第46話 バルハリアの白き大地
「みなさん、お疲れ様でした!」
市民宣誓式が終わり、参列していたミキが声をかけてくる。意外なことに、彼女の装いは男装の麗人を想わせるフランス革命期の白い軍服だった。
「…とある歌劇団のスターですの!?」
「ミキちゃん、カッコいい!」
ユッフィーも、思わず目を白黒させる。メルは黄色い声をあげる始末。
「昔、はじまりの地でお芝居を演じたことがありまして」
「さすがは、ぼくの弟子。スター性があるね!」
「こんどぜひ、氷都市でも公演お願いしますぅ♪」
地球でのミハイルは、奇抜なコスプレ姿での滑りを見せるなどノリの良いエンターテイナーとして知られていた。この師匠にして、この弟子ありか。エルルも、娘役に乗り気なようだ。
「次はいよいよ、徒歩で旧都を目指す旅ですね」
紋章士の正装であるタバード姿のリーフが、一同に会釈する。彼のそれはハナビトらしく、若草色に染められていた。ひとことで説明すれば「三銃士」によく出てくる銃士隊の衣装にも似ている。
「今回、徒歩で旧都を目指すのは。イーノファミリーの五人と引率の俺、それにリーフも加わる」
クワンダが、今後の予定を軽く説明すると。
「僕やエルルさんは、今まで裏方で。直接探索に加わるのは初めてですから」
「みなさぁん、よろしくお願いしますぅ!」
エルルとリーフのふたりは、大いにやる気を見せていた。
「えっ、リーフくん来るんだ!ふふ、よろしくなの♪」
見た目の歳は、それほど大きく変わらないのだが。
少年のようなリーフを見ると、モモはお姉さんとして保護欲をそそられるらしい。
「…わらわは予定があっての。今回は同行できぬが、気をつけるのじゃぞ」
「はい、アリサ様」
アリサのリーフへの世話の焼きようは、まるでお母さんのよう。
「おぬしらが遺跡に着く頃には。わらわも転移陣から合流しよう」
「エルル先輩。その時は、わたしも巫女修行の成果をお見せしますね」
アリサとミキは、それぞれ氷都市に残るらしい。
「アリサお母さん、リーフくんのことはぼくにまかせてなの!」
「ちょ、モモさん!?」
また、リーフがモモの豊かな胸に抱きしめられている。
「ぼくに、リーフくんみたいな弟くんがいたらなぁ」
なんとなく、世話を焼きたくなる男の子だというのなら。アリサにもモモの気持ちは理解できる。
「まぁ…よろしくのぅ」
「モモさん、ほどほどにですの」
ユッフィーからも、思わず笑みがこぼれて。
「さぁみなさぁん、今夜は祝杯ですよぉ♪」
「明日には出発する。飲みすぎないようにな」
エルルの笑顔に、一同の間にも和やかなムードが広がった。
◇◆◇
翌日。氷都市の正門前にユッフィーたち地球組が集合している。一度地球へ戻り、向こうでの一日を終えた後だ。みな、モコモコした防寒着に身を包んでいて。
「やっぱり、ここは雪国なのね」
「ペンギンさんとか、いるのかな?」
「新しい作品のインスピレーションを得られるかもなの」
「…いよいよ、夢で見たあの遺跡へ行くのですね」
一同が待ち合わせ場所で、雑談に興じていると。
「みなさん、お待たせしました!」
自分の背丈ほどもある、巨大な万年筆を携えたリーフが走ってきて。
「皆、揃ったか。『勇者の落日』以後、転移陣を使わず徒歩で旧都に向かうのは、これが初めてだ。どんな変化が起きているか分からん、気を引き締めて行くぞ」
浮き立つ一行を鎮めるように、クワンダが落ち着き払った声で告げる。穂先に布が巻かれているが、手にしているのは蒼の勇者が振るう銀牙の槍だ。
「僕からもお知らせが。みなさんが地球にいる間に、氷都市の紋章官として『個人の紋章』を更新しておきました。『夢渡り』で迷い込んだ人は例外として…本来、遺跡へ入れるのは正式に氷都市民として認められた冒険者だけ。その紋章なら認証ゲートを通れるはずですよ」
リーフに説明されて、地球組の面々が自分の手の甲を見る。氷都市に来た者には、全員着用が義務づけられ。市民の信頼を得るまで、アバターボディの機能を制限していた錠前のような紋章は、氷都市の市章をモチーフとしたものに変わっていた。
着用といっても、地肌に直接描いたものではなく。どういう仕組みなのか、地球でいうところのプロジェクションマッピングのように「投影」されているものだ。故に濡れても、色落ちはしない。
「それはみなさんの身分証明であると同時に、現金を持ち歩かずに済むお財布代わりでもあります。さらには背中などに、鎧代わりの守護紋章を追加可能です。そちらは、転移陣の認証が済んでから一度拠点に戻ってやりましょう」
今回の旅の目的は、いろいろ不便だった時代の…先人の苦労を追体験すること。なので個人用の
「なんだかもう、ファンタジーっていうよりSFだね」
地球とは隔絶した技術レベルの差に、メルがあぜんとする。
「人が想像できることは、人が必ず実現できる。ジュール・ヴェルヌの名言を思い出しますわね」
ユッフィーは、リーフの説明を楽しげに聞いていた。彼女もまた、根っこはリーフと同じエンジニア気質なのだろう。
「…姉さん、待っててください」
「わたしぃも、付いてますからねぇ」
リーフが、きゅっとこぶしを握る。
勇者の落日事件で消息を絶った、リーフの姉ベルフラウ。彼女は、エルルにとっても仲の良い親友だった。必ず彼女を探し出す、ふたりはその決意を新たにする。
「わたくしたちで、巫女のエルル様をお守りしますわよ。各自、装備の点検は済みましたの?」
ユッフィーもまた、先端に布が巻かれた杖を手にしていた。地球組の面々に用意された武具も、完成していたのだ。
「私もまた、女神の使徒。本来は癒し手だけど、『大いなる冬』の影響で回復魔法が使い物にならない今は、盾持つ戦乙女となってみんなを守るわ」
ミカの装備は、丸盾に
「ぼくは、リーフくんとおそろいなの。万年筆と絵筆の違いはあるけどね」
モモたち紋章士は、地面や空中。ときには仲間に紋章を描いて魔法を発動する。だから使う獲物も、必然的にペンや筆の類だ。
「ちょっと使い慣れない剣だけど、いざとなればチェーンソーに『化ける』よ。戦闘以外でも役立つ場面がありそうだし、いつも通り前衛は任せてよ」
メルが背負っているのは、
そして、あたりに響くのは
「アウロラ様の巫女として、女神の加護でみなさぁんを寒さと呪いからお守りしますぅ。遺跡に入るまでは、温存ですけどねぇ」
エルルが奏でる竪琴は、きっと一行の心を癒すだろう。
「では、参りましょう!」
一同と顔を見合わせ、ユッフィーは出発を宣言するのだった。
◇◆◇
何もさえぎるもののない大雪原に、新雪をかき分けてまっすぐにわだちが伸びる。一行は、犬ゾリを氷都市の北西へと走らせていた。
ソリを操るのはユッフィー。ベテランであるクワンダの指導を受けて、慣れないながらも懸命に扱い方を覚えている。
エルルちゃんは巫女で僧侶。メルは戦士で切り込み隊長。モモは紋章士で魔法使い。偽神戦争マキナで
ユッフィーは、そう心に決めていた。RPGでいうと、シーフやレンジャーの役割をひとつにまとめたようなものだ。
「曲がるときは身体を傾け、ブレーキは足で地面を擦るんだ」
「はい、クワンダ様」
眼前に広がり、瞬く間に通り過ぎていく景色にメルも上機嫌。
「いやっほう!」
「雪原ばかり見ていると、目を痛めるぞ」
そう言うクワンダが着用しているのは、地球の
アバターボディだから平気、とは言わない。この修行の趣旨を思い出し、メル・モモ・ミカの三人娘も周囲にならった。
「…野生動物を見ないわね」
ミカが、ふと不思議そうにつぶやく。流れ行く景色は白一色で、時に天と地の境界があいまいに見えるほど。
「ペンギンどころか、シロクマさんやアザラシもいないや」
「トナカイもね」
メルとモモも、顔を見合わせて。
「やはり…
「ああ、そうだ」
ユッフィーの問いに、うなずくクワンダ。
「ソリを引く犬たちも『はじまりの地』の北方で繁殖させ、異世界バルハリアの環境に慣れさせてから使っている」
バルハリアのあらゆるものを凍りつかせ、全ての生命の誕生と成長を止めてしまう古の災厄。クワンダの語るところによれば、わずかな種類ではあるがバルハリアの動植物で保護できたものを、異世界にある氷都市の「衛星都市」で管理・繁殖させているらしい。表向きはその世界に溶け込んでおり、氷都市との関係は秘密のまま。
「どうりで、氷都市に子供の姿が無かったわけね。アバターボディで子供が産めるか、試してみたかったのだけど」
「み、ミカちゃぁん!?」
ミカの唐突な発言に、思わずぎょっとするエルル。
彼女は、偽神戦争マキナの世界で。光翼族に似た種族が運営から不本意な扱いを受けたことをずっとトラウマにしていた。それで蒼の民の物語を聞いてから、しきりに子孫繁栄を口にしていたのだ。
「いつもの愚痴です。聞き流してくださいませ」
ユッフィーは、ミカの関心を他に向けさせようと勇者候補生に誘ったのだが。何だか変な方向に突き抜けてしまった感もある。
「難民の中には、もちろん小さい子もいますぅ。彼ら彼女らはぁ、氷都市の孤児院でいったん預かった後ぉ。受け入れ先が見つかり次第ぃ、異世界にあるオティス商会傘下の都市で大人になるまで育てられますぅ」
「そうして成人を迎えた難民の子は、その世界の住人になったり。中にはオティス商会で働いたり、冒険者になって氷都市へやってくる人もいますよ」
エルルは元難民で、リーフもまた姉と一緒に氷都市へ逃れてきた身だ。難民の子供たちの健やかな成長を祈らずには、いられないのだろう。
会話が自然に途切れたところで、ソリが止まった。
「今日はここで野営する。イグルーを作るぞ」
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