2章「目指した場所」

 二年前の話をしよう。この戦争が最も悲惨だった頃のことだ。

 ユーラシア大陸のど真ん中から突然現れた敵性勢力は、未知なる破壊の力をもって瞬く間に勢力圏を広げていった。物量、制空権、制海権など、あらゆる面で勝っていながらも、各国は碌に反撃もできず後退を繰り返したわけだ。


 ……だがそれは単に、アトラスやギガース級が強力だったからではないと、私は考えている。

 共通の敵を前にしても、互いの意地の張り合いや目先の損得を優先した結果、効果的な連携ができなかったこと、それが世界の三分の一を失うことになったそもそもの要因なのである。ようやく連合軍の創設にこぎ着けた時ですらも、一枚岩にはなりきれず、アフリカや南アジアまで手放してしまった……。


 敵が進んだ分だけ、我々はおびただしい数の犠牲を払いながら後退を繰り返す――あぁ、もはや誰もが諦めかけただろう。私だってそうだった。


 …………しかし! 我々の本領はそこからだった!


 東アジア戦線構築作戦の成功を皮切りに、戦術や指揮系統の整備が急速に進み、各所で効果的な防衛戦が展開されるまでになった。ようやく、皆が一筋の光を目指して進み始めたのだ!

 そして今、東アジア戦線ではワンリー攻勢が大詰めを迎え、ヨーロッパ戦線でもカルパティア攻勢が敵を呑み込み続けている。加えて、オーストラリア戦線はほぼ制圧状態だ。


 そう、かつてボロボロだった連合軍は、今や勝利を目前にしている!


 ……知っての通り、ここまで来る道は決して穏やかではなかった。緒戦の大敗から始まり、アフリカ戦線崩壊、南アジア戦線崩壊、度重なるヨーロッパ戦線拡大失敗、第一次ワンリー攻勢失敗、その他多数の負け戦。我々が築いてきたものは、勝利への土台などではなく、屍の道――否、屍の大地なのだから!


 では、今諸君らの隣にいない、屍となった者たちは意味のないものなのか?

 いや違う! 彼らの死に意味を与えるのは、今生きている我々だ!


 亡き戦友の為に! 愛する者の為に! 祖国の為に! 全軍、勝利へ進撃せよォーーーーッッ!


 ***


 国際統一連合軍の実質的最高司令官、ブロント・オースティン大将の演説が全世界で放送される中、シンヤはある場所に電話をかけていた。

「――ってわけで、当分は見舞いにも行けない。ごめんな、ユイ」

『あははは。気にせんでよかよ、大変やろうけんね』

 それは、ユイ・キサラギがいる病院だった。


 ルカ・クロードの凶弾によって重傷を負ったユイは、応急手当を受けて後方へと送られ、今は中華前線基地南部に設けられた病院にいるのだ。

 あの後彼女は、しばらく言語障害が出るほどの苦痛と精神的ショックを受けていたらしい。けれど、こうやって電話できるほどには回復したようだ。


『ここには色んな人が来るけんね……噂には聞いとるよ。他の部隊とは比較にならんくらい、危険な任務に行くだろうって』

「まぁ……な。昨日のブリーフィングで大筋は聞いたけど、レッドオーガと戦う方が遥かに現実的な任務だったよ」

『へぇ、どんな任務なん?』

「ごめん、それは言えない。いくらユイでも」

『あ、そっか……』


 自分が置いて行かれた存在であると思い知ったのか、ユイの声色がちょっぴり暗くなった。

「まぁ、なんだ、その……。生きて帰れるかは分かんないけど、ユイの分まで頑張るから」

『……うん、期待しとく』

 ユイ自身も分かっているだろう、もう兵士としては戦えないことに。それでも気丈に振る舞い、シンヤ達を何事もなく送り出そうとしてくれている。


『――――あ、最後に二つだけ、ワガママ言っていい?』

「ん?」

『シンヤさんの家族、無事に助け出さやんよ! そのために、ここまで戦い抜いたんやけん』

「……あぁ、分かってる」

 元よりその覚悟だ。たとえ這いつくばってでも、あの頃を取り戻してみせる。


『それと、もう一つ』

「…………」

『ぜったい、ルカの阿呆アホを……コテンパンにぶっ飛ばしてきて! 私の分まで!』

「――っ! もちろんだ!」



 電話を終えたシンヤは、作戦の準備を進めている隊員達の元へと戻った。

 パルターら下級兵は物資の運搬や点検。一方ヴォルフは、マイク、シエラ、ペール等の副官クラスを集めて打ち合わせ中である。

「大佐ぁ! ただでさえ無謀な作戦なのに、コンビニに寄るくらいの感覚で攻略目標を増やさないでください!」

 ペールの悲痛なツッコミも聞こえてくる。……本当に勘弁して欲しい。


 そんな中、弾薬箱をせっせと運んでいたマリアと遭遇し、あからさまに心配そうな顔を向けられた。

「ユイは大丈夫そうだった? その……ヤケになったりしていないかなって」

「……とりあえずは大丈夫かな。まだ立ち直るには時間が必要だろうけど」

 強がっているのは見え見えだったが、多少は彼女も成長していたようだ。強烈な経験の数々が、図らずも実を結んだらしい。


(ユイの期待を裏切るわけにはいかない。絶対に成し遂げるんだ、で!)

 決意をさらに固めたシンヤは、戦いに向けて野に並べられていた、作戦の要となる『ブツ』を改めて眺めた。


 ひとつは、言うまでもなくキュクロス。特別に支給された四機の連合軍版巨兵だ。

 アトラスへの対抗手段――というよりも、巨大人型兵器の有用性を評価し、[強襲機動歩兵]というカテゴリを確立するか否か判断するために少数が造られた、テスト機であるとのこと。

 また、衝撃拡散装甲(コピー品)のコストパフォーマンス評価も兼ねているらしく、信頼性は決して高くない。


 さらに言えば、アトラスとは性能や運用思想が若干異なる。

 アトラスは、その高い火力と絶対的な防御力を武器に正面から敵を撃滅する、いわば主力兵器。ポジション的には戦車が最も近い。

 対してキュクロスは、攻撃ヘリのような役割が期待されているようで、機動性を向上させた代わりに若干装甲を削ぎ落とされている。味方との連携が大前提なのだ。


 とはいえ、機甲戦力としては破格の不整地走破性能と、衝撃拡散装甲による生存率の高さ、運用思想に合うように設計された九〇ミリバトルライフルの火力は折り紙付きだ。

 ヴォルフが言うように、アトラスを蹴散らせる潜在能力はファントムアインを上回るであろう。


 その怪物を四機、一個小隊分――。たしかに巨大な戦力だが、当然真っ向から戦線に突撃させるわけではない。二つ目の『ブツ』の支援によって、キュクロスは真価を発揮するであろう。

(しっかし、優勢になったのはつい最近なのに、よくもまぁ……『あんなもの』を用意できたな)

 連合軍の底知れなさに寒気を感じつつ、シンヤは二つ目に視線を移す。


 その視線の先にあったのは、東西に伸びる線路を埋め尽くさんばかりに並べられた貨物列車群だった。


 中華前線基地北部は、ユーラシア大陸を横断するシベリア鉄道を掠めている。つまりその気になれば、中東方面へ迅速に戦力を送ることが可能。カスピアンフォートレスなんて目と鼻の先だ。

 ただし、そんなことはウォリアーズだって百も承知。二年前の侵攻で鉄道が何ヶ所も爆破され、長い間機能していなかった。


 しかし時は流れ、連合軍優勢が濃厚となり、敵も鉄道の警備に戦力を回す余裕がなくなった。

 この隙をついて、連合軍と協賛勢力は突貫工事で鉄道を復旧させた――と思いきや、さらにカスピアンフォートレスの北東約五〇〇キロ地点に、そこそこ大掛かりな拠点を既に造ってしまっていたのだ。


 つまるところ、ソールアルディーティ隊の初任務は、この貨物列車で前哨拠点を経由し、敵本拠地カスピアンフォートレスを攻撃することである。遂に、この時が訪れたのだ。


「なんだろう、もうすぐ打ち切りになる漫画を読んでいる気分だわ」

「……旧中国軍と旧ロシア軍の連中がヤバイだけだ。きっとそうに違いない」

 ようやく連合軍が本領発揮できる環境が整っただけだ。決してご都合展開ではない、いいね?


 狙いとしては、敵主力がワンリー=カルパティア会戦へ対処するために出払っている隙を突き、回り込むようにしてカスピアンフォートレスを叩く、といった具合だ。

 ただし、主力がお留守であるとはいえ、カスピアンフォートレスはウォリアーズの本拠地。少数精鋭で落とせるなんて、司令部も端から考えていない。


(落とせはしないけど、決定的なダメージを与え、ワンリー=カルパティア会戦を圧倒的有利で終わらせる。全てが上手くいけば、主力によるカスピアンフォートレス攻略と、アフリカ大陸奪還戦をするまでもなく、降伏に追い込める……か)

 ブリーフィングの内容が頭をよぎり、思わず拳を握り締めていた。


 司令部が描いたシナリオは出来が良すぎたが、そこに辿り着くまでの過程は酷いものだった。先ほどユイにも話したが、レッドオーガ撃破作戦の方が遥かに良心的な気がする。

 しかしながら、今回はヴォルフやシエラ等の連合軍最高戦力に加え、ソールアルディーティ隊以外にも最精鋭部隊が複数参加予定となっている。負けるビジョンは不鮮明だ。


 ――そしてなにより、この過程の中には、シンヤが待ち望んでいた『到達点』も含まれていた。


「……シンヤ君?」

 気がつくと、マリアが透き通るような、それでいて怪訝そうな瞳で、シンヤの顔を覗き込んでいた。

「………………なんでもない」

 どうも無意識の内に、全身から殺気を漂わせていたらしい。暑くもないのに汗が止まらない。


(なんだろう、変な感じだ)

 単に高揚しているだけか、それとも何か得体の知れない悪い予感なのか。

 今はただ、戦いに備えるしかない――。


 ***


 砲声、爆裂音、怒号、そこかしこで音達が騒ぎ立て、人間たちの集中力を削ぎ嘲笑う。

 しかし、それすらも頭が受け付けていない男がいた。


「いったいどうなっている!? このままでは、本当にウランバートルが落ちるぞ!?」


 彼は一際高い建物の最上階から、汗だくで窓の外を見ていた。

 そこから一望できる南側の大地と空には、見渡す限りに蠢く影がある。人、車両、航空機――大小様々な影が上も下も埋め尽くし、餌に群がる蟻のようにこちらへ向かっていた。


 これらは全て、ここウランバートルを奪還せんと進撃する連合軍である。その数は、少なく見積っても三〇万は超えるだろう。


「どこからこれほどの戦力を引っ張り出した!? 第一次ワンリー攻勢時の連合軍は、かなり無理をして戦力を捻出していたはずなのに!」

 手の震えが止まらない。こんなはずではなかったのだ。


 ウランバートルを守る戦力は二万にも満たない。加えて、カスピアンフォートレスからの補給線を断たれた半包囲状態。

 しかも目の前に迫る大軍は、東アジア方面軍だけに限定しても、全戦力のほんの一端に過ぎない。


「レッドオーガとブラックフェアリーは敗れ、デビルマゼンタもヨーロッパ送り……。ホワイトレイヴンにいたっては行方不明!? 何もかも計画と違うじゃないか!」


 先ほど、ペキンで耐えていた部隊も降伏したとの報が入った。ゴビ砂漠方面も、続々と撤退を開始しているらしい。

 つまり、もはや他の東アジア方面軍を抑える障壁は皆無ということだ。仮にこの三〇万を押し返したとしても、すぐさま増援が駆け付けて穴埋めされる。


 こちらの主力はアトラスであるし、中華前線基地攻撃に使用したギガース級陸上戦艦も配備されている。エースだって、僅かであるが戦線各地から呼び寄せた。誇張抜きで、国一つくらいなら簡単に捻り潰せるレベルだ。

 ……しかし、それを丸ごと覆す圧倒的な戦力差! もはや、士気なんてあったものではない!


 なお、大将ブロント・オースティンの演説と、ヴォルフ隊復帰に影響を受けて集った義勇兵が大半であることを、彼は知る由もない。ただしそれを差し引いても、予測できる結果は変わらない。

「くそ……っ」

 デスクに置いていた電話をひっ掴み、何度も指を滑らせつつ番号を打ち込んだ。


『やぁ司令官。随分と鼻息が荒いけど、何か画期的な戦略でも思いついたのかな?』

 ――これほどまでに、“すっとぼけ”や“白々しい”という言葉が当てはまる態度があるだろうか。


 電話に出た相手は、こちらの心境など微塵も興味がなさそうだった。だが、めげずに男は声を荒げる。

「話が違う! ここに群がる連合軍を駆逐するがあったはずだ! それはどうした!? パオトウを手放したのだって、そのために――」

 今のこの状況を動かせるとしたら、『奴』しか頼れない。いやそれ以前に、『奴』が約束を守らなかったからこんな状況になっている。


 しかし『奴』は、必死に訴える男を遮り、そして嘲笑うように軽く言い放つ。


『ハハッ! たしかにそれは事実だけど、僕はウランバートルで使うなんて一言も口にしていない』

「なっ……!?」

『君の拡大解釈だろ? それとも、自分の為に世界が動いているとでも?』

 何も言い返せない。言い返したとしても、子供の駄々となんら変わりない。


(どうして……なぜ……私は……)

 今になって気付く。この戦争は何の為にあるのか、自分は何を信じて戦ったのか。

 彼の全てが、音を立てて崩れていく。


『君は道化に過ぎない。このイカれた世界に、少しだけ波をたてただけだ。まぁ、僕も似たようなものだけど』


 そういう事だから、あとはよろしく。相手はたったそれだけを言い残し、電話は切られた。

「あ……ああ…………」

 膝から崩れ落ち、己の愚かさに押し潰される。

 彼に残されたのは、死に場所を定められた部下達と、迫る対処不可能な無数の軍勢だけ。


「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」

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