2-12 ヤタガラス編20

ーーー

突如私たちの目の前に現れた仮面の女性。

ただ、仮面とは言ってもこれまでの賢者のようにフルフェイスで顔全体を隠しているのではなく、お金持ちや有名人が身分を隠して訪れる(これはあくまでも私のイメージで、実際は知らないけれど。)優雅なダンスパーティー、仮面舞踏会で使用される目元のみを隠したタイプのものだった。

ちなみに色は黒。このテのもので言えばスタンダードだろうか。


「ヨルムガンドは毒蛇よ。

素手で近接攻撃を仕掛けるなんて、無謀だわ。」

石が頭に直撃し、文字通り伸びきった毒蛇に一歩一歩ゆっくりと近づいていく。

うろたえる私たちを尻目に、毒に侵されたヤタガラスの傷口はドス黒く変色し始めていた。



「・・・パンディット。」

マツリがそう呼んだ。

おそらくこの女性を指し示す名称だろう。

意味は、どうせまた英語で賢者なんでしょ?

「仏教のルーツであるインドの言葉、サンスクリット語が語源となった珍しい英単語よ。

意味は博学者。」

説明を求めた訳ではないのだが、肩の上の化け猫の代わりにフェニックスがドヤ顔でそう答えた。


私とは初対面であるが、マツリとは面識があるようで、

「あら?貴女、グレイベアードなの?仮面はどうしたの?」

女性の方からそんな風に話しかけられていた。

「そんなことはどうでもいいです。

貴女がどうしてここに?」

「何を言っているのかしら。

あれだけ盛大に篝火(かがりび)を焚きあげたというのに・・・。」

フェニックスを召喚した時の狼煙は一般人の目には見えない、なんていう都合の良いものではない。煙は視覚情報として誰にでも認識出来る。


実は召喚獣がらみの山火事は初めてではない。私は約ひと月前にも誘発しており、その時は召喚獣を目撃されてしまっている。理科世界の方で揉み消したらしいのだが、未確認生物と山火事でこの街の科学者からは注目されてしまっているのだ。



「じゃあ、何をしに来たのですか?」

マツリの方は敵意をむき出しにして警戒している。

「ここに来た理由?

偶然よ。貴方達がたまたま居ただけ。

私はそっちの爬虫類に用が・・・いいえ、爬虫類の“持っている鍵”に用があるの。」

召喚獣を暴走させるモノ、それはこの物語の事件の主軸となる存在。元素の鍵。

私たちや理科世界管理局以外にもこれを集めている者がいる。

それはこの街の【賢者】

無限のエネルギーを持つ元素の鍵は、研究対象として、また人類の未来の資源としてとても魅力的に見える。

(だが、それをいたずらに利用することは間違いである。それは前回の事件で私が証明した通りだろう。)


「見たところヤタガラスも暴走しているみたいだけど、契約者であるグレイベアードはどうして大丈夫なのかしら?」

そう言うとマツリの方、とりわけ使い魔であるフェニックスを眺めて一人で納得したように頷いた。

「なるほど、鞍替えしたってわけ?」

「断じて違います!

私はヤタガラスを救うために“仮の契約”を結んでいるだけです!」


「なんてこと言うのこの子は?!

命の恩人に向かって。」

命の恩人(?)。文字通り、蘇生したしね。

ただまぁ、たしかにマツリのヤタガラスに対する感謝とは温度差がある。凄いことをしたというのにフェニックスがちょっとだけ不憫だ。

おそらく、ヤタガラスは過去にマツリの心を救ったのだろう。


このやり取りを見て女性はようやくこちらに興味を向けた。

「マジカルマヂカです。」

とりあえず名乗ってみる。

「マジカル・・・マヂカ。救世主にして、魔法少女の成り上がり。」

「?」

この人も私を救世主と呼ぶ。

私は出会ったことのない魔法使いのことをほとんど知らないけれど、こういう情報はどこから入ってくるのだろうか疑問に思う。

「私は救世主など信じない。夢のチカラで理科を扱う曖昧な者たちの幻想に興味などないわ。」

いやだから、自分を救世主だなんて思ったこともないし、この人の意見も求めていないのだけど・・・。まぁ、オトナの賢者は多分に漏れなく、自らの見解を一方的に話す傾向にある。ただ、これを口にすると怒るんだろうな。


実力はともかく。私から見た大賢者パンディットの第一印象は“無理をして虚勢を張る女性”だった。

賢者の情報を得るため、私がパンディットに話かけようとした時、

「シャァアアアアッ。」

会話の隙をついて気を失っていたヨルムガンドが目を覚まし、全速力で逃げ出した。

「?!」


襲いかかってきたはずのヨルムガンドだったが、多くの魔法使いを前に狙っていたヤタガラスの鍵も諦め、自らの保身を本能が悟る。蛇とは元々臆病な性格の生物で、危険を察知するとすぐさま身を潜めいなくなってしまうのである。

「はぁ~。全く・・・お喋りが過ぎたわね。」

ヨルムンガンドに逃げられ、肩を落としたパンディットは、自身のタイトスカートに着いた土埃を叩(はた)いて落とすと、

「“虻蜂取らず”になりたくないから、私は当初の目的通りヨルムガンドを追うわ。」

私たちに背を向けた。


虻蜂取らずは、“二兎追うものは一兎も得ず”と同義のことわざで、同時に複数の目的を狙っても結局何も得られない、という意味である。

ただ、虻と蜂が獲物なんて結構チャレンジャーだけど、いったい何目線の言葉なの?

「虻蜂取らずは蜘蛛目線の言葉よ。」

「・・・。」

魔法契約しているわけでもないのにどうして私の心が読めるの?これが上位召喚獣フェニックスのチカラだとでも?!

「いや、だからマヂカちゃん。あなた、口に出してるんだってば。」

「うぐっ・・・。」

無意識のうちに?

これは策士としては致命的だ。気をつけよう。

そうこうしているうちにパンディットの姿は見えなくなっていた。

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