中華前線基地

1章「ソールアルディーティ」

 東アジア戦線における連合軍――特に東アジア方面軍の実質的本拠地・中華前線基地。

 大シンアンリン山脈西部に沿って造られた要塞線、その最北部はフルンボイル市を中心として中国ロシアモンゴル領に跨り、僅かながら迫る北からの脅威を抑止し続けている。


 基地周辺の気温は低いが、まだ雪は積もっていない。かといって緑が多いわけでもない。基地自体が突貫オブ突貫で造られていることもあり、避難民が集まっている中心街から外側は殺風景という印象を抱く。

 二五〇万以上の人々が生活していたこの地区もまた、戦争によって大きく変化させられたわけだ。


 そして、ワンリー=カルパティア会戦の余波は、こんな辺境にまで及んでいた。

 フルンボイル市に元からあった空港は、軍の使用に耐えられるよう改築され、ひっきりなしに輸送機が離着陸を繰り返していた。

 地上の者達も追われるように走り回っており、話しかけようものなら、殴られかねない勢いである。


 そんな地に、シンヤ・ナカムラと愉快な仲間たちは降り立っていた。

 不死身の分隊長パルター・オーガスト伍長を含めた五名と、ヴォルフ・ガルシーロフ大佐率いるヴォルフ隊二五名。彼らは第四〇五陣地から幾つかの拠点を経て、七〇〇キロもヘリで飛んできたのである。


「お待ちしておりました!」

「ご無事で何よりです。大佐」

 そこで彼らを待っていたのは、およそ百名にもなる連合軍兵士だった。大半は男性であるが、三割程度は女性兵士もいる。


 一見すると皆、真面目そうなテンプレ兵士という印象を受ける。しかし、全員がシンヤ達に負けず劣らずの『修羅場を潜ってきた目』をしているのだ。これは、アトラスと絶望的な死闘を繰り広げてきた人間の目である。

 ――そう。彼らもまた、敵地から帰還したヴォルフ隊だ。


「全員、元気そうでなによりだ。半年間、よくやってくれたぜ」

「大佐ぁ! 本来であれば上層部を混乱させたとして、処罰されるところだったんですよ!?」

「安心しろ。ブロントのジジイは黙らせた」

 ペール・バーナーからのツッコミをものともせず、ヴォルフは隊員達を満足げに一人ひとり見回した。


 東アジア戦線構築作戦から約半年間。ヴォルフ隊は、戦線の外側でゲリラ戦を展開していた。これは連合軍司令部すら知らなかったため、敵は見えない所で甚大な被害を受けたらしい。

 そして彼らは、以前シエラ・フールが言っていたように、シンヤ達と行動を共にした者達より先に撤退した部隊なのである。


「あー、そうそう! お前らにも紹介しておかないとな。新たにヴォルフ隊――あ、いや、ソールアルディーティ隊に参加する超新星共だッ!」

 と、地上最強の兵士はシンヤの肩をバンバン叩く。

 本人は軽くやってるつもりだろうが、尋常じゃなく痛いし、いつ背後に回り込んだのかも認識できなかった。



 ――――さて、時は一週間ほど遡り、ルカ戦後の第四〇五陣地テント内。

「「「……………………」」」

 何の前触れもなくコマンド部隊への引き抜きを宣言されたシンヤ達五人は、しばらく唖然としてしまっていた。普段はのんきなケイ・ラシェールまでもが、である。


「お前ら……光栄過ぎて言葉も出ないのか! しょうがねぇなぁ」

 呆気にとられるシンヤ達を置き去りにして、勝手に盛り上がる地上最強の兵士。

「ちょ、ちょ、待ってください大佐! いくらなんでも急過ぎますよ!」

 ようやく、正気を取り戻したシンヤがツッコんだ。


 さらっと言われたが、コマンド部隊とは特殊部隊の一つであり、比較的小規模な戦力をもって奇襲・撹乱・偵察などを行う。第一歩兵師団が正面から殴り合うならば、コマンド部隊は側面や背後を突く、といった具合だ。

 しかしながら危険度は当然高く、隊員も精鋭揃いでなくてはならない。そんなもの、気軽に引き受けられない。


「ん? お前らの実力なら、割とイケるかなって思ったんだが」

「いや、そういう問題じゃなくてですね――」

 やめてさしあげろ、と目で訴えている部下二人をよそに、ヴォルフはぐいぐい来る。

 裏を返せば、超が付く程の実力者に認められているということだが、特殊部隊への勧誘となると……うーん。


「あー、まぁ無理にとは言わねぇ。命に関わることだしな」

 流石に駄目と思ったのだろう。ヴォルフはポリポリと頭を掻きながら引き下がった。

 正直なところ、ちょっぴり残念な気もする。ただ、今でさえギリギリの状況なのに、これ以上は冗談抜きに死んでしまう。


 しかし、このヴォルフ・ガルシーロフという男は――。

「だがいいのか? このままじゃ、お前らは『目的』を果たせなくなるんじゃねーのか?」

 単なる戦闘力バカではなかったのだ。


「「「………………ッ!」」」

 意表を突くような彼の問いに、シンヤ達は驚きを隠せなかった。

「俺様には分かってんだ。お前らは全員、何かを成すために戦っていることをな。それが何なのかは聞かねぇが、現状のままで達成できるほど安くないと見たんだが」

 心の奥底まで見抜かれているのではないか、そう錯覚するほどの洞察力。そして、普段の言動からは想像できない優れた人心掌握。


 たった一言で、シンヤ達の心は揺り動かされていた。


「この話に乗れば、俺様の近くで戦えるという名誉の他に、強力な装備が優先的に支給される。あの忌々しい巨人共を蹴散らせるほど、トッテオキの奴をな」

 またしても、恐いほど的を射た誘惑の言葉。

 連合軍が反撃に転じてもなお、絶大な存在感を保ち続ける巨兵アトラス。それを打ち破れる力が手に入るのは、シンヤ達にとって悲願の一つでもあるのだから。


 新コマンド部隊ソールアルディーティ――アルディーティとは、第一次世界大戦で活躍したイタリア王国軍突撃歩兵のこと。そして、ソールはソウルと掛けた言葉。

 かつて勇敢に戦い、死んでいった者達の魂を受け継ぎ、この戦争に終止符を打つ台風の目となる。そういった意味も込められているらしい。


(そうか……これが、進むべき道なのか。俺達を一筋の光で照らす、正しい道!)

 シンヤ達の最終目標は、カスピアンフォートレスに到達し、家族を救い出すこと。こんな馬鹿げた戦争を終わらせること。そして、裏切り者ルカ・クロードと決着をつけること。

 望む『答え』に辿り着つけるか否か、どちらに進むか問われる分岐点イベント。それがここなのかもしれない。


 ふと横を見ると、入隊時からずっと傍で戦ってきてくれたマリア・フロストが、気恥しそうにこちらを見ていた。

「私なら大丈夫。君の決意を聞いた時からずっと、一緒に戦い抜くって決めてたから。背中は守ってみせる」

 と、いつもの優しい声色で言ってくれた。


 戦争から最もかけ離れたような美貌を持ちながら、最も近くで彼を支えていたマリア。もはや淡く抱いていた片想いなど忘れ、いつしか大切な戦友のひとりとなっていた。

 そんな彼女が、これからもシンヤを支えると言ったのだ。マリアも同様に大切な存在だと思ってくれていると知り、心の底から嬉しかった。


「やれやれ。俺には分かるぜ、シンヤの考えてることがな」

 そんな物言いをしたのは、メイン盾――もとい皆の兄貴分的な存在であるパルター・オーガスト。

「今までの俺なら、お前を止めていたはずだ。いや、本音を言えば、今度だってその生き急ぎを叩き直してやりたいところだ」

「…………っ」


「――けどな、シンヤの中で燃える信念は、そう簡単に曲げられないってのも理解してる。だったら、トコトン付き合ってやるしかねーよな!」


 少し驚いた。なんとパルターはゴキゴキと拳を鳴らし、これまで見たことのない闘志を露わにしたのだ。

「俺は腐っても分隊長なんだ。シンヤを助けてやりたいし、ルカも放っておく気はない!」

「はっ、全身に風穴を開けられておいて、よくもまぁ……」

「うっせ」

 軽口を叩きつつも、互いの信頼をひしと感じた。頼もしい限りだ。


 続いて口を開いたのはケイ・ラシェールだが、彼女はいつものことながらブレなかった。

「私は……パルターが行くところなら、何処にでもついて行くよ♪ あのバカルカを止める責任もあるし」

 何も知らない者が聞いたら、歯軋りと共に拳を握りそうな台詞。しかし、これがケイなりの決意表明なのだ。


 さて、殆ど方向性は定まったが、残る一人――レティシア・テイルが最たる問題。

 正直な話、彼女レティシアにとっては意義のある件ではないように思える。全てを打ち明け、罪人として裁きを待つばかりなのに、どうしてそこまでやる必要があるだろうか。

 シンヤ達が監視役である以上、否が応にも連れていくしかない。ただし、半端な心情では足を引っ張るだけだ。


 ――しかしながら、元ウォリアーズ構成員レティシア・テイルの決意は、シンヤが思っていたよりも遥かに気高いものだった。

「これは試練だと受け取ったわ。半端な自分と決着をつけるための……ね。ここで逃げたら、私は何も変わっていないことになる」

「レティシア……!」


「私も行く。足手まといなんかにはならないっ!」


 事情を知らない者からすれば、彼女の台詞はかなり大袈裟である。一方で、シンヤとマリアは目を見張る光景だった。

 ただの死に急ぎなのかもしれない――それは本人だけが知ることだ。が、シンヤは確かに、彼女から真の誇り高き意志を見た!


(みんな……っ!)

 シンヤ達の道が定まった瞬間だった。ここまで来て、恐れるモノなど何もない。

 決断は済ませた。返事を今か今かと待つヴォルフ達へ、敬礼と共に力強く言う。


「その話、受けます! ぜひ、俺達も加えてください!」

 こうして、パルター分隊五名の【ソールアルディーティ隊】参加が決定したのだった。



(で、今こうなっているわけだ)

 時は進んで現在、他のヴォルフ隊隊員と合流を果たした中華前線基地北部。

 新設されたソールアルディーティ隊は、合流した彼らを加えて中隊規模の戦力となっている。しかも、全員精鋭揃いときた。


 さらに、司令部からの餞別という形で補充された、ここにはいない支援・バックアップ要員を含めれば大隊クラスにまで膨れ上がる。

 少将や中将が務めるはずの師団長が大佐だったりするご時世で、引き抜かれたりすることもなく随分と待遇が良い。いったいどんな任を負っているからだろうか。


「ヴォルフ大佐~、いい加減教えてくださいよ。俺達はこれから何をするんですか?」

「そもそも、なぜこんな所に用が? ウランバートルからは、かなり離れてしまいましたが……」

「あーわかったわかった、ちゃんとブリーフィングで説明してやるから。その前に、見せておきたいものがあるんだ」


 やきもきしているシンヤとマリアを軽くあしらい、ヴォルフは隊員達をとある場所へ案内した。

 そこは、かなり大きな格納庫だった。プレハブ工法で建てられた簡素なものであるが、ジャンボジェットが丸々収まりそうな規模だ。

 内部を隠している正面の自動大扉は、来るものを寄せ付けんとばかりに物々しい。


 ヴォルフが見せたいモノとはなんだろうか。この中に、ガンシップか宇宙戦艦でも準備しているというのか。

「オーストラリア方面軍を言いくるめ――あ、いや、特別に受領したトッテオキだ。驚くなよ~?」

 ヴォルフのにやけ顔と共に、大扉がゴゴゴゴゴと重い音を立てて開きはじめた。


「こ、これは……!」

「すごい……」

 扉の先にあったモノが見えた瞬間、シンヤ達は揃って驚きを露わにした。

「こりゃあ、たしかにトッテオキだ」

「まさか、またコレを拝むことになるなんてね~」

「話には聞いていたけど、コイツがそうなのね……!」

 驚くなという方が無理だった。


 格納庫の中にあったのは四つ、一個小隊分にもなる兵器群。


 白と青を基調とした、全高およそ二〇メートルにもなる巨大な重機械が、これまた巨大な固定具によって据えられていた。

 メインカメラとなるバイザータイプの眼と、敵機オリジナルよりも軽量化を図ったスタイリッシュな外観が、男のロマンを掻き立てる。


 二本の腕を持ち、その先には強力な武器を自在に扱えるよう、人と同じく五本の指が存在していた。

 また脚もあり、巨体を支えるべく強靭に造られていることが、一見しただけでも分かる。動くだけで大地は躍動し、人々は恐れおののくであろう。


(コイツが、俺達の新しいつるぎ……!)

 英雄であり悪魔――アレクサンドル・カイザーに駆られ、最強のアトラスであるレッドオーガを追い詰めた巨兵。


 国際統一連合軍試作型強襲機動歩兵、通称[キュクロス]。

 この辺境でシンヤ達を待っていたのは、連合軍が創り上げた破壊神だったのだ!

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