4章「未知の領域」

『最終だんちゃぁぁぁぁく!』

 遥か前方の荒れた大地が、文字通り爆裂した。おびただしい量の土煙が空へ舞い上がり、岩石は四方へ飛んでいく。

 そこから数秒をおき、轟っと凄まじい爆音と爆風が襲ってくる。キュクロスの巨体ですら、少し揺らぎそうになったほどの衝撃だ。


 これは、カスピアンフォートレスへの道を塞ぐ敵防衛線に対する、自走砲とMLRSによる突撃支援射撃といったところか。

 広範囲に降り注ぐロケット弾は逃げることを許さず、追撃ちの榴弾が敵部隊ごと大地を耕していく。


 あの下にいる人間は、おそらく原型も留めない。肉と骨と土がミックスされ、人としての尊厳ごと地に還る。

 可哀想だとは思う。最期の瞬間は、恐怖しかなかっただろうなとも思う。けれど、情けは微塵もかけない。


『防衛線を食い破る。続け!』

『『「了解!」』』

 ペール機を先頭に、四機からなるキュクロス部隊が突撃を開始した。半壊した塹壕網とトーチカ陣地を越えて進撃する光景まさに、全てを破壊し飲み込む大津波!


「アトラス、ガングリード、未だ多数が健在!」

『今更だけど、なんて硬さなの……ッ』

『構わないわ! 衝撃拡散装甲だって、完全無欠じゃない!』

 敵との戦力差はおよそ三倍。ガングリードによる砲撃も止んでいない。だが、彼らの勢いは止まらない。


『各機、自由に撃て! ただし、引き際を誤るな』

 弾幕を掻い潜り、九〇ミリバトルライフルの有効射程圏内に入るや否や、四機が一斉に敵陣へ砲弾の雨を浴びせる。

 ダッダッダッダッダッダッダッダッ! と、七六ミリマシンガンとは一味違った砲声を伴って、敵味方入り乱れた戦闘が始まった。


 斬り込んだのはペール機。

『押し通る!』

 距離を詰めつつ射撃。接近したらレイダーメイスに持ち替え、頭部ガンポッドによる牽制を加えながら白兵戦へ移行。瞬く間にアトラス一機をノックアウトした。


 隊長を務めるペールは、とにかく万能といっていいだろう。

 中距離から白兵まで交戦距離を選ばず、さらに視野が広いためカバーも上手い。危なっかしい場面がひとつもない。

 編成当初こそシンヤやレティシアに一歩譲っていたものの、少しの訓練だけで肩を並べるほどに。流石はヴォルフのブレーキ役といったところか。


『ナカムラ上等兵、そっちにアトラスが一機行ったぞ。頼めるか!?』

「やってみせます!」


 模範的なペールに比べると、シンヤは少し異質と言える。

 ホワイトレイヴンとの再戦あたりから覚醒した対アトラス戦能力はかなりのもので、次に敵がどういった行動をするのか、手に取るように予測できていた。タイマンならまず圧倒できるわけだ。


「三機目撃破!」

『シンヤ君……すごい』

「どうってことない。こんな奴ら、ホワイトレイヴンに比べたら――ファッ!?」


 などと珍しく主人公らしかったのも束の間、シンヤ機の腰あたりにガングリードの一五五ミリ榴弾が直撃し、大きくよろめいてしまった。

「な、何しやがる……!」

 すぐさま反撃の一射を放つが、被弾面積の小さい相手にことごとく外してしまう。


 彼は対アトラス戦能力が群を抜く一方で、それ以外が相手となると、途端に実力を発揮できなくなるようだ。決して一方的とは言えないが、ガングリードのような車両には的にされてしまうのだ。

 そもそも、シンヤ・ナカムラは本来ただの歩兵。機甲戦力への対処法といえば、極力交戦を避けることを前提に、奇襲くらいしか心得ていなかった。


『もー、しっかりしなさいよ!』

「すまんレティシア、頼む!」


 そんな不甲斐ないシンヤをカバーして、なお余力を見せているレティシアはというと、『殺られる前に殺る』を地で行くインファイターだ。

 左腕のバトルライフルを浴びせて標的を釘付けにし、次の瞬間には右腕に携えたレイダーメイスが粉砕している。一連の動作は流れるように美しく、破壊的だった。


「速い……」

 数多くのエース機を見てきたシンヤですら、短くも明快な感想を漏らす。

 ホワイトレイヴンやレッドオーガほどではないにしろ、白兵戦の鮮やかさは一般機の其れを凌駕していた。


 彼女自身の格闘センスが活かされているのは間違いないが、これは指導したというエースの存在も大きいかもしれない。

(それにしても、あの戦闘スタイル……どこかで聞いたような気が……)

 自分でも説明できない悪寒を追いやって、さっさとガングリードを掃討したレティシアの援護に回る。


 残る一人はマリアだが、残念ながら彼女は他三人と等しくはなれなかった。

『ひゃう!? ど、ど、どこから撃たれたの……?』

 シンヤ達に続いて突撃したまではいいが、その後は的にされるばかり。キュクロスの防御力で、何とか五体満足でいるという状況だ。


「マリア、キュクロスに振り回されるな! その怪物の手足は自分の手足。モニターが捉えたものは自分の目が捉えたもの。支配するんだ!」

『そんなこと言われたって……!?』

「無理ならトーチカになれ! 援護を頼む」

 シンヤからそう言われ、マリアはシールドを立てて砲台と化した。


 マリアは元々、イレギュラー二人が辞退したことで補欠から繰り上がった身であるものの、適性試験や訓練成績は優秀な方であった。むしろ、ペールやシンヤの次点くらいだった。

 けれど、やはり本番は上手くいかないようだ。戦術が確立されてない中でも、訓練は一通りやってきてはいたが……。



 そうして数十分の戦闘が繰り広げられた後は、凍りつくほどの静けさが戻っていた。

 結果は連合軍――もといソールアルディーティ隊の勝利。カスピアンフォートレスへの道を塞いでいた敵陣地は、炎と機械の残骸、そして充満する死の匂いが残された。


 戦果はアトラス二個小隊(六機)、ガングリード一個小隊(三両)、トーチカ砲台五基、その他車両や火砲多数。対して、こちらの損害は無し。

 後方に配置された落ちこぼれが相手とはいえ、充分過ぎる戦果だ。同時に、キュクロス部隊が実戦で通用することが証明された。


 これから歩兵部隊による制圧が行われるが、そっちも心配する必要はない。

『派手にやるじゃねーか!』

『ご苦労さまです』

『かーっ、大佐が乗りたがるのも分かるカッコよさですなぁ』

 ヴォルフ、シエラ、マイクの筆頭三人組に続き、ケイやパルターら隊員が塹壕へ悠々と入っていく。この面子……結果は火を見るより明らかだろう。


 どうにも気が抜けそうになる光景だが、まだまだ作戦は始まったばかり。

『一息つくには早い。我々は、このまま二キロほど前進して警戒待機する』

 休む間もなくペールが指示を出し、シンヤ達三人は黙って機体を歩かせる。まるで、何かに駆られるように。


「…………」

 変な気分だ。やっと念願の場所へ到達できるというのに、嫌な予感がさらに増している。しかし家族を救うため、機体の歩みを止めることはできない。

(この作戦、絶対に何か……予想もつかない事が起きる)

 おそらく、マリア達も同じことを考えている。戦場では何が起きても不思議ではないが、そういう次元ではなかった。


 前進するたびに呼吸が乱れ、説明不能な冷や汗が流れ落ちる。目的地が『来るな』と言っているようだ。

「…………っ」

 シンヤにできることは、ただ気を強く持ち、砲撃によって生じた土煙をかき分けて進むことくらいだった。


『皆、そろそろ見えてくるはずだ』

 そんな時、いつにも増して緊張感のあるペールによって、思考の螺旋から引き戻される。

 見れば、モニターを塞いでいた土煙が薄まり、中東の広大な荒地にはあまりにも似つかわしくない人工物が目に入ってきた。


「あれが、カスピアンフォートレス……」

 ――遂に来たのだ、この場所へ。


 カスピ海沿岸地域の一部を網羅する巨大基地施設、ウォリアーズ本拠地[カスピアンフォートレス]。

 皆を恐怖と絶望の淵に追いやった死神は、ここから這い出てきたのだ。


 要塞と言わしめているのは、いくつも建ち並ぶ威圧感のある黒い台形の防壁。

 内部または上には半自動制御の機銃や砲が設置されていて、塹壕線やチェコの針鼠と共に、地上からの安易な侵攻を許さない。突破しようとすれば、相応の犠牲が伴う。


 その内側は格納庫等が主となっているものの、対空設備やフライクロウ用カタパルトも各所に点在していることが確認されており、防空も鉄壁レベル。

 連合軍創設前、旧ロシア軍をはじめいくつかの軍が攻撃を仕掛けた記録はあるが、生還した航空機は四割程度だったという。


 だが、地表にあるものは氷山の一角に過ぎない。本体は地下だ。

 地下には、兵器工場はもとより、司令部、実験場、シェルター等、あらゆる機能が集っていると予想されている。以前は、最適な戦略を算出するスーパーコンピュータが存在するなんて噂もあった。


「………………………………」

 遠目に見ているだけで、凄まじく不気味に感じられる。最先端の観測技術をもってしても、全容が明らかになっていないからか。

(あそこに、俺の家族が囚われている)

 確証なんてなかったが、信じなければ手足が動かなくなりそうだった。


『……通信、司令部からだ。空母打撃群は海峡を抜けて黒海に到着済み。ヨーロッパ方面空軍も、全機作戦ポイント通過とのこと。予定通り、五時間後に同時攻撃開始だ』


 四機へは他にも『ウラァーッ! オールクリアだぁ!』『うるさいです、大佐』などという騒音も届いてはいたが、それらが耳に入らないほどの緊張感で満たされていた。

 運命の時が迫り、戦車兵装備もほのかに汗ばんでいる。冷却器が過剰なまでに効いているはずのコックピット内で、だ。


「すぅぅぅぅううううう、ふうぅぅぅぅぅううう……」

 大仰に呼吸を整え、破裂しそうな心臓を強引に押さえつけた。


 偶然に近い形でアトラスを撃破したあの日から、約半年。なんて遠い廻り道だったろう。自分が今ここにいることも、単なる偶然が重なった結果だ。

(――いや、違う)

 偶然で始まり偶然が続き、こうして生き残っているのなら、自分達の行動は世界が望んでいるということだ。そう考えると、ほんの少しだけ肩が軽くなった。


「マリア……。最後かもしれないから、言っときたいことがある」

『最後だなんて、縁起でもないなぁ。どうしたの?』

「俺、本当はマリアが――あ、いや。マリアと姉貴って雰囲気似てるなーっと思ってた!」

『ふふっ、なにそれ』

 ……この期に及んで、死亡フラグを建てかけてどうする。


 さぁ、気を引き締めろ。感覚を研ぎ澄ませ。ここからは、本当に未知の領域。

 そして、全ての犠牲と疑問に報いてくれる『答え』が待っている。


 ***


「友人が来たようだけど、どうするつもりかな? 僕としては、下手に君を危険に晒したくないのだけど」


「……行かなくちゃならない。彼らは僕の目的を知りたがっているし、僕はそれを越えることによって生まれ変われる。互いに望んでいるんです、この争いに決着をつけることを」


「ふーん。ま、好きにするがいいさ。必要な『モノ』の用意は済んだし」


「…………ひとつ言わせてください。『こんなもの』を使ってまで戦争を続けるなんて、死んでいった人達への冒涜としか思えない。あなたは一体、どんな未来を見ているのですか」


「僕が答えるとでも? それに、作ったのは君じゃないか。アトラスといい『コレ』といい、自分の行いから目を背けたいのかな」


「――――ッ」


「そんな怖い顔をしないでくれよ。少なくとも、君を救ってあげたいとは思っているさ。一緒に頑張ろうじゃないか」


「何を言われようが、僕はあなたを信用できません。先日、包囲されたウランバートル基地を見捨てましたよね? 司令官には『コレ』の発動をチラつかせた上で、彼の戦略を握りつぶした」


「状況が変わった、だけじゃ説明不足かな」


「……いえ、充分です。あとは僕の好きにやります」


「そうかい。じゃあ、ご武運を。――――

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