦場にいる。雷鳴をとどろかせ、自由に暴れ回る附柴だったが、それを見かねた者が阻んだ。

 体のあちこちに握られた感覚が伝った。何気なく目をやった先には、大きな灰色の手があった。機械に包まれた腕を軽くくるんでしまうほどの手の大きさ。それが足や肩、頭に飛びついてきたのだ。だが附柴に動揺は見られない。附柴はすぐさま放電した。

 突き刺すような痺れを感じた手は弾かれ、宙をもたつく。附柴は大きな蛾のような複数の手から離れ、右手の先を的に合わせる。肩から物騒な黒光りの銃身がお目見えし、充填された魔弾が飛び出す寸秒前、またしても獰猛な手に食らいつかれる。


 附柴は顔をゆがめ、火花のような電撃を放ちながらブーストランで駆け回る。目に追えない速度で走った機体スーツは、気づけば上空へ飛び上がっていた。風と放電を受けた手は、機体スーツから振り落とされてしまった。

 高々と飛び上がった附柴は地上を見下ろす。


「シークエンスフォト。コンパリソン」


 附柴は呟く。映像記録から画像を抽出し、比較対象をランダムに複数選定。瞬時に解析を開始。判定はすぐに出た。

 5秒間の細胞の変化を比較したところ、受動分裂した細胞ごとに再生する速度は異なるらしい。生きている細胞で、かつ損傷した回数が多い細胞ほど、再生速度は上がっているという結果が、ARヘルメットの分析により得られた。


 附柴はわずかな磁場を感知し、距離を測る。そこで待ち受ける異物も同時に感じ取った。

 手と腕だけぐらいしかないのに、待ち構えていたかのように飛び上がる複数の手。手の上に手が乗り、それぞれ発射台と弾の役をし、飛び上がってきた。

 附柴は周りに放った電撃を操り、円形の電撃に形作ると、それを下ろした。

 円環の青い光の中で小さな筋が無数に走り、円環の電撃が地面に落ちて散る。その衝撃で、地面で待ち構えていた手が吹き飛ばされた。附柴はフリースペースとなった場所に着地し、即座に高速の走りでかく乱させる。


 附柴は司令室に通信を取る。


「おい、もっと応援を寄こせ! 再生速度が上がってやがる。このままじゃブリーチャーどもの巣窟になるぞ!」


 附柴は珍しく焦燥を感じさせる口調で要求する。


「今調整してる! もう少し耐えてくれ」


「早くしろ!」


 怒鳴るように言うと、通信を切る。附柴は舌打ちをして苛立ちを隠さない。

 ブーストランで駆け回る附柴たちの動きを止めようと、手の形まで完成させた細胞が飛びつくも、速さではウォーリアに劣る。


 一方、生物には数の利がある。再生速度が上がった細胞は、一様に手の形を始めに作り上げ、フィールドに散らばった手で動きを封じようとして飛びかかる。

 隊員たちは動きを止めるいとまがない。常に周囲の動きに警戒しながら、飛びかかる手をあしらっていく。したがって、いち早く再生を抑えなければならない細胞片を見逃してしまう。

 数々の戦闘機や仮想光物質歩兵部隊VLMCが奮闘しているものの、生物も同じく負けられない戦いだ。敵の目をあざむくことくらいやってのける。

 木戸崎は足を引っ張られ、転倒してしまう。その隙をついて、覆い被さろうとする無数の手。木戸崎は電磁シールドを張り、吹き飛ばす。機体スーツは片手で地面をおもいっきり押して、宙で横に一回転して起き上がった。


 木戸崎が立位したと同時に、積もった瓦礫やブリーチャーの死体が崩れる。それは木戸崎が着地した震動によるものではない。崩れた山から顔を出した者は、特徴的な球体を露わにした。

 生物はほぼ上半身を再生させていた。腕まで再生させた細胞片が、下半身を再生させた体を運んでくる。

 宙に浮かせながら、上半身の断片とつなぎ合わせていく。瓦礫と死体の山から出てきた上半身の下は、下半身を再生しようとして、ジュグジュグと音を鳴らしている。小刻みに動く粘土状の断面に、密かに再生させていた下半身の断面を押し当てられると、すぐさま同化の兆しを現した。


 木戸崎は左腕以外復活した生物に銃口を向けようとしたが、上体を下げる動きを優先した。木戸崎の頭を刃が掠める。素早くその場を離れ、身をひるがえす。

 立派な刃渡りをこしらえる得物えものはふわりと先端を浮かせ、宙を飛んでいた。まだ再生しきっていない2つの手は、完全な姿まであと少しの生物に武器を渡す。

 木戸崎は銃撃に移りたかったが、周りから集まってくる生物の手を捉えて逃げる。

 立ち上がった生物は戦場で特に目立つ。それを好ましく思わない附柴は復活の夜明けを見せまいと、夜嵐よらんの鬼神に似て非なる赤い光輝こうきを散らして迫りゆく。


 生物は左足を引き、両端に三日月の刃を後ろへ回す。ブーストランで生物に迫る附柴に、眼前で刃がせき止めようとする。附柴の速攻は防がれてしまう——附柴の身体能力、特に動体視力は並外れた部分がある。

 下段から繰り出された刃を手前で避ける。最小限の動きで走る軌道を変えた。下からえぐるように光の刃が振り上げられる。狙いは生物の下半身。足を失わせ、動きを封じる魂胆だった。

 生物もそう簡単に肉体を失うわけにはいかない。右足を軸にし、狙われた左足を素早く引き寄せる。生物は片手だけで三日月の柄を頭上に掲げ、振り下ろす。振り下ろす際、2つの刃が縦に空気を裂いた。


 空間に入れた裂け目。それを捉えることは人にできぬ所業。裂け目へ集まり、空気が凝縮する。光より速い時間で凝縮しながら直進する斬撃が附柴へ向かう。

 附柴は斬撃の走る方向から逸れ、斬撃は地を割って消失する。斬撃が衝突したことにより、再生の時を待っていた細胞片は跳ね上がる。

 斬撃の被害に遭ったとて、問題はない。また分裂するだけだ。生々しい細胞が体液を垂れ流しながら、鼓動をやめない。呼吸するみたいに細胞をけいれんさせ、ひたすら分裂と再生を繰り返していく。


 附柴は再度攻撃を試みようと二足で立つ生物を射程に据え置き、走りながら銃撃を放つ。赤い光が擦り切れるような音を立てて直進する。

 生物に逃げる素振りはない。レーザーを正面に迎え、刃を地と水平に振り切る。斬撃は翼を広げる燕のごとく飛翔し、レーザーと衝突した。瞬間、目を覆いたくなる光が一閃に散り、強烈な爆発音が響く。

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