~小さな希望~・3

 ムースに術を授かる三人を残した聖域を出て里に戻ると、空の色が変わっていた。

 この狭間の地に時間経過による空の変化はないため、結界が消えた影響だろうとカッセが説明する。


「……私は、なんという事をしてしまったのだろうか」


 後悔と自責の念が王の声色に滲み出ていた。

 いくら取り憑かれていたとはいえ、城を飛び出し、臣下を手にかけ、さらには愛する人すら危うくこの手で……これでは、本末転倒だ。


「まったく、滑稽な姿だ。魔物と共に生きるのも、私には似合いの罰だな」

「そんな事仰らないで下さい、モラセス王」


 一歩退いた隣からスタードが口を開く。

 その口調は臣下らしく控え目だが、王に向かってたしなめるような物言いはかつての彼ならしなかったものだ。


「私は貴方を止められなかった……挙げ句、全てを放棄して、あの時貴方に殺されれば楽になれると少しだけ期待もしていた……私は、貴方に逃げ道を求めてしまった。そんなことさせてはいけなかったのに」

「スタード、だがそれは……」

「父上に託された貴方を、私は……」


 ずっと思い詰めていたのだろう、スタードの声が震えていた。

 そんなことを考えていたのか、とデューが内心で呟く。


「逃げ出したくなるほど追い詰めてしまって……すまん」


 だが、とモラセスが続けると、俯いていたスタードが顔を上げた。


「もうひとつだけ、頼まれてくれないか? 命令ではなく、頼みだ」

「頼み……?」

「俺はザッハを追いかけて、こいつらについて行く。魔物の力も、もしかしたら役に立つかもしれん」

「なっ!?」


 突然の申し出に困惑するやら何やらで、デュー達からざわめきが起こった。

 しかしモラセスは一拍おいて静かに首を振ると、


「……と言いたいところだが俺には王の責務があるしそうもいかん。だからお前が俺の代わりに、こいつらの力になってやってくれ」


 そう言って、スタードの肩を叩く。


 あちこちからびっくりしただの、王の責務がなかったらついて行くつもりだったのかだの声があがり、脱力する。


「わ、わかりました……貴方の見張りはフレスにきちんと言っておきますから、ご無理はなさらないでくださいね」

「お前の息子か……あいつ真面目で堅苦しいからやだ」

「は?」

「なんでもない」


 聞き間違いだろうかと思える王の発言に眉間に皺を寄せたスタードだったが、ふいに後ろに引かれる感覚に上体を傾がせた。


「そういうことならこれからよろしくな、教官」

「いい男が増えるのは大歓迎よん♪」


 デューはにやつきながら、イシェルナはウインクをして。


「そうだな。“大人”が増えるのは心強い」

「ちょっとうさ公、それどういう意味ー?」


 シュクルの台詞に実年齢でだけなら一応は成人しているリュナンが反応して。


「……こうして受け入れられたらもう“仲間”でござるよ、スタード殿」


 そうやって仲間になったカッセが、スタードに微笑みかける。


「決まりだな。ついでにこいつらの空気に触れて、元気を貰ってこい。お前の方こそ、無理はするなよ」

「モラセス王……」


 ふ、と人間らしく忠臣に笑いかける王。

 するとスタードも笑って、


「では、私からも……城を抜け出して遊びに行く時は、ちゃんと供の者をつけること。どうしても一人で行きたかったらきちんと行き先と何時に帰るか言っておいてください」

「お前、それ……」

「知らないとは言わせませんよ、父上を悩ませていたことですから」


 少しだけ臣下の枠から踏み出して、主君にそう返すのだった。

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