~閉じられた幕の先へ~・3

 真っ先に狙われた無防備な幼子を庇って、母親が呆気なく命を落とす。


「ファリー、ヌ」


 動かなくなった妻の名を呼び、鼻先で軽く押してみても反応はない。

 後ずさるカルバドスの目が見開かれ、全身がわなわなと震えた。


「なんてことだ、こんな……」


 男はそれらを冷たく見下ろすと、次はお前だとばかりに斧を構える。


「シュ、シュクルだけでも守らないと……」


 動揺するカルバドスの眼前に、一瞬にして距離を詰めた男が迫り……


「があああああああああッ!」


 彼の悲痛な断末魔と共に、過去の映像は暗転してしまった。


 絶句するシュクルの顔をのぞきこむ悪魔は愉しげに笑い、


『ずっと独りでさまよっていたお前の、これが真実さ……可哀想に。人間によって、お前の幸せは全部壊されてしまったんだよ』

(ちがう……人間は取り憑かれただけ、操られただけで、)

『弱いからそんなことになる。取り返しのつかないことをしても、操られただけと言えるのか?』


 そいつらが世界を滅ぼしかけているのに。

 確かに、モラセス王やザッハがそうして暴走した結果、結界は一時的に消失し世界が大変なことになった。

 彼等は責任をとろうと動いているが、だからといってしてしまったことが消えようはずもない。


(……人間の、せい)

『そう。だから、人間を憎んで……』

(だが間違えながら、葛藤しながら先へ進もうとする……過ちへ誘おうとするだけの貴様らと違ってだ!)


 閉じられた暗闇の幕が、一斉に開く。


『なに、自力で過去を……!?』


 “総てに餓えし者”が焦りの色を見せる。

 再び色づいた過去の光景には続きがあったのだ。


(都合のいい所まで見せただけ、という訳か……ならばその先、暴かせてもらうぞ!)


 シュクルの前にあらわれたものは……


「う……人間の力じゃ、ない……確かこの近くには、村が……」


 既に事切れた妻と護られるようにその下にいる息子の盾になり、傷つきながらどうにか意識を保っていたカルバドスの、それでも人家の心配をする後ろ姿だった。


「あの人間は魔物に憑かれてるんだ……浄化しない、と」

「今のアンタが聖依術を使えば負担で死んじまうぞ。それでもよいのか?」

「え?」


 低い女性の声。


 背後から僅かに他の気配を感じるが、朦朧としつつあるカルバドスと、当時振り返る余裕もなかったシュクルには、声の正体はわからなかった。


 と、


「苦しい、助けて……体が、勝手にっ……」


 魔物に憑かれた男が抵抗しているのだろうか苦しみだす。


「……どのみち助からないこの命、目の前で苦しんでいる人がいるのなら……!」

「はぁ……お人好しな聖依獣だね。わかったよ」


 女性は溜め息をつくと、詠唱を始める。

 するとカルバドスの周りにマナが……精霊が集まりだした。


(聖依術……だがミレニアではない……誰だ?)


 シュクルの記憶の奥底から作り出されているであろう映像は、やはり当時の彼の視点でしか見られないため、聖依術を唱える女性を振り返ることはできなかった。


「焔の依りべ、その身に宿せ火聖霊!」


 それは、初めてシュクルとミレニアが成功させた聖依術。


「力が……うおおっ!」


 僅かに残った生命の灯火が強く燃え上がるように、カルバドスの体躯が焔を纏い、そして……


「……あり、がとう……すま、ない」


 浄化された男はそう呟き、意識を失った。


「や、やっ、た……」


 カルバドスもまた、その場に倒れる。

 駆け寄った女性が彼を抱き起こすが、もう手遅れで、


「シュクル、ごめん……もう傍にいて、やれな……」

「……これで良かったのかい?」

「ああ……どうにか彼は救えたみたいだからね……上出来、だよ。ありがとう……」


 その視線は、愛する妻の方へ。


「ファリーヌ……今、そっちに……」


 それきり、カルバドスが言葉を発することはなかった……――

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