karma5 任務開始

 それから、攻電即撃部隊everの新隊員は、自分のために作られた機体スーツの操作をスムーズにできるよう自主練に励む。所属する部隊に合流した新隊員は現役隊員とコミュニケーションを取って、機体スーツを着て屋外に出ていく訓練も行い、順調に経験を積み重ねていた。


 そして――――夏がきた。あの人生を変えた、悲鳴と死臭のデパートでの出来事から2年がたったのだと、感慨にふける暇はあっという間に終わる。

 氷見野は西松たちと共にジムでトレーニングをしながら談笑しているところだった。


「お! キヨ殿、任務のようですぞ!」


 興奮した様子で藍川が指を差した西松の手首には、黄色の輪ゴムが付けられている。各攻電即撃部隊everの配属が決定した2日後に、この輪ゴム、『ガムレシーバー』を渡された。

 攻電即撃部隊everの隊員は、この少し太めの輪ゴムをつけなければならない。出動要請があると、西松の手首の輪ゴムのように光る仕組みになっている。


「マジか!」


 これが新隊員が入って最初の正式な緊急出動要請であった。


「ヤベッ、行ってくる!」


 西松は少し慌てた様子でジムを飛び出した。

 その時、他の隊員のガムレシーバーが点滅する。点滅している場合はコネクターに緊急連絡が入ったことを示す。

 すぐさまコネクターを確認しに更衣室へ戻ると、基地事務局からメールが入っていた。送信元は防衛軍司令室。初めて聞く部署だ。


『新隊員は司令室へ来られたし』


 メールの文面の後にはB12階、防衛軍司令室の明記がある。


 氷見野たちは素早く着替えを済ませ、エレベータで地下12階まで降りていく。

 地下12階はこの基地の最下層の階に当たる場所。基本的に地下1階から地下7階までは民間人用、地下8階から下は軍関係の階だが民間人も出入り可能だ。一応軍の施設なんだからちゃんとセキュリティーをしておいた方がいいと思うのだが、厳しくし過ぎると利便性が保てないらしい。

 ただ、さすがに司令室や会議室のある地下12階はセキュリティーが施されている。コネクターをボタンの下にあるセンサーにかざしてからボタンを押さなければ、地下12階のフロアには行けない。


 エレベータを降り、真っすぐ廊下を進んだ先に大きな扉がある。廊下の壁に貼られた矢印プレートに、『command control center』と刻印されている。

 矢印の先は間違いなく前にある大きな扉のようだ。氷見野たちは見慣れない階に戸惑いながら進む。扉の前まで近づくと、扉が勝手に真ん中から分かれ、スライドして開く。


 保管室と同じようにモニターが部屋の奥の壁で光っているのが目に入ってきた。しかし保管室にあるものとは少し違っている。

 ディスプレイは黒い壁紙が代わりを担ってくれているようだ。小さなモニターがサイドに2つずつ上下に分かれて配置され、真ん中に大きな画面で区切られている。

 その前にある横長の机には、1人単位のスペースを示す仕切りが4人分設けられていた。

 それぞれ透明なディスプレイが特徴的なデスクトップパソコンの前に、インカムをつけたオペレーターが、誰かと話しながらディスプレイに映っている様々なデータを見ていた。


 氷見野たちが司令室で周りの景色に目を奪われて棒立ちになっていると、モニターの前にいる攻電即撃部隊ever9の金城隊長が、こちらへ来るように声をかけてくれる。

 白い横長のデスクが左右に一列ずつ、大きく幅の取られたその間を通っていく。

 司令室に入ってすぐの両隣りには、白の衣服を身に纏う怪しげな集団が手元にあるオペレーターと同じディスプレイとにらめっこをしている。よく見てみると、キーボードがないようだ。代わりにあるのは水溜まりのような形の黒いパッド。その上で指が素早く動いている。


 フレームのないクールな眼鏡を装着している彼らは情報総括員じょうほうそうかついんと言い、各地域に初動防戦部隊が敷く駐屯地やブリーチャー警戒特別区域の観測機械などから収集した情報を、簡単にまとめられた情報に変換する作業を担う。

 その情報を元に、オペレーターは攻電即撃部隊everや特殊防戦部隊、特殊機動隊への助言に役立てている。氷見野も攻電即撃部隊ever4の見回りに同行した際に指示を受けていたが、どういう場所から伝えてもらっているのかを見るのはこれが初めてだった。


 興味も深まることこの上ない空間だったが、金城隊長が大きな声で呼びかけたことにより、攻電即撃部隊everの現役隊員や桶崎たちの注目が集まっている。

 そして、異常に肌の白い男が険しい表情で氷見野たちを凝視していた。氷見野たちの歩みが遅くなる。男は氷見野たちを待ち構えるかのように前に立った。


「君たちも新人隊員か」


 威圧するように声が通る。細い線の体ながらも雰囲気だけで恐い人だと主張していた。


「はい、氷見野優3曹です! よろ……」


「自己紹介はいい。すでにデータは把握している。そんなことより、正式に隊員になったのなら駆け足で来るのが軍に属する隊員だろう。トロトロと入って来られる隊員に大事な現場を任せたくはない」


 いきなりお灸をすえられ面食らう。


「申し訳ありません」


 深いお辞儀をして氷見野に続く琴海たち。


鬼平恒寛きだいらつねひろ、参謀士官だ。この司令室の室長でもある」


 参謀士官。この東防衛軍基地の実質的なリーダーとでも言うべき人物だ。


「ブリーチャー殲滅任務または防衛案件における最重要事項に関しては、私が現場指揮を執る。私が指揮を執るからには勝手な行動は慎んでもらう」


「はっ!」


 氷見野たちは緊張した面持ちで敬礼をする。

 言いたいことが終わったようで、鬼平は氷見野たちに背を向けて大きなモニターに視線を注ぐ。御園は緊張を解き、肩を落とす。


攻電即撃部隊ever5。ブリーチャーの確認場所を今一度説明する」


 鬼平はネックレスのトップの部分を持ち、話しかけている。鬼平はインカムを使わず別の通信機器を使用しているようだ。氷見野たちは鬼平が見ている画面に注目する。


 大きな画面に映っているのは機体スーツ。誰が着ている機体スーツかは分からない。大きなベルトに固定されじっとしている。


 クオーンという機械音がかすかに聞き取れた。隣にも機体スーツが見切れていることから、攻電即撃部隊ever5は流星ジェットに乗せられていると思われた。

 遠方に大移動する場合、ブーストランでも可能ではあるが、山や川、電柱などの障害物がたくさんある中での大移動は消耗を伴うため、緊急出動で向かう際は大方ジェット機で向かうことになる。


「なお、住民の避難はほぼ完了しているようだが逃げ遅れている住民がいるかもしれない。以上だ。幸運を祈る」


 鬼平はモニターの前から外れて映画館にあるような席につく。


「もうすぐ落下ポイントに到着します」


 マイクを通した人の声が司令室にも聞こえてくる。軍に入ってこれまでにない緊迫感が身に沁み込み、震えが全身を駆け巡っていた。

 すると、金城隊長が「勝手に座っていいよ」と司令室内にある観覧席を示す。氷見野たちは顔を見合わせた。琴海が「すみません」と言って席に着こうとする。氷見野は戸惑いながら金城隊長に伺う。


「金城隊長は座らないんですか?」


「あとで座るよ。お気遣いどうも」


 親しげな笑顔で言う金城隊長。隊長に就く人物には見えないが、優しそうな雰囲気を纏っている。


「あ、いえ」


 氷見野はいらないお節介だったかもとへこみつつ席についた。

 前の席で桶崎が熱心にモニターを見ている。全員ではないが、他の隊員もあちこちで見ているようだ。巡回中の攻電即撃部隊everと、緊急出動している攻電即撃部隊ever5以外の新人は全員集められたらしい。


「到着しました。ハッチを開けます」


 西松は右で物々しい音を耳にする。

 後部ハッチの手前で待機していた西松は開いていく扉を目にした。作動音が止まり、ベルトは自動で外される。同じジェット機に乗っていた蓬鮴ほうごりたちはハッチに向かう。

 色鮮やかに見せるには足りない光量。遠くの緑生い茂る山々、その間に作られた平地に建つ住宅が遠くまで見渡せる。


「準備はいいか?」


「はい」


 蓬鮴隊長に問いかけられた西松と勝谷は首肯する。西松は前に立つ蓬鮴隊長と下田隼しもだしゅん隊員の脇から見える景色――およそ1500メートルの高さから自ら飛び込むわけだが、まだ数えるほどしかダイビングしていないため、着地に失敗しないか恐怖に駆られてしまう。


「さ、掃除の時間だ」


 隊長がそう言うと、他の隊員たちと共に走り出し、飛び込んでしまった。機体スーツが落ちていく様を見てしまい、足がすくみそうになる。


「なにビビってんだ」


 目眩がしそうな景色に目を奪われていた西松がふと我に返ると、隣に立つARヘルメットのシールドモニター越しでニヤついている勝谷が目に入った。


「ビ、ビビッてねえよ!」


「ふん」


 勝谷は怖気づくことなく、助走をつけて飛んでいった。湧き上がるムカつきが燻っている恐怖にぶつかる。


「えええいっクソ!」


 西松は振り返り、貨物室の奥に進み、開いているハッチへまた視線を戻した。強張こわばった表情で勢いよく走っていく。開いたハッチから機体スーツが飛び出す。

 機体スーツは落下していく。宙で空歩する足。機体スーツは前傾に倒れる。西松は怖さを感じながらも目を閉じない。頭の片隅に保管した先輩の教えを引き出し体から力を抜いて、下から突き上げる抵抗に身じろぐこともしなくなる。

 ボーという音が耳の横を掠め、眼前に白い地面が近づいていく。その間にシールドモニターが機体スーツと地面との距離を左下に表示してくれているが、数字はみるみる小さくなる。


「オートランディングっ……!」


 西松は震える小さな声で呟いた。『aotomatic landing mode』と大きな文字がシールドモニターの中央に表示されると、縮小されて上部中央に据え置かれる。『aotomatic landing mode』の文字が点滅し続けているが、地面はもうすぐそこだ。


 左下のメーターが3桁を切る。西松は機体スーツ内のグリップを強く握った。

 機体スーツから瞬間的に発せられたフラッシュと電気音が放たれた時、機体スーツが宙で前転し、大きな着地音が辺りに散っていく。電気が空気と摩擦する音は放射状に広がって、風に乗った砂埃と共に消えた。


 西松はひと山越えて胸を撫で下ろす。注意深く周りを見回してみる。

 深い緑の葉をつけている高い木々が近くにあるが、西松の足元は森に映える茶色の地面を踏んではいない。

 灰色の砂が地面に何度も押しつけられて固められているようだ。大きめのタイヤの跡が残っており、いくつもの大きな砂の山まで続いている。コンクリート原料の置き場みたいだ。


「こちら板見。エリアAにブリーチャー3体を確認。防戦部隊の戦列に加わる」


「そっちは任せるぞ。賢英けんえい


 蓬鮴隊長はブーストランで住宅地を駆け抜けながら指令する。


「はい」


 西松にもその音声は届いていた。うかうかしていられないと感じ、急いで現場に向かう。

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