~彼女の罪は~・1

「おばあさまは、何年か前に病気で亡くなってしまったのじゃ」


 祖父であるモラセス王に祖母ルセットのことを尋ねられたミレニアは、その時何の疑いもなくそう返した。


 自分は確かにそう記憶しているし、ごく最近のことだった。


――だが、目の前の“これ”は何だ?


 ミレニアが祖母と住んでいた山小屋の裏にある、聖依獣が暮らすやや険しい地帯。


 血塗れで倒れている祖母とすがりつき茫然としている自分。


(なんじゃ、これは……わしは知らんぞ、こんな……)


 自分が知っている祖母の最期は、病に臥せって看病の甲斐なくそのまま穏やかに息を引き取った場面だった。


 なのに、これは。


 強く否定しようとしたその時、ミレニアは酷い頭痛に襲われた。


(……覚えが、ある? そんな、はずは……)


 金色の聖依獣がゆっくりと二人に歩み寄るのを、彼女は固唾を飲んで見守っていた……―――





「シュクル、ミレニアは一緒じゃなかったのか?」


 うんざりするほど続く、ツギハギの塔の曲がりくねった通路。

 ようやく落ち着き歩き出したシュクルを見下ろして、デューが尋ねる。


「奴と必ずセットな訳がなかろう。“総てに餓えし者”が引き離したならば尚更、余とミレニアを意図的に別々にしたはずだ」


 自分が敵ならそうする、とシュクルが答えた。

 大精霊と契約しているだけでも対抗する力になり得るが、瞬間的に一番パワーが出せる浄化の術はミレニアとシュクルが揃って発動できる大聖依術だ。

“総てに餓えし者”がどれほどの力を持つのか、デュー達の力がどの程度通用するのかはわからないが、まずは危険なものから芽を摘んでおくだろう。


「そうなると先にシュクルを見付けられたのは良かったかもな。独りになった時心配だ」

「なっ……余が一人では何もできぬからと、」

「そうじゃねーよ、シュクル。ただ単に心配なんだ。特にそこの“お兄ちゃん”が気が気じゃないってさ」

「デューどのっ!」


 余計なことを言うなと睨むカッセと、それをからかうデュー。

 ふ、と表情を緩めたシュクルを、二人はさりげなく確認した。


(……心配、かけたのだな。余にはこんなにいい仲間が出来たぞ)


 シュクルもそれには気付いたようで、ここにはいないであろう両親に向けてそっと心の中で語りかける。


 すると、彼の首輪の石が強い輝きを示し、そこから細く長い光が伸びていく。


「なっ!?」


 その光の道は、彼等の進む先に向かっていたがふいに曲がり、通路の壁で止まった。


……そこに“何か”があると、言わんばかりに。


「導いて、くれているのか……?」


 シュクルの首輪は父の形見で、中心を飾る大きな石は想いを繋げると言われる蛍煌石だ。

 おそるおそるその壁に近寄ってみると、デューとカッセが持つ蛍煌石も仄かに輝きだす。


「誰かここに閉じ込められているのではないのか?」

「ならばその壁を……」

「どいてな、二人とも」


 言うが早いかデューは手にした大剣に力を込め、豪快に壁をぶっ壊した。

 ガラガラと派手な音を立て崩れるそれを、驚きのあまり口を閉じることを忘れたまま見つめるシュクルとカッセ。


「……もう少し慎重に行動するでござる」

「魔物に見つかったらどうするつもりぞ」

「うるせーな、この辺なら通路狭いしなんとかなるだろ」


 背中に抗議を受けながら、やはり出口のない小部屋の中心に座り込む人影を見付け「大丈夫か」と声をかける。


 そこにいたのは……


「ミレニア……?」


 一瞬怪訝そうに窺ってしまうほど、開かれたルビー色の瞳は虚ろに曇っていた。

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