穴掘り姫と地獄の番犬編
第42話 スポーツと戦争と
「お風呂行こうよ!汗かいたからね」
今日の修練はここまで、と。アリサが告げるなり。
メルが、ウキウキしながら一同を誘う。
食事ができれば、汗もかく。アバターボディは人体の機能を完全に再現していた。
「いいですわね、メルちゃん」
「アリサ先生やミキさんも、一緒にどう?」
ユッフィーが相槌を打つと。
「わたしもですか!?」
見学に来ていたミキが、意外そうな顔をして。
彼女も「勇者の落日」以後の氷都市では最強クラスの冒険者。本人が望んでいる、女神アウロラの巫女としての修行のかたわら。ときどき地球組の面々のスパーリング相手を務めていた。
ミキの立場からすれば。異郷の地で、旅をしながら自己流で「舞姫の修行」をしていたら。本来は、RPGでいうところの支援職に相当する「アウロラの巫女」から大きくかけ離れた「踊って戦う格闘フィギュアスケーター」になっていた。そんなところだろう。
「ミキさんって、スタイルいいよね!ドワーフじゃ、ああはいかないなぁ」
「氷都の舞姫…いえ、極光の闘姫といったところかしら」
誰とでもすぐに打ち解けるのは、メルの一番の魅力だった。
それは、ミカも大いに認めるところ。
本人が「女子力無くてね!」と悩んでるのが信じられないくらい。確かに、彼女のファッションセンスは独特すぎるのだけど。
ビキニアーマーか、ジャージで過ごすかの二択という。
「アリサさん、ぼくがお背中流してあげるの♪」
「モモよ。それはありがたいが、浮世絵のモデルになるのは無しじゃからな?」
一緒に汗を流すのには、同意しつつ。アリサが恥ずかしそうにモモを見る。
「ざ〜んねん!アリサさんの裸婦画、絵になると思ったのになぁ」
モモは、イーノファミリーの稼ぎ頭として。すでに氷都市で絵師活動を始めていた。得意分野は、もちろん裸婦画。
自分の足で異世界を渡り、氷都市へ到達した旅人たちとは違って。夢召喚に頼っている地球人は、どんなアイテムも。自分の身体さえも、こちらへ持ち込めない。当然お金もである。
はじめは氷都市から給付金が出るが、これは一時的なもの。いずれは自分の力で稼がねばならない。
「氷都市は、お絵描き天国。ぼくもユッフィーみたいに、地球のほうでもこっちのネタを作品にしてみようかな」
そこで、目をつけたのが画家商売。なにしろ、動画配信はあっても録画と再生だけで。加工したり印刷する術は無く、写真機も存在しない世界だ。イラストレーターがカメラマンの役割まで兼ねる、一般大衆が中世の王侯貴族並みにたくさんの肖像画を残す街。それが氷都市だった。
かつて、人類史上最も商業的に成功した画家と言われるパブロ・ピカソは。やがて写真が絵画を駆逐するのではないかとの危惧から、絵でしかできない表現を求めてキュビズムを編み出したが。
永久凍結世界・バルハリアでは、その心配は無いだろう。地球でもそうだけど。
「モモ。私たちの美しさを、一緒にもっと氷都市に広めましょう」
一番モデルになっているのは、美にこだわりのあるミカ。そしてモモ自身、異世界テレビに映った自分の姿を絵に描いている。メルやユッフィーまでも、アルバイトの一環として裸婦画のモデルを務めていた。
「お給料は、いいほうだからね!」
「仲間のため、一肌脱ぐのも王女の務めですわ」
酒場の皿洗いやウエイトレス。ドーム都市の屋根のメンテナンスに、紋章術で使う特殊な顔料の採掘場など。ユッフィーとメルのふたりは、一緒に多種多様なバイトを経験した。
氷都市の冒険者は、ダンジョンからは安定した収入が得られないので。地球での登山家のように、普段は何らかの仕事をしていて。資金や装備、それにバイトを通じて知り合った冒険者仲間を集めて、迷宮探索に挑むのだ。
ここでは「ダンジョンよりも、バイトに出会いを求めるほうが正解」だろう。
「モモさぁんには、すごぉくお世話になってますけどぉ…」
イーノファミリーの家計を預かる、エルルちゃんも。地球組のたくましさに助けられながら、自分がモデルになるのは遠慮している。そのはずだった。
…なのに。
「はい、エルルちゃん。にっこり笑って!」
「はわわぁ、恥ずかしいですぅ」
まるで記念写真のように、古代ローマ風の大浴場でポーズをとる五人。エルルを中央に、左側からユッフィー、メル。エルルをはさんでモモとミカの順に並んでいる。もちろん全員、一糸まとわぬ姿で。
大浴場に熱い湯を注いでいる、水瓶を掲げた裸婦像のように。たわわな果実を腕で持ち上げ抱えるような、自らの美を強調するポーズをとっているミカ。モモは、柔らかな双丘に指を沈み込ませて魅惑的にアピールし。
ユッフィーとメルは湯船の中に立って、仲良く横に並びながら。お色気たっぷりなお姉さんたちを無邪気に眺め。ストレートな言い方をすると、ふたりもロリ巨乳だ。
そしてエルルは、控えめな胸の上に両手を当てながら恥ずかしそうに。
氷都市内においては、いつでもどこでも女神アウロラから「見られている」のだから。あとで異世界テレビに記録された映像を見せてもらえば、絵のモデルとして十分役立つ。翼などはまだ封印中だが、後から描き足せば問題ない。
無論、フリズスキャルヴのオペレーターである彼女は。公正無私なプライバシーの守護者で、全市民のアクセス権限を事細かに把握・管理している。
「もぉ、今回だけですよぉ」
「エルル先輩…大変ですね」
胸元の傷跡。氷都市の皆からは「聖痕」と呼ばれる×字のそれに手を当てながら。少し離れた場所で温まりつつ、ミキは一同を見守っていた。
「ま、仲良きことは美しきかなじゃ」
隣でアリサが、のんびり湯に浸かりながら手足を伸ばす。
「それにしても。地球から来た四人の急成長ぶりには、驚くばかりですね」
「うむ、そうじゃの」
彼らは、全てが違う。
生まれたときから、高度に発展した情報技術と、進歩的な思想が作り出した社会の恩恵を受けて育ち。それを自覚することもないほど、空気のように当たり前と思っている。
長年に渡り古き因習に縛られ、その結果「邪暴鬼」の出現に対処できず地獄と化したアリサの故郷・トヨアシハラとは、何もかもが。
当の本人たちにしてみれば。地球では、まだまだ大型の商業施設で安くはない料金と待ち時間を必要とする、最新のVRアトラクションよりもはるかに高度な「異種族シミュレータ」が。貸し切り状態で毎日遊び放題だったというだけなのだが。
しかも、元の世界に戻れなくなったり。ゲームの中でありながら、開発者の陰謀で
突然リアルな命のやり取りを強いられるようなこともない。
永久凍結世界・バルハリアにおいて。氷都市は人類最後の都市であり、敵国と呼べる相手もいない。直接、戦火にさらされるような場所ではない。
これは、戦争のための訓練ではないのだ。
今のところは、イーノの提唱した「ゲーム感覚で楽しみながら、勇者候補生を育てる」が上手く機能している事になる。
迷宮の探索において、面倒以外の何者でもない「
やはり地球人は、冒険者としての高い潜在能力を有していた。
(人を斬るつもりで剣を握る覚悟など、彼女らには不要じゃな)
それが、何よりの幸福であると。多くの戦を切り抜けてきた女侍アリサは大浴場の心地良い温もりに包まれながら、しばしの間目を閉じるのだった。
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