karma14 脅威拡散

 広範囲に及ぶ避難警報。北海道全土で各メディアの注意喚起が叫ばれるが、避難しようにもできないという状況に陥ることもある。

 ブリーチャーが出没したとの情報が入ると、日本国民は近くにあるシェルターへ逃げ込み、安全を確保する。しかし、どこにいようとシェルターがあるわけじゃない。シェルターを作ろうにも作れない土地もある。脆い地盤だったり、地下にシェルターを作れるスペースがないなど、様々な理由でシェルター建設を断念していた。


 そういった理由があると、シェルターや避難建造物に入れない、またはその場所まで辿りつけない場合がある。なお、今回に限っては警報を出す前から陸内に現れていることもあり、市民が逃げ遅れる事態が起きていた。


 街は荒れに荒れ、戦いの場へと変化を遂げた。黒煙を噴きながら燃えている建物、道路を塞ぐ信号。夜がもうすぐやってくると、空が告げていた。


 攻電即撃部隊ever7の藍川瑞恵はあぜ道を駆け抜けていく。触手が容赦なく藍川の上から降り注ぐが、捉えることはできない。


 藍川の着る機体スーツは切り返し、目的のべルリースコーピオンたちへ一直線に向かう。3体のベルリースコーピオンは触手を振り乱す。くねる触手は藍川を正確に捉えて向かうが、機体スーツの両手の甲から伸びる、3本の青い光を纏うかぎ爪が切り裂いていく。

 3体のベルリースコーピオンは横に並んで攻撃を加えていたが、真ん中のベルリースコーピオンは動かなくなってしまった。体は3つに切り分けられ、緑の血があふれ出す。肉片は地面に横たわり、緑の液体に浸かる。


 2体のベルリースコーピオンの背後を取った藍川は、ベルリースコーピオンから15メートルの距離で止まる。

 両腕をそれぞれのベルリースコーピオンに伸ばす。片手3本ずつある青い光のかぎ爪が飛び出した。直線的な飛翔を見せ、ベルリースコーピオンの体を貫く。弾力性のある厚い皮膚をもろともしない切れ味により、2体のベルリースコーピオンは体を分断された。

 藍川に向かっていたいくつもの触手は稲穂が実る田んぼに落ちる。重たい触手を受けた稲穂たちは倒れ、無残な状態となった。


 藍川は一息つき、ARヘルメットの耳にあるセンサーに触れる。


「こちら攻電即撃部隊ever7藍川。名寄市なよろしエリアBにいたスコーピオン3体を殲滅しました」


 3秒後、司令室から音声が届く。


「確認取れました」


「次は?」


「士別市の南東にある牧場近くでブリーチャーとミミクリーズが活動しているようです。そちらへ向かっていただけますか?」


「了解しました」


 藍川はブーストランを発動し、現場へ急ぐ。



 夕時を刻み始める空、町並みの奥では山がそびえ立っている。町中は閑散としており、大通りを走る車も、道を歩く人もいない。あるのはブリーチャーの死体だけ。斜陽的な町であったが、戦闘の跡により衰退に拍車をかけているように見える。


「もうこの辺にブリーチャーはいなさそうね」


 増山は透過性視覚機能を使い、周りを見渡す。


「司令室、ブリーチャーの数は?」


 竹中隊長も田園を望みながら司令室へ問いかける。


「少しずつ減っています」


 司令室にいるオペレーターは、目の前で浮かぶタブレット画面くらいのディスプレイに表示されるデータを瞳に映して伝えた。


「侵入ルートは見つかったか?」


「いえ、どこから来たのかはまだ」


「分かった」


 竹中隊長は通信を切る。

 その時、遠くから銃声が鳴り響いた。

 竹中隊長と共にその場にいた、増山湊ますやまみなと風間佑都かざまゆうとも銃声の鳴る方へ視線を向ける。


「行こう」


 竹中隊長は引き締まった面持ちで促し、3人はすぐさま現場へ向かう。


 山々は紅葉に化粧をしている。葉を落とし、山のほとりに沿う側溝から落ち葉があふれ出していた。山道は元々の幅よりも広がり、木々はなぎ倒されている箇所もある。

 無人小型戦闘機CRXtは山の稜線りょうせんを沿って飛んでいた。山の近くでは初動防戦部隊と特殊機動隊が緊迫感漂う雰囲気を醸し出しながら山を見つめている。今か今かと待ち構えてはいるが、山の中に入ろうとする気配はない。


 山の中に入っているブリーチャーは1体だけと確認されている。しかし、このブリーチャーは他と異なり、別種の生物である、との報告がなされていた。

 初動防戦部隊、特殊機動隊、並びに各戦闘飛翔体、人工戦闘部隊の手を焼かすほど、その危険度は高い。司令室と現場の指揮を請け負う班長の間で対応をあぐねいでいた。


 班長の提案では、この山を焼き払い、いぶし出そうではないか、というものだった。だが広範囲に及ぶ貴重な森林を亡き者にすることに対し、司令室の抵抗を生んだ。

 司令室の懸念することの第一は、決して環境破壊でない。国民及び野党からの対処の妥当性を問う声は必至であり、上からの厳重なお叱りを恐れていた。


 ならば、森林の被害を最小限に抑えるべく、山の中へ部隊を進軍させてはいかがか。動きにくい山の中で危険度の高い生物と闘うなど自殺行為であるとの意見もあり、足踏み状態となっていた。


 せめて活動範囲を制限させ、時間を稼ごう。戦車を見えるように配備し、無人小型戦闘機CRXtを上空で旋回させることにより生物を牽制し、山から出られなくする。現在、彼らのできることはその程度であった。


 生身が露わとなる武装をする隊員たちは、両手に銃を持ってはいたが、銃口は地を向いていた。それでも隊員たちの視線が山から逸れることはない。警戒を敷く隊員たちの背後でかかる微風。数人の隊員が後ろに目をやる。

 日が落ちようとする空は藍色に染まりゆく。隊員たちの背を優に超える3機の巨体が歩いてくる。歯がゆい気持ちを煮やしていた隊員の表情に光が差す。


「お疲れ様です!」


 隊員の1人はヘルメットの無線通信を起動させ、自発する音声を送った。


「これは?」


 竹中隊長は冷静に現状を問う。


「司令室から現状維持の命令がありまして」


「打つ手を決めかねているというわけか」


「班長、攻電即撃部隊everが到着しました」


 竹中隊長のARヘルメットが透過性視覚機能を作動させる。シールドモニターは赤いシルエットを映し出した。そのシルエットを捉えた途端、シルエットは竹中隊長が自身を捉えたことを察知したかのように上体を落とし、四足で山を駆け下り始めた。

 すると、木々が突然ざわめき出す。


「あっちから仕掛けてくるみたいだ」


 竹中隊長の呟くような言葉はその場にいた全隊員に届く。それから間もなく、木々の幹をへし折りながら生物は姿を現した。

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