3-2 作戦会議1

ーーー

「春化さん。物理教ってご存知ですか?」

「物理教?いや、名前は聞いたことあるけど詳しくは知らない。」


ヤタガラスの件から数日後、ジメジメとした梅雨が本格化し始める六月第一週の土曜日。

私はこれまでの顛末をカトブレパスの契約者であるもう一人の魔法少女、マジカルマジデに語っていた。

場所はいつものファストフード店。

この店舗はドライブスルーやテイクアウトのお客が多く、夕方の店内はいつもガラガラ。

またエリアを区分けされペット同伴入店可になっている。ここを利用する最大の理由がこれだった。

まぁそれにしたって、炎の鳥や牛を連れてくるなんてのは非常識極まりないが。

(召喚獣本来の姿を見られでもしたら大問題だろう。こればっかりは使い魔サイズがなせる技だ。)


唐突に切り出された宗教の話題がこの先の物語の根本を担うことなど、知る由も無い。


「ご存知の通り、理科学実験都市は基本的に宗教には無関心な街です。」

「えぇ知ってる。」

過疎の村が合併し強制的に都市開発を進めた結果、人口は一気に膨れ上がった。しかし、人口の増加は既存宗教の保全には繋がらず、街のあちらこちらに廃寺や荒れ果てた神社が見られる。それは、“余所者扱い”という田舎特有の概念が招いた結果なのだが、この街に宗教が全くないのかというとそうではない。


“物理教”


近年勢力を伸ばしてきた新興宗教で、教祖や教えなどの曖昧なものに従属しなければならないということが一切無い、ある意味で潔い宗教である。

信仰するのは万物の真理。

生き物が絶対に抗うことのできない理科が対象であるため、言ってみれば人類、いや全生命はこの宗教の門徒ということになるだろう。


そんな極端で強力な概念がこの街の風土に適合し、根付いたという経緯がある。

理科の街には理科の宗教。

なるほど、わかりやすい構図だ。


「それで物理教がどうかしたの?」

「今回の顛末、ヨルムガンドと直接関係ないかもしれませんが、物理教のシンボルは数学記号の無限大(∞)マークのモチーフになったウロボロス、つまり蛇なんです。」

ウロボロス。

ギリシア神話に登場する、自らの尻尾を飲み込んだ輪っかの形状をする蛇。

起点である頭が終点である尻尾を飲み込むことで、終わりがないことを意味し、死と再生、不老不死のシンボルとして扱われる。


またウロボロスはヨルムンガンドが原型となったという説もある。


『救世主、蛇を追え。』

私の夢に出てくるあのエセ神さまはムカつくぐらいに的確な指示を出していた。というわけか。

「気に入らない。」

「えっ?何です?」

「あぁ、いやいや。こっちの話。」


「では、今後は物理教を調査・・・。」

「あ、夏値。そのことなんだけど。」

私が言葉を発するとほぼ同時に、背後の席から声がする。

「ヨルムガンドがそこにいるのですか?」

花園茉理であった。

手にはオーソドックスなチーズを挟んだハンバーガー、単品。背負った可愛らしいリュックサックからはフェニックスがちょこんと顔を出している。


「茉理ちゃん。どうしてここに?」

「どうしても何も、お姉さんが連絡してきたのではないですか。」

「あー、いや、そうだけど・・・。」

たしかに今後についてのことを話すため、夏値に状況を伝えるため、この場を設け一応連絡はしたが、ヤタガラスの件で凹んでいる茉理ちゃんが来るとは思っていなかったのである。

「私に対する気遣いは無用です。」

茉理ちゃんは気丈にそう振る舞った。


「はじめまして、花園茉理と言います。」

夏値に軽く会釈し、椅子を引いて私の隣に座った。

「あ、これはどうも。私の名前は藍野夏値です。」

「物理使いマジカルマジデ。存じております。」

ニワカの私と違い、この街で7年も魔法少女を続けているマジデは、実績、実力共に必要十分条件を満たした有名人らしい。

私たちは話の途中であったが、挨拶もそこそこに、茉理ちゃんがここに来た最大の目的である、自分の話を切り出した。

「私の知っている情報は少ないですが、お二人に賢者パンディットの事、お話しします。」


茉理ちゃんは自身のヤタガラスとの出会い、舞踏会の仮面をつけた女性賢者、パンディットとの出会いを語ってくれた。(前章の茉理の回想を参照)


「賢者パンディットがヤタガラスに危害を加えていた?」

「はい。真意はわかりませんが、その時はヤタガラスの事を“見逃す”と言っていました。」

ヤタガラスは何か任務を与えられて現実世界にやって来た。契約者が魔法少女であればその任務を背負うことになったのだろうが、茉理ちゃんは魔法少女の契約に失敗し、なし崩し的にパンディットの言われるがまま賢者になった。

その為、ヤタガラスは茉理ちゃんからエネルギーの供給だけを受け、本来の任務を単独こなしていたらしい。

ちなみに魔法少女の任務は理科世界管理局から出ているが、末端の使い魔が全体を知ることは出来ないという。(この辺りは人間の組織と同じで、妙な気分になる。)

で、まとめると、任務の内容が何で、誰の指示だったのかはヤタガラス本人から聴かないと分からない。現時点で何か知っているのは、当事者であるパンディットであろうが、その件で接触するのはかなり危険と思われる。

ただまぁ、同じターゲットであるヨルムガンドを追う限り、いずれ対峙することになるのだけど。

「今回も厄介なことになりそうだわ。」

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