karma3 青い光の人
それから順次隊員が放電をし終えていく。終わった隊員から帰っていくのがいつもの光景だ。しかし、割り振られた日程時間内であれば、防護性実験室のコントロールルームに留まっても構わない。
隊員が留まっている理由は仲間内の一緒に帰ろう的なノリを持っている場合もあるが、今回に限っては、『見学』をしたいというのが本音だ。
竹中隊長の放電が終わり、次が氷見野の番である。それを知っていた氷見野は、竹中隊長が防護性実験室から出てきてすぐにソファを立つ。竹中隊長からヘッドホンを受け取り、硬い表情で防護性実験室に入る。
ドアを閉めた瞬間、そこが異様な部屋であることを感じた。
もちろん、群青色に囲まれた部屋の壁と床、天井から飛び出すように先の尖った鉛筆の芯みたいなものが生えていたりと、見た目の異様さもさることながら、密閉された部屋の空気の重さに居心地の悪さを覚える。耳の奥も何かが詰まってこもっているように感じる。
氷見野は唯一棘の生えていない歩行スペースを進みながらヘッドホンをつける。
氷見野の足が部屋の中央の円形スペースで止まった。氷見野が立つ床には、赤い油性ペンでバッテンの記号が書かれている。
四角い部屋は住めるんじゃないかと思えるくらい広い部屋だ。そこには物という物がなく、こんな広いスペースを実験用の空き間だけに使うなんて勿体ない気になる。
「はい。では氷見野さん、これから数分ほど放電し続けてください。こちらがいいと言うまで放電していただくことになります。もし、辛くなったら止めていただいて構いません」
窓ガラス越しに男性研究員を見ながら、ヘッドホンから聞こえてくる男性の声に「はい」とだけ言う。
「では始めてください」
氷見野は一度深呼吸をして、目を瞑る。体の深部に働きかけるように筋肉を動かす。見た目こそじっとしているように見えるが、氷見野の体の筋肉は伸縮と収縮を何度も繰り返していく。
すると、冷たいような、熱いような、どっちともつかない妙な感覚が体を伝う。それが全身に伝った時、振動する感触が氷見野の感覚をさらった。
コントロールルームの中では、待ち望んでいたかのように防護性実験室を覗く隊員たちがいた。
「どんなものかねー」
ワクワクとした声色が滲む。
「あの、どうされたんですか?」
何か共通の意思を感じる先輩隊員の行動に、率直な疑問をぶつける琴海。
「クイーンの放電を見るのは私たちも初めてだから」
ハイライトグラデーションのひし形ショートヘアは、艶やかなバイオレットの色味を極める。若さあふれる
「クイーン?」
藍川は固まって疑問を呟く。
「もしかして、もう忘れた? ウォーリアの中には特別な個体がいるって話」
「え、ユ……氷見野隊員が、クイーンってことですか?」
琴海の顔は困惑を浮かべる。
「え、藤林言ってないの?」
増山はあきらかに年上であり、先輩であろう藤林隊長に向かって尋ねる。
「あれ、そうだっけ?」
藤林隊長は眉尻を下げて
「自然と広まるもんだと思ってたけど、そうでもないみたいだね」
丹羽は新人隊員の驚きようを楽しんでいる。
「氷見野さんは東防衛軍、いや、日本が待ち望んだ人だったというわけさ」
朗らかに語る藤林隊長。それは期待に満ちた声色だった。少しの興奮と光明を見た表情が、先輩隊員の顔から
「
そう真顔で呟く竹中隊長。
「ええ、もしかしたら、本当に戦いは終わりに近いのかもしれません」
風間は竹中隊長と同じく、氷見野から視線を離さず、しみじみと噛みしめるように言った。
琴海と藍川には何を言っているのか分からなかったが、氷見野の存在が先輩たちにとって重要な意味を持っていること。そんな漠然とした雰囲気をつかむので精いっぱいだった。
目を離していた隙に、実験室が覗けるガラス窓から閃光が漏れてくる。琴海と藍川の視線がおのずと窓ガラスに向く。
何度も瞬間的な光を放つ氷見野。体から放たれる青々とした光の筋が空間を翔ける。至る方向へ散っていく光の筋は、どの隊員よりも太い。実験室の防音壁が抑えてくれているが、音がデカ過ぎて地響きみたいな振動がコントロールルームにまで伝わっていた。
すさまじい光の筋が氷見野の体から出ていく様がよく分かる。研究員の顔は驚きに満ちていく。
「すごい……」
男性研究員は思わず感嘆する。
計測機器が異常値を示す赤色に変わった。知識の蓄積によって安全な部屋として作られ、何度も使ったことのある馴染みの場所なのに、計測に勤める2人の研究員は不安を煽られた。
1枚のガラスを通した場所にいる人が、本当に氷見野優なのかと疑いたくなるくらい、荒れ狂う部屋の中で光を纏う女性は美しかった。
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