第25話 異世界召喚の倫理
「地球から人を呼ぶにあたって、彼らの氷都市での扱いを決めねばなりませんね」
「はい。ご希望があれば、わたくしにおっしゃってください」
今日、氷都市を訪れたのはこのため。
私の提案で、地球から「勇者候補生」を呼ぶことになったのだから。それに付随するいろいろなことを、相談しておく必要がある。
「イーノさんはこの件に関して、氷都市における地球人の代表です。あなたの希望はわたくしを通して、市の評議会で審議にかけられます。それで可決されれば」
どうやら、女神様であっても。アウロラ個人にその辺の決定権は無いらしい。
「この街の市政は、有力者の合議で運営されています。その決定機関が評議会。わたくしも、末席に名を連ねておりますわ」
他には紋章院の長や、街の経済を支える商会の代表が評議員になっているらしい。
「まず、はじめに」
前置きをして、私はアウロラに感謝の言葉を伝える。
「地球から氷都市への『夢召喚』が、いわゆる『ブラック召喚』に該当しない事は…よく分かりました。お心遣いに感謝します」
「日本でいう『ブラック企業』のように、召喚の対象者を扱うことでしょうか?」
ええ、とうなずいてみせる。
「過去にも多くの地球人が、さまざまな異世界へと渡っていたはずです。彼らはある日突然、異世界へと連れ去られ。ほとんどの場合において自力で道を切り開くまで、地球へ帰ることができなかったのでは?」
形は違っても、要するに地球の歴史上での奴隷貿易と変わらない。
「
今、私達が慣れ親しんでいる「異世界召喚もの」作品の中には。実体験を元にした話もあるのだろう。
私がネット小説を投稿している創作支援SNSでも、「夢の中で異世界を冒険する」テーマの作品は、思ったより多い。
「もしかすると。永遠の冬の世界・バルハリアに魂を引かれた私のように…」
視線を白い天井に向け、はるか天空の星空を想う。
「違う世界に『波長の合った』誰かが、今もどこかで続く
そんな可能性は、十分にありそうだ。私だけが特別では無い。
「夢渡り」中の記憶を、地球へ帰った後も忘れずに保持している人は。案外いるのだろう。
当然、その体験をそのまま人に話せば。頭がおかしくなったと思われかねない。
だから、たいていの人は黙っているか…そのまま、忘れてしまうのだろう。
小説や漫画などの形で、世間に発表しない限りは。
「イーノさんは、想像力が豊かですね。ものごとの見えない、隠れた裏側にまで光を当てようとしています」
ヴェールの奥の口元が、微笑みの形をつくる。
「ドワーフのような、穴掘り根性といいますか。話がそれましたね」
笑みを返しつつも、私は本題に戻る。
「他の世界のケースを考えれば。不当な拘束を受けることなく、毎晩『通える』形にして頂いてるのは、特異な例外と言えます」
「バルハリアからは今、地球の方々を『生身の肉体を持ったまま』召喚する手段がありません。それがかえって、幸いしたようですね」
精神だけの召喚は、本人の身体まるごとの召喚に比べて制約が少ないと。女神様は答えてくれた。
もちろん、氷都市には「アバターボディ」があり、地球人の精神を入れる器として利用できることも大きい。
「古来より、氷都市では『対象者の利益にならない召喚』を厳しく戒めてきました。そのため召喚対象になったのは『宿敵に敗れた英雄』や『故郷を追われた難民』など、安住の地を求める人ばかりでした」
「勇者の落日」を夢で見たとき。猛将レオニダスは死の寸前に救出された英雄だったし、エルルちゃんは故郷アスガルティアを失った難民だった。
「その安住の地に、良からぬ者を招き入れぬよう。私も相応のセキュリティを施そうと思います」
「具体的には、どういったものでしょうか?」
ご配慮に感謝します、と述べながら。アウロラは興味深そうに視線を向けてくる。
「地球から夢召喚された人々が、ここ氷都市で得られるものは何か。また勇者候補生として望ましい人物像は誰なのかを明確に定義し、分かりやすく伝えることです」
こういった活動のことを、地球では「マーケティング」と呼びますと。私は女神様に説明した。
マーケティングと言うと、単なる宣伝や集客、販促のみを指すと思われがちだが。それは大きな誤解だ。特に私にとっては、サービスの価値を守るための防御的なもの。
それは、客の質を吟味せず。自分たちの提供できる価値が何なのかを十分に説明できぬまま。大手動画サイトと提携し、無差別な「ショットガン集客」の結果として…揉め事の多発とコミュニティ荒廃を招いた、MP社の苦い教訓から得た知恵だった。
私がMP社のPBWで過ごした苦節の15年は、無駄ではない。今こうして、氷都市のために役立てる機会を得たのだから。
他人から見れば、取り柄のなさそうな。四十過ぎのADHDのおっさんでも、必ずどこかに…誰にも負けない強みは、あるものだ。
「募集用のメッセージは、私の方で考えておきます。アウロラ様には、もし地球人が氷都市で不審な行動をとった場合。異世界テレビによる素行調査に、ご協力をお願いしたいと思います」
「わかりました。評議会で伝えましょう」
静かではあるが、はっきりと。彼女は応えてくれた。
「それと、勇者候補生の効果的な育成のために。『勇者の学校』とでも呼べるような、小さな塾を開きたいと思います。講師は、クワンダさんやアリサさんにお願いするとして」
よくある剣と魔法のファンタジー世界では、冒険者を育てるのに学校のような教育機関が無く。未熟な初心者が無謀な探索に挑み、命を落とすことが少なくない。
RPGのプレイ経験で、多少の素養があるとはいえ。あの呪われた遺跡で地球人がぶっつけ本番など、危険すぎる。
「イーノさんのおっしゃる、勇者を育成するための私塾でしたら。当面の間は、紋章院の空き部屋を貸して頂けると思います。ふたりにも、わたくしから話しましょう」
「ありがとうございます」
クワンダとアリサ、あのベテラン冒険者コンビの協力を得られるなら心強い。
「できれば、本番に挑む前に訓練用のダンジョンをつくり。十分な準備を整えたいと思います」
「道化の現れる前と後では、迷宮探索の基本そのものが大きく変わりました。それ故に、ベテランでも万全の対処ができなかったのです」
慎重であることに越したことはない。
この件についても、アウロラは評議会に伝えると約束してくれた。訓練施設の方はクワンダやアリサにも相談し、経験者の意見を取り入れるという。
自分は、勇者の落日を夢でハッキリと見た唯一の地球人。
この教訓を元に、氷都市に地球人を招き。RPGのような冒険者ライフを楽しく「運営」し、それでもって未来の勇者を育成する。
私の腹は決まった。
「これで、安心して。友達を氷都市に誘えます」
これから先…私は、上手くできるのか?
いや、そうじゃない。
大事なのは、挫折を経験することになったとしても——
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