karma4 従順なる成長

 後日、ミアラが病院で診察を受けると、キスの言っていた通り、胃からがんが見つかる。がんは思いのほか小さく、薬で治療すれば治るくらいのものだった。ミアラは薬だけもらって、以前と変わらない生活を送ることとなる。


 ミアラはキスにたいそう感謝し、預言についてとても興味深そうに尋ね始めた。キスは預言を見た時の状況を改めて詳しく説明する。

 あれ以来、礼拝していても預言が届けられることは今のところない。そのことも付け加え、ミアラに伝えた。

 ミアラはキスに命じる。


「神と意思を通わせる力を高めていきなさい。預言者として自身を確立すれば、他者のためだけでなく、自身のためにもなるだろう」


 キスはミアラが嬉しそうに助言されるので、ここに自分にしかできないことを任せられたのだと、身に宿る献身の念を、より一層強めていった。


 キスが預言の力を神から授かったという噂は、教会内並びに一般信徒にも知れ渡るところとなるが、偶然に一度見えたものであるため、噂の真意を確かめに来た同胞たちの期待を毎回へし折らねばならなかった。


 そのたびに、とても残念そうにされた後、期待を込めた励ましを送られる。キスは少々重荷を背負わされている気がしたが、自分に期待を寄せてくれる仲間たちの思いに応えたく、自身を奮い立たせるのであった。

 だが、熱心なキスに対し、心配する心優しき者たちもおり、焦らず己を磨くよう助言をうけたまわることも増えていく。

 美しき愛に満ちあふれるお言葉をいただけるわが身の境遇をかえりみて、なんと幸せなことだろうかと、心に灯っていく温かみを感じ、堅実に神につかえることに日々取り組んだ。



 預言の力に目覚めてからというもの、それからの6年はあっという間だった。同胞たちに支えられ、キスは主殿であるミアラから布教の任をおおせつかる。

 司祭となったのを皮切りに、新たに建てられた教会を持つことを許され、新天地で布教に務めることとなった。


 教会支部を訪れた苦しんでいる人々が救いを乞う姿を見ていると、どうにかして助けたいと思うようになるが、キスには祈ることしかできない。人々を苦しみから救いたいと慈悲に憂い、祈り続けていくしかなかった。


 無力を痛感し、もどかしい気持ちになってしまうこともあるが、キスは「苦しみから彼らをお救いください」と、強き想いで作り上げた天使の羽を飛ばすかのように、祈り捧げていく。


 彼の言葉、彼の行動が神に届いたのか、キスが神との会話を試みれば、神は応えてくれるようになった。


 教会のバラ窓を通して輝く光。


 神が宿るものこそ、遥か彼方で光をもたらす太陽である。


 教会に興味を持った一般市民に説く最初の教え。それを体現できるキスの預言の力は絶大だった。キスが神と交信するため、目を瞑り、敬意を表してひざまずいて、4つ、5つ清らかな言葉を述べれば、神から受けたお言葉を迷い子に授けるのである。


 神からのお言葉を真摯に努めていれば、必ず良い方向に向かう。実際にキスからお言葉をいただいた者たちが流布し、たちまち一般市民の間で噂になって、教会へおもむく迷い子はどんどん増えていく。

 無償の享受とあらば、迷い子たちはキスに感銘し、教会の信徒になるのは時間の問題であろう。


 これもキスの力であると評す同胞は多かった。彼の預言は、もはや千里眼と言わざるを得ないから。



 キスは主教会から呼ばれ、6年ぶりに教会の中へ入った。同胞たちの厚い歓迎を受け、恩人であるミアラに顔を出しに、主殿室へ向かう。


 キスは戸を開く。ミアラはキスの顔を見るなり、口をほころばせた。しかし、その弱々しい笑顔がキスの悲しみに針を差す。

 ミアラの足は車椅子となり、車椅子の背から1本の棒が伸び、点滴袋がぶら下がっていた。紫の平服へいふくに身を包んだジャノベールが寄り添うように隣に立っており、瞳がしっかりキスを捉えた後、厳しい表情で礼をする。

 キスも軽く礼を返すが、ジャノベールと交わした礼は、久しぶりに顔を合わせた喜びではなく、我ら弟たちを導いてくださった、主殿の様相を悲しむ色合いを帯びる言葉のない交流であった。


「おかえり。会いたかったよ、キス」


 そんな2人をよそに、ミアラはとても明るい声を投げかけた。


「私も会いたかったです」


 キスは笑みを作り、老人に近寄ってしゃがみ込むと、ずいぶん痩せた手を握る。


「お体は大丈夫ですか?」


「大丈夫さ。神は見てくれている。私の願いは安らかな死だ」


 ミアラは穏やかな口調で語る。


「そう言わないでください。みなが悲しみます」


 キスはミアラの前にひざまずき、揺れる瞳を向ける。


「いいかい、キス。人は死ぬ生き物だ。どうあがいても、人はその運命から逃れることはできない。私はじきに天へ召され、我が魂を宵の都へ移し、苦楽を共にした弟たちの幸せを願うだろう。だから嘆く必要はないんだよ、キス。それよりも……」


 ミアラは真剣な表情で前のめりになる。


「私はこの教会の行く末が心配なんだ。ユヒアやジャノ、キスもいるから、大丈夫だとは思うが、少々気になることがあってな」


「気になることですか?」


 老人は唇を真一文字にして頷く。


「最近教会に記者を名乗る男が訪ねてきた。この教会のお金が不正に流されていると。危険な物を入手するため、教会のお金が使用されているらしい」


「危険な物とは?」


「銃器やドラッグさ。それを仲介して、秘密裏にビジネスを展開していると、あの男は言っていた」


「調査はされたのですか?」


 キスは初めて聞いた話に動揺しながらも質問する。


「ああ、だがそれらしいお金の流れはなかった。探偵も雇って調査したが、情報はゼロさ。社名を聞いたが、どこにも所属していないようだ。偽情報を掴ませられたんだろう。身なりも怪しげな男だったからな」


「そうですか」


「一応、君の耳にも入れておきたかったんだ。もし、そういう話をする記者が君の前に現れたら、調査したが何も出なかったと言えばいい」


「分かりました」


「それと、もし何か情報があれば、私に報告しなさい」


「はい、ミアラ主殿」


 キスは主殿室を出る。主殿のことも心配であったが、不穏な話を聞いたせいか、世俗のきなくさい装束しょうぞくを無理やり着せられたようで、不快が胸に沈んでいく。


「キス司祭」


 キスの下へ歩いてくる平服へいふくを着た女性の顔は、何を聞こうとしているか想像に容易い。


「主殿の様子は?」


「ああ、思ったより元気そうだ」


「そうですか。よかったです」


 若い女性は真顔で心情を吐露する。キスは女性が来た方向へ廊下を進み出す。


「これからどうされますか?」


 女性はキスの隣に並ぶ。歩くたびに水色の細い曲線が入った柔らかなスカートが揺れる。


「同胞たちに挨拶回りをする。久しく会ってない者もいるからな」


「他の者たちはどう過ごさせますか?」


「今はどうしてる?」


教理音説きょうりおんせつを拝聴しております。もうすぐ聖歌隊の協唱きょうしょうが行われるでしょう」


 女性は淡々と説明していく。


「なら、そのまま聴いてもらおう。いい学びになるはずだ」


 キスは女性に少し顔を向け、視線を投げる。


「エミリオ、君は聴かないのか」


「私は、キス司祭が過ごされたこの教会を回りたく思います」


 キスは視線を前に戻し、微笑を浮かべる。


「ここはうちの教会より豪勢だからな。見ていく価値はあるだろう」


 エミリオと呼ばれた女性は不満げな顔でキスを睨むが、キスは意に介さず前方を向いており気づかない。


 2人は講堂へ出た。素晴らしき内観が壁や柱を彩る。礼拝堂の長椅子には熱心に聴いている修道士たちの姿があった。

 祭壇の左の演台では、司祭の祭服を着た者が教理音説きょうりおんせつをゆっくり音読している。清らかな声色で読み上げる様は、しっかりとした発声を心得ていることが分かる。


 キスたちは壁際に立ち、その様子を静かに見守っていた。

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