12章「覚醒個体と適合者」

 三時間後。正式に救援部隊が到着し、第四〇五陣地にはずらりと戦闘車両やテントが並んでいた。

 シンヤ達の小隊長は、東アジア方面軍司令部へ新型機について報告をおこなった後、各隊の代表を交えて対抗策を出し合った。……が、事実上ファントムアインが通用しないということから、ある意味レッドオーガ以上に厄介という結論だけが残った。


 そんな中、シンヤ、レティシア、ケイの三人は、折り畳みテーブルとパイプ椅子が並べられただけのテントの中で、黙りこくったまま何もしようとしていなかった。

 誰も、ルカ・クロードの名を口に出そうとしない。ただただ、手当てを受けているユイとパルターに付き添ったマリアが戻るのを、現実逃避するように待っているだけ。


 ――という胃に穴があくほどの沈黙。それは、マリアがテントの入り口をめくって現れたことにより、ようやく破られた。

「大丈夫、二人とも命に別条はない。ユイちゃんの方は、今はぐっすり眠ってる」

「そうか。それはよかった……」

「まぁ……大丈夫、なんだけどさ……」

 なぜか歯切れが悪くなるマリア。どうしたのか尋ねようとしたところで、彼女の後ろからずいっと大男がテントへ入ってきた。


 なんとその人物は、重傷を負ったはずのパルターだった。全身を包帯でグルグル巻きにされているものの、普通に立って動いていた。

「パルター!? もう動いていいのかよ?」

「あぁ、俺は平気だ。まぁ骨はいくつか折れたし、肺にも穴が空いているけどな。……だが、ユイの方は絶対安静らしい。庇ったおかげで致命傷は避けられたようだが、骨と内蔵がいくつか逝っちまってる」

 庇ったあんたの方が軽傷(?)とか、これもう分かんねぇな。などという野暮なツッコミは控えておく。


「――で、医療班にも釘を刺されたが、もうユイは再起不能かもしれん。ルカの件もあるし、アイツを復帰させるのは望ましくない。分隊長としてはな」

「「「………………」」」

 分隊の面々は再び押し黙った。

 元々、人一倍精神的ダメージを負っていたユイは、此度の件でさらに打ちのめされたことだろう。

 そしてルカとは、決着をつける日が必ず訪れる。その時に彼女へどれほどの負荷が掛かるか、想像に難くない。


 運良く怪我が完治し、戦線に復帰できたとしても、ユイ・キサラギは兵士として戦えない。残酷だが、これが現実だった。

「……くそっ。ルカの奴、絶対に許さねぇ」

 拳でテーブルを殴りつけるシンヤを、パルターはどこか悲しそうな表情で一瞥し、今度はなぜかケイへと視線を移す。


「それで本題だが……ケイ、? ルカについてな」

 彼が発した言葉は、皆をポニテ美女ケイ・ラシェールへと注目させた。

 パルターは負傷しながらも、ルカとケイの意味深なやり取りを聞いていたようだ。やはり彼も気になっていたのだ。


「そういえば、家族ならナントカって……」

「ひょっとして姉弟? そんなに似てないけど」

 マリアとレティシアも、困惑気味な眼差しをケイへと送る。

「………………………………」

 それでも少しの間、ケイは黙ったままだった。純粋に、この件に関して喋りたくない――といった様子で。


 だが、何かを諦めたように「はぁ~……」と一度溜め息をつき、彼女らしくない神妙な面持ちのまま、重い口を開いてくれた。

「極端な言い方をすると、私とルカは、ライノ分隊発足前からの顔見知りだった」

「まぁ、そういうことだろうと思ったよ」

「…………だけど、ただの顔見知りってだけじゃ済まされないの。説明すれば、にも関わることになる」


 世界の闇というワードに、一同はゴクリと唾を呑み込んだ。前々から、ケイ・ラシェールという人物は謎が多かったが、いくらなんでも話が飛躍していた。

 だけど、聞かないわけにはいかなかった。シンヤが静かに「続けて」と促し、ケイも小さく頷いて語り始めた。



 ――もう、二十年以上前に遡る。

 某国のとある研究所では、表には出せない研究や実験が日夜繰り返されていた。最たる目的は、各国の軍事組織やテロリストを相手にした裏取引である。

 しかし、あまり軌道に乗った活動とは言えないのが現実だった。成果はどれもピーキー過ぎて実用性と信頼性に欠け、公に活動できないことによる資金不足も重なって、衰退の一途を辿っていたのだ。


 そんな中、起死回生を狙える二つの大きなプロジェクトが始動した。

 ひとつは、ヨーロッパの各地で新たに発見された物質【デドニウム】を用いた、全く新しいエネルギー抽出技術の開発。


 そしてもうひとつが、デドニウムが持つ未知の力を人体と融和させ、より進化した人類【覚醒個体】を創り上げる計画だった。

 神の悪戯か、悪魔の意思か、突如として湧いたように発見された新物質は、研究所の人間達を狂気の沙汰へと導いてしまった!



「ケイ……その研究所って――」

 思わずシンヤが横槍を入れてしまう。世界の闇というワードの意味が、なんとなく分かりかけたからだ。

「うん。もう気付いただろうけど、その研究所は、一〇年以上前に起こった『五月事件』の元凶。表沙汰になっていないだけで、奴らの悪行はまだあったわけ」


 五月事件の名が出た途端、レティシアのしなやかな身体が、電流でも通ったようにビクゥッと震えた。

 約一千万人が犠牲となった、史上最悪の大公害事件。レティシアの家族も巻き込まれ、彼女がウォリアーズ加入の原因を作った。いや、この戦争の根源ともいえるだろう。


(ここにきて、またこの事件の名を聞くことになるなんて……)

 レティシアとケイ、二人の告白には、とても説明できない不気味さがあった。

 なんだが、これ以上踏み込んではいけないような――。



 くだんのプロジェクトが始動して五~六年ほどで、覚醒個体計画は試作品となる個体の赤子を生成できるまでに至った。

 男性型二体と女性型二体からなる彼らは、それぞれ零号・壱号・弐号・参号と呼称され、培養器の中で育てられた。


 ある程度成長したところで培養器から出された彼らは、研究員によって教育や訓練を受けさせられたわけだが、これが予想を上回る事態となった。

 驚くべきことに、一度教育したことは完全に記憶するどころか、なんと考察や推理のみで無限に知能を高めてしまい、訓練をさせてみれば、短期間で成人男性を凌駕する身体機能を手に入れたのだ!


 もはや成功の先を行く結果となったことに、研究員達はひたすら喜んだ。これは間違いなく世界から注目される、と。

 …………だが、行き過ぎた結果は破綻を生み出した。知能が高すぎた彼らは、狭い研究所に囚われ利用されることを拒み、『自由』を求め始めてしまった。


 ある日四体は、無言の合図と共に一瞬の隙をついて教育係を殺害。セキュリティをあの手この手で掻い潜り、ついでに火を放って覚醒個体計画用の機材を破壊。僅か十数分で施設を脱出してしまった。

 その後追っ手を撒くため、四体はバラバラに散って逃げることにした。自分達の自由と生存を勝ち取るべく、振り返ることなく必死に走ったのである。


 そのうち女性型個体である参号は、空腹に耐えきれず道中で倒れてしまう。そこで、パルター・オーガストという不良少年と出会った。

 そんな参号が、彼とふれあうことで社会を知り、姿



「ふぅ、あらましはこんなところかな」

 抱え込んでいた闇を吐き出して、なんとなく気が楽になっているように見えるケイに対し、他の四人はその場に凍り付いてしまっていた。

(は? え? ケイの正体ってつまり、覚醒個体とかいう新人類?)

 いやもう、とにかく反応に困った。全てにおいてシンヤの理解を超えていて、逆に信じてしまうしかなかった。


 ただ、心当たりがなかったわけでもない。精密機械じみた狙撃の腕、驚異的な頭の回転の早さ等に加え、以前パルターの仲間を半殺しにした身体能力と、当時は明らかに欠如していた社交性。――ありとあらゆる伏線が、脆いながらも説得力を与えていく。


「こんな身体だから、大抵のことは軽々と実行できちゃうわけ。家事から狙撃まで、なんでも。それと引き換えに、寿命は大して長くないの。二五歳だって設定にしてるけど、実際の年齢は自分にも分からない。しかも私みたいな女性型なら、妊娠もできないらしい……」


 彼女は淡々と解説を続け、その度にシンヤ達は置き去りにされる。皆揃って、アッハイソウデスカと呑み込んでいくばかり。

 とりあえず理解できたことは、ケイ・ラシェールが普通の人間ではないということ。たったのそれだけだ。むしろ、全てを理解するのが恐ろしかった。


「万能な零号と壱号、天才的な頭脳を持つ弐号、そして……精密動作性に優れた参号こと私。今はそれぞれが別の道を歩んでいて、どこで何をしているのか、生きているのかさえ知らなかった。…………ルカを除いてはね」


 ただし、これでルカとケイの関係性が見えてきてもいた。

「……まさか、ルカもその覚醒個体だっていうの!?」

「流石はマリアちゃん。お察しの通りで、ある意味では私の兄さんになる。しかも、研究所のセキュリティをハックした時より数段成長してる」

 ファントムアインの反動制御や、アトラスの関節機構――頭脳が特に優れているらしい弐号がルカであれば、それらを設計できてしまったのも……まぁ納得できる。


「ペキンで再会した時、直感的に彼が弐号だと分かったわ。たぶん、ルカも同じだったと思う。腐れ縁ってやつかしら」

「でも、第一次ワンリー攻勢まで変わった様子はなかった。仲間意識こそあっても、それ以上ではないって感じで」

「うん、お互いに何も言わなかった。忌まわしい過去を捨てて、今を『人間』として真っ当に生きているなら、それでよかったから」


 ケイにとってのルカは、血が繋がっていなくとも家族のようなもの。たしかに、おいそれと撃てるわけがない。

「だから、さっきは躊躇ってしまったわけか」

「えぇ。でも、もう迷わない。どんな事情があるのか知らないけど、みんなの命を脅かすなら排除する」

 次はしくじらない、と語るケイの決意は固いようだった。いざという時に頼りになる、いつもの姐さんの顔が垣間見えた。


「ついでだから、もう一つの『闇』を教えてあげる」

「もう一つの……闇?」

 ここで彼女は「蛇足だけど」と付け加え、話を続ける。

「さっきも言った通り、私は普通の人間じゃない。このケイ・ラシェールの肉体には、未知の物質デドニウムが含まれている」

「あぁ、よく分からんがそうらしいな」


「……だけどデドニウムっていうのは、普通なら人体が強い拒絶反応を起こして、やがて死に至らしめる恐るべき物質なのね。私は最初から、デドニウムに適応するように創られているだけで」


「「「――――っ!」」」

 皆揃って、察したと言わんばかりに顔を見合わせた。

 思い出してほしい。覚醒個体を創ったのは、五月事件の元凶と同じ研究機関だ。彼らが人体に有害なモノを取り扱った、という事実が示すことは――。

「……そいつが、世界中にバラ撒かれた結果が五月事件だな?」

「その通り」

 なんてことだ。連日ニュースで大筋は知れていたが、まさかそんな隠れた事実があったとは。


 だが、ケイが言いたいのはそういうことではなかった。

「デドニウムがバラ撒かれたことによる被害は、とてつもなく甚大だった……。でも中には、悪夢を振り払って生き残った人もいる。なぜだと思う? レティシアちゃん」

「えっ? あ、な、何か理由があるの? 単に運が良かっただけじゃ……」

 何の含みがあって問いを投げたのか、まさしく該当者であるレティシアは戸惑った。


 しかしながらケイは――、

「いいえ、ただ運が良かっただけじゃないわ。彼らはのよ」

 レティシアを含め、この場にいる誰もが驚くような答えを言ったのだ。


「適……合……!?」

 聞き慣れない言葉だったが、ケイは丁寧に説明してくれた。

「普通なら人間を殺しかねないデドニウム。けれど例外はあって、覚醒個体同様に『力』を自分のモノにしてしまう素質を持った人も、僅かながら存在していたわけ。明らかに超人じみた戦闘能力を得たり、とかね」

 心当たりがあるでしょ? とばかりに、彼女は視線を投げてくる。


 いくらシンヤだって、もうそこまで言われたら全てを察するしかない。

「…………それが、今のソルジャーランキング上位者達か」

「ご名答。一部は間違いなく、私と同じようなイレギュラーが占めているはず。私はその人達のことを、『適合者』って呼んでる」

 生まれ持った素質だけでデドニウムと融和し、優れた能力を得た存在――適合者。

 ヴォルフ隊や戦車王、身近にはアベル・グラントス等、数々のイレギュラーを目にしてきたシンヤ達には、すんなりと其れを受け入れるだけの材料があった。


「対アトラス特技兵のエルダー中尉もか? あの人の戦果も化け物じみてはいるが、あれは優れているというより……捨て身だぜ」

「だから一部って言ったでしょ、パルター。ほら、八位に【最高のスナイパー】と呼ばれているリ・チャンスウってのがいるじゃない? 南防衛線で一度会ったことがあるけど、あの人も適合者だと思う」

 個人差もあるしねー。とケイは締めくくる。


 今思えば、ウォリアーズ構成員の大半は、五月事件の被害者遺族の集まりである一方、デドニウムの悪夢から逃れることができた生存者達でもあった。

 であるならば、かなりの割合で適合者がいても不思議ではない。レッドオーガを筆頭とするエースの存在はもちろん、レティシアの異常な身体能力にも合点がいく。

 アトラスや衝撃拡散装甲によるところは大きいが、旧軍や連合軍が長期間劣勢だったのにも噛んでいるだろう。


「まぁ、ざっとこんなところね。私とルカに関することといえば」

 喋りすぎて疲れた、といった様子でパイプ椅子に背中を預けるケイ。その一方で、彼女らしくない――とてつもなく居心地の悪そうで、少し小突けば泣き出しそうな表情をした。

 当然といえば当然だ。いわば彼女は、連合軍とウォリアーズの双方に潜む怪物達の、頂点に君臨する存在。一般的な価値観で言えば、宇宙人や未確認生命体と同列だ。見てくれが美女であっても。


「ごめんね、みんな。怪物なのよ、私は」

 ばつが悪そうに、ひきつった笑みで謝罪までしてくる始末。返答を間違えば、そのままふらふらとテントから出て、モンゴルの大地に消えていきそうなほどだ。

 ――けれど、皆の気持ちを代弁するかのように発せられたパルターの言葉が、覚醒個体ケイ・ラシェールを救うのだった。


「……だから何だ? お前はお前だよケイ。ちょっぴり他人と違っていても、ケイ・ラシェールという女は『俺の喧嘩仲間』だ。それ以上でもそれ以下でもない」


「――――え」

 あまりに予想外だったのだろう。ケイは言葉を失っていた。


 シンヤを含め全員、こんな飛躍しすぎた話を理解し尽くしているわけがない。ケイが特別な存在だからといって、何かしら見方が変わるにしても時間がかかる。

 しかし、そんなことは重要じゃない。大事なのは、今まで彼女がシンヤ達と築いてきた絆の強さ。世界の闇だか何だか知らないが、この程度で揺らぎはしなかった!

 しばらくフェードアウトしていたレティシアに言わせても、だから何だといったところか。


「パルター……みんな……」

「なんだ? それでも、その辛気臭いツラを晒し続ける気か」

「~~~~っ」

 ほんの少し声が震えているケイは、一瞬うつむくように下を向いたかと思うと、目にもとまらぬ速さでガシガシと腕で顔を拭った。


 そして、もう一度顔を上げた時の彼女は、

「ううん! みんな大好き‼」

 眩しく美しい笑顔を放っていた。

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