karma3 汗は力となす

 翌日、機体スーツを装着しての訓練が行われた。ブリ―チャーが基地を襲ってくることを想定した演習を何度も繰り返しやって、万事に備えて色々と確認し合った。


 それから数時間後、氷見野は『EVER GYM』に行き、中にある様々な器具を使って体を鍛え上げていく。

 氷見野は背筋を鍛える器具のグリップを離す。ガシャンと大きな音を立て、銀色のおもりが振動した。


 氷見野はベリーショートになった横髪を濡らし、息を零す。器具を支える柱から横に10センチほど伸びる、突き出し部にかけていたタオルを取り、少し切り過ぎた前髪から透けて見えるおでこや首回りを拭く。


 バイクを漕ぐ西松と葛城は、攻電即撃部隊ever6の御花山響みかやまひびきと同部隊所属のケイリー・フォードに捕まり、2人の先輩隊員がいつもやっている地獄の筋力トレーニングメニューを体験していた。

 西松と葛城の激しい息づかいと、ペダルを全力で漕ぐ際に鳴る、擦り切れるような音が室内に木霊している。2人を鼓舞する先輩隊員たちは、現在進行形で西松と同じメニューをしているにもかかわらず、人を励ます余裕があった。

 そうは言っても、顔は火照り、汗をだらだらとかいている。息も荒くなっているが、笑顔を絶やさず盛りたける掛け声が飛んでいた。


 氷見野は黒いフラットベンチから立ち上がる。背筋強化器具ラットプルダウンから離れ、先輩にしごかれている西松と葛城を見ながらバイクゾーンの横を通り過ぎていく。

 西松と葛城はインターバルに入り、ゆっくり漕いでいた。2人は氷見野の視線に気づき、西松が口の形だけで『氷見野さん、ヘルプミー』と無音の信号で伝えるが、氷見野は微笑んで軽く手を振るだけだった。


「ゴー!」


 インターバル終了のお知らせが無情にも告げられた。西松は悔しそうに顔をゆがめ、退路は断たれたと渋々覚悟する。4人は全力でペダルを漕ぎ始める。

 氷見野は擦り切れる音を背に受けながらスクワットマシンに近づく。


 スクワットマシンは壁に沿う形で2台並べてあり、1つの台で竹中隊長が黙々とスクワットをしていた。深緑のスポーツブラに黒のショートパンツにレギンスの姿。露わになる極めて白い肌が眩しい。ここまで近くで見たことはなかったが、改めて竹中隊長の肌と髪の白さに見惚れてしまう。


 竹中隊長の後ろ姿を一瞥いちべつしていた視線を前へ戻し、横に並ぶ。

 氷見野はスクワットマシンの柱の両横に付けられた円形のおもりを取り、持ち上げる用の柱から突き出す出っ張りの部分に、25キロのおもりと15キロのおもりを2つずつ左右に取りつけていく。


 その作業中、隣からガシャンガシャンとスクワットマシンが重厚な音を立て続けていた。チラッと竹中隊長の方へ横目を流す。片方に合計で60キロのおもりがつけられているのが見えた。

 反対側にも同じおもりがつけられているとなると、120キロのものを持ち上げていることになる。氷見野は目をみはる重量に脱帽の念を抱く。到底自分には上げられない重さだった。

 昔の自分ならそれくらいやらなければと無茶をしていただろう。だが、「筋力トレーニングにおいて無茶は禁物ですよ」と、藍川から伝授されていた。筋力トレーニングで怪我をして、任務に参加できないなんてことをよく耳にしているらしい。


 両横それぞれ40キロの負荷に調整すると、氷見野はスクワットマシンと向かい合う。立ち位置を示す四方形のマットの上で少し膝を曲げて屈み、クッション性のあるパッドの下に両肩を当てる。


 氷見野の両肩に乗るパッドは、刺股さすまたの形状をした棒に取りつけられている。それ以外にも、刺股さすまた状に伸びる棒が使用者側へ伸びている。使用者の立ち位置の手前で、ちょうどUのカーブをつけられていた。

 上段の刺股さすまた状の棒はパッドがついている棒よりも太く、股の先端部からはそれぞれ硬質なプラスチックのグリップがカーブを描いて垂れ下がっている。摩擦と圧力を低減させるゴムで覆われているグリップを握る。


 それを両手で掴み、両肩に当たるパッドの位置を確認。氷見野は膝を伸ばす。ガシャンとスクワットマシンが振動し、音を鳴らした。肩に乗る重さを感じながら踏ん張る。氷見野に向かって伸びる3つの刺股さすまた状の棒が持ち上がっている。


 氷見野はゆっくり腰を落としていく。普段感じられない重荷が肩から下りてくる。力動の主部となる下半身の筋肉が締まり、床に対して足裏が押し込む。立ち上がる時と同じ要領で下半身が連動し、氷見野の体が直立した。それを何度も繰り返していく。

 竹中隊長と同じスピードでスクワット運動が開始され、4ビートから8ビートのテンポで、物々しい音がジムの中で奏でられる。

 はたから見れば、竹中隊長と氷見野が示し合わせているかのように綺麗に上下していると錯覚してしまうかもしれない。


 100回以上のスクワットを継続する竹中隊長は乱れなく程よい呼吸をしており、涼しい表情であった。今の今まで目視で確認できる表情筋の動きがなかった竹中隊長だったが、氷見野の方へ瞳だけが動く。

 目で見ようとしたわけでない。隣で動く気配や音などを受け取ろうと、無意識に動いた結果である。それらを把握して、何かを掴もうという目的もなかった。パーソナルスペースに他者が入ったので、なんとなく意識に入ってきたのだ。竹中隊長の視線はすぐに中央へ戻った。

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