karma11 一人舞台

 長内川おさないがわに向かう機体スーツ。両サイドはエンプティサイが逃げ道を塞ぐように位置を取る。

 長内川おさないがわの両岸は川べりに生える木々のせいで川の様子が見えない。それでも、附柴に迷いはなかった。機体スーツ長内川おさないがわに沿って続くあぜ道で踏み込んで飛び上がる。

 対岸へ向かう附柴に対し、両側で並走していたエンプティサイは川に向かって斜めに走った。ジャンプして木々を越えていく。エンプティサイの体は附柴の機体スーツへ向かう。

 エンプティサイの体は前傾になり、前足を伸ばす。附柴とエンプティサイの距離が縮まっていく。


 附柴が向こう岸につくか、附柴の機体スーツにエンプティサイの足が届くか。

 宙を飛ぶ附柴と数体のエンプティサイ。その時、附柴の機体スーツから稲光が出現する。附柴に迫っていたエンプティサイの体が弾かれた。

 バランスを失ったエンプティサイは岸辺を覆う高い木々の葉の上に落ちていく。岸辺の木々を越えて、空き地に着地した附柴は、ブーストランで走り去る。

 附柴の体に届かなかったエンプティサイも空き地に着地した。逃げていく附柴を追っていく。


 真新しい住宅が並んでおり、まだ開発途中の土地が多い。附柴の姿を完全に見失ったエンプティサイは、バラバラになって周辺を走り回って探す。すでに壊された住宅もあり、荒れ果てた光景が広がっていた。地震にでも遭ったかのような崩れた家がむごたらしい。

 通りにくい路地があれば住宅を壊していくエンプティサイ。その背後を狙う銃口。

 距離はおよそ500メートル。充分に射程範囲内だ。

 照準器は必要ない。弾道の途中に建物があろうと、その先にエンプティサイの姿を捕捉できる。


 彼の体に入ってくる電磁波シグナルは、ARヘルメットの透過性視覚機能をも上回ってしまうため、彼のARヘルメットのシールドモニターには何も映っていない。感覚だけで、対象の方角と距離、風向きをつかむことができる。

 殻口かくこうから出る太い銃身の口が火焔を吹いて煙に変わる。銃口から出てきた見えない弾丸は、住宅の壁を貫通した。


 小さな爆発音が鳴って3秒後、住宅壊しに夢中になっていたエンプティサイのこめかみに穴が空いた。不意打ちされたエンプティサイはどこから撃たれたかも分からず倒れる。

 サイレンサーによって多少音は抑えられているものの、元々大きな音が出る銃だけに、静かな周辺地域にいるエンプティサイには充分な音だった。

 ブリーチャーの系譜の者たちからの破壊を免れた家の屋根にいる附柴は、銃を下ろす。その背後から密かに近づくエンプティサイ。


 じっくり狙いを定め、深く腰を落とす。羽を開いた瞬間飛び上がった。

 ペットボトルロケットのごとく真っすぐ斜めに飛ぶエンプティサイ。あの巨体が飛ぶ様を初めて目の当たりにした者は、よく目を丸々とさせて驚愕してしまう。


 附柴は前に飛び屋根から下りた。代わってエンプティサイが屋根に乗ったが、体がすぐに前に傾き、着地して間もない附柴に襲いかかる。附柴は飛びかかってくるエンプティサイに発砲した。1発で額を撃ち抜き、絶命させる。

 だが、巨体のスピードは抑えられない。附柴は手から銃を離した。両手の平をエンプティサイに向けて構える。腰を落とし、エンプティサイの伸ばされた手をつかみ、空いているもう片方の手で胴体を受けて勢いを封じた。


 胴体を受けた手ですぐさま死体になったエンプティサイの首根っこをつかむ。不意を狙ったエンプティサイののう捕縛を、エンプティサイの死体で盾にする。

 そのままエンプティサイの正面へ突撃していく附柴。

 その間に背後に回していた手が白い柄をつかむ。機体スーツの腰に装備された柄が左手に持たれた時、エンプティサイの視界の隅に入ったのは同時。強く光る赤い剣が2体のエンプティサイの体を真っ二つにした。


 赤い剣は形を崩し、白い柄から蛇のように曲がりくねって発光している。

 すぐさま襲ってきたエンプティサイ。残り1体となれば、附柴には笑みを浮かべる余裕すらある。

 前足の鎌を剣で弾く。後ろに引いて反撃をかわしたエンプティサイは後ろに下がった拍子に飛び上がり、体を折り曲げて九の字になる。


 お尻が前に向き、発射されたのう

 前傾姿勢になっていた附柴だったが、反転してかわすとエンプティサイの横につける。不意を突かれたエンプティサイの前足が反射的に附柴へ向かう。

 エンプティサイの刃は空振りとなった。体が附柴から遠ざかっていく。電撃の剣を振り抜いた附柴と、飛び散る体液、自分の体から外れた下半身が、複眼の映像で入ってくる。


 附柴の機体スーツは緑の液体を浴びていた。ぬめり気のある液体は決して心地良くはない。機体スーツの基本性能として感覚接続があるため、よりぬめり気を感じる。鼻を取りたくなるような臭いもついてきていたら気絶してもおかしくはない。


 表情1つ崩さず剣の柄をしまう附柴。剣身が消えてつかだけになっている。

 附柴は通信をつなぐ。


「エリアFで見つかったエンプティサイ5体を殲滅させた」


「了解」


 その後、岩手沿岸部に出没したブリーチャーたちの残党を殲滅させ、攻電即撃部隊ever5は無事に任務を終えた。



ЖЖЖЖЖ



 任務から帰ってきた攻電即撃部隊ever5は、地下11階にある保管室の別室で機体スーツを脱いでいく。

 着用者が『ever off』と言えばARヘルメットが読み取って、機体スーツとの接続を遮断。そして、機体スーツが自動で機体スーツの後ろを観音式に開けてくれる。

 着用者は後ろに下がってスーツを脱ぐ。残った機体スーツはデカいアームに拾われて上に空いた穴に連れていかれる。


 西松は電源を落としたARヘルメットを外す。

 吐息が漏れたのと同時に汗が飛ぶ。髪の毛は汗を吸って毛先に雫を作っている。暑さと緊張から解放された西松は、地べたに座り込んでしまった。荒い息を立てて胸の鼓動に意識を向ける。自分はちゃんと生きていると確かめるように。


「お疲れ」


 攻電即撃部隊ever5の先輩隊員たちから激励を受ける。


「お疲れ様です……」


 西松は苦笑いをしながら返す。先輩隊員は抱えていたARヘルメットを出口前にある網棚に置いて、余裕げな表情で保管室から出ていく。

 先輩隊員たちの姿に「マジかよ」と呟いていた。機体スーツ内の温度上昇も相まって頭がクラクラしていく感覚に、精神が追いつかない。思っていたよりも自分が緊張していたことに落胆する。


 勝谷はへこたれる西松を一瞥いちべつして、出口に向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る