カスピアンフォートレス周辺

3章「終わらせるために」

 出発当日の早朝。線路上に並ぶ貨物列車へは、大まかな部位に分けられたキュクロスをはじめ、各種車両や物資の積み込みが完了していた。

 全高二〇メートル、総重量一〇〇トン近くあるキュクロスは、そのままでは列車に積載できない。そのため、一度バラされ前哨拠点にて再度組み立てられる。


 そして、ヴォルフによる挨拶(長くなりそうだったのでペールとシエラに中断させられた)もそこそこに、ソールアルディーティ隊を含めた精鋭部隊は中華前線基地を出発。

 事前に念入りな陽動と衛星偵察が行われていたとはいえ、幸いにも接敵はなく、最小限の点検停車を挟みながら、七日間かけて前哨拠点へと移動できたのだった。



「武器・糧食問わず、ダブルチェックを怠るなよ!? 迅速かつ丁寧に、間違いなく! この作戦は、他とは訳が違うぞ!」

「きびきび動けやぁーーっ!」

「急げ急げ!」

「そこ、四〇秒で終わらせな!」


 薄雪が残る前哨拠点のあちこちで走り回っているのは、作戦の準備を進める補給部隊の兵士達。ペキンや中華前線基地では、まるで見たことのない機敏な動きである。

 最終決戦に近い存在である本作戦は、「連合軍だから」などという今までの怠慢は通用しない。直接戦闘員でなくとも、関わる人間は皆選りすぐりだ。


「いよいよか……」

 新しく支給された汎用機関銃を保持したパルターが、何度もせわしく腕時計を確認していた。

「パルターったら眉間にしわ寄せ過ぎぃ。まだ始まってないよ?」

「八割くらい地顔だっつーの」

 ついでに言うと傷は完治している。ショットガンで撃たれたはずなのに、どこの軍神ですか?


「パルター、出撃前に見せつけてんじゃねーよ」

「眼科行った方がいいぞ」

 一方、相変わらずなパルターやケイとは対照的に、シンヤとマリアとレティシアの低身長三人組は、普段とは変わった装いをしていた。


「やっぱりこのヘルメット重いなぁ。首が凝るかも」

「あぁ、ヘッドセットも兼ねてるからなー。紐はしっかり絞めとけよ」

「うぅ~、男性向けに作られてる筈なのに、こうもすんなり着れちゃうなんて……。もっと胸のところとか――」

「え?」

「な、なんでもないからっ」


 三人はなんと、通常の歩兵戦闘服ではなく、戦車兵の装備を身にまとっていた。

 身軽で動きやすく、多様な装備を携行可能だった歩兵戦闘服に対し、狭い車内でも怪我をしにくいように作られている戦車兵装備は、ゴツゴツした印象を受ける。


 彼らがこんな格好をしているのには、当然訳がある。

(キュクロスパイロット……俺が……)

 そう、『操縦手』に選ばれたからだ。


 ヴォルフによってキュクロスがお披露目された後、ソールアルディーティ隊の面々は適性試験をおこなった。悠長に転科訓練などしていられないため、最もセンスのある者達で編成する為だ。

 移動操作から始まり、射撃・格闘・耐G・複数の兵装を使い分ける判断力を測り、特に順応が早かった四人を決める。


 その結果、シンヤが選出されたわけである。数少ない経験者だから、当然といえば当然か。

 なお適性試験の結果だけならば、シンヤの上にはヴォルフとケイとレティシアがいる。ただ、ヴォルフはペールから猛反対されて渋々身を引き、ケイは「パルターと一緒じゃないとやだ~」などと言って辞退。控え要員となった。


 最終的なキュクロス部隊メンバーは、以下の四名。

 一番機……ペール・バーナー(隊長)

 二番機……シンヤ・ナカムラ

 三番機……レティシア・テイル

 四番機……マリア・フロスト


 正直なところ、レティシアを辞退させるべきかマリアとこっそり話し合ったが、ルカの一件で生じた心境の変化を信じることにした。それに、彼女の経験と能力がこれ以上活きる場面は他にない。

「…………っ」

 無論、もしもの事があれば背後からでも撃つ。シンヤとマリアには、その義務がある。


『各員、キュクロスの準備が整った。搭乗して待機せよ』

 先にキュクロスへ乗り込んだペールからの指示――時間のようだ。


「……行こう」

「うん」

「…………」

 片膝を地につけ、横一列に並んだキュクロスの元へと三人は向かった。その光景はまるで、魔王討伐に赴く勇者一行。


 各々、背面ハッチからコックピットへ入り、電子機器で埋め尽くされた操縦席に腰掛ける。

 内部はアトラスと殆ど変わらないが、ファントムアインから流用したデータリンクシステム系のモニターが追加されており、窮屈さが増していた。居住性? 何それ食えんの?


(…………キュクロス)

 鼓動の高鳴りを感じる。ようやく、この舞台へ辿り着いたんだと。

(お前の力を貸してくれ……!)

 そんな力強い想いを乗せ、シンヤは巨兵を目覚めさせる。敵ではなく、味方として戦ってくれと。


《パイロットヲ認証シマシタ。メインシステムヲ起動シマス》


 女声的な電子音が反響し、同時にコックピット内がモニターから発せられる光で満たされた。

「全システム、正常に作動。いきます」

 続けて、バイザー型頭部メインカメラが青白く発光し、片膝をつけて待機状態にあったキュクロスが、ゆっくりと立ち上がった。


『こちらペール。各機、状況は?』

『レティシア機、問題ないわ』

『マリア機も異常ありません』

「……シンヤ機、いつでも出られます!」

 全高約二〇メートルの機械人形――そいつらが、雪の残る大地を踏みしめる。


 これから挑むのは、未知の領域への進軍だ。立ち並ぶ四体の巨兵達も、それを打ち破るべく整えられた。

 各機、搭載武装は以下の通り。


 ペール機

 右腕……九〇ミリバトルライフル

 左腕……強化シールド

 背面……レイダーメイス


 シンヤ機

 右腕……九〇ミリバトルライフル

 左腕……強化シールド

 背面……レイダーメイス


 レティシア機

 右腕……レイダーメイス

 左腕……九〇ミリバトルライフル

 背面……予備マガジンラック


 マリア機

 右腕……九〇ミリバトルライフル

 左腕……強化シールド

 背面……予備マガジンラック


 その他、三〇ミリ頭部ガンポッドと脚部ミサイルランチャーをそれぞれ装備。

 キュクロスは、部隊間の互換性を持って長期戦に耐えるべく、ウォリアーズのアトラスとは対照的に武装は殆ど統一されているのだ。


 ただレティシア機に限っては、整備班に頼んで強化シールドをオミットさせてもらっていた。

 なんでも、右腕に格闘兵装、左腕に射撃兵装を持たせたスタイルは、彼女にアトラスの操縦を指導したエースから影響を受けているそうな。パフォーマンスは最大限に発揮できるに越したことはない。


『ねぇ、聞こえる?』

 不意に、シンヤ機にのみ通じる回線で、レティシアが話しかけてきた。

 ただしその声は、彼女らしくないと言っていいほど消え入りそうだった。


『その……さ。私ってほら、アレじゃん? 今更だけど、本当にこのまま出撃していいの?』

 この期に及んで、再び自分の立場がどんなものか思い知ったらしい。――いや、自分達の元締めを前にした今なら、当然かもしれないが。


 しかしながら、シンヤはあえて厳しい姿勢を見せる。

「勘違いするな。一〇〇パーセント信頼したわけじゃない」

『…………っ』

「今置かれている状況を見て、これがベストだと判断したまでだ。もしもの時の覚悟は、とっくに済ませている。マリアもな」


 極端な話、レティシアは都合のいい駒だ。

 理由は伏せているものの、経験値はパイロット四人どころか、候補者全員の中でも断トツ。

 適性試験に限っては、イレギュラーであるヴォルフや覚醒個体のケイに一歩及ばなかったようだが、実戦経験に勝るものは無い。それに、アトラスの弱点も熟知している。


 ただし、この危険極まりない任務でレティシアが命を落としたとしても、連合軍にとっては厄介払いできただけ。損失は限りなく小さい。

 非情なように見えるだろうが、これが裏切り者が進むイバラの道だ。


 正直なところ、シンヤも心苦しくて仕方がない。ただ、自分がこの戦争に身を投じている理由を思い返した時、兵士として冷酷さを捨て去るべきではないとも考えた。

 本人もそれについては承知の上で、なお生きる可能性がある選択をしたのである。


 ――しかし、シンヤは兵士であると同時に、ただの平凡な日本男子。冷酷さを捨てない一方で、こうも付け加える。

「だけど、本当に君が[レティシア・テイル一等兵]として戦うなら…………俺の命に代えてでも背中は護る」

 甘ちゃん具合は、筋金入りであった。


『~~~~~~~~ッ!』

 なぜか、押し殺した悲鳴のような、腹痛に悶えている時のような、何とも言えない声がレティシア機から漏れてきた。

「どうかした?」

『なんでもない! …………ばか』

「…………?」


 なんだかよく分からないが、出撃前にこんな話は極力したくない。

 ここはひとつ、冗談でも飛ばして雰囲気をリセットするのが最適解だろう。

「あー、もうウジウジするなっての! お前らしくない! 悩むのは、その胸のことだけに――」

『あ?』

「アッハイ、ナンデモナイデス」

 失敗しましたとさ。


 そうこうしている内に、ヴォルフからキュクロス部隊に通信が入った。

『快調らしいな。こっちも準備万端だ』

 前方を映すカメラに注視すると、まさに圧巻というべき光景が広がっていた。

 百名以上にもなるソールアルディーティ隊の面々が、大小様々なトラックやオートバイ、装甲車等に搭乗し、出撃の時を今か今かと待っている光景が。


 陣形の右翼後方には、パルターとケイが乗った小型トラックも見える。二人へ発光信号を送ると、揃って汎用機関銃とスナイパーライフルを頭上に掲げて見せてくれた。

 これから死地に向かうというのに、誰一人として怯えている様子はない。この戦争に終止符を打つ存在になるという誇りからか、もしくはヴォルフの圧倒的なカリスマ故か。


『各員、間もなく作戦開始の時間だ』

 全部隊に繋がっている通信機で、ヴォルフは語りかける。その声色は、普段より少々落ち着いていた。


『今更なことだが、これから俺様達が向かうのは、情報も碌に揃っていない第一級危険領域――敵本拠地カスピアンフォートレス』

 その名が出た途端、ただでさえ肌寒い前哨拠点の気温が、幾らか下がったような錯覚に襲われた。

 偵察、観測、人工衛星。あらゆる手を尽くしても、未だその全容を把握できていない諸悪の根源。根拠の無い恐怖感だけが、波のように押し寄せる。


『消息を絶った偵察隊や航空機も少なくない。はっきり言って、何が起こるか想像できん。ボロボロのパラシュートを抱えて、スカイダイビングするようなもんだろう』

 おそらく、ここにいる者の何割かは生きて帰ることを許されない。それも、理不尽なことが原因となって。


『だけどな――ッ!』

 ……だからといって、

『俺様達ならやり遂げられるはずだ。このグランド・オペレーションを!』

 ここで退く者など、ただのひとりもいるはずがない。


 グランド・オペレーション――本作戦の概要を知る一握りの高級将校は、期待を込めてそう呼称しているらしい。

 戦略爆撃機による牽制や、ゲリラなどの公式の記録にはない戦闘を除けば、連合軍初となる本格的な対カスピアンフォートレス戦。


 目標は大きく分けて三つ。

 第一目標は、地上に点在する対空施設の無力化。

 第二目標は、ギガース級陸上戦艦の整備ドック破壊。

 この二つを達成できた時点で、ウォリアーズはまともな防衛すら不可能となる。カスピアンフォートレス攻略戦を展開するまでもなく、連合軍は降伏勧告を突きつける。


 そして最も重要……いや、連合軍にとってではなく、シンヤにとって最も重要なのが第三目標。

 これの優先度が低いのには理由がある。前述の第一と第二目標をスムーズに進行させるための存在であるからだ。つまりはただの陽動。

 本目標は、あくまで明確に敵の目を引く『囮』であり、多くの者にとってはオマケでしかない。……けれど、一握りの誰かには希望の光を照らしている。


 それはずばり、。そう、シンヤが死ぬ物狂いで追い求めた『真実』。


 ソールアルディーティ隊が請け負った任務は、監視衛星によって位置が判明した収容施設から、捕虜となった民間人を救い出す事だったのだ。

(父さん、母さん、姉貴……。もうすぐだからな!)

 司令部が陽動扱いしているのは癪だったが、この手でケリをつけられるならどうでもいい。


 あの日常を取り戻す。そのたったひとつの願いを胸に、シンヤ・ナカムラは巨兵の操縦桿を握っている。


 ――さて、作戦目標自体は単純明快だが、やはり未知数な部分があまりにも多く、危険度の高さは過去に類を見ない。

 しかしながら、連合軍側も最高クラスの精鋭を揃えて臨み、もてる限りの力を結集して戦争の早期決着を目指す。


 ソールアルディーティ隊等、前哨拠点から進軍して敵を引きつける主力地上部隊。


 隠密行動をとり、カスピアンフォートレス内部に潜り込む工作部隊。


 ヨーロッパ戦線から参加し、高高度爆撃や近接航空支援等の幅広い空襲を行う航空団。


 ダーダネルス海峡とボスポラス海峡を経て、黒海から支援する空母打撃群。


 その投入兵力は一個師団クラスに相当。ソルジャーランキング入りしている将兵、二一六名を含む。


(俺がここまで戦ってきたことへの『答え』が、きっとこの先にある)

 シンヤの想いは、今にも爆発しそうだった。自分が待ち望んだ結果への挑戦権、それを手に入れた過程を思い出し、心が震えてしかたがない。

 ライノ、アベル、ユイ、その他大勢の友軍兵士――志半ばでの離脱を余儀なくされた者達の意思も、ようやく解放させることができる。


 そして、忘れてはならないことがもう一つ。

(ルカは絶対に現れる。いや、俺達を待っているんだ)

 自分でもよく分からないが、そう確信することができた。


 ケイと同じ覚醒個体たる彼が、どういう想いで敵対しているのかは知る由もない。それを問いただす機会すらないかもしれない。

 ただひとつ言えるのは、彼がこの戦いにおいて大きな壁になるであろう、ということ。再び相まみえた時は、国際統一連合軍の兵士として全力で対処するのみ。


「…………ん」

 心臓の鼓動がうるさい。怯えているのか? 興奮しているのか? もしくは、少し前から感じている嫌な予感のせいか。

 いや、だから何だというんだ。シンヤ・ナカムラにはもう、前へ進むこと以外に選択肢はないのだから。


 そして、運命の時が訪れる。

『終わらせるぞ! 出撃だああああああああああああッ!』

「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおーーーーッッッ」」」

 狼の如きヴォルフの咆哮と呼応し、兵たちの鬨の声ウォークライが大地を揺るがした。

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