第75話 天地創世の試練(中)
「各小隊に伝達。これよりケルベルスの待つ、試練の場への突入作戦を決行する」
揺籃の星窟、最深部の大空洞。全体の指揮を執るクワンダがミハイル、マリス、ユッフィーの各小隊長に作戦開始を告げる。
ここから先は、超高密度の星霊力によってアウロラの
巨兵討伐の際には小隊間をまたいだ連携が多かったが、今回は部隊が三つに分断される可能性が高いことから、終始小隊内で完結する立ち回りを前提としている。
「了解。ダグラス・サンダース出る!」
ミハイルがマキナ・エミュレートを起動させる。たちまちパイロットスーツが着ぐるみ状態に膨らんだ後、頭頂高5mほどのスチームパンクめいた黄金色のパワードスーツが出現した。巨人サイズに相応しいAK-47を片手に一丁ずつ、二丁拳銃のようなスタイルで携えている。
「オラぁ!カチ込むぞ!!」
まるでその筋の人か、暴走族のようなノリでビッグが長剣を抜いて振りかざす。同時に、ジュウゾウがトミーガンを前方へ構える。マフィアの銃として知られるだけに妙にその場にマッチしていた。ポンタだけがひとり、ノリが合わずに浮いていた。
「ボクらも行こっか」
「ああ」
マリスが
「王女、お願いするわ」
ゾーラの素顔が描かれた円形の盾、笑顔のアイギスを正面に構え。鎌状剣を携えたミカがユッフィーを見る。衣装こそ水着だが、その姿は隣のユッフィーと合わせてプリンセスと近衛騎士を連想させた。
「ええ」
「ボルクスちゃん、よろしく頼むね!」
ユッフィーとメルは、妖精竜のボルクスに一緒に騎乗していた。短足のドワーフは今回のような場面で足を引っ張ると判断したからだ。もともとは芝犬ほどの大きさしかないチビ竜だが、今のボルクスはドワーフの二人乗りに適した
口元から小さく火を吹いて、ボルクスがメルに応じる。少々スケベ…もとい多分に女の子好きの性格から、ふたりを乗せて張り切っていた。二人乗りも全く苦にならない様子で、力強い羽ばたきで地上から1m付近を滞空している。
「参りますわ。突撃開始!」
ユッフィーがファンタジー映画の合戦シーンさながらに、王族らしく威厳に満ちた号令をかける。それでミカとエルルも光翼を羽ばたかせて進撃を開始した。少し遅れて、裸体に羽衣をまとったモモが浮遊しながら後に続く。彼女も衣装を改良し、低空の飛行能力を付与していた。ユッフィーの小隊は全員飛んでいる。
すでに、ミハイル隊とクワンダ隊が先行していた。ユッフィー隊は右翼、マリス隊は左翼を足並みを揃えて進軍している。やがて星獣たちの、大空洞を埋めつくさんばかりの大群が急速に前後左右から迫ってきた。
「さっそくお出ましか!」
シカゴ・タイプライターと呼ばれる
ミハイルの機体には、随伴する冒険者がしっかり握れるグリップが各所に追加されている。今のジュウゾウも、片腕をグリップに通して掴まりながらの射撃だ。反対側では、ポンタが迫る敵に爆雷符を投げて吹き飛ばしている。さながら手榴弾だ。
ポンタとジュウゾウの頭上で、巨大な腕が動いた。そしてその腕に見合ったサイズのAK-47が左右に発砲される。あくまで魔法技術による模造品なので銃声は控えめだが、マキナサイズのアサルトライフルから掃射された星霊弾はまるで機関砲のように並み居る星獣たちを霧散させていく。それは、RPGの戦闘シーンで倒された敵が画面から消えるかのようでもあった。
「一切、流血無しかよ!」
血の気の多いビッグが退屈そうに声をあげる。これまで夢渡りであちこちを冒険しては来たものの、言われてみれば血を流すような戦いは一度も無かった。
そこへ、弾幕をかい潜ってきた数体の火牛が殺到する。ようやくの出番だった。
「やってやらぁ!」
ビッグがイメージの力で長剣をさらに大きく具現化させ、一気に薙ぎ払う。巨大な鉄塊はもはやマキナ用の武器かと見間違うサイズになったが。根っからの脳筋であるビッグは軽々と振り抜いた。一度に三体もの火牛が、斬るというより叩き潰されるに近い形で霧散させられた。
それでも星獣たちは次々と殺到してくる。もし彼らが血肉を持った獣であれば、あたりは血の海となり、肉塊の山が築かれただろう。
狂戦士の如く戦い続けるビッグより、やや脇に外れたところで。クワンダとアリサが地上と天井からの同時攻撃に対応している。
クワンダは銀牙の槍を構えて、突っ込んでくる火牛が自ら串刺しとなるようにカウンターを決める。そしてアリサが封印されし妖刀を鞘のまま振り抜けば、紫紺の妖炎が火の粉を飛ばしてくる火の鳥を逆に焼き払い、地面に墜落させ霧散させた。
「せわしないのぅ」
さらに殺到する火の鳥たち。そこでアリサの背後から、星霊力の矢と紋章術による高圧水流が放たれてそれぞれに標的を射抜く。
「アリサ様!」
「リーフにレティスか。腕をあげたの」
後方から、白い巨狼の星獣に騎乗したリーフとレティスが近づく。加えてそれを追い抜く形でミキが、靴底に氷刃を形成して悪路をものともせずに滑走してきた。
ミキが魔法のスケート靴、アイスシューズに蓄えられた星霊力を解放して後方の路面を広範囲に凍結させると、追ってきた猪や鹿や火牛が一斉に転倒して、玉突き事故のようになった。
「おじさまの星獣ベオウルフがあって、よかったですね」
「はい。自分で走ってたら、とっくにへばってますよ」
リーフが情けないといった表情で、走るミキとアリサとクワンダを見る。
「走りながら弓を射るって、騎乗してなきゃとても無理だから大助かり!クワンダさん、ありがとね!」
レティスも、もふもふな巨狼の毛並みを楽しみながらクワンダに礼を言っている。
「ケルベルス戦に備えて、余力を残しておけよ」
歴戦の三人に疲れはまだ見られない。特にアリサは、ウサビトらしく飛んだり跳ねたりだ。
「いっくよ〜!」
「ボクちゃん、お願いですの!」
ユッフィーとメルを乗せたボルクスが低空を翔ける。大空洞の右側からはいつかの先行調査で見かけた猪・鹿・蝶の星獣たちが三体一組の集団で迫りつつあった。その後方には、ケルベロスの象並みの巨体まで見えている。
「あくまで足止め!踏み込まれる前に振り切りましょう」
「りょ〜かいだよ、ユッフィーちゃん!」
ユッフィーがオリヒメの蜘蛛糸を真似たネットを武装具現化し、敵群に放つ。網が絡んで、猪突猛進の勢いだった猪が派手に転倒する。一方、メルは連射式のクロスボウを腰だめに構えた。
「ガトリング・エミュレート!」
オティス商会からの支援で提供されたクロスボウが、
メルは、アバターボディによって再現されたドワーフ族の膂力で反動を抑え込んでいる。本来なら生身の人間が持って発砲するなど、無謀極まる代物だ。
無数の銃弾が一本の線を描くように放出され、炸裂すると。そこにはトリモチ弾によって多数の星獣が地面に縫い付けられたかのように倒れていた。本物ではとても、こんな弾は撃てないだろう。
「今のうちですわ」
「竪琴の準備は、いつでもOKですよぉ!」
倒したら倒したで、また時間で再生される。蝶の星獣たちが放つ魔力光線や、後方のケルベロスから一斉に飛んでくる炎の吐息を、ミカが盾と光翼で防ぎつつ。ユッフィー隊は先を急いだ。
左翼でも、ほぼ同様の戦いが展開されている。迫る敵群にゾーラが目から石化光線を放ち、足などを部分的に石化させて移動を阻害する。動きの素早い鳥や蝶の星獣はオリヒメと星蜘蛛のヒザマルが蜘蛛糸で絡めて地面に墜落させる。マリスは力を温存して、どうしても邪魔な相手を海賊刀で斬り伏せるにとどめていた。
「…来たか!」
クロノが
「いいロウリュですねぇ♪」
「エルルちゃん、この状況ですごいの」
モモが、エルルの余裕ぶりに驚愕する。ロウリュとはサウナの中で焼けた石に水をかけ、水蒸気を含んだ熱風を起こして新陳代謝を促す入浴法のことだ。
今はモモが水系の紋章術で周囲に霧を起こし、敵の遠距離攻撃の狙いを狂わせつつ体力の消耗も抑える作戦を取っている。
「…マズいね」
ミハイル機の足が止まる。前方を複数のケルベロスに塞がれたからだ。エルルやユッフィーもすぐそれに気付き、顔を見合わせた。
「エルル様、お願いしますの!」
「まかせてくださぁい!!」
神話のオルフェウスよろしく、エルルが
「冬眠」の意味合いで
エルルの竪琴には、拡声器と同様の効果を発揮する紋章術も施されている。前方のケルベロス二体がそれぞれ、三つの首で大きく息を吸い込み。喉の奥に灯る火が見えたところで…動きを止めた。竪琴の音色が届いたのだ。
同時に、周囲から浴びせられる炎の吐息が止む。見ると、そちら側のケルベロスも攻撃を止め、その場に座り込んで音楽に耳を傾け始めた。
「ホントに効いた…?」
内心、半信半疑だったマリスが呆気にとられる。しかしすぐに好機とばかりに、走る勢いを速めた。
「寝てるっていうか…なりきり、ロールプレイの一種かもな」
クロノが精神体となって低空飛行している。走るよりこちらの方が早い。そして少し高い目線から、周囲の敵を確認する。相変わらず星獣たちからの魔法攻撃は飛んでくるが、最大の脅威ケルベロスが沈静化したことで攻撃は散発的になっていた。
ケルベロスの中には、妙に瞳をうるうるさせてエルルを見つめている個体や、主人におすわりを命じられた飼い犬のようにその場にしゃがみこんで、尻尾を左右に振っている個体さえいた。
「…すごい」
「寝た子を起こさないように、ここから銃は控えないとね」
先頭を走るミハイルのマキナが、行く手を阻む猪を跳び箱のように跳び越えながらミキとアリサが、リーフとレティスを載せた白い巨狼が、そしてやや遅れてユッフィーとメルを乗せた妖精竜ボルクスが、二体のリラックスして熟睡している番犬の間を走り抜けていく。その他の者も同じだ。無事に全員付いてきている。
「ここまで来れば、扉は間近か」
クワンダが、ちらと後方を振り返る。ミハイル隊はすでに立ち止まって殿軍の構えだ。柄だけの剣から光刃を伸ばして振るい、迫る敵を金色の機体が数体まとめて斬り捨てる。その横では、ビッグが縦横無尽に長剣を振るい、脳筋戦士の本領を発揮していた。
「幸運を祈るよ!」
後ろを振り返らず、ミハイルが突入部隊にエールを送る。
「行ってきます、先生!」
ミキも振り返らずに応じた。
「ついに、来ましたわね」
三つの扉を前にして。突入部隊の十四人の冒険者たちが集結した。それぞれ、自分たちのシンボルとおぼしき扉の前に立っている。
「よう来おった。おぬしら、もうひよっこではないぞ」
「いや、それは無事に帰ってからだな」
アリサが、ここまで到達した勇者候補生と予備役冒険者たちの健闘をたたえている。一方でクワンダは、まだ本番はこれからだと気を引き締めるように促した。
「今回は心配無いよね?転移紋章石も使えて、ミハイルさんたちだって付いてるし」
「ああ。ビッグじゃなく、自分の心配をしないとな」
マリスとクロノのやりとりを聞いたユッフィーが苦笑いを浮かべる。ここまでどうにか、イーノとしての正体を伏せたままやってこれたが。いつまで問題児ビッグに頭を悩ませられるのかを思うと、先が思いやられた。
「マリス様、クロノ様…ご武運を」
まるで、合戦に出る者を送り出す戦国の姫のようなたたずまいのユッフィーに。マリスが笑って親指を立てる。
「他より一人少ないけど、そこはほら!みんな特殊能力持ちだしね」
マリスが視線を、ゾーラとオリヒメに向ければ。
「ユフィっちもご武運を!」
「お互い、がんばりましょう」
ゾーラは採掘場でのバイト仲間、メルやユッフィーとフィストバンプを。オリヒメはモデルの仕事で親交のあるミカとハグを交わした。
「この笑顔のアイギスがあれば、百人力よ」
クロノとユッフィーの目が合う。クロノのファミリー加入以来、どこか心が通じ合うのを感じて、急速に距離が縮まっていった二人がお互い、踏み出せずにいると。
「ユッフィーさんならぁ、わたしぃが付いてますからぁ!」
アバターライズの特訓で世話になったエルルが、なだらかな胸を張った。それでユッフィーも和んで。お互いベストを尽くしましょうとクロノに微笑んだ。
「そうそう。ぼくもクロノくんのハーレムライフ、応援してるの♪」
モモがからかうように言うと、マリスもイタズラっぽい笑みでクロノをぎゅっと抱きしめた。クロノが少し頰を赤くする。
「ボクのだからね?」
そのやりとりを見ていたリーフが、表情に同情の色を浮かべていると。
「クロノくんって、カッコいいよね〜。リーフくんも優しそうで可愛いけど♪」
レティスがクロノとリーフを交互に見て、何やら腐女子めいた妄想を楽しんでいるのに気付き。微妙にハッとする。
「…回復、よろしくお願いしますね?」
「キミのハート、射抜いちゃうぞ♪」
レティスの明るさに、ミキも元気を出して応じた。
「氷都市のみなさんに、笑顔を届けるために。いざ進みましょう!」
一同がうなずく。そして同時に、それぞれの扉を開いて中へ踏み込んでいった。
ケルベルスからの最初のメッセージで見た、溶岩の海。今もなお、煮え立つ灼熱のマグマから新たな星獣が生まれ、揺籃の星窟の各地へ転送されている。
その上層部は、先程冒険者たちが駆けてきた大空洞ともつながっていた。眠っているケルベロスを起こさぬよう、銃の使用を控えてミハイルたち四人が来た道を駆け戻っている。ポンタがバラ撒く分身符をデコイにしながら。
「帰りに洞窟内の温泉へ寄って行きませんか?それくらいは役得でしょう」
「いいね、それ!」
ポンタの提案に、ミハイルが相槌を打てば。長剣を振るうビッグと、銃の代わりにグルカナイフを握ったジュウゾウもペースを上げて、散発的に襲い来る敵をなぎ払った。
「このビッグ様が露払いに甘んじてやったんだ、負けんじゃねぇぞ!」
それからほどなくして、ミハイルたちは大空洞の戦闘区域からの離脱に成功した。
◇◆◇
「…北欧神話によれば、世界は氷と炎から生まれたと言うな」
冒険者たちとケルベルスが、ついに直接の対面を果たした。
溶岩の海にそびえる世界樹。高層ビルにも匹敵する高さで、広げた枝葉は下手すれば大型のショッピングモールくらいありそうだ。間近で見るその迫力は、異世界テレビを通して見たときの比ではない。
見た目は植物のようでありながら、灼熱地獄のこの場においても燃え出さない大樹には、その大きさに見合った大蛇が三匹巻き付いていた。そのうちの一体がチロチロと炎の舌を出し入れしながら、ユッフィーたちを見下ろしている。
「この場での炎はあなた、氷は氷都市の冒険者たちといったところでしょうか」
冒険者たちは、大樹の周囲に無数に浮かぶ巨岩の上に立っていた。頭の大きさだけでも、遺跡で戦った巨像並みに大きい。それでもユッフィーが恐れることなく大声で問い返す。
「そうだな。ここまでの戦い、実に見事だった」
ケルベルスが首を動かして、枝の一部を指し示す。そこには人の背丈よりも大きな黄金色の輝きを放つ果実が二つ、実っていた。
「黄金の果実か」
ユッフィーたちとはだいぶ離れた、別の巨岩の上に扉から転移していたクワンダがケルベルスに問いかける。マリスたちも離れた場所に転移しており、冒険者たちはケルベルスを中心にしてそれぞれ三角形の頂点の位置に、ぐるりと取り囲む形で飛ばされていた。なお、戻るための扉はどこにも見当たらない。
「いかにも。お前たちが勇猛果敢に大群を突破したことと、ケルベロスたちを見事眠らせた知恵が、果実を実らせた。これでまずは、地底世界創造のための基礎工事を行える」
基礎工事。魔術儀式と呼ぶにはずいぶん「物理的な」言葉の響きに、冒険者たちが首をかしげていると。突然二つの果実が輝きを増し、直視できないほどの強い光を放つ。黄金の果実に秘められたパワーが解放されたのが、肌で感じられた。
「うおっ、まぶしいっすよ!」
バイザーで素顔を覆っているゾーラでさえも、思わず腕で目をかばう。視界が白く塗りつぶされた上に、いきなり地の底から響くような揺れと轟音が襲ってきた。
「わわっ、何ですかっ!?」
揺れの激しさに立っていられず、リーフが地面にへたり込む。
「ミキちゃ〜ん!」
レティスが泣きそうな顔になり、手探りで掴まるものを探していると。誰かが彼女を優しく抱きとめた。
「大丈夫ですよ、レティちゃん」
ミキが
「…これは」
しばらくして、揺れと光が収まると。あたりの風景は一変していた。そして全員が不思議な浮遊感に包まれている。どこかに転移させられた上に、何かの力で宙に浮いているらしい。
ユッフィーがエルルを、ミカがモモをそれぞれ抱きとめて守っている。そこへメルが、素っ頓狂な声を上げながら突っ込んでくる。
「うわあぁぁ〜っ!!」
メルが上空から落ちてきて、途中にある巨岩に激突して。それでも岩をぶち抜いて粉砕しながら、何度も何度もぶつかりながら飛んでくる。
「メルちゃん!」
ユッフィーがメルの前に飛び出ると、両手を広げてしっかりキャッチした。しかし勢いを完全に殺しきれず、二人そろって飛ばされそうになる。
「王女!」
今度はミカが、メルとユッフィーをがっちり抱きとめる。光翼を最大に展開して、不安定な空中でのブレーキにする。
「助かりましたわ、ミカちゃん」
「ありがとね、ミカちゃん!」
「どういたしまして、二人とも」
メルは、自分が落ちていると思った途端いきなりこうなったらしいが。みんなから今は飛べることを聞くと、難なく飛べるようになった。
「飛べると思ったら飛べて、落ちると思ったら落ちるみたいなの」
世界のありようは、お前たちが決める。モモはケルベルスの言ったことを思い出してつぶやいた。
ほっと一息ついた一同が、周囲を見渡す。どうやら、巨大な地底の空洞のようだった。あたりは薄暗く、遠くに見える世界樹が明るく輝いている。
「ここは新たにできたばかりの、まだ何も無い空洞だ。そして見るがいい…あれが、揺籃の星窟だ」
岩だらけの荒野にそびえる、天と地を貫くかのような巨大な柱。それは世界樹よりもさらに何倍も大きく見えた。その大きさから、周囲の空洞がまさに地底世界と呼ぶに相応しい広大さを持つことが容易にうかがえた。
「ナニコレ…黄金の果実の力で、地底にとんでもない大穴を開けたの?」
「だとしたら、何てスケールなの」
マリスの推測に、オリヒメも思わず絶句する。
「まだ序の口だ。次の試練に移るぞ」
ケルベルスの声が響くと、周囲の四方八方から岩石が飛来して冒険者たちを襲う。
「夢刃杖ヨルムンド、
愛用の杖にツルハシ型の光刃をまとわせ、ユッフィーが大岩を砕く。一方で斬撃武器の
「アイギスの威光、見せてあげる!」
ミカの丸盾に描かれた、ゾーラをモデルにした
それを遠目に見つけたゾーラが、賞賛の声を上げた。
「やるっすね、ミカっち!」
ゾーラも大いに士気を上げて、戦鎚を振るって岩を砕いていった。
「まだまだ仕事は残っている。余分な岩を切り落とし塔を完成させ、天井と塔を補強するのだ」
ケルベルスがそう命じると、冒険者たちの武器が不思議な輝きを帯びた。何かの強化を施したらしい。
「…わらわたちをこき使うつもりか!」
「そうらしいな」
天地創造の意味を理解したクワンダが苦笑いを浮かべる。アリサも渋々ながら乗り掛かった船だと、二人そろって空を駆けた。そして巨大な塔の周囲を旋回しながら、銀牙の槍と紫炎まといし妖刀を振るう。
二人が飛び去った後、巨大な岩の柱が綺麗に彫り刻まれて落ちてゆき壮麗な塔へと姿を変えてゆく。
「仕上げが必要なのね」
モモは七色の輝きを放つ絵筆を振るい、天女の如く空を舞いながら塔の表面に光のペンキを塗ってゆく。離れた場所でリーフもまた、同様に洞窟の天井へ光を塗り広げていった。
「極光流、氷砕拳!はああっ!!」
極光の輝きを拳にまとい、ミキが素手で大空洞に林立する余分な岩の柱を砕いてゆく。間違った巫女の修行で身につけてしまった得意技だったが、今は大いに役立っている。なら構わないと、陽気に笑い飛ばして。
やがて、空が部分的に星空に変わってゆく。塔もまた、仕上げの終わった部分から風景に溶け込んで目立たなくなってゆく。そしてまた、ケルベルスそのものである世界樹に二つの果実が実った。
「闇は命に安息を、夢をもたらす。光だけでは生きられないさ」
クロノは闇色の光を凝縮して、爆炎魔法のイメージで放った。天井に当たって弾けた闇が色の付いてない部分を覆い尽くし、あたりは一面の星空へと変わった。
「いいね、これ。ホントにボクたちが神様の気分」
マリスがクロノの隣で、ロマンチックに夜空を見上げていた。
「よくぞやってくれた。これで太陽と月を作れるぞ」
黄金の果実が弾け、まばゆい光を放つ。視界が一度ホワイトアウトすると、その輝きはだんだん一点に集まっていって太陽が生まれ、周囲は昼間になった。もう一つ果実があったはずだが、姿が見えないところから察すると月に変わったのだろうか。
「次はぁ、お水ですかぁ?」
この地底世界には、大地の形がだいたい仕上がって。空と太陽と月が出来上がり、天と地を結ぶ塔も整備された。おそらくここだけ時間の流れが違うのだろうが、ものすごいハイペースで天地創造が進んでいる。
「世界の姿を決めるのはお前たちだ。では、そのようにしよう」
エルルの提案に従い、ケルベルスは次なる創造の準備に入るのだった。
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