~東の地にて~・3
砂礫に佇む遺跡は長い年月を内包しているようで、ところどころ脆くなった足場に気を付けながら階段を下っていくとほどなくしていつかの少年と対峙した壁画の広間に辿り着いた。
この先にマナスポットがあるはずだが、出来れば少年とは戦わずに済ませたいものだ、とカッセが猫目を細める。
「へぇ、見たことある顔だと思ったらまな板女じゃん」
ぎく、とデューとカッセが硬直した。
少年の操るゴーレムに恐怖したからではなく、もっと身近な、目の前の少女に。
「君は、あの時の……」
「君じゃない、ボクはワッフルだ」
そんなこと知るよしもない少年……ワッフルは悠々と土人形を引き連れ、反省の欠片もない様子で巨体の肩に乗ってデュー達を見下ろしていた。
「わ、悪い事は言わん、今すぐに反省してフィノ殿に謝るでござる!」
「反省? 謝る? 何言ってんのさ、謝るのはそっちだよ」
ずずず、と地鳴りのような不気味な音が響く。
少年の白目が、魔物に憑かれていた時のモラセス王を思わせる黒に変わった。
「どいつもこいつもボクのことを気味悪がって追い出そうとして……みんなぶっ壊してやる、許さないんだからなぁっ!」
「まずいぞフィノ、こいつは……!」
すかさず飛び退いた三人のいた場所に、巨大な拳が降り下ろされ、砂が巻き上がる。
「王様やザッハみたいに魔物に取り憑かれてしまっているのか!?」
デューは着地と同時に剣を抜き放つと、小さな体を巨躯の懐に潜り込ませた。
「あはははは、無駄無駄! そのでっかい剣だってボクのゴーレムにはつまようじみたいなものさ!」
見れば魔物化したのはワッフルだけではなく、土人形も強化されているようだった。
しかしすぐさま詠唱を始めていたフィノの術によって紫色の光が降り注ぎ、土人形に浴びせられる。
直後、デューの剣が強固な身体に一撃を与えた。
「……つまようじだって刺さりゃ痛ぇぞ、なめんなガキんちょ」
「ふぅん、あまり調子に乗らないでくれる?」
見下ろす少年の瞳はその年頃には釣り合わぬ、冷ややかなもので。
間髪入れず振り回されたゴーレムの腕が、デューの体躯を吹っ飛ばした。
「っぐ……!」
「デュー殿!」
「ここはわたしが!」
シャラン、と杖の鳴子が辺りに澄んだ音を届けた。
「深淵を覗かせる門、解き放つ鍵はここに!」
ゴーレムの近くの空間にぽっかりと穴が開き、そこから噴き出した闇が目標を定め襲いかかる。
頑強な土人形も術への耐性まではそうはいかないのか、苦しげな呻き声をあげた。
しかしそれも僅かに怯ませただけで、決定打には弱かった。
「なんだよ、生意気なヤツめ……やっちゃえ、ゴーレム!」
「!」
術を発動させた直後で無防備なフィノに巨体の一撃が当たれば、ひとたまりもないだろう。
ガァン、と鈍い音と手応えがゴーレムの腕に響いた。
「お姫様を護るのは昔っから騎士の仕事、ってな」
大剣でゴーレムの拳を受け止めた騎士は、押し返されそうになるところを踏ん張りにやりと口の端を上げる。
ワッフルが苛立ちに顔を歪め、デューを睨めつけた。
「……まだ倒れてなかったんだ。しぶといなぁ」
「しぶとさと気障でタラシなのがデュー殿の売りでござるよっ!」
ワッフル達の死角からゴーレムの足の関節部分目掛けてカッセが戦輪を投げつける。
フィノの術で耐久力を下げられ、突然の攻撃に反応しきれなかったゴーレムがぐらりと体勢を崩した。
「カッセ君!」
「御意にござる!」
ここで畳み掛けねば、と踏み込むカッセの武器にフィノが術をかける。
「加護を宿すは天使の囁き……」
「ゆけ、破邪の天輪!」
光を纏った戦輪が次々に飛んでいき、ゴーレムに直撃する。
薄暗い遺跡内で輝きの軌道を描くそれは、華麗な見た目とは裏腹の威力で巨体にダメージを与えた。
今度こそ膝をついたゴーレムを、少年がぺちぺち叩く。
「ぐっ……なにしてるんだ、動けよゴーレム!」
「さっきの言葉、訂正して貰うわ……ワッフル君」
掲げていた杖をおろす時に鳴子が音を立て、ワッフルの意識を引き付ける。
ゆっくりと歩み寄る神子姫の目は静かな怒りを湛えていた。
「わたしはフィノ。あなたに名前があるように、わたしにも名前があるの」
「う、うるさい、こっちに来るな!」
ワッフルは思うように動かなくなった土人形を見限ると乗り捨てて、遺跡の床から別の土人形を作り出す。
そして、
「覚えてろよ……次会ったらこてんぱんにしてやるんだからな、まな板女ーー!」
前回同様フィノの地雷を全力で踏み抜く言葉を残し、逃げていってしまった。
「あ、こら待て! せめてその台詞訂正していけって!」
「逃げられてしまったでござるか……しかし今は追っている場合ではござらん」
そもそもここに来たのは、マナスポットにムースから授けられた楔の術を打ち込むため。
そして恐らく、猶予はあまりないのだろう。
デュー達は後ろ髪を引かれながらも、先へ進むことにした。
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