karma6 狂喜と兇器

 異なる2つの物は衝突によるエネルギーを伝播でんぱさせる。互いが手にする柄のある武器にも、当然震動を感じていた。

 復活した左手で柄を持つと、生物は身を回転させながら三日月の刃を回す。三日月の内側が機体スーツの右足を刈りに来る。すると、瞬間的に飛び出した太い筋が立ち昇り、刈られる寸前で弾かれる。

 大きく振られた武器が跳ね上がり、正面ががら空きとなった。細かい電流が散り鳴き、過剰な電圧を流した赤い剣を胸に突き刺す。夜空に浮かぶ曇が一瞬赤く照らされ、大きな雷鳴をとどろかせた。


 生物の体は弾け、見る影もないくらいに小さなこま肉となって地面に飛び散る。

 附柴は過剰な電圧を流したために、つばの辺りが黒く焦げた柄に目線を落とし、「こりゃダメだ」と呟き、電磁剣の柄を捨てる。


 附柴の姿に眉をひそめる下田。近距離で生物の体が弾け、体内の血液をもろに浴びていた。全身緑色の液体を被った附柴は特に気にする素振りも見せず、機体スーツの手で軽く拭うだけで済ませる。


「なんだよ。ヴィーゴより弱くねえか? ブリーチャーの小巨人がいるって報告だったから楽しみにしてたのによ。ガッカリだな」


「安心しろ。まだ終わってねぇよ」


 蓬鮴は淡白な口調でそう言いながら、足下に残った生物の肉塊を踏み潰す。


「あれ、あれあれ!? おいおい、ありゃ賢英じゃねえのか? 死んでんのかァ?」


 附柴は面白い物を見つけたと言わんばかりに弾んだ声を上げる。


「ああ、お前が今粉々にした生物にやられたらしい」


「はっはーん、そこの新人が足手まといになったってところかぁ」


 ニタつく附柴の顔が勝谷に向いた。

 挑発された勝谷は湧き上がる憤怒の念をぶつけた。


「テメェっ!」


 肩を揺らしながら附柴に近づこうとするが、下田と木戸崎に制止される。


「もういっぺん言ってみろ!!」


 肉薄した怒号を浴びせられた附柴は、嘲笑をはらむ瞳を差す。


「あーうるせー。単純なバカはつまんねぇな」


「附柴、お前西松と一緒じゃなかったのか?」


 蓬鮴はぺしゃんこになった生物の肉片を見下ろしながら問いかける。


「ああ、今こっちに向かってるはずだ。残党狩りを任せたから、もうすぐに来るってとこだろ」


「通信が遮断されて他の隊員の動向が分からなくなった。あいつの周りにいると通信が途絶えるらしい。どれくらいの範囲かは分からねえがな」


「あ? 通信?」


 附柴はARヘルメットの耳裏のセンサに触れる。


「俺の通信は使えるぜ?」


 附柴はARヘルメットの通信を使って蓬鮴に投げかけた。


「附柴隊員、蓬鮴隊長は無事か!?」


 司令室に通信がつながった途端、斎藤司令官はかすようにまくし立てた。


「ああ無事だ。だが、賢英はもうお陀仏だ」


「知っている。他に情報は?」


「滝沢市エリアEの生物は俺も初めて見た。話にも聞いたことがない。おそらく世界初の確認になるだろう。体長およそ5メートル。武器を所持。こっちもでっけぇ刃渡りだ。あと体を再生させる」


「体を?」


 斎藤司令官は怪訝けげんな顔をして聞き返す。


「ああ不死身らしいぜ。他にも電波干渉して通信を阻害。あとえーっと……」


 他の情報を知らない附柴は口ごもる。


飛刃ひばと音響兵器の力で三半規管を一時的に狂わせる」


 附柴の代わりに蓬鮴が通信をつないで話す。


「蓬鮴隊長か。よかった。声を聞けて安心したよ」


「こっちはまだ安心できねえよ」


「あ、ああ……そうだったな。他にはあるか?」


「いや、それ以外は確認していない」


「そうか。今、無人小型戦闘機CRTx仮想光物質歩兵部隊VLMCをそちらに向かわせている。空自にも応援を要請した」


 蓬鮴は目を細める。


「ヤツの情報を外部から集められないのか?」


「やってはいるが、期待はしないでくれ」


「……そうだな」


「ほう。マジで再生すんだな」


 附柴は渇いた笑みを浮かべて呟いた。

 他の隊員が附柴の視線を追うと、地面に横たわる手らしきものがすでに形を表している。


「再生つっても、多少時間はかかるんだな。ブリーチャーの触手のようにはいかねえってか」


 すると、附柴の体から赤い電撃が飛び出す。闇を照らす赤い閃光がほとばしった直後、爆発的な轟音が空気を震わせた。先ほどまであった手は木っ端みじんに粉砕され、わずかな煙を上げる。


「再生しようとしてんなら、再生する前に叩きゃいい」


「……今ここに散ってる、すべての細胞片をか?」


 気後れの滲む声をついた木戸崎。

 暗がりの中でうごめく物は数える気にもならない。地面にある生物の細胞片すべてが、表面を鼓動させながら再生していた。


「どうなってんだ!?」


 勝谷もこの現象は見たことがないようで、狼狽うろたえた声を発する。


「再生できるのは一度に1つの細胞片だけじゃないってことでしょう」


 一度危機を覚えたからだろう。下田の顔は青ざめている。

 それは態度からもうかがえる。下田の機体スーツの腕が太く変形する。

 傍から見ると、肘から手首にかけて長い腕輪が機体スーツから飛び出しているみたいだった。腕輪の手首側の面にはネイルストーンのような発光する穴が円環上に配置されており、時々重低音を鳴らしている。


「これでさっきの巨人ブリーチャーが何体も増殖ってわけか」


 蓬鮴は生物の新たな能力を前にして、疲弊感を零す。


「ふん、その辺に散ってる細胞片を全部殺しつくせばいいだけだろ」


 附柴は軽く吐き捨てる。


「ゴキブリを潰すだけの仕事だ。楽勝だろ」


「……それで済めばいいがな」


 蓬鮴は周りの空気を熱するほどの爪を滑らかに動かす。周囲に散らばる細胞片を今一度見定め、攻撃体勢に入る。


「さあさあ、掃除の時間だあ!!」


 附柴が騒乱の狼煙のろしを上げたと同時に、攻電即撃部隊ever5の隊員は一斉に散らばった。暗闇に隠れた地上を青い光と赤い光が駆けていく。各所で火花が咲き乱れ、落雷が明滅する。

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