karma4 青い春は彼方
それから15分ほどたち、地獄のトレーニングから解放された西松と葛城は紫のカーペットの上で大の字になって寝転んでいる。2人はお腹を動かしながら大きな口を開けて息を荒くさせていた。
「お前ら大丈夫か?」
横でストレッチをしていた竹中隊長はへとへとな2人に声をかける。
「はい……大丈夫っ、です」
西松はしゃべるのも辛そうだ。
竹中隊長が右に視線を振れば、なんとなく流れで隣にいる氷見野が同じくストレッチをしていた。思わず感嘆の息を零してしまうほどの体の柔らかさで、180度開脚させて上体を倒している。
「すごいな」
氷見野は苦笑いを浮かべる。
「これくらいしかできないですけどね」
「私がやったら股が裂けそうだ」
竹中隊長は仏頂面でそう言うと、両脚を広げる。気張った表情で上体を倒すが、45度くらいしか前に倒れない。眉間が寄り、体をプルプルと震わせている。
氷見野はちょっと可愛いと思ってしまった。可愛さを引き立たせているのは、普段クールな竹中隊長が懸命になっているギャップのせいだけではない。スクワットが終わって、竹中隊長に声をかけられた時から気づいてはいた。
全体的に真っ白な肌を持つ竹中隊長の頬が、チークをつけたようにほんのり赤く染まっている。同時に、まつ毛すら白いことに気づき、ここまで白さが際立つ人もなかなかいないんじゃないかと、目を奪われてしまう。
「ふぅ……これが限界だ」
竹中隊長は上体を起こし、両の掌を体の少し後ろに持ってきて床をついた。
「でも、そんなに硬いわけじゃないですね」
「そうだな。だけど、進んで柔軟をやりたいとは思わない」
竹中隊長は気だるくそう言うと、体をひねって後ろに置いていたスポーツドリンクに手を伸ばす。蓋を開けて口に運び、雑にペットボトルを軽く投げる。ペットボトルはさっき置いていた場所に転がっていき、うまく止まった。
「あの、少し聞きづらいんですけどいいですか?」
「ん、なんだ?」
「竹中隊長の髪の毛って地毛ですか?」
「ああ。生まれつきそういう体質でな。色素が全体的に薄いんだ」
竹中隊長は特に気にしていないという口調で語りながらストレッチを続けていく。その姿に氷見野も感化され、だらけて止まっていたストレッチを再開させる。
「綺麗ですよね」
「よく言われる。ああ、美人という意味じゃないぞ。白いから綺麗に見えるってだけだ。おかげでからかわれるから
竹中隊長は恨み節を連ねる。
「でも、同じ女性からしたら肌が白く見えて羨ましいですよ」
「姫と呼ばれてもか?」
「まあ、それはちょっと恥ずかしいですけど、私も同じようなあだ名はありますから」
氷見野は立ち上がり、片脚を前に出して太もも裏の筋肉を伸ばしていく。
「そういえば氷見野さんはクイーンがあるか」
「はい」
竹中隊長は床に仰向けになると、片脚を上体に引き寄せた。両手で引き寄せた片脚を抱える。
氷見野の体から少しずつ熱が冷めてくると、血が循環しやすくなってきたせいか、ぼんやりとしてきた。微妙な眠気を感じながら頭に浮かんだもの。気がかりを秘めた泡に映る表情は、弾けて消えた。泡だった欠片が降り注ぎ、胸に沁み込んでくる。
「あの、話は変わるんですけど」
「ああ」
竹中隊長は
「島崎さんなんですけど、大丈夫でしょうか?」
「大丈夫とは?」
「1人暮らししてると聞いたもので、生活とか、色々と心配で……」
竹中隊長は逆脚に変えて、「うーん」と考え込む。水色の瞳は白い天井に向き、どこか遠くを見ている。
「あいつの生活指導は関原室長だからな。何かあるなら室長が動いてるはずだし、問題ないんじゃないか?」
氷見野は太もも裏のストレッチを終えると、薄い笑みを零した。ただ、その笑顔には陰りが見えており、ついた言葉が「そうですよね」という低いトーンであった。
「何かあったのか?」
「いえ、大した問題じゃないんですけど、若くて1人暮らしの生活って、大変だろうなと……」
竹中隊長は片脚を抱えたままじっと氷見野を見ていた。すると、体を起こして立ち上がり、前を向いたまま両手をブラブラさせる。
「あいつは自分のことをあまり話したがらないからな。この地下で暮らす奴は、たいていワケアリの事情を抱えているものだ」
そう言いながら、竹中隊長は両腕を上げ、頭の後ろに腕を回す。片腕を曲げて、もう片方の手で反対側の肘を持つ。肘を引き寄せると、二の腕の裏が引き伸ばされ、肩が動かされる。呼吸はゆっくりと意識されていた。
「あいつを気にかける奴はたくさんいる。氷見野さんだけじゃなく、私もね。でも、あいつは気を使わせたくないみたいだ。弱みを見せたくないのかもしれない。あいつの性格上、もし弱みを見せてしまったら、これまで積み重ねてきたものが崩れてしまいそうとか、思っていてもおかしくないだろう」
「私も、そう思うんです」
氷見野も竹中隊長と同じストレッチを始める。両腕を後ろへ回し、胸を張る。
「もっと、力を抜いてもいいんじゃないかって。軍人としてだけじゃなく、1人の女の子としての生活を、してもいいんじゃないかと。でも、島崎さんを見ていると、あえて避けている気がして」
「我慢していると?」
「はい」
竹中隊長は鼻から息を吸い、前を見据えると、反対の腕を伸ばしにかかる。
「赤の他人があまり踏み込み過ぎても迷惑がられるだけかもしれないぞ。特に、氷見野さんの場合はそういうことに気をつけた方がいい」
「え?」
腕を下ろした氷見野は、怖々とした表情になる。
「どうやら氷見野さんは、他人に情を移しやすいみたいだからな。焦りは禁物。戦いにおいても、関係性においても。同じ部隊で動くなら、連携にも支障が出ることだってある。割り切ろうとしても、勝手に行動に出てしまうからな」
「それはそうですけど……」
竹中隊長は首に貼りついている汗で湿った後ろ髪と首の後ろの間に手を入れる。もどかしさと困惑に移ろう思考。先ほど自分で言ったことに従い、慎重に言葉を選んでいく。
「何もしない方がいいとは言わないが、いずなの気持ちも考えてやった方がいいだろう。優しいことをされて困ることもある」
「はい……。その、すみません、変なことを聞いてしまって」
竹中隊長は薄いピンクの唇に孤を描く。
「いや、気にしなくてもいい。可愛い後輩は可愛がってやりたくなるしな」
「竹中隊長も意外と乙女なんですね」
「意外か?」
竹中隊長は不敵な笑みで返す。
「あ、ごめんなさい」
「ふふっ、いいよ。ちょっとからかっただけだ」
竹中隊長と氷見野はストレッチを終えると、ジムから出ていった。
それからしばらくした頃、西松と葛城は未だにジムの床で寝転んでいた。
「んん……」
葛城はむくっと起き上がった。半目になった目があちこちに移る。ジムの中には誰もいない。と思いきや、西松が隣で寝転んでいる。
スヤスヤと気持ちよさそうに寝息を立てていた。葛城は自分がどういう状況にいたかを把握し、ばつが悪そうに顔をゆがめる。仕方なく、だらしない顔をする西松の体を揺らし、声をかけた。
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