karma7 悪名高き鬼神

 ————今日の朝まで人の住む街だったというのに、誰も攻撃することにためらう様子はない。戦場と化したこの場で、形を残している建物はごくわずか。決まって大収容を想定した作りを成した建物ばかりが、かろうじて難を逃れていた。

 街は一からの立て直しを迫られるだろう。立て直しをするためには、まずこの害虫を駆除しなければならない。非常事態措置。人々が周辺にいない場合に限り、住居をやむを得ず破壊してしまうことがある。

 状況に応じた優先事項が隊員綱領こうりょうにマニュアル化されており、遵守するように言われている。たとえ、それが人々の生活の先行きを不安にさせるものだったとしても。それほどまでに世界にとって、ブリーチャーは害悪の汚名に相応しいだった。


 雨は弱くなったものの、湿気は色濃く立ち込める。視界は好転しつつあるが、西松の目に映る物は決まって崩落現場の跡地だった。

 これが住み慣れた日本の地だと思えないほど、荒れ地へと変貌を遂げている。横たわった死体は奇妙な生物ばかり。どこかの未知の惑星にでも来てしまったかのようで、通り過ぎていく道なりの風景に現実感を覚えなかった。


 不吉な雲が覆っている空では、どこからか航空機が飛行している音が聞こえる。民間航空機の飛行禁止令は、ブリーチャー警報と共に即時発令される決まりとなっている。

 戦禍の真っ只中で空をける飛行物体は多くない。雨が弱まっている現在、航空自衛隊に出動命令が下っても不自然ではないと、西松の頭の片隅によぎった。

 しかし同時に心はさざめく。附柴にブリーチャーの残党を押しつけられ、掃討そうとうせざるを得なくなった西松。苦戦を強いられる数ではなかったため、十数分ほどで滝沢市エリアKへの急行に移れた。


 それ以外に新たなブリーチャーの確認の報告もない。現場ではすでに他の隊員が対応にあたっているはずだ。にもかかわらず、殲滅の知らせは届かない。未だ戦闘は続いているということか。


 不安は不安を引き寄せる。隊員の矜持きょうじと己の良心がかせるも、それ押しやるように化膿した空気が肌をなぞって惑わせる。

 半年以上任務につけば、ブリーチャー属との戦いなどもう慣れたものだと高をくくっていた。西松の心に巣くう血生臭い残像は、鮮明なまでに色彩を持ち、香りを纏っている。このまま進んでもいいのか、過去を例として反射した体が、進めば進むほど怯えに駆られていく。


 荒れ果てた大地に漂うわずかな狂気。怪物が口を大きく開けて待っている。そんな馬鹿馬鹿しい妄想の世界に迷い込んでいるようで、胸の鼓動は早まっていくのだった。


 無音を忘れた地。狂騒を絵に描いた光景に、西松は足を止めていた。

 滝沢市エリアK。煩雑はんざつな攻撃はまさに嵐のごとき。夜に叫ぶ雷光。青と赤の流星が烈火を撃つ。丸ごと地球を壊しつくさんとする数々の攻撃が、畳みかけるように乱舞している。

 異常な戦地には機体スーツが行き交い、無人小型戦闘機CRTxや米軍の戦闘機MEX-4D、エリザベートが、空から弾丸と裸眼では特定できない不可視光線のレーザー弾を降り注いでいた。だが肝心の標的が見当たらない。何と戦っているのか疑問に思っていると、通信の知らせがシールドモニターに届いた。


「西松隊員、地面を見ろ」


 斎藤司令官の声で地表に目を凝らすと、薄く赤のシルエットが散らばっていた。


「あれですか?」


「ああ、体を再生する能力を持ち合わせているブリーチャー属だ。再生する前に叩き、細胞を殺しつくしているが、破壊すればするほど数が増えている。君も加勢してくれ」


「了解」


 西松の機体スーツの腕表面から銃口が現れると、西松は戦禍へ走っていった。


 様々な音が空と地で氾濫している。騒がしい岩手の地に降りやまぬ雨。地を侵す者を排除しようと動き回る攻電即撃部隊ever隊員は、生体管理の栄養源を補給する任務を持つ航空機から落とされた物資を受け取りながら、弱まっている電力を回復させていた。


 生物の分裂は際限なく再生を繰り返そうとしている。破壊に定評のある武器や電撃などで攻撃するたびに、細胞は散らばり、それを探し回るといういたちごっこ。キリがない消耗戦に不安を募らせるも、それしか方法を見いだせていないのが現状だ。


「蓬鮴隊長。機能を完全に停止させるには、細胞を壊死させる必要がある。裂傷ではダメだ。高温で焼いたり、凍傷させたりして腐らせる必要がある」


「俺は高温で焼き切ることはできるが、他の隊員はレーザー銃や電撃くらいしかできない。細胞も吹っ飛んじまう」


「電磁剣で串刺し。なんなら電撃でもいい。多少は散ってしまうだろうが、壊死した箇所を持った細胞は細菌が感染するから問題ないとのことだ」


 斎藤司令官は司令室のモニターを見ながら話す。


「なるほど。断定的な方法ってわけじゃなさそうだ」


「ああ、あくまで仮説の理論だ」


「ま、何もないよりマシだな」


 蓬鮴は通信を切り、地面で息をするように脈打つ細胞片に赤い爪を押し当てる。周りの音が激し過ぎて、細胞片が立てる肉の焼ける音もかすんでしまう。食にする牛肉や豚肉のような音に近いが、かといって未知の生物から立ち昇る焼ける匂いを嗅ぎたいとは思わない。

 蓬鮴は、嗅覚の機能がない機体スーツでよかったと、心底安堵しながら黒く変色していく細胞を見下ろしていた。


 罵詈雑言を敷き詰めた狂騒曲が真夜中に乱舞する。散在した音にまとまりなどありはしない。中心点を失くして、見境なく主を申し出る。そして狂騒は激しさを増して、荒ぐ世界となる。

 この狂乱の地になんと名をつけようか。凡才の絵師なら『地獄』という名を附するに違いない。地獄に出てくる登場人物は誰か。残念ながら、生物は身動きできない細胞片に成り下がってしまっている。


 これでは最大の凶悪には力不足だろう。ならば、逆にウォーリアを地獄の住人に仕立て上げる他ない。人類にとってあまりに侮辱的な名である。

 命を危険にさらしてまで戦場におもむく彼らは、他人の命を守る勇敢な戦士であるのは紛れもない真実だ。そう形容すべきだが、一方で地獄の住人に相応しい人物がいる。


 1人は蓬鮴刃隊長だ。地獄の住人に相応しい象徴シンボルが夜に赤く滲んでいた。煉獄の赤が夜を裂いて、おどろおどろしい物を炭に変えていく。焦げた肉炭は腐臭を撒き散らし、より一層色濃く地獄の瘴気しょうきで演出する。

 更に蓬鮴よりも地獄の住人らしい者は、狂ったように笑い声を上げていた。


 相手が地に伏すしか能のない生物では、いささか欲求不満であった。戦闘機から放たれる銃撃の阿鼻叫喚と鼻をつく臭気、乱れ合う苛烈な衝撃は、戦場に相応しい舞台装置として活躍していた。

 混濁する扇情的な雰囲気に掻き立てられれば、欲望は止められない。附柴は地で這いずる細胞片を滅失させていく。過剰なまでに電撃を放出され、味方である他の隊員にも電撃が飛んでくる。

 附柴を一喝する木戸崎の声など無視し、場の空気を思う存分楽しむばかり。まるで無邪気に遊び回る子供のようだ。


 壊すよろこびは、変質者でなくとも感じられてしまう煩悩ぼんのうである。

 一般的には品行方正さや慎ましさが人たらしめる姿とされているため、烙印の権化ごんげである破壊は、忌むべき行為とされる。でも、彼には分かっていた。誰しも破壊したい欲望があると。自分は素直にそれを体現しているに過ぎない。


 ひた隠しにしても、基本的に暴力は許されない世界で例外はちゃんと存在している。それこそ人が破壊に快感を感じている証拠だ。正義が悪を倒す。悪を破壊するのだ。そこに何の違いがある?

 太鼓判を押された正義の暴力ができるというのなら、嫌いな努力は惜しまなかった。権威をかさにかけた者たちに暴言を浴びせられようとも歯を食いしばり、念願の戦場に立つことができた。

 破壊しても許される世界こそ、附柴の理想郷ユートピアだ。今この時を楽しみつくすことができれば、それでよかった。

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