1-8 ヤタガラス編7
銀イオンによる消臭効果で心眼は封じられてしまったが、ようやく闇夜に目が慣れてきた。それに、気合十分の今は攻撃に転じる場面である。やる気が物質となってみなぎっている!
私は右手を前方に構え、化学式を集中する。
H2SO4
「マジカル希硫酸。」
前方に作り出した希硫酸。いつもならこの状態のまま放射状に放つのだが、今回は一定量を生成すると球体を維持したまま宙に浮かせ保持した。
希硫酸とは硫酸の成分が水に溶け、濃度が90パーセント未満になった状態を言う。希硫酸には生物に対して有効な攻撃方法である脱水効果がない。なので、このままでは効果薄である。
であれば、希硫酸の中の水を抜き取れば濃硫酸を生成できるのではないだろうか。そう考えたわけだ。
ちなみに物質から溶媒である水分を蒸発させることを“濃縮”という。野菜や果物のジュースなんかに用いられている技術だ。100パーセント果汁のジュースの多くはこうやって作られている。
私は左手を球体に向かって構え、
「マジカル水(H2O)濃縮還元製法!!」
希硫酸から水分を抜いた。
そして、今ここに濃硫酸の一撃を苦労して作り出したのだ。
「・・・毎回毎回、どうやってそんな手段を思いつくのじゃ。」
「欲望が原動力だからね。」
口の悪い使い魔たちが私の悪口を言っていたようだが、この時は耳に入ってこなかった。
ヤタガラスの突進かぎ爪攻撃に対して私の執念が生み出した渾身の一撃をカウンターで狙う。
「カアァァァ!!」
「くらえぇーぃ!」
迫り来るかぎ爪を全力で横っ飛びで回避する。そして、濃硫酸はヤタガラスの身体にではないが、その凶悪なかぎ爪に命中する。
「よっしゃ!」
希硫酸よりも濃度の高い濃硫酸に驚いてヤタガラスは地面を転げ回った。
爪というのは生物学的に、進化の過程で鱗を変化させたものであり、その主成分は金属などではなくタンパク質である。身体に直撃したわけではないにしても、ダメージは少なくないはずだ。
地面について大人しくなったヤタガラスを捕獲するべく、私は網を構えてにじり寄る。
投網の射程圏内に近づいたところで、ヤタガラスがこちらを向いた。
「!?」
立派な爪は健在。それどころか、光沢を増してより一層輝いて見える。銀メッキだ。
「ちょっと、嘘でしょ?!」
タンパク質と硫酸は相性が良く、反応しやすい物質なのだが、あのかぎ爪には銀で何重にもコーティングされているのだ。硫酸は確かに金属と反応をしやすい物質であるが、銀を溶かすには濃硫酸に熱を加えた、酸化力の強い熱濃硫酸が必要だ。
いや、仮に銀を溶かすことが出来たとしても、コーティングを金に変えられれば、熱濃硫酸ですら歯が立たない。それはもう王水の領域だ。
「ケットシー、幻覚お願い。」
「まったくもー。」
撤退にせよ次の手にせよ、とりあえず今は時間稼ぎだ。
「了解。“ルナティックレイン”!!」
使い魔の特殊能力は魔法契約一つにつき特殊能力を使用出来る。その能力は個体差があるのだが、ケットシーの場合は対象者に幻覚と白昼夢を見せることが出来るというものだ。
能力が発動すると、ヤタガラスの周囲に白い霧が立ち込めた。・・・のだが、
バッサバッサッ!!
巨大な翼が羽ばたきを数回すると、霧は晴れてしまった。
あ、ヤバい、ピンチかも。
至近距離からヤタガラスのかぎ爪が私に向けられ、眼前に迫ってきた瞬間、覚悟を決めて目を閉じた・・・のだが、
「セイッ!!」
なんとも可愛らしい声が発せられたかと思うと、状況は一変する。ヤタガラスに変面の魔法使いの正拳突きがヒットしていたのだ。
「ヤアッ!!」
そして今度は、カンフー映画さながらの、その体勢からは絶対にありえない、フィギュアスケートのような空中での回転で上段回し蹴りが繰り出される。その衝撃にアオザイが綺麗な円弧を描いてくるりと回ると同時にヤタガラスは数メートル弾き飛ばされた。
「ま、茉理ちゃん!?」
間違いない。茉理ちゃんは自身の身体能力を向上させる理科の使い手、生物使いなんだ。
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