karma5 噂をすれば

 機体スーツの強度を軽くしのいで穴を空けた爪は、奥深く入り込んでしまい、全体を目視することができない。勝谷は膝をついてしまった。体を丸め、背中が呼吸の音を刻むように上下する。


 ただでさえ機体スーツの損傷が激しい勝谷は、まともに戦える状態ではない。だからといって、ここで戦闘要員を失うわけにはいかなかった。

 しくもたった5分で決着ケリがついた戦いにより、同じ部隊の隊員を1人失ったのだ。

 人が目の前で死んだことはもとより、謎めいた生物の脅威が勝谷の心をむしばんでいた。敗北を感じざるを得ない初戦の戦況がもたらしたのは、言いようのないすさまじい恐怖である。

 勝谷の頭に深く刻まれた予期不安が、下田隼を助ける行為に駆り立てた。


 生物は無感情に目的を遂行する。地面で仰向けになる下田に体の正面を向け、背後に控えている刃を前へ振り切ろうとした。が、生物の背後で突如閃光が弾ける。

 生物は背中に圧迫を感じ、刃の軌道が逸れた。生物が放った大きな飛翔斬撃が宙へ舞い上がり、闇の中へ失せる。体が分断し、またしても肉片が散り散りとなって地面に落ちた。

 右の肩甲骨を中心に肉が無くなり、受け皿が左半身だけとなった首がだらりと下がってしまう。


 重心がブレてよろける生物。5メートルはあろうかという生物でさえも、両頭に刃をこしらえる武器で正確に対象物を斬るには、両手でなければ制御も難しい。ゆえに、片方の刃が地面についてしまうのだった。


 電磁銃でんじじゅうを構える木戸崎は、歯がゆさの残る表情で銃を下ろす。生物の動きは鈍くなり、よろけているが、いずれまた再生する。木戸崎の予想は残念ながら当たったようで、失った右半身の上部が作られていく。


 蓬鮴は周囲を見渡す。

 そこらじゅうに生物の肉片が落ちている。それらは肉塊のゴミとなって、少し冷たい雨にさらされていた。大きな肉から新しく再生するのがあの生物の再生方法らしい。


 木戸崎が飛ばした生物の右腕は、形を残したまま野ざらしとなっている。らない肉片は捨て、新しく作り直せる。そのエネルギー、材はどこから来ているのか。それを断つことができれば、ヤツを倒せるかもしれないと思ったが、不死鳥のような化け物の再生源など皆目検討もつかない。

 こういう異常事態に司令室からの助言が欲しいところだが、通信が断たれてしまってはそれも叶わない。打開策を自分たちで見つけ出すしかなくなったわけである。


 また木戸崎の銃が咆哮ほうこうを鳴らす。光弾が生物の片足を粉砕し、もたついた生物の動きを封じた。

 暗がりで動く影がある。機体スーツが半身を起こし、立ち上がっているところだった。


「隼、問題ないか?」


 蓬鮴は淡々と下田の状態を聞く。


「はい、もう大丈夫です……。ご迷惑をおかけしました」


 声に張りはないが、ひとまず安心していいようだ。


「木戸崎」


「はい」


 木戸崎は少し離れた場所で佇む蓬鮴に視線を投げる。


「今の俺たちは、コイツのことを何も知らない。コイツが再生するのもさっき知ったばかりだ」


 打ちつける細かな雨音に混じって、蓬鮴のしっとりとした低い声がスピーカーから聞こえてくる。


「なら、俺たちはここでコイツのことを知らなきゃならない。コイツの殺し方、通信の復旧方法。コイツのことを知ればそれも解決するだろう。そのためには時間がいる。コイツを知るための試験時間が……」


 木戸崎は重苦しい息をつく。


「ですが、先ほどの攻撃……俺たちに何をしたのか、まったく分かりません」


眩暈めまいを起こす、何かしらの能力です……」


 下田が声を絞り出すように答える。


「三半規管を狂わすもの……指向性の音響兵器のたぐいか」


 蓬鮴は首をぐにゃりと曲げて、再生の時を悠々と待つ生物を睨みながら呟く。

 緑の血を垂れ流し、灰色の体を染めている生物は腰を落とした。早くも回復させた右の足先が方向を示す。左手に持った三日月の刃を携える武器を力強く握る。盛り上がった左腕は武器を内側に引き寄せた。


 生物の前で振られた刃から飛び出した斬撃は、地面と平行して飛行する。向かう先には勝谷がいた。

 ダメージの蓄積により、機体スーツ身体からだも本調子からはほど遠い。鈍くなった反射神経では、避けられないと知っている勝谷にできることは、斬撃をどうにかするくらいである。一時的に機能を回復させた電力で放電しようとした。だが、影が勝谷の視界を塞いだ。


 勝谷へ向かっていた斬撃を正面で迎えた蓬鮴は、赤い左の爪を振り上げる。

蓬鮴は巨大な斬撃を一振りで粉砕した。振り上げられた5本の刃とぶつかった余波なごりが、火の粉となって現れ、夜に舞う。

 妖しい赤の光を放つ爪の周りは、空気が熱せられて陽炎のように揺らめいている。


「無茶しやがる」


 蓬鮴は前を見据えたまま気だるげにぼやく。


「元気が有り余ってんのは構わねえが、使い時ってもんがわかってねぇ。ちっとは隊長の言うことに耳を貸したらどうなんだ」


「俺が助けなかったら、下田は死んでたろうが」


 勝谷はかんさわる言い草が気に食わず、反論する。


「お前が行かなくても動ける人員は2人いた。お前が先に動き出したから、俺と木戸崎は動かなかっただけだ」


 生物は重そうな武器に片側を地面につけ、周囲に首を振りながら状況を観察している。顔に目はついていないが、しっかり木戸崎と下田、蓬鮴、勝谷のいる方向で、顔の振りを留めている仕草から察するに、対象を捉えていることが傍目はために感じられた。


「勝手気まま過ぎるヤツが部隊に2人もいると、隊長は苦労すんだよ。ストレスでおかしくなるのは御免だからな」


 蓬鮴隊長の言うもう1人の誰かと、自身が同じタイプだと指摘され、思い当たる節を想起してしまい、勝谷の口が次いで発するのをやめた。


 目を覆いたくなるような生々しい傷口が、鼓動しながら再生されていく生物の体は、元の形に戻りつつある。


「お前はまだ戦闘に戻れる状態じゃない。今いる5で充分だ」


「5人?」


 勝谷は頭を突いた疑問を投げかける。


「ああ、噂をすればってヤツだ」


 そう言って、蓬鮴隊長の視線は流れた。木戸崎の横を掠めた影。闇夜を翔けた赤い2つの光の線は、真っすぐ流れる。残光であり、光源はその先。長く伸びきった刀が生物に襲う。


 ブリーチャーでも防ぐことは極めて難しい速度であった。そつない動作で電撃の剣が刃を防いだ。刃面はめんで防がれた光の剣は、形を崩して枝分かれし、無造作に無数の方向へ流れていく。

 空気を震わせる音と、辺りに放たれる赫々かくかくしい光は、目と耳を塞ぎたくなるほどに嫌悪感をもたらした。

 附柴紘大は、巨大な生物の能面顔を見上げ、妖しく照り返された光の中で、飢えた獣のような表情で笑った。

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