karma5 計測不能

 心につっかえたものを感じながら悶々とすること2日。攻電即撃部隊ever4と攻電即撃部隊ever3は、特別訓練室で実技訓練を行っていた。


 今日は科学的応用を存分に駆使した訓練室となっており、室内の景色は簡素なだだっぴろい空間に物を配置しただけではなく、全感覚を刺激させる空間へと変貌していた。

 降り注ぐ太陽の光や風の音、一貫した動きを見せる信号、遠くにある高層マンションや商業ビル。アーケード街の門や平屋のお店の看板のデザインまで再現されている。


 ここまでリアルにしなくてもと、半ば呆れを含む静かな驚愕を胸のうちに秘める者もいる。そういった感想を抱く者は、この仮想現実で何千と訓練をしてきた隊員がほとんどだった。

 さすがに氷見野はそこまでの境地には達していなかった。景色を見た時は少しの驚きを持ちながら、視覚に訴えてくる景色を眺めてしまうのである。

 だが、訓練が始まれば別だ。ブーストランで縦横無尽に駆け回り、バーチャルブリーチャーの触手を避けていく。触手は景色としてしか機能しないはずの仮想の建物やリアルなショーウィンドウまでも破壊し、リアルな音まで耳に入ってくる。


 実践もこなして、ブリーチャーとの戦いにもだいぶ慣れてきた氷見野は、周囲の状況を瞬時に把握し、敵への警戒をおこたらない。過去に戦闘の様子を観察・分析されたブリーチャー類の生物は、特殊整備室でデータ管理と操作などを行っているAIエルザの改良型が、フィールド上にいるすべての仮想ブリーチャーを操作している。

 AIエルザの改良型、『メシアス』による知能付与機能処理レベル設定で各仮想生物が自立して動くようになり、メシアスからの命令を理解、適宜てきぎ実行に移す。つまり、メシアスはバーチャルブリーチャーの司令官の役割を果たしていた。

 そのため、何千と訓練している隊員でさえ、ブリーチャーの動きを読むのは難しくなっている。瞬時の状況判断と出方を学び、実践の感覚を養っていた。


 走る氷見野のそばで激しく崩壊する窓や外壁。まさにミサイル。ビルの壁を走る機体スーツめがけて突き刺そうとする触手だったが、あまりのすばしっこさに捉えられない。

 機体スーツは3車線の道路の真ん中に放置された車に下り立つ。振り向けば前方の上部、左右、中央からいくつもの触手が同時に迫ってきていた。


 氷見野は迎え撃とうと右腕を前へ伸ばす。伸ばした機体スーツの右腕からは細い銃身が出ており、複数の触手に向けられた。

 乱射できる銃だとしても、30本以上の触手が同時に向かってきている状況では、銃1つで対処はできない。しかし、氷見野はこの状況を打開できると信じて疑わなかった。

 氷見野の信じた通り、目にも止まらぬ速さで電撃の刃が駆け抜ける。氷見野に向かう触手の先端は信号を遮断され、力を失った触手が地面に落ちて弾けるように消えた。

 氷見野から見て左前の歩道に、すべての触手を切り落とした機体スーツが2本の青い刃をバーチャルブリーチャーに振りかざして挑発する。


 いずなの機体スーツはまたブーストランで走り出す。迫りくる触手を2つの刃だけで斬りまくり、道路に触手の断片が散らばって消失していく。


「カウント3!」


 藤林隊長からの通信が入る。作戦通り決行される合図だ。

 いずなの青い刃が乱舞するも、赤黒い色を持つ触手は少しずつ増えていく。

 各所から集結し、隊列を組み始めたブリーチャーたちはいずなと相対する。ブリーチャーたちは前列にいるブリーチャーを踏み越え、代わる代わる触手を飛ばしていく。バーチャルのため、本物よりも解像度が薄いが、上から見れば虫の大群が重なり合うようにうごめいて見える。


 触手と剣戟けんげきの応酬が繰り広げられる中、軍式隊列を取るブリ―チャーたちから1匹の猛者が飛び出す。

 触手の間を縫って駆ける生物は背中にある羽を羽ばたかせ、高速の走りでいずなに迫り、手に備わっている刃を振るった。たった一瞬、されど一瞬。刃と刃が激しく鳴り合って止まった。


 その間にいずなの横を触手が通り抜ける。狙いは氷見野優に切り替わっていた。いずなの動きが止められたのは意外だったが、想定されていなかったわけじゃない。いずなは電撃の剣を形作る電力レベルを上げる。

 剣として形と機能を保つための適正電力があるため、高出力となれば形はゆがみ、辺りに眩い閃光を散らす。互いに刀を交え、動きを止めて顔を突き合わす状態では、視界は光にさえぎられてしまう。


 突然の激しい光に驚いたエンプティサイは怯み、むやみに鎌の刃を振るった。

 閃光を発した直後、すぐに身を引いて横に動くいずな。こうして整えられた絶好のチャンス。予定のカウントより遅れたが、藤林隊長の発射合図が示された。


 耳をつんざく音が辺りに響き始める。群れを成すブリーチャーたちは大きな通りを埋め尽くすように進行していた。

 大きな体を持つブリーチャーたちが横道に逸れる術はない。ビルやマンションなどが所狭しと建ち並び、ぎゅうぎゅう詰めになっていたブリーチャーたちは、簡単に身動きを取ることができなくなっていた。

 それに加え、強力な青い弾丸が前方後方、ビルやマンションの上階からも放たれており、ブリーチャーたちは悶え苦しみ、絶叫が建物の外壁を沿って空へ飛び立つのであった。



 コンクリートの建物を利用した挟み込みにより、一網打尽にされたバーチャルブリーチャーは、弾丸の雨と光の放射にあてられ全滅した。それと共に栄えた街の景色も消える。

 代わりにお目見えしたのはモノトーンな建物。装飾もない灰色一色に染まった建物は、戦闘の衝撃により崩れたガラクタに様変わりしている。

 見上げれば天井は遥か彼方。高さ百メートル以上はありそうだったが、床がガコンッと上下に揺れると、天井との間は徐々に狭まり始める。天井が近くなるにつれ、そびえ立つ建物も床の中に呑まれていく。見渡せば壁も遠くにあり、端から端まで生身で走れば10分はかかると思われた。


「お疲れー」


 藤林隊長は手を挙げて氷見野に近づいていく。


「お疲れ様です」


「動きに磨きがかかる一方だね。下手したら僕らより速いんじゃない?」


 丹羽は肩をすくめて藤林隊長や東郷に目配せする。


「確かにな。ま、俺には到底頑張っても無理な芸当だけどな」


 東郷は自分の苦手分野なんてクソくらえと言わんばかりに笑い飛ばす。


「来次は向かっていっちゃうもんね」


 四海は苦笑しながら言うが、東郷は右腕で作ったガッツポーズを前に出し、右肘の裏に左手をかけてニカッと笑う。


「おうよ! 俺は超攻撃型専門だからな」


 ガヤガヤと笑い合う攻電即撃部隊ever4の中心にいた氷見野だったが、自分を囲む中にいずながいないことに気づく。

 辺りを見回すと、少し離れた場所でARヘルメットのシールドモニターを開け、肌を空気にさらしていた。

 電撃の剣のつかを腰にしまう仕草はいつもと変わらずカッコよく見える。しかし、その表情は晴れやかじゃない。ふと見せた表情に氷見野は見入ってしまう。


 すると、いずなが氷見野に視線を送る。

 交わる2つの視線。微妙に離れた距離の間で交わした視線は、いくらでも離れられ、いくらでも近づけそうだった。互いに何を思い、何を感じたか。それは互いに違うが、交わっている視線が表すように、その想いの行く先を示している。

 真顔で見つめていた数秒の後、いずなは柔らかな笑みを見せる。いずなは視線を外し、機体スーツを纏う背中を見せて平凡で異様な大きさの室内を1人で歩いていく。


「訓練は終了です。お疲れさまでしたー」


 見習いの指揮官の声がエコーのかかった大きな部屋に響き、床の上昇が止まった。


「なんだあいつ?」


 東郷はいぶかしげに呟く。


「反抗期かな?」


 そうは言うものの、藤林隊長はしっくりこない様子だった。


「最近構ってあげてないからじゃない? 健太が」


「え、そんなことないよ。いずなに会ったら毎回ちゃんとご飯食べてるか? とか、寂しいならよしよししてやるからいつでも言うんだぞ、とか、ちゃんと気にかけてるよ?」


「若干、年頃の女の子に声をかけるには不適切なものがある気がするんですが」


 四海はおずおずと苦言を入れる。


「そうかな?」


 氷見野にいずなの笑顔の意味は分からなかったが、どこか無理した笑顔に見えた。

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