5章「突っ切って」

 改めて近くで見ると、とんでもない圧力プレッシャーを放っているのが分かる。巨大人型兵器は今でこそ見慣れた光景になりつつあるが、緒戦の兵士達に与えた衝撃は想像にかたくない。

 ――否、正確に言えば、今も恐怖の象徴としては充分すぎる影響力を保持している。補充されてくる新兵や予備役に至っては、遭遇時に揃って我を見失うという。


 まぁ、今ケイ・ラシェールが見上げているのはアトラスでなくキュクロスだが、一歩兵からすればどちらも変わらない。近付けば踏み潰され、遠くからの攻撃は無効化されるのだから。

(まるで人類の天敵ね)

 小型トラックの後部座席に浅く腰掛けつつ、彼女は思った。


 キュクロス、アトラス、そしてスピリットアトラス――強襲機動歩兵というカテゴリを確立させつつある存在は、戦場に大きな衝撃をもたらした。

 こんなものを世に召喚したのは、かつての同胞ルカ・クロード。彼の真意を、ケイはなんとしても確かめたかった。


 ルカは自分と同じ『覚醒個体』。それも、身体能力強化に重点が置かれている参号ケイとは異なり、知能が特に優れた弐号である。何を考えているのか、ケイですら予測できない。

 だが、それも間もなく明らかになるだろう。連合軍きっての精鋭が陸海空から迫っている今、もう彼に逃げ場なんてない。


 ケイも、今度は逃がさないと心に決めていた。手にしたスナイパーライフルの七・六二ミリ弾で彼の身体を引き裂き、何もかも吐かせた上で地獄に叩き落とす。同族としてのケジメだ。

 その為にはまず、この強固な防衛線を突破しなくては――。


「おい、シャキッとしろ。もう砲撃が開始されてる」


「あっ」

 パルターの野太い声で、ケイの思考はふっつりと途切れる。戦場にいるというのに、ヤンデレの如くルカに執心していたようだ。


 同時に、ずぅぅんと腹の底に響く爆音が轟いてきた。慌てて双眼鏡を覗くと、五キロほど先にそびえ立つ黒い防壁――というか巨大トーチカのひとつが、炸裂して燃えているのが確認できた。

 後方に展開する砲兵隊が、ソールアルディーティ隊の道を切り開こうと、再び火力投射を開始したのだ。


『効力射!』

 続けて五発、六発と榴弾が防壁に降り注ぎ、表面の装甲板を削ぎ飛ばす。

 アトラスに対して殆ど無力だった榴弾砲でこれほど損傷を与えられるなら、防御設備まで衝撃拡散装甲で覆っているわけではないようだ。


「まー……だからって、そんなにうまくいく訳ないと思うけど――わっ!?」

 言い終わらない内に、ビュンッ! と心臓に悪い音を置き去りにして、何かが背後へと飛んで行った。

 ケイ達の頭上を掠めたのは、おそらく一二七ミリクラスの砲弾だ。数秒遅れて確認できた弾着で、容易に想像がつく。


 どうやらケイの思った通り、防壁の完全破壊には至らなかったようで、据えられた固定砲が反撃してきたらしい。

 防壁を覆っている装甲板が普通の鋼板なのは幸いだが、問題は防壁が台形であることだった。足元が頑強な分、ちょっとやそっとの砲爆撃は耐え凌がれてしまうわけだ。


「やはりな。榴弾砲程度じゃ簡単には崩せねーよ、アレは」

 すぐ隣の車両(の、なぜかボンネット上)に仁王立ちしているヴォルフが、いつもの余裕な表情のまま呟いた。

「どうしますかい?」

「ふんっ、想定内だ。それに、ここに来て妙な変更なんてできるか! 俺様達はこのまま浸透し、敵の度肝を抜いてやる」


 などと豪語し、マイクからパスされた通信機に向かって言う。

「予定通り、煙幕を頼む。濃密にな」

 通信の相手は砲兵隊のようだったが……。

『はぁ? 今突っ込んだら、アンタら防壁から掃射されてお陀仏だぞ』

「やかましい! 日が暮れちまうわ!」

 要請する立場でその態度はどうかとは思ったが、結果はすぐに出た。


 ヒュルルル〜という風切り音が聞こえたのは、その約一分後。

 次の瞬間、ソールアルディーティ隊とカスピアンフォートレスとの中間地点は、濃霧に匹敵する煙幕で満たされた。

 砲兵隊による煙幕弾投下――当然ながら、目的は敵の視界情報の撹乱。


 いちいち細かい説明をしなくとも、この後にやる事は明確だ。

「全車前へ! 一気にファーストダウンだぁああ!」

 響き渡るヴォルフの雄叫び。続くのはエンジンの唸り。それを合図に、数十台にもなる車両が、野牛の群れの如く一斉に前進を始める。


『大佐! やはり無茶苦茶過ぎます!』

「今に始まったことじゃないだろぉ!? イクゾォォオオ!!」

 割と必死なペールの進言をも跳ね除け、常人なら持ち上げることすら一苦労のルードショックを、片手で高々と掲げるヴォルフ。

 さらに、座席に戻ってもなお「もっとだ! 一部が濡れティーみたいに透けてんぞ!」などとテンション高め。


「機銃掃射されるかもしれないのに、嬉嬉として突撃する人ってウチの隊長くらいよね」

「あんなのが何人もいてたまるか」

 まさに異能生存体ね……と付け加えながら、ケイとパルターはドアに軽くしがみつく。


 それと呼応するように運転手が車の速度を徐々に上げ、ついに時速は八〇キロを超えた。

 周りも同様だ。小型トラック、大型トラック、偵察用オートバイ、装甲車――兵士達を乗せた車両群が、迷いもなく煙幕へと飛び込んでいった。


(本当に何も見えない……!)

 覚醒個体のケイは、実を言うと常人と比較してかなり眼が良い。暗闇でも割としっかり視認でき、スナイパーの役割とも相性最高なのである。

 しかし、この煙幕爆撃を前に眼の良さなどは関係なくなる。砲兵隊の手腕を肌で感じられるほどに隙が無く、敵味方共に有効な射撃を封じていた。


 煙幕の中で頼りになるのは、音と特殊なナビ。ナビはファントムアインにも採用されている戦術データリンクシステムの転用品で、各車の正確な位置を把握できるだけでなく、地形データから最適なルートを算出してくれている。

 これと煙幕の組み合わせで浸透しろというのも酷な話だが、ヴォルフは単純なほど効果的だと言って憚らなかった。


 また、一応は他にも秘策はある。

『こちらシンヤ、撃たれた!』

 危機的な内容の割に、幾分か落ち着いた口調なのはキュクロスを駆るシンヤ。

 彼らキュクロス部隊は煙幕に紛れることもせず、爆走するケイ達から少し離れたところを、シールドを前面に立てながら前進中であった。


 アトラスやキュクロス、こいつらの強みは何だったか。戦車数十両にも匹敵する瞬発火力? 地上兵器としては破格の走破性能と機動力? 否、生半可な攻撃では破壊不能と言わしめる絶対的な防御力だ。

 アトラスを狩るために開発された主力戦車ファントムアイン、その一六〇ミリ滑腔砲ですら完全には貫けない装甲を纏った巨人が、そこらの固定砲ごときで止められるはずがない。


 つまり、キュクロス部隊にはデコイとなってもらったわけだ。敵のヘイトを全て受け止める、最上級の贅沢なデコイに……。


「…………うー」

 基本的にマイペースなケイですら、この作戦は頭おかしいと断言できる。

 いかに敵の意表を突こうと、いかにキュクロスが頑丈であろうと、弾幕の中に飛び込むことに変わりないのだ。

 第一次ワンリー攻勢の時、パオトウへ無茶な突撃を敢行したことが脳裏をよぎる。また、同じ過ちを繰り返すのかと。


 ――ただし、あの時とは明らかに違う点があった。


『俺なら大丈夫です。行ってください!』

「おうよ! 利子は倍にして返してやろうぜぇ!?」


 参加している兵士達の、士気と練度だ。


 勇猛果敢なのか、ただの無謀か。彼らの勢いはとどまるところを知らず、機銃掃射の隙を敵に与えないまま、瞬く間に中間地点を突破してみせた。


 ここまで来ると煙幕が薄くなり、徐々に視界も鮮明になってきた。

 その先に待ち受けていたのは、幅・深さ共に二〜三メートル程の塹壕線。人員不足なのか、守備兵や機銃は配置されていない。実質はただの堀。

 しかし、張り巡らされた鉄条網やチェコの針鼠も相まって、車両や歩兵の侵入を阻むには充分だ。本来なら、ここで足止めを食らっている間に防壁からのつるべ打ちが来る。


「くぅ、流石にコイツは強行突破できねぇか…………なーんちゃって!」

 もちろん対策はあり、隊員達は素早く動いた。


 防壁のヘイトがキュクロス部隊に集まっている隙をつき、三台の大型トラックがバックで最前列に出てくる。

 このトラックが積んでいるのは兵士ではない――大量の土嚢だ。

 そう、道がなければ作ってやろうというのだ。


「降ろし方、はじめ!」

 合図と共に三台が一斉に荷台を傾け、合わせて一〇トンはあろうかという土嚢が、転がっては塹壕内に積み重なっていく。

 あまりにも強引と思われるが、迎撃が間に合わなければこっちのもの。車両二台は通れる道が、あっという間に作られてしまった。


「今だ! 駆け抜けろ!」

 大型トラックが捌けると同時に、他の車両が我先にと――しかし混雑のない統率の取れた動きで塹壕を渡り出す。

 点在するチェコの針鼠は戦車すら止めてしまうが、ソールアルディーティ隊は戦車なんか持ってきていない。小回りの良さを活かして障害物を避け、鉄条網を踏み倒し、第二関門すら易々と攻略したのだ。


 残るは全高三〇メートルにもなる防壁砲台だが、これもすでに砲俯角の内側に入り込んでいるため、全く脅威になっていない。

 長射程と侵攻の抑止力を実現する構造だったのだろうが、今はアダとなって虚しくキュクロス部隊を撃ち続けていた。


「ねぇどんな気持ち? ねぇねぇ今どんな気持ち?」

「大佐、少し黙ってください」

 わざとらしく指を防壁に突きつけ、味方まで不快になるほど煽り立てる最強の兵士。

 このヴォルフは、元気とノリがあれば何でもできると思っているらしい。もしくはただの戦闘狂か。


 そうして防壁の間をすり抜け、突入したカスピアンフォートレス内部……。

「来たぞ」

「えぇ」

 パルターとケイは短い言葉だけを交わし、鋭い視線を周囲に向けたまま、銃の安全装置を解除した。


 そこに広がっていたのは、大小様々な格納庫・倉庫・集積所、巨大なパラボラアンテナ等の兵站施設が並ぶエリアだった。

 舗装されていない簡易道路がいくつも海の方へ伸び、その先に目を向ければ別の施設群が見えた。規模に負けず、密度もそれなりにあるようだ。


 カスピ海沿岸地域の北西部から北東部までを網羅するウォリアーズ本拠地は、対を成す存在の中華前線基地に劣らない所だと一目で分かる。いや、それ以上か。

 なんにせよ、ここでは一瞬の油断が命取りになるであろう。容易過ぎた突破に慢心してはならない。


「総員、作戦通りに展開。もう囲まれていると思え」

 なぜか目を輝かせているヴォルフに代わり、マイクがキビキビと指示を飛ばす。

 その言葉を証明するかのように、間をおかず、先頭にいた装甲車が甲高い金属音を鳴らした。

「被弾! 前方にホプリテス多数!」

 装甲車搭乗員の悲痛な声と共に、ガシャガシャと死を呼ぶ足音が迫る。


 しかし、そんなもので怯まないのが最精鋭ソールアルディーティ。

「構うもんか。食い破る!」

「突撃ぃぃいッ」

 ある者は武器を握りしめて車から飛び出し、ある者は車載機関銃で敵の足止めを試みる。


 ――だが、忘れてはいないだろうか。その勇敢さも、ひと握りのイレギュラーの前では僅かな光と化してしまうことに。


「威勢がいいのは結構だが、皆死に急ぐんじゃあないぞ」

 のっそりと車から降りつつ、義手である左腕をキリキリ鳴らすのは、大柄な黒人兵士マイク・J・ガンス。

 彼の眼前には三体のホプリテスが立ちはだかり、今にも重機関銃を一斉射しそうだった。


 なのにマイクは、冷や汗ひとつかかないまま左腕を前にかざし、軽く狙いをつけた。

「…………フンッ!」

 直後、巨大な炎塊が掌から生成され、真っ直ぐにホプリテス部隊へと飛翔。射撃する間も与えず、すべてを焼き尽くした!


 ソルジャーランキング二〇位、焼夷推進高速砲を操る[ターミネーター]。彼の前では、ホプリテスの頑強さなど些末な問題だった。


 一方のシエラ・フールは、戦闘に参加する様子もなく、なぜか悠長にマシンピストルのマガジンを交換している。

「殲滅完了。舐められたものですね」

 彼女の台詞に、ほとんどの隊員は首を傾げただろう。


 だが、ケイには見えていた。彼女がマイクよりも――いや誰よりも早くに動いていたことを。


 実際は、最初の被弾があったコンマ以下数秒の内に、シエラは風のように駆け出していたのだ。

 さらにその加速を活かし、先頭にいたホプリテス一機の左腕と頭部をねじ切ったかと思えば、マシンピストル二挺を接射で全弾叩き込み無力化。再びどこかへ消えた。


 そして、シエラが何食わぬ顔で皆の元へ戻ってきた頃、なんと付近にいた五機のホプリテスが謎の爆発を起こして沈黙したのだ!

(マイク少佐の攻撃と被って、完全には見切れなかったけど、たぶん駆動部に手榴弾を仕掛けたんだわ。ほんの一瞬で……)

 速さだけなら、間違いなく自分を上回っている。そうケイは確信できた。


 ソルジャーランキング三位、人間離れした速さと、それを活かした戦闘力の高さは[疾風迅雷]に相応しい。たとえ相手が機械であろうとも。


 さて、残ったホプリテスは六機。普通の兵士なら、総員でじわじわ追い詰めるべきだと、口を揃えて言うだろう。

 ――だがこの男にかかれば、

「よーしゴミ掃除といくかー」

 全ての常識はひっくり返る。


「ウラララララララララララララララララララララララララララララーーーーッ!!」


 機関散弾銃ルードショック。毎分七〇〇発というサブマシンガン並みの連射速度と、人間の手には余る高反動、重機関銃並みの重量を併せ持つゲテモノ試作銃。

 小型トラックの上からヴォルフによって撃ち下ろされる其れは、固い地面ごと獲物を吹き飛ばし、大量の細かい破片へと変貌させた。結果は……言うまでもないだろう。


 ソルジャーランキング二位、今披露してみせたのは、能力のほんの一端に過ぎないという最強兵士。彼が戦死する様を、まるで想像できない。


「おいおい瞬殺だよ」

 人間の本能なのか、味方であるはずのパルターまでも恐れおののいていた。武骨な顔の所々がピクついており、ちょっと小突けば汎用機関銃を取り落としそうだ。


 連合陸軍においては、ホプリテスと交戦する際、一体につき複数の分隊が連携して対処することが前提。尚且つ、重火器の使用も推奨されている。

 アトラスという怪物に隠れがちだが、歩兵の直接的な脅威であるホプリテスも極めて危険で強力なのだ。ケイ達も、それはペキン防衛戦で思い知らされていた。


 それを一人ずつで――しかも複数体を圧倒するなど、到底受け入れられるものではない。たとえケイやレティシアやアベル同じイレギュラーが身近にいても、まるで次元が違うのだから。


「お前の言う適合者って、ここまで人間辞めれるもんなのか?」

「……微妙ね。マイク少佐は適合者じゃないと思うけど、他二人は明らかに異常。でも、私が知ってるパターンには当てはまらないわ」

「ふぅん、そういうもんか」

「そ、所詮は裏事情を少し知ってる実験体に過ぎないし。…………それより、上を見てパルター」


 ケイは突然、雲すらまばらにしかないはずの空を指さした。

「……………………あ」

 そこには、大型軍用ドローンがゆらゆらと漂っていた。距離にして高度およそ一〇〇〇メートル。ケイの目にははっきり映っているが、パルターはゴマ粒ほどの黒点に見えているだろう。

 機銃の類は付いていないが、カメラは不気味なほどしっかりとこちらを捉えている。


「盗撮なんて失礼な奴ね」

 そう吐き捨てながら、ケイは車のドアに足をかけ、ライフルの照準を遥か遠くを漂う標的に合わせた。そしてすぐさまトリガーを引き絞る。

 ――銃声が響く。伸びやかな銃声だ。

 放たれた弾丸は空を切り裂いて進み、約一秒後、ものの見事にドローンを撃ち抜いた。くるくると無様に落ちていくのも見える。


「アレ、たぶんここの『やんごとなき人の眼』ね。視察かしら。やたら私の方にレンズを向けてた気がしなくもないけど」

「…………今更だが、お前が味方で本当に良かったよ」

「あらそう? ついに惚れたってわけね」

「やかましいわ」

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ワールド・コンクエストⅡ 筑野あき @tikuno55

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