第27話 白夜に舞う者

「イィヤッホゥ!!」


 華麗なる跳躍。

 一瞬を、何十秒にも引き延ばすような回転スピン

 着地の瞬間、片足をスッと高く上げれば。

 

 その先に見えるは、夕日のごとき沈まぬ太陽。


 アリーナは万雷の拍手に包まれた。

 その姿は、かつてオリンピックで見せた雄姿そのまま。


「素晴らしいね、この身体は!」


 アバターボディの助けを得て、ミハイルは久しぶりの爽快感を味わっていた。

 地球での、彼本来の身体では…もはや叶わぬ夢の演技。


「ミハイル先生…」


 これが、氷都市アイスブルクに伝わる「氷上の舞」の源流。

 地球のフィギュアスケートなのか。


 ミキは、新鮮な驚きと共に。自分のそれが、我流の真似事でしかないと悟る。


「先生は、やっぱりすごいです!」


 スケートリンクから上がってきたミハイルに、駆け寄るミキ。

 さきほどから見物していた、アウロラの巫女たちも近くに集まってくる。


 そう。このアリーナは、女神アウロラの神殿の一部なのだ。

 見た目は、古代ローマの闘技場・コロッセオによく似ているが。もちろん血生臭い殺し合いのためではなく、スケート用に作られている。


「どこでも滑りながら戦えちゃう、ミキちゃんの方がすごいよ」


 スケートを格闘技にアレンジしてしまうのは、確かに地球人の常識を超えた発想だろう。

 二つの、全く異なるスタイルの滑り。それがひとつに昇華されれば…どんな芸術が生まれるだろうか。


「ミキちゃん、まるで恋する乙女ですぅ♪」


 アリーナの観客席で。

 エルルは可愛い後輩と、地球の英雄を遠目から見守り。勝手にカップリングして、妄想を楽しんでる様子だった。


「ミハイルさん…既婚者ですけどね」


 面白い子だなと思いつつも、私は常識的なツッコミを入れておく。


「氷都市はぁ、伝統的に多夫多妻制ですぅ」

「…そういえば」


 エルルちゃんに顔を見上げられて、思い出した。

 こちらに来て早々、女神アウロラから二百五十五番目の夫にならないかと誘われたことを。


 年齢=彼女いない歴の私からすれば、正直どう答えて良いものか。リアクションに困る話だった。

 人生が万年氷河期だからこそ。私の魂は「永久凍結世界」の肩書きを持つ異世界、バルハリアに引かれたんじゃないかと思っていたけど。


「過酷な環境でぇ、家族の結束を強めて生き延びるための知恵なんですぅ。『大いなる冬フィンブルヴィンテル』のせいで、赤ちゃんはできないんですけどねぇ」


 そこには、予想とは裏腹に自由恋愛OKのお熱い文化があった。


「一夫一妻って縛りは、ありませんからぁ。イーノさぁんも可愛い子を見かけたら、どんどん口説いちゃっていいんですよぉ?」


 いたずらっぽい目で微笑みを向けられて、私の心臓がドキッとする。


「なんともまあ、フリーダムなお国柄で…」


 返す言葉もなく、私は苦笑いを浮かべるしかなかった。


 男性は、好きな女性への態度が周囲からも分かりやすいが。

 女性は大して好きでもなんでもない、恋愛対象外の男性に対しても…しばしば誤解させるような態度をとることがある。

 どこかで、そんな話を聞いた覚えがあるから。勘違いをしちゃいけない。


 そりゃ、エルルちゃんは私の目から見ても可愛いし、魅力的だけど。

 胸が平らなのが、全然気にならない程度には。


◇◆◇


「ミキさんですね」


 当初の予定通り。私はエルルちゃんを連れて、銀髪の舞姫ミキにあいさつをする。


「『勇者の落日』の一部始終を、夢渡り状態で目撃していたイーノといいます」

「あなたがイーノさん…お話は、ミハイル先生からお聞きしてます」


 お互いに、礼儀正しく一礼する。


「やぁ、イーノ。エルルちゃんとは、仲良くやってるかい?」

「おかげさまで、いろいろお世話になってます」


 ミハイルとは、最初にこちらへ夢召喚されて以来会う機会が無かったが。

 今日の彼は、実に上機嫌だ。


「エルル先輩は、イーノさんのお付きになられたんですね」

「そぉですよぉ。氷都市の文化に触れてぇ、びっくりするイーノさぁんを見るのが楽しいですぅ♪」


 おそらくは彼女も、故郷を失った難民としてここへ来たばかりの頃は。同じ経験をしたのだろう。


「イーノさん、もしご存知でしたら…」

「何でしょうか?」


 遠慮がちに、ミキちゃんが質問してきたので。私も聞き返すと。


「『夢渡り』で、あの後の道化の行方などご存知ないでしょうか?」


 あんな事態を引き起こした、宿敵のその後。

 彼女が、気にかけていないはずはないだろう。


「こちらに『夢召喚』されてから、遺跡内の夢は見てないのですが…」


 私は、傍目八目とも呼べるポジションで。あの一連の出来事を観察できた。

 だからこそ、言えることがある。


「…あの遺跡内部は、庭師ガーデナーにとって非常に都合のいい環境だと。道化が言ってましたね」

「ええ」


 そこで、私の立てた大胆な仮説は。


「あの遺跡内の環境も、バルハリアを覆う『大いなる冬』も…誰かが何らかの目的を持って、人為的に『整えた』。そんな気がします」


 要するに。ローゼンブルク遺跡に、道化以外の「別の庭師」がいるかもしれない。そういうことだ。


「…そうだとしても。世界の『剪定』とやらを企む連中とは、狙いが違うかもね」

「たぶん、遺跡の主にとっても…道化の存在はイレギュラー。彼が自分の庭で好き勝手するのを、遺跡の主は快く思わないでしょう」


 ミハイルも、私が書いた小説の読者だ。私が、夢の内容を物語にまとめたことで。より多くの人間が、真相に迫るきっかけを作れたのなら。

 私のやったことにも、十分な意味があるだろう。


「三つ巴もあり得るわけですね…ありがとうございます」

「何かあれば、すぐミキさんにお知らせします。あの宿敵と本当の意味で決着をつけられるのは、ミキさんだけでしょうから」


 私には、彼女を応援したい理由がいくつもあったから。ただ単に、勇者の落日を見て心を動かされたというだけでなく。


「ところでみなさぁん、立ち話も何ですからぁ…」


 話し込む三人のところへ、様子をうかがうようにエルルちゃんが。


「これから酒場へぇ、四人で飲みに行きませんかぁ?」

「いいねそれ!どこかオススメの店はあるかい?」


 ミハイルは、ずいぶん乗り気だ。


「でしたら、わたしたちがいつもバイトしてるお店がありますよ」


 今度はミキちゃん。


「巫女さんがバイト!?」


 一瞬、わけがわからなくなる私。


「白夜の馴鹿トナカイ亭、っていいますぅ。いいところですよぉ♪」


 エルルちゃんは、みんなを楽しそうに誘うのだった。

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