ウランバートル周辺

10章「もうひとりの生存者」前半

 東アジア方面軍による第二次ワンリー攻勢は、ペキン奪還・ゴビ砂漠方面の制圧・南方への戦線拡大・そして東アジア戦線最大の要衝たるウランバートル攻略等、幾多の作戦が同時に進行する。

 なお、ペキンは既にパオトウからの支援が途絶えた完全包囲状態で、落ちるのは時間の問題。よって、東アジア方面軍はウランバートル攻略に全力を注ぐことになる。


 一方、ヨーロッパ方面軍によるカルパティア攻勢は、ワルシャワ攻略・ブダペスト攻略・ベオグラード攻略等、ウォリアーズの手に堕ちた主要都市を、津波の如く戦線を押し上げて一気に制圧するというもの。もはやゴリ押しを超えた何かである。

 加えて、ようやくダーウィン奪還を成し遂げたオーストラリア方面軍が、南防衛線と隣接する東南アジアへ圧力をかけることにより、東アジア方面軍を支援する。


 この二つの同時攻勢は【ワンリー=カルパティア会戦】と纏めて呼称され、動員数や推定前進距離など、人類の戦史を塗り替える規模となった。

 一見無謀にも思えるが、一連の計画が成功した暁には、カスピアンフォートレス攻略に王手がかかる。三年間にも及ぼうとしている戦争が、ようやく終わるのだ。


 シンヤ、マリア、ユイ、レティシアの四人が、ウランバートル攻略作戦に参加中の第一歩兵師団へ復帰を果たしたのは、そんな空前絶後の一大イベントが中盤に差し掛かった頃だった。

 海軍に保護された後、佐世保→ソウル→ペキン包囲陣地→中華前線基地という具合に転々とした挙句、ウランバートル攻略司令部行きの物資に混ざって、フラフラになりながらようやく辿り着けたわけだ。


「もぉ~~~~~~~~~! どれっっっっだけ心配したと思ってるのよ~~~~!」

 ……で、パルターとケイのカップル(?)に再会するや否や、ケイから四人纏めて力いっぱいハグ&頬ずりされる羽目になった。


「ごめん。心配かけて……」

「つ、疲れましたよぉ。ほんと」

「ケイ姐さ~~~~ん! 会いたかった~~!」

「ったく、もう……。こっちは、寿命が半分くらい消し飛んだ気分だったぜ」

「誰かさんが恒例行事みたいに怪我してなけりゃ、こんな事態になっていなかったかもしれないんですが?」

「うるせぇ! アレ超痛かったんだからな! あばら骨がちょっと見えてたんだからな!」


 各々が再会を喜びあい、共に無事であった幸運に感謝した。

 そんな中、ただ一人浮かない顔をしている人物がいた。

「…………っ」

 そう、レティシア・テイルだ。


 謎の武装勢力こと、ウォリアーズの構成員だったレティシアは、本来逮捕されるべき立場であったし、本人もそのつもりだった。

 ところが帰還した時には、どこもかしこもワンリー=カルパティア会戦の対応に追われ、申し出をしようとしても『それどころじゃない! 他を当たってくれ!』と、ことごとく突っぱねられてしまった。


 なし崩し的に、師団長であるノーランド(大佐に昇格していた)へ申告したところ――。

『ほぅ? ならば貴様らで、ほとぼりが冷めるまで管理すればいい。たった一人の面倒を見るために、何人が足止めを喰らうと思っている。……それとも何か? レッドオーガ撃破に貢献し、敵地から五体満足で帰還した英雄は、人間一人の監視もできないのか』

 ――などと抜かしやがった。


 とまぁ、ノーランドは相変わらず嫌味な態度だったが、よく見れば目が血走っていたり、読んでいた書類は上下逆だったりと、彼も相当疲労が溜まっていた模様。おそらく、何日も寝れていないのだろう。

 本来計画では、第一次ワンリー攻勢の時点でウランバートル包囲に至っていなければならなかった為、此度の攻勢は、その遅れも取り返す必要があった。ゴタゴタするのも無理はない。


 というわけで、レティシアはしばらく、シンヤ達の監視下に置かれることとなってしまい、今もこうして行動を共にしているというわけだ。

(ご都合展開にも程があるだろ……。漫画じゃあるまいし)

 前々から、連合軍の体制の脆弱さには嘆いていたが、流石に今回は呆れを通り越して落胆したシンヤであった。


 しかし無い物ねだりしても仕方ないので、このままウランバートル攻略へ参戦することに。正直に言えば、レティシアとまた一緒に戦えて嬉しくもあった。

 無論、何かあれば背中からであろうとも躊躇なく撃つ覚悟はある。パオトウ戦までは拳銃を所持していたが、それも今後は持つことを禁じた(彼女の戦闘スタイル的に、大して影響はなかったが)。


「しっかし、レティシアが生きていたとはな……。シンヤ達と一緒に輸送機から降りてきた時は、一瞬亡霊が見えたと思ったぜ」

 とパルターは、死んだと思っていたレティシアをまじまじと見つめる。

「こらっ、な~にジロジロ見てんのよ! 私がいるってのに!」

「痛ぁ!?」

(なにやってんだコイツら……)

 ノーランドと同じく相変わらずな二人を前に、シンヤの心境は複雑だった。


 パルターとケイの反応を見て察せるように、レティシアの正体について、訳あって二人にはまだ話していなかった。

 シンヤとマリアとユイを除けば、連合軍ではノーランドや第一歩兵師団の大隊長クラスといった、両手の指で足りるくらいの人間しか、今はこの事実を知らない。

「シンヤ君、シンヤ君。……どうするの? このまま騙し通すつもり?」

「~~~~っ」

 マリアがしびれを切らしたように耳打ちしてきたが、シンヤは溜息をつくことしかできなかった。


 実はノーランドから、こういう忠告も受けていたのだ。

『その女を“玩具”にされたくなかったら、一般兵には事実を伏せておくんだな。皆気が立っていて、夜に何が起きても不思議ではない。まぁ裏切り者がどうなろうと知ったことではないが、面倒な仕事が増えるからな』

 要は、兵士の肩書きを貸してやるから、参考人であるレティシアを簡単には死なせるな。というわけだ。


 発足時から女性率が高かったパルター分隊(旧ライノ分隊)は、周りから好奇の目で見られることは多かったものの、ある程度は秩序が保たれている為、特に何も問題はなかった。

 レティシアの美貌は割と高水準であるが、彼女はまだ軍に守られた存在。故にどれだけ邪な目で見られようとも、手を出そうとする者はいない。

 しかし、敵だというなら話は別。たちまち彼女は、不満の蔓延する兵士達に狙われてしまうだろう。仮に、通常どおり身柄を拘束して隔離したとしても、今度は見張り役が信用できない。


(どのみち、レティシアを正当な裁きの場に出したかったら、しばらく俺達がガードしてないとマズいってか)

 国際統一連合軍は絶対正義の集団ではない。シンヤ達が知らない所で、下は非道な事を繰り返しているだろうし、上は腐っている部分もある。

 ノーランドはノーランドなりに、敵だったとはいえ年端もいかない少女を踏みにじるような真似は、したくなかったのかもしれない。

(根はいい人だったり……は、ないな)

 これを軍務放棄ととるか、人道的配慮ととるか、シンヤには判断できなかった。


 ひとつだけ確かなことは、一般兵にはもちろん、パルターやケイにも真実を伏せておかなければならないということ。

「捕虜になっていたんだってな。よくぞ無事に帰ってきてくれた!」

「そ、そうね。私くらいになれば、あんなのどうってことないわ」

「ふーん、捕虜……ねぇ」


 脳筋のパルターはともかく、ケイは何かしら思うところがあるような顔をしたものの、特に何も言わないでくれた。やはりこの女、どこか読めない。

 レティシアもレティシアで、気まずいことこの上なさそうだ。ある意味、生き地獄を味わっているようなものだろう。


 ともあれ、今は長々と再会を喜んでいる場合でもなかった。ワンリー=カルパティア会戦の荒波は、どんな兵士にも平等に降りかかる。

「ま、積もる話は後にして、さっそくだが任務に行かなきゃならない。疲れているところ悪いけどな」

 パルターは心底嫌そうに眉をひそめながら、指示書に目を落とした。


「五時間ほど前、第四〇五陣地との連絡が途絶えた。敵の哨戒部隊と鉢合わせた可能性が高く、調査と生存者の救助が必要だ。というわけで、歩兵一個小隊おれたちが現地に向かうことになった。護衛には、戦車一個小隊を捻出してくれる……とのことだ。ただし、戦闘はなるべく回避する」


 戦力的には心許ないが、今の今までトンデモ任務ばかりだったせいか、かなりマトモな内容に思える。そもそも、末端の歩兵はこういう任務でいいのだ。

「了解。ちなみに、今度はどんな怪我をするんだ?」

「複雑骨折にいっぴょ~♪」

「やかましい。行くぞ」



 シンヤ達を含む四〇人程度の歩兵一個小隊は、トラックに揺られて二時間ほど乾いた大地を移動した。その後方を、ファントムアイン四両がキュラキュラとついてくる。

 砂漠化が進むモンゴルの景色は、進む者に退屈という苦行を強いてきた。変化といえば、時折連合軍の航空機が上空を通ったり、遥か遠くから砲声が聞こえるくらい。


 そんな苦行を越えて到着した第四〇五陣地は、廃村を利用した物資集積所だった。点在する家々の他には、テント等が設営されており、中には水や食糧の備蓄があった。

 対して、防衛設備の類は最低限しかない。ウランバートルや最前線からは離れているため、拠点防衛は重要視されていなかったのだろう。


 そしてやはり、ここが敵の襲撃を受けたのは確かだったようだ。

 至る所に、七六ミリマシンガンのものと思わしき着弾腔があり、いくつかの家屋やテントが吹き飛んでいたのだ。

 さらに、駐留していた兵士達の亡骸が各所に転がっていて、その数は調査に来た歩兵一個小隊とほぼ同数であった。激しい砲撃で電話も通信機も全て壊れ、救援すら呼べずに蹂躙されたことが分かる。

 幸いにも生存者はいたが、恐怖で発狂している者や、何が起きたのか理解できていない者ばかりだった。


「ひっでぇなこりゃ。為す術もなかった、って感じだな」

「俺達が幸運だっただけだよ。いつ同じ結末を迎えても、全然不思議じゃなかった」

 撃ち切ったロケットランチャーを掴んだまま死んでいる兵士に目を落とし、シンヤはこれまでの軌跡を噛み締めた。

 地上最強の兵士すらも踏みにじる巨兵・アトラス。戦争が大詰めを迎え、連合軍が反撃に転じている今なお、その存在感は揺るがない。

 再び奴らと対峙した時、退けられる手段は無きに等しいのだ。


(力だ。何か、奴らに対抗できる力が欲しい)

 無力なアサルトライフルのグリップを強く握り、そう切に願った。

 ファントムアインやヘヴィランサーでは駄目だ。ソルジャーランキング上位者に頼るのも限界がある。

 もっと何か、決定的な“何か”が欲しかった。例えば、レッドオーガを打ち破ったキュクロスとか――。


「それにしても妙ね……」

「あ? 何がだよ」

「だって、ほら。アトラスの足跡がないじゃない」

 唐突にそんなことを言ったケイによって、シンヤは現実に引き戻された。


 彼女の言う通り、どういうわけか現場には、アトラスの足跡がひとつも残っていなかった。

 総重量一〇〇トン近くあるアトラスが歩けば、大地には必ず足跡が残されるはず。仮にアスファルト等で舗装されていたとしても、ひび割れや凹みが生じる。

 にも関わらず、枯れた土地にあるこの陣地には、着弾腔以外の痕跡がなかったのだ。


「確かに妙だけどよ、遠くから攻撃を受けたって可能性もあるだろ」

「もぅ、パルターは鈍いんだから。七六ミリマシンガンの精度は高くないし、接近せずにこれだけの犠牲者を出すのは難しいでしょ」

 やれやれと言わんばかりに、ケイは首を横に振った。

 それについてはシンヤも同感だった。七六ミリマシンガンの精度が低いのは周知の事実で、エース機(デビルマゼンタ等)が扱っても中距離以遠は大して命中していなかった。標的が歩兵なら尚更である。


「各員、空にも目を向けておけ。フライクロウが七六ミリ砲を積んだのかもしれん」

 小隊長も異変に気がついたようで、半ば冗談半ば本気のような警告をした。

(空、か)

 シンヤは空を仰ぎ、少しばかり思考を巡らせる。日本男児たる彼ならではの、ひとつの心当たりを探るために……。


「シンヤさん、どうしたと? ボーっとして」

「分隊ごとに散開して、周囲の警戒に当たれって命令だよ。早く行こ」

「あ、あぁ……」

 だが、ユイとマリアによって再び現実に引き戻され、心の中で形になろうとしていた結論が、霧のように消えていった。


 ***


 …………こっちに向かって歩いてきてる。


 本音を言えば、彼らとは関わりたくない。

 なんてことない顔をして一言嘘をつけば、あらゆる苦痛を無かったことにできるかもしれない。


 だけど、そういう訳にはいかないんだ。彼らとの因縁に決着をつけなければ、僕はいつまでも半端なままだ。ここで逃げるわけにはいかない。


 …………くそっ、どうしてビクビクしている!?

 ついさっきも、この手で何十人も殺してきたじゃないか! いや、の所業を加えたら、考えるのも恐ろしい数になる……!


 そうだ、なにを迷っているんだ僕は。今さら六人程度を始末することくらい、どうってことはないはずだ!


 僕は選ばれた人間なんだ。この試練を乗り越えた時、真に輝かしい未来を見ることができる。


 さぁ、来い!


 ***


「生存者はっけ~ん」

 ケイがいつもの調子で、陣地から少し離れた所にある廃屋をハンドシグナルで示した。

 見ると、廃屋の隣に放置された車のボンネットに、男性と思われる人影が腰掛けていた。

 しかし、なぜかボロきれのようなものを身に纏っており、遠目から顔は見えない。


「なんだか、きな臭い奴だな。調査隊が来ても寄ってこないあたり、連合兵じゃないかもしれない」

「一般人か、もしくは敵か。慎重に接触したほうがいいな」

 レティシア曰く、ウォリアーズに余裕は無いらしいが、ゲリラがいる可能性だって充分にある。


 問題は誰が接触するかだが、なんとレティシアが察したように前へ出た。

「……私が行く」

 そう静かに言い、スタスタと生存者の方へ歩いていった。

(あいつ、死に急いでやがる)

 事情を知っているシンヤには分かる。レティシアはまだ、ウォリアーズの呪縛に囚われているのだ。

 裁かれたくても裁かれない現状。やりきれない思いが、無意識に彼女を死という安息へ誘っているに違いない。


 しかしながら、そう簡単に楽にさせるわけにはいかない。

 他分隊員にフォローするよう合図を送り、シンヤ自身はレティシアのすぐ後ろにつく。

 合図を受け取ったマリアはシンヤ同様に動き、ケイとユイは物陰に身を隠して様子を窺う。パルターはというと、全体を見渡せる位置に軽機関銃を据えた。


 こうして磐石の態勢を整え、表面上は三人だけで生存者へ接触する。

「連合軍の者です。少し話を聞かせてください」

 普段の男勝りな性格を隠し、刺激しないようにレティシアが話しかけた。

 すると、ボンネットに腰掛けていた男が立ち上がり、素顔を隠していたボロきれをスルリと取ったのだ。なんの躊躇いもなく。


 ――その瞬間、分隊員達に衝撃が走った。


「え、うそ……」

 真っ先に素顔を見たレティシアは、目を丸くして数歩下がってしまい、挙句派手に尻もちまでついた。

「なぁっ!?」

「あ、あ、あああッ」

 少し離れた場所から見守っていたパルターとユイも、周辺に響き渡らんばかりの声をあげてしまう。


 その男は、ここにいてはいけないはずの人物だった。

 シンヤよりも少し背が高い、誰もが認める美青年。ルックスに反して少々荒れている両手は、ショットガン等の大口径銃を扱う兵士や、戦車整備士等の其れによく似ている。


「どうして、貴方まで……!」

 比較的冷静さを保つことができたマリアが、目をパチパチさせつつもなんとか感情を絞り出す。

 対するその青年は、穏やかな表情で辺りを見渡し、一人ずつ顔を確認したかと思うと、まるで旧友に会ったかのような口ぶりで言った。


「やぁ、。みんな」


 この日、シンヤ達は再び、人の身に余る衝撃的な体験をすることになった。

「ル……カ……⁉」

 もうひとり、真の意味での生存者が現れたのだ。

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