karma6 独自調査の報告

 キスの悩ましい表情とは裏腹に、太陽は今日も輝かしい笑顔を見せている。穏やかで過ごしやすい気候を一身に受けようと鳥たちが舞い、野良猫は立ち尽くすキスの近くで、毛づくろいをして木陰で休んでいる。


 キスは教会のあがめる眩しい太陽を浴びるべきなのかもしれない。だが、熱を持つ太陽の光の力により、人々は汗を滲ませてしまうくらい、暑さを感じている。


 気高い信仰心を持っていようが、キスの生体反応は常人なわけで、待っている間に健康を損なわぬよう努めるべきだと判断し、ゆるしをうて木陰で待たせてもらうことにした。


「キス」


 親しげな笑顔が近づいてくる。いつもの平服へいふくと違う2人を見ても、誰も教会に属する者とは思わないだろう。


 ジーンズや長袖のシャツを着るユヒアと、有名なロゴが入ったシャツと灰色のズボンを着たキスは、昔ながらの友人同士程度くらいしか、他人から察することはできない。


「待ったか?」


「いえ、問題ありません」


「それじゃ、場所を移して飲みと行こうか」


 ユヒアはグラスを片手に口へ注ぐ仕草をして、笑みを浮かべる。


「はい」


 2人はこどもセンターでもある複合施設『コスモス』の建物前から離れていく。


「キスの下につく修道士は今どれくらいいるんだ?」


 ユヒアは歩きながら、隣に並ぶ頭1つ背の高いキスに目を流す。


「20人くらいの少数精鋭でやらせてもらっています」


「そうか。だが一般信徒はかなりの人数なんだろう?」


「そうですね。礼拝室に入りきらないことがあるので、整理に労を費やすことも増えました」


「いっそ、主殿に申し出たらどうだ? キスの申し出なら、事務方も許可を出すだろう」


 キスは小さく笑う。


「だといいんですが……」


「さ、そろそろ本題に入ろうか」


 ユヒアの声色がほんの少し低くなる。


「こんな路上で話してもよろしいのですか?」


 キスは怪訝けげんな様子で尋ねる。ユヒアは不敵に微笑む。


「むしろこういうところで話す方が密談には最適なんだよ。いろんな音が溢れているから、俺たちの話に気が向かない」


 ユヒアの顔が引き締まる。


「話は教会の不正な取引のことだ。お前も聞いてるだろ?」


 キスは気持ちだけ小さく首肯する。


「公式の調査では、その存在すら確認できなかったから、記者のガセネタという結論で話はついているが、記事を書いている報道関係者たちは執念深く取材をしているようだ」


「教会に来た男だけではないのですか?」


「うちの教会もだいぶ知られてきたからな。大きな影響力があると知った者たちは、教会とどう関わっていくか、考え出す人も出てくるはずだ。糾弾か共栄か、選択を迫られるだろう。もちろん、教会は共栄を望んでいるが、教会が影響力を持つことに眉をひそめる人たちもいるだろうさ」


 キスは複雑な心情に揺り動かされて、固く閉じた口元を結ぶ。


「教会としては、無意味なやり取りをしたくないから無下にしたいんだろうが、俺たちは神に仕える子だ。少しくらい話を聞いてやるべきだと思って、俺は彼らと会って何度か話を聞いた」


「主殿には……」


 キスはおどおどした様子で聞く。


「言えないだろう。ただでさえ体調が悪いんだ。できるだけ心配をさせたくない」


「ですね……」


「記者……教会へ最初に取材に来た男の話によれば、怪しい外国人グループが出入りしているビルに、教会の一部の信徒も出入りしているそうだ」


 キスは息を呑む。


「確かですか!?」


「写真も見た。間違いない。ただそこへ出入りしている姿が映っているだけで、中でどんなことが行われているかまでは確認できなかったようだ。なんせそのビルに入ってる遊戯クラブは会員制だ。かなり高額のな」


「遊戯クラブ?」


「要は偽の賭け事。麻雀にチェス、将棋にポーカーなどなど、賭けに使われるのはクラブ内で扱われるオモチャのチップ。ま、得体の知れないクラブってとこだな」


 ユヒアは前を見据えたまま苦虫を噛み潰したような表情になる。


「その遊戯クラブのVIPルームでお金のやり取りが行われ、別ルートで銃器やドラッグの受け渡しが行われているそうだ。記者も実際のやり取りを見たわけじゃないが、内容は音声データで世間に公表する準備がされているらしい」


 キスは沼の深みにはまって抜け出せなくなっていくみたいで、今にも耳を塞ぎたくなってしまいそうだった。これが真実であるのなら、聖職者である自分は身に受けなければならないといましめ、震える唇を開く。


「それじゃ、教会はどうなるのですか?」


「信徒たちの信仰心は不審へ変わり、我々に対する弾圧が始まるだろう」


 キスは厳しい未来を漠然と想像しただけで胃が痛くなってくる。


「奴らは交渉を提案してきた」


「交渉?」


 ユヒアは腹立たしさを表すかのように舌打ちをする。舌打ちなどの俗悪な行いをするユヒアではなかったが、あまりに自然と舌打ちするユヒアに、キスは若干の嫌悪と戸惑いを持て余す。


「金を払えば、もみ消してやってもいい。自分なら他の報道関係者たちも黙らせることもできる、だそうだ。口だけは自信満々だったよ」


「払うのですか?」


 ユヒアは眉をひそめる。


「払えない金額じゃない。だが、本当に奴が他の報道関係者を黙らせることができるかどうか、信用できんからな。このご時世、どこから情報が漏れても不思議じゃない」


「……」


 2人は信号の前で止まり、流れていく車が走る道路の横に立った。ユヒアは1つ息を零す。


「教会の方針は、世間に公表されたシナリオで対応の準備を進めている」


「ジャノベール様は、納得されたのですか?」


 ユヒアの表情が物憂げに沈む。キスは何かまずいことを言ってしまったのだろうかと様子をうかがっていると、ユヒアはためらいがちにキスを見据えて言った。


「キス、銃器やドラッグの転売を主導しているのは、なんだよ」


 信号は青に変わった。しかし、2人は横断歩道の前で立ち尽くす。どこか遠くでは、車のクラクションが大きく響いていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る