第63話 初心者ダンジョン

(こりゃ当分、元の姿に戻れないな…)


 悩んだときは、身体を動かしてスッキリすればいい。地球での求職活動と暑さにうんざりしていたイーノは、氷都市の地下に用意された訓練用ダンジョンでユッフィーとして、鍛錬に汗を流していた。ところが、そこにビッグがいた。彼らもまた、勇者候補生としての訓練を始めたのだ。当面地球に帰れない以上、映画のストーリーの流れに乗せられるように。


「どりゃああ!」

「気迫は良いが、動きが単調じゃ!」


 ビッグがアリサと模擬戦をしている。クロノに追われたり最前線付近で修羅場を潜ったりで、戦士としてはすでに十分な度胸を身につけているようだったが。


「わらわからすれば、まだまだヒヨッコじゃ」

「ちくしょお!ぴょんぴょんしやがって」


 百戦錬磨のウサビト侍アリサには全く敵わず、完全に太刀筋を見切られてしまっていた。


「ビッグ様、心を落ち着けてくださいませ」

「お、おう」


 誰か、知らない女性がビッグを応援している。古代日本風の装いをしたお淑やかな女性だ。


「…誰かしら、あんな美人さんが」

「先日の騒ぎ以降、ビッグのお世話役に配属されたそうだ」


 ミカが首をかしげると、クロノがジュウゾウたちから聞いた話を伝えた。


「おかげで我々も、だいぶ助かっています」

「まあ、問題児専門のお目付役って言うだけあるな」

「クシナダと申します。イーノファミリーの皆様、お見知り置きを」


 ポンタとジュウゾウも、模擬戦を観戦している。クシナダも一緒で、ユッフィーたちの話を聞きつけると、近くに来てあいさつをした。


「ユッフィーですわ、よろしくお願いしますの」

「クシナダ様も、女神のアバターなのね」

「ええ」


 ユッフィーとミカがクシナダに会釈する。アウロラのアバターは皆大抵、どこかにオーロラのモチーフを取り入れた装いだ。それさえ知っていれば識別は難しくない。


「アリサ様とクシナダ様が見ていれば、さすがに大きな問題は起きないと思います」

「…そうだといいわね」


 ミカも多少の不快感こそ感じるが、もうビッグの姿を見て卒倒するようなことはない。周囲が気遣ってくれていること、今もユッフィーが隣にいることが支えになっていた。アバターボディの調整や紋章のセキュリティ強化も済んでおり、もうビッグでも先日のようなことはできないだろう。


(あとは、ビッグと犬猿の仲の自分が本来の姿を見せなければ)


 イーノとビッグは十年以上に渡り、オフ会で交流があった。今はPBWの運営方針を巡る見解の違いで疎遠になり、何年も会っていないが。直接顔を合わせれば、即喧嘩になるのは避けられないだろう。当分の間は、ユッフィーの姿で過ごすしかなさそうだ。


「それでは、始めましょうか」


 訓練用ダンジョンの大部屋の、別の離れた場所で。リーフがオリヒメに声をかけていた。オリヒメの指には、それぞれ10個の指輪のようなものが装着されている。近くには、デッサン人形のような物体が寝かせた状態で置かれていた。

 エルル、メル、モモも二人を見ている。声を聞いてユッフィーとミカもやってきた。


「準備OKよ」

「起動しますね」


 リーフがタブレットを操作し、人形を起動させる。人形の各所から細いエネルギーの糸が伸びて、いったん頭上でまとめられ。それからオリヒメの方に降りてきて、指輪とつながった。

 オリヒメが糸を引く。アラクネ族の織物仕事で磨かれた繊細な指さばきは、人形をマリオネットのように踊らせた。


「おー、動いた!」

「一応は成功か」


 メルが声をあげる。リーフの隣で見守っていたクワンダが、腕を組みながら人形を見ている。紋章術を用いて庭師ガーデナーの技を模倣し、星霊力の糸でアニメイテッドを再現した訓練用の人形だった。本物と違って、糸は見えている。


「低視認状態をテストしますね」


 リーフが糸の設定を変更する。エネルギーの糸が周囲に合わせた保護色になり、不完全ながらも本物に近づいた。


「アニメイテッドって、こういう感じなのね。これの糸が完全に見えなくて、強度がもっと高くて、大量に遠隔操作できるって考えると…確かに怖いわね」


 オリヒメが人形を動かし、ミキの格闘の動作を見よう見真似で再現しながらつぶやいた。


「はじめは、糸がはっきり見える状態でやろう。敵の動きに連動して、糸がどう動いてるかをイメージできるようにな。慣れてきたら、視認性を下げる方向でいく」

「分かりましたわ」


 クワンダに促されて、ユッフィーが人形の前に出る。武器は持っていない。


(新しい勇者候補生の方も来ました。わたくしが手本を示せるようになりませんと)


 イーノファミリーの面々に混じって数人、新顔の地球人たちがユッフィーを見ていた。彼らは氷都市での水着コンテストの後、地球から新たに夢召喚された者たちだ。なんでも、イーノの小説を読んで興味を持ち。夢の中で、女神アウロラの呼びかけが聞こえるようになったらしい。ベネカSNSが未完成のイーノにとっては、嬉しい誤算だった。

 そう、今こうしてイーノの小説を読んでくれているわずかな人の中から、新たな勇者候補生が出てきてくれたのだ。

 イーノが連載をしている小説投稿SNSでの評価は、決して高くはない。今は大勢の作品に埋もれてしまっている。それでも、自分の小説の続きを楽しみにしてくれている読者がひとりでもいるのなら、今の彼にはそれで十分だった。


 訓練用の動き易い服装として、ユッフィーは水着コンで着ていたサーモンピンクのハイレグワンピースを選んでいる。実際動きやすく汗をかいても平気だし、水着コンのエピソードを読んで氷都市に興味を持ってくれた後輩たちへのサービスでもある。


「武装…具現化!」


 ユッフィーが棒術のような構えをとり、手の形を棒でも握っているような感じにして、手元に意識を集中させる。すると手の中に自分の背丈より少し長い程度の単純な棒が形成された。本来は掛け声も必要無いが、気分を出してイメージを練る助けとするためにそうしていた。まだまだ不完全故に。

 あれからクロノもファミリーに正式加入し、五人はマリスの監督の下でクロノから夢魔法の指導を受けていた。夢渡りの民ではなく、同じ地球人のクロノから手ほどきを受ける方が理解が早いだろうこと。そしてクロノに早く氷都市の市民権を獲得させ一緒に冒険に出られるように、クロノに夢魔法のコーチという職を与えて雇い、氷都市の経済に貢献した実績を作らせるためでもあった。元オリンピック選手のミハイルがミキのコーチとして招かれ、短期間で氷都市の市民権を得た前例を参考にしている。


「王女、頑張って」

「ヒメっち、応援してるっすよ」


 ゾーラも予備役冒険者として、見学に来ていた。ミカがユッフィーに声援を送る。


「では…参りますわ!」

 

 人形の糸はハッキリ見える状態に戻っている。模擬戦のルールは人形につながる糸を全て切ること、人形の操者への攻撃は禁止、人形本体への攻撃は有効打と見なさない。大まかにこの三つだった。


 ユッフィーがイメージを固めて具現化した棒を振るう。オリヒメの操る人形も、糸で釣られているが故の身軽さで攻撃を交わす。そのまま腕を突き出して反撃に移った。


「くっ…!」


 ユッフィーが棒で、人形の打突を受け流す。本物のアニメイテッドと比べれば大分ゆっくりした動作だからこそ、武道経験の無いイーノが中の人でも防御できた。ここから、少しずつスピードを上げていく。

 さすがに防ぎきれず、人形の攻撃が当たり始める。するとユッフィーの身体が一瞬光り、ダメージを無効化した。同時に目の前の視界にAR拡張現実で残りHPゲージが表示される。これもゲーム感覚を意識した、訓練用の守護紋章だった。


「糸が見えてると、やっぱりやりやすいの」


 モモが、紋章術でアニメイテッドの糸に色をつけたときのことを思い出す。あれから、より少ない消費で色をつける術を考えて訓練していた。同じ紋章士でも、モモはアーティスト系、リーフはエンジニア系という違いがすでに顕著になっていた。


「ユッフィーちゃん、お疲れですぅ♪」

「エルル様、ありがとうございますの」


 十数分後。訓練を終えたユッフィーに、エルルがスポーツタオルを持って駆け寄る。汗を拭くユッフィーと、にこやかなエルルとのやりとりは大分後輩たちの目を引いたようだ。


「惜しかったですわね」


 ユッフィーは何本かの糸を切り、後少しというところでHPが先に無くなった。今の実力でギリギリの勝負になるよう、リーフにタブレット経由で調整してもらってこの結果だ。本物のアニメイテッドを五人がかりでようやく一体倒せた事実を思い出し、ユッフィーは壁の高さを再認識した。


「ヒメっちもお疲れ様っす」


 ゾーラが冷たい飲み物を持ってきて、オリヒメとユッフィーに手渡した。今のところ人形は、一体ずつしか同時に動かせない。リーフが動きのデータを取得して人形にプログラミングできれば、いずれは集団戦の練習もできるだろう。ユッフィーたちは交代で模擬戦をしていたが、オリヒメはずっと相手をしなければならないので結構な負担になっていた。


「私も実戦では、人形を武器とした方が良さそうね」


 オリヒメは人形操りの技量を急速に上げていた。リーフによる人形の出力調整も大きく貢献している。こちらもいずれは自動プログラム化する予定だ。


 個人での戦闘訓練の後は、全員で合流してそれより重要な索敵の訓練となった。先日の地球組の初陣でも、アニメイテッドに先手を取られたからだ。同じ事が続くようでは、いつまでも一人前になどなれはしない。


「では、地形パターンを変えますね」


 リーフが手元のタブレット画面をタップする。すると大部屋になっていた部分の床が格子状に光り、紋章術によって壁が形成され、瞬く間に迷路が出来上がった。


「機械式ではありませんのね」

「ええ、地球のゲーム風に言うと『当たり判定のある立体映像』です。だからこそ短期間で構築でき、地形もすぐに変えられます」


 リーフの説明に、ユッフィーが納得する。よくあるローグライクゲームのように、遺跡の地形も変化するようになった以上、訓練施設もそれを再現する必要がある。


「単純な戦闘技能以前に、索敵は重要だ。索敵が上手い冒険者は、無駄な戦闘自体を回避できるからな」


 熟練冒険者で迷宮案内人ダンジョンガイドのクワンダが、索敵の重要性を新人たちに語った。


「まあ見つかっちまっても速攻で叩けば…」

「おぬしは道化相手に、それができると思うか?」


 アリサにそう言われ、道化の分身体に追われた経験のあるビッグが言葉に詰まる。


「ローゼンブルク遺跡には、道化と同じく『見えない糸を切る』ことでしか活動停止に追い込めない氷像の魔物アニメイテッドが多数潜んでいます」


 一応は遺跡探索を経験しているユッフィーが、クロノやビッグなどの最前線組に自分の経験を語る。


「わたくしたちでも、クワンダ様やアリサ様にミキ様、熟練のお三方の援護があった上で。五人がかりで一体を倒すのが精一杯でしたわ」

「ひとつ、質問していいか。活動停止とは…死んではいない、そう言うことか」


 アニメイテッドとの交戦経験が無いクロノが、ユッフィーに目を向ける。


「ええ。元よりアニメイテッドは、呪いの力で動くロボットのようなものです。氷の中に呪いに囚われた犠牲者が封印されていて、その氷はいかなる手段でも破壊不能。動力ケーブルに相当する『糸』だけが唯一の弱点で、高度なステルス技術で隠されています」

「厄介だな」


 そんな敵とは、極力交戦を回避すべき。クロノもすぐにそれを理解した。

 

 索敵訓練は、地球で言うところのサバイバルゲームに近い方式で行われた。バルハリアの冒険者が銃を得物に選ぶことは、見えない的を狙い撃つ難しさと対アニメイテッド戦での費用対効果の悪さなどからほとんど無いが。それでも同種のゲームであるF P S一人称視点シューティングが実際の軍事訓練に使われていることなどから、自然な流れだった。

 驚くべきことに、アメリカ軍が22億円もかけて非常にリアルなFPSを開発しており、国外からも無料でプレイ可能なのだ。


 チーム分けは5対5。ユッフィー、エルル、ミカ、メル、モモの青チームと、クロノ、ゾーラ、ビッグ、ジュウゾウ、ポンタの赤チームだ。ルールは迷路内を二つの入口から別々に入り、制限時間15分以内に相手チームのスタート地点へたどり着けばゴールだ。途中で対戦相手から直接タッチされるか、水鉄砲で撃たれたらアウトとなる。ゴールした人数が多い方の勝利だ。当然、みんな水着姿で。このへんは楽しんで身に付くようにとの配慮だ。


「私は見学させてもらうわね。ゾーラも頑張って」

「任せてっすよ!」


 今度はオリヒメがゾーラに手を振った。さすがに疲れたので、リーフやクワンダやアリサたちと一緒に両チームの動きが分かるタブレットを見ている。 


「…今回は対戦相手になりましたが、クロノ様のお話ですとジュウゾウ様はかなりの強敵のようですの。わたくしとメルちゃんでマークする作戦はいかがでしょう?」

「うん、いいね。相手はこの中で唯一、銃が専門だからね。背が低いドワーフなら、ちょっとだけ当たりにくいかな?」


 メルもうなずく。ユッフィーたちはすでにクロノから、氷都市に来るまでの冒険談を聞いている。伊達にデスマスターと呼ばれていないだけあって、相手チームにいるだけでプレッシャーを与えてくる存在だ。


「でも、あの男が何かやらかすんじゃないかしら?」

「良くも悪くも、ビッグ様は前に出るお人です。向こうもそれを踏まえた作戦を考えているかもしれませんわね」


 ユッフィーとミカが話していると、アリサから開始の合図が伝えられる。


「では、始め!」


 全員の視界の片隅に、残り時間のカウントがAR表示される。その反対側には迷路の簡易マップ。オートマッピング式で仲間が索敵した場所は表示されるが、もちろん敵の位置は分からない。お互いに敵からの不意打ちをどう回避し、どう隙を突くか。そのための訓練だからだ。


 試合時間は短い。皆が一斉に走り出した。


「クリアですぅ!」

「こちらも、クリアですわ」


 ユッフィーたちは先日のような不意打ちはごめんとばかりに、敵が潜んでいそうな場所の確認を着実に進めていく。クリアリングと呼ばれる基本動作だ。全員サバゲー経験は無かったが、ネットの知識で予習済みだ。

 サバゲーは日本発祥で外国人にも人気があると聞いて、意外にもエルルはノリノリで楽しんでいた。


「通路の曲がり角では…カッティングパイね」


 物陰からいきなり飛び出せば、敵と鉢合わせした時に撃たれかねない。ミカも予習したサバゲー知識を活かし、曲がり角を中心に時計の針を回すような動きで索敵を進める。パイを切り分ける動作になぞらえたテクニックだった。

 すると、早くも相手チームの姿が見えた。ミカにとっては忘れもしない人物だ。素早く物陰に身を潜め、様子をうかがう。


 ユッフィーもそれを認識していた。ミカを手招きし、有利な地形へ誘いこもうと促す。二人は大部屋の左右の壁に背中を付け、ノコノコと無警戒にやってくる相手を待ち受ける。


(そこよ!)

 

 部屋に踏み込んだ敵に、ミカが水鉄砲を放つ。相手は反応する間も無く、胴に被弾判定を受けて身体の色が凍りついたように青く変わる。冒険者が遺跡でやられたら、こうなると教えるための演出だった。これも訓練用の守護紋章によるものだ。


「うおっ!」


 相手はビッグだった。やはり不注意が多いというか、そそっかしいというか。悔しそうな顔をしながらも、脱落者としてその場に伏せた。


「ちくしょっ、待ち伏せか」

「この前のお返しよ」


 少し胸のすく思いで、ミカが余裕の笑みを浮かべる。だがまだ続きがあった。

 ユッフィーが通路の奥へ牽制射撃を放つ。ミカも気を引き締めた。


「いましたわ!ジュウゾウ様です」


 さすがに用心深いのか、ジュウゾウはとっさに曲がり角の奥へ引っ込んでいた。不用心なビッグを倒して油断した相手を狙うつもりだったのだろう。ユッフィーたちも後退し、態勢を建て直すことにした。


「きゃん!当たっちゃったの」


 その近くの部屋で。モモが少し悩ましげな声をあげながら、床に伏せる。撃ったのはクロノだ。モモは床に伏せながらも、胸元を強調するようなポーズをとる。


「でもクロノくんになら、いいかな♪」

「…変なやつだな」


 モモは年下好きのお色気お姉さんだ。その手が早くも、イケメンで年下に見えるクロノに伸びていることをタブレットの画面越しに知り、リーフは思わず苦笑いを浮かべた。


「あだだ!」

「ポンタさん、腰痛大丈夫!?…って、アバターボディだよ?」


 さらに別の戦場。撃ち合いの中、動きが鈍ったポンタがメルに撃たれた。メルは思わず駆け寄って心配してしまう。


「なんとなく、そんな気がしたんです」


 夢召喚された者がアバターボディに入った場合、元の身体に障害などがあれば普通は全て完治した状態になるはずだ。ミハイルのように。

 ポンタは自らの強い思い込みで、持病の腰痛まで再現してしまったのか。あるいは道化から受けた烙印の傷が痛んだのか。それ以前に、精神体で腰痛になること自体がおかしいが…理由は謎のままだった。


「…クロノ様、手強いですわね!」 

「ちょっと、判断ミスったかな?」


 メルと合流したユッフィーが、ジュウゾウとクロノのコンビと撃ち合いになっていた。戦況は膠着状態で、相手を足止めするつもりのはずが、逆に足止めされている感じすらしている。


「ユッフィーもやるじゃないか」

「おしゃべりはそこそこにしとけ」


 残る自軍は三人。リードされていると自覚したジュウゾウの表情が厳しくなる。訓練に使われている水鉄砲がリロード不要、弾数無制限なのも膠着状態に拍車をかけていた。水鉄砲の内部に紋章が刻まれており、水の残量が減ると自然に湧き出るのだ。その分、施設内の水瓶から水が減るのだが。

 氷都市では銃自体が極めて希少な存在で、実弾式の銃はまず見かけない。あったとしても大抵は、紋章術によりエネルギー弾や魔法そのものを撃ち出す方式だ。


 赤チームの残り一人、ゾーラは自軍のスタート地点近くで壁際に身を潜めていた。ゴールを守るためだ。そこへ複数の足音が近づいてくる。すると、対戦相手の誰かが狙いもつけず、手だけを物陰から出して水鉄砲を撃ってきた。そしてすぐに引っ込める。


「うわっと!」


 同じく物陰から様子をうかがおうとしたゾーラが、あわてて顔を引っ込める。それが何度か続いた。ゾーラも相手を牽制すべく、そちらへ撃ち返す。


(時間切れが近いっす。敵さんをゴールさせるわけには!)


 視界の片隅にAR表示された残り時間のカウントが赤くなる。そちらに目をやったとき。思わぬ方向から水が飛んできて、ゾーラの胸元を濡らした。被弾判定を受けて訓練用の守護紋章が彼女を青く染める。


「どこから来たっすか!?」


 ふと天井を見上げると、エルルが蝶型の光翼をひらひらさせながら微笑んでいる。


「飛ぶのはぁ、禁止じゃありませんからねぇ♪」


 ゾーラの被弾判定を確認して、ミカも姿を現す。そしてエルルと一緒に光翼を羽ばたかせ、ゴールへ飛んで行った。


「そこまで!」


 そこで、アリサが時間切れを告げる。模擬戦は2対0で青チームの勝利となった。


「あちゃ〜、一本取られたっすね!」


 ミカに注意を奪われていた隙に、エルルが天井付近を飛んでこっそり進んでいたのだ。それで危うく気づかれそうになったので、先に撃った。

 遺跡内で上空を飛ぼうとすると、謎の暴風で地面に落とされる。でもそうならない程度の低空を飛ぶ分には、十分有効な戦術だ。


「マークされたところを、回り込まれたか…」


 ジュウゾウが自軍の作戦負けを悟る。


「あいつらもなかなかやるだろ?」

「もう一回だ!次は勝つ」


 ビッグがクロノに吠える。彼が社長を務めるM Pミリタリー・パレード社の社名から想像できるように、かなりの戦争ゲーム好きなのだ。


「次は、わたくしたちだけでアニメイテッドに対処できるように。いずれは扉の番人にも勝って、じっくり見てみたいですわね」


 ユッフィーは夢で見た、夏のレリーフの扉を思い出していた。いつか、あの扉を開いてみせる。少しずつ階段を登るように、その手応えを感じていた。

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