karma9 光速の戦い

 西松と勝谷は依然エンプティサイに振り回されていた。逃げる西松。追うエンプティサイ。最初にエンプティサイと出会った現場からかなり遠出している。

 西松をおとりにしている間にエンプティサイを始末しようとする勝谷。ブーストランで走行しながらでも補正してくれるARヘルメットのおかげで、エイムに問題はないはずだった。銃剣が放つ電撃の剣は、エンプティサイに当たらない。


 エンプティサイは勝谷の動きも随時把握できる。また銃弾より少し速いくらいの飛翔する銃剣のスピードなど、タンポポの綿が宙に浮かんでいるようなものだ。エンプティサイの2つの複眼と3つの単眼さえあれば、360度全面を把握できてしまう。

 勝谷はすばしっこいエンプティサイに苛立ち始める。


「おい、さっさとそいつの動きを止めろ」


 西松のARヘルメットに入ってきた通信。目まぐるしく変わる目の前の景色と猛追してくるエンプティサイに、ただでさえ把握するのがやっとなのに、ハイレベルな要求をされた。


「んなことできるかあ!!」


「捕獲しろつってねえだろう。0.3秒くらいありゃ充分だ」


「0.3秒も隙を与えてくれんのか!?」


 エンプティサイはすぐ近くの家の外壁に中足なかあしと後ろ足で着地すると、関節を曲げて飛ぶ。ますます加速したエンプティサイが走る西松と並んだ。


 エンプティサイの動きは西松にも見えていた。別方向に切り返したいところだが、住宅が反対サイドに隙間なく並んでおり、身動きが取りづらい。エンプティサイは草が生え放題の場所に入る。

 勢いよく前に飛ぶと空中で回転した。すると前にお尻が向いた瞬間、お尻から何かが飛び出す。


 飛び出した塊は西松が進んでいる先の道路に向かっていく。計算された射撃だった。

 西松の移動速度からしても、反応できるかできないかの微妙なタイミングで向かっている。このまま進めば、間違いなく西松の機体スーツにヒットするだろうと、西松のARヘルメットも告げていた。

 西松はぶつかる前に深く沈んでスピードを上げる。タイミングはずれて西松が通った後に、エンプティサイが飛ばした物は道路に落ちた。


 道路を塞ぐ粘り気のあるのう。その中に赤ん坊はいない。道路にばら撒いたみたいに平べったく残っている。

 勝谷はエンプティサイの後方に位置を取って、様々な飛び道具で射撃していく。勝谷が後ろを取ったことをいいことに、のうを弾丸のように後ろへ飛ばし始めた。勝谷は仕方なく後ろから外れる。


 突然、西松のシールドモニターに司令室からの通信を示す表示が出た。


「西松清祐隊員、それ以上北東へ進むな」


「はい!?」


「その先は多くの住宅がある。その分様々な施設が並ぶ街だ。交通量は君たちのいる場所より格段に上。そんな場所にエンプティサイを引き連れるなど言語同断ということです。我々東防衛軍基地の責任追及は免れない。絶対に街には入れるな」


お前も無茶言うなと思いながら、喉元まで出かかる言葉を飲み込んだ。


「はい!」


 西松は小学校の前で移動方向を切り替える。右へ進行方向を変えた西松は律儀にも道路を伝っていく。

 その傾向を把握したエンプティサイは、ショートカットをして西松との距離を詰めようとする。突っ込んできたエンプティサイを宙返りしてかわす。西松の頭頂部のそばをエンプティサイの刃が掠った。


 勢いのあまり小学校の敷地に入ってしまうエンプティサイ。反転して逃げていく西松を視界に捉え直す。エンプティサイは再び羽を震わせて超高速の移動を開始する。

 エンプティサイが異様な速さに達した直後、フルスピードで機体スーツがぶつかった。交わる2種類の刃。異種のエネルギー同士は互いを弾き飛ばす。刃は火花を散らして主人のからだに衝撃を伝えた。


 2つの機体スーツはビニールハウスに突っ込む。すぐさま体勢を整えた両頭。ビニールハウスの一部が衝撃で潰れ、今も不穏な音を立てて崩壊していた。

 勝谷の肩から銃身が現れる。小さなガトリング銃が火を吹いた。

 弾が整えられた芝に撃ち込まれてしまう。鋭角に移動するエンプティサイの前脚の刃が、脇の電柱に当たって音を立てる。電柱に傷をつけて、勝谷の首に迫った。

 ダイブするエンプティサイ。眼前に迫る巨体と刃は、勝谷をあられもない姿に変える悪魔そのものだ。それを前に動けない――――いや、動くことをやめた。

 近距離で放たれた轟音。眩い閃光が勝谷とエンプティサイの間で弾けた。


 エンプティサイの体が後ろへ飛ぶ。体は道路に転がり、向かいの草が敷かれた土地に入る。

 間髪入れずに勝谷の銃剣が発射されていく。無防備になったエンプティサイに撃ち込まれる電撃の剣。3つの刃が先端を向けながらエンプティサイに着弾した。

 ヒットした瞬間、雷のような音が曇天に響く。体を駆け巡る電熱と火花が地面の絨毯になる草を焦がした。


 鈍くなっている倒れたエンプティサイの地面の周りは黒ずんでいる。

 赤黒い巨体の前に息を切らして見つめる勝谷。動く気配はない。勝谷に安堵が下りてくる。逃げてしまった西松の姿は遠くに見える橋にもない。口ほどにもない西松の態度に嫌気が差す。


 勝谷はARヘルメットの通信センサーに触れる。


「こち……」


 報告をしようとした時、他の電波を受信する。


「こちらエリアF! なんか知らねえけど林の中からいっぱい出てきたあっ! 応援ください!!」


 西松の慌てた声。通信は切れてしまった。


「何やってんだあいつは」


 勝谷は呆れた声で吐き捨て、西松が伝えた方角を見据え、ブーストランで現場に向かっていく。

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