~彼女の罪は~・2
デュー達が小部屋に足を踏み入れた途端、舞台の幕が開いていくように景色がガラリと変わった。
確かに塔の中だったそこは、屋外の、彼等も見覚えがある山中へ。
「ここはオレが記憶をなくした……アロゼがいるあの山か?」
「そ、そのようだな……」
デューにとってはそんな出来事のあった山だが、同時にミレニアと出会った山小屋があるすぐ近くだ。
「嫌、じゃ……」
俯いたままのミレニアが震える声で呟いた。
「どうしたんだ、ミレニア?」
「わしは、わしは……」
うわ言のようなそれは、普段の彼女からは想像もつかない、何かにひどく怯えている様子で。
そうこうしているうちに辺りの様子は変わり、人影がふたつ現れた。
「あれは、ミレニア殿……それにもう一人、」
「もしかしてあれが……“おばあさま”か?」
今より少し幼いミレニアが嬉しそうにくっついている、モラセス王とほぼ同じくらいの年齢の、ミレニアとよく似た女性。
癖のある毛を後ろでひとつ結びにした彼女の髪を飾るふたつの珠は、今はミレニアのトレードマークとなっているものだ。
話に聞いていたルセット王妃……噂のおばあさまだろう。
『おばあさま、おばあさま! こっちじゃこっち!』
『ミレニア、そんなに早う走ると転ぶぞ』
見ている限り微笑ましい祖母と孫のやりとりだが、ミレニアの震えが止まらないのは、これから“何か”が起こるからか。
『ここは高ーい高いのう。空は近いし、山小屋もあんなにちっこく見えるぞ』
『そうじゃなあ』
気持ち良さそうに山の空気を吸い込み、くるくる回る笑顔の少女。
すると、それを眺めていたミレニアがぽつりと口を開く。
「そうじゃ……わしはおばあさまと一緒に見る、この山の景色が好きじゃった」
抑揚のない声で彼女は語る。
「けど、今の今までそんなことすっかり忘れとった……この時起きた事件ごと」
「事件?」
シュクルが鸚鵡返しに疑問を口にすると、
―そう、みんなお前のせいだ―
ツギハギの塔と隕石が現れた時と同じように幻の中にいる全員の頭が押さえつけられるような感覚に襲われた。
「う、この声っ……そしてこの悪趣味な演出、やっぱりかよ……!」
デューがミレニアに視線を移すと、彼女はその言葉にも震えているようで、
「わしの、せい……」
「聞くなミレニア! 呑み込まれるぞ!」
すかさずその手をとって強く引き、意識をこちらに向けさせた。
「デュー……じゃが、わしは、あやつの言うことは、真実なんじゃ……」
「ミレニア……」
こんなに弱々しい彼女の姿を、これまで見たことがあっただろうか。
しかし幻は容赦なく、過去の続きを流し続ける。
しばらくは山の草花や動物と楽しげに戯れる少女、それを見守る祖母とほのぼのした光景だったが、
『かわいいのう、うちの子になるかの?』
『飼うのはダメじゃぞ、ミレニ……』
仲良くなったこぎつねを高い高いするように持ち上げ、小首を傾げながら語りかける少女。
だが……
『ミレニアっ!』
『へ?』
祖母の叫びは遅かった。
無防備な少女達が振り向いたそこには、獲物に狙いを定めた……“総てに餓えし者”の眷属に取り憑かれたのか、ところどころどす黒い皮膚を纏った、山の魔物がいた。
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