11章「スピリットアトラス」

「飛ん……だぁぁあ……!?」

 信じ難い光景に目を奪われ、シンヤ達は蛇に睨まれたカエルの気持ちを理解した。

 ルカが駆る新型アトラスは、背部ジェットパックからの猛烈な熱噴射により、地上五〇メートルほどまで飛び上がったのだ。


 前代未聞、そう言うに他ならない。

 シンヤ達の知るアトラスとは、強靭な二本脚で悪路すら軽々と走破せしめ、邪魔な建造物はなぎ倒して進撃してくる巨人を指す。それを根底から覆された。

 飛行する人型機動兵器の概念自体は、男子なら誰もが夢見るもの。しかし、それが現実となり、さらに自分達を殺しにくるなんて、おいそれと受け入れられる訳がない。


 武装は、通常アトラスと同型の七六ミリマシンガンを右手に。頭部右側にガンポッドのようなものがあり、こちらも同様に三〇ミリ機関砲を備えていると思われる。

 一方で、軽量化のためか脚部にミサイルポッドやスモークディスチャージャーの類は存在せず、あるのは小型の可変翼だけ。航空機でいうところの尾翼か。


 左腕には半身を覆えるシールドを装備しているが、これはアトラスと少し異なる。なんとこのシールドには、裏側に対装甲ブレードを仕込んでいるのが確認できるのだ。背部にあるジェットパックのために、単純ながら省スペース化を実現させているわけだ。


「なによ……あれ……」

 元ウォリアーズ構成員のレティシアですら、圧倒的なイレギュラーを前にして、ただ呆然と空を見上げている有様。

 ある程度の裏事情にまで通じていた彼女の様子から察するに、この機体はウォリアーズの次期主力機だとか、そんな次元の代物ではなさそうだった。もしくは――。


「おい、お前達! これはどういう状況だ!? あの飛んでいる奴は何だ!?」

 息を切らせた男の声が、固まっていたシンヤ達を正気に戻す。駆けつけた小隊長だ、他の兵士達も多数追い付いてきていた。

「あ、あれは、その――」

 ほんの少し、どう報告しようかとシンヤは言い淀んだ。


 ルカ・クロードは敵――彼に撃たれた二人の存在が、それを揺るぎないものとしている。そしてさらに、彼はシンヤ達を確実に始末しようと、空飛ぶ巨兵まで持ち出してきた。

 ……しかし、彼ほどの人間がこんな愚行に走るなんて、何か裏がありますと明言しているようなものだ。そもそもシンヤの憶測だけでは、まだまだ矛盾点や支離滅裂なことが多すぎる。


 それでも、ぐったりして動かないユイとパルターの姿が目に入った瞬間、余計な考えは振り払われた。

「……あれは敵です。飛行可能な新型機!」

「了解、敵だな! 全分隊、高速射撃準備ッ」

 それなりの修羅場をくぐっているであろう小隊長は、すぐさま状況を理解し、部下達を散開させる。

 散開した兵士達は、分隊ごとに地対空ミサイル等重火器の発射準備を早急に整えた。気休めに持ってきたのか、一般兵では扱いに困るヘヴィランサーの姿まである。


「しかし、飛行できるアトラスとは厄介極まるな……! 四〇五陣地を襲ったのも、きっと奴に違いない」

「小隊長。幸い、ここは連合軍の勢力圏です。ウランバートルへ向かう空軍機に、支援を要請します」

「あぁ、それまで我々で迎え撃つ。戦車隊には砲撃要請を」


 少し後方に待機していた四両からなる戦車隊が、すぐさま主砲仰角を最大にしてルカ機を狙う。

 ファントムアインは対空戦闘を考慮された車両ではないが、高度な射撃管制を活かして当てさえすれば、十分撃墜も可能。……そう、当てさえすれば!


『目標、新型アトラス。空を飛んでいようが、デカい的に変わりはない!』

『やられる前に!』

『全車、一斉に攻撃開始』

『叩き落とせぇぇーーーーッ』


 荒ぶる通信の中、四門の一六〇ミリ滑腔砲がほぼ同時に火を噴いた。絶大な貫徹力を誇る弾体は、秒速約二〇〇〇メートルで目標へ向かい上昇していく。

 しかもこれは一点集中の砲撃ではなく、弾体と弾体がまるで横隊の如く並んで飛翔している。初見とはいえ、戦車隊は少しでも命中率を上げる工夫までしていた。


 だけど、新型機とルカはそれを上回っていた。


 砲撃が届くまでの刹那、ジェットパックが轟っと熱風を爆発的に噴出したかと思うと、瞬きする間もなく姿を消したのだ!

「「「なぁっ……!?」」」

 地上にいる誰もが息を呑んだ。空飛ぶ巨兵には驚かされたが、その巨体での機動力はせいぜいヘリコプター並かと思っていたから。とんでもない、下手したら最新鋭戦闘機と同等クラスだ。


 当然、砲弾は四発とも空振りに終わり、鋭い風切り音だけが虚しく聞こえてくる。

 いや、これはまだ序の口だった。一瞬で姿を消したように見えたルカ機は、なんとさらに一〇〇メートルほど高度を上げたところで静止しており、今まさにマシンガンのトリガーを引こうとしていた!


「全員伏せろぉぉぉおお!」

 小隊長が叫んだ時には、既に手遅れ。

 やられたらやり返すとばかりに、ダガガガガガガガガガガッッッ、と七六ミリ砲弾が次々と降り注いできた……!

 地上約一五〇メートルから撃ちおろされる砲弾の雨は、まさしく流星群。遮蔽物も稜線の陰も、改良を重ねた複合装甲すらも、上からの攻撃には全くの無意味。


 戦車隊は後退してこれを回避しようとするも、脆い上部装甲をトップアタックでことごとく撃ち抜かれ、為す術もなく行動不能となっていった。

「戦車隊、壊滅的打撃! 損害は大破二両、中破一両っ!」

「我が隊にも、既に負傷者が数名出た模様……。このペースでは――」

 小隊長へ報告した兵士は、絶望を顔に刻み込んでいた。まるで、レッドオーガを前にした中華前線基地守備隊のように。


 この『敵』は強い。今の数分の攻防だけで、そう確信できた。


(駄目だコイツ、早くなんとかしないと……)

 もう、どうしようもない。向こうが殺る気なら、こちらも殺るしかない。それは今更なことだ、分かりきっている。

 だが、まだ手の届く地上で暴れていたレッドオーガと異なり、今度は殆ど打つ手がない。これまでの無駄に豊かな経験が全て、無に還ってしまっているのだ。


 小隊長も事態の深刻さは理解しているようで、砲撃により砂まみれになりつつも指示を飛ばす。

「とにかく、航空支援まで時間を稼ぐしかない! これはあまりに不利すぎる!」

 下手に撤退命令を出さないのは、敵が航空戦力である以上、砂漠の中を逃げ切れる可能性が極めて低いからだ。組織的に抵抗した方が、まだ幾らかマシという判断。


「ルカの馬鹿野郎! 正々堂々と掛かってきやがれぇぇえーーーーーッ!」

 届くはずのないシンヤの叫び。ただの怒りだけではない何か。


 あの怪物ルカの始末は、自分達でつけるべきだ。彼の正体に気づかず、彼を止めてあげられなかったのは、一番近くにいた自分達なのだから。

 なのに、今のシンヤ達にできることといったら、動けないユイとパルターを庇うことだけだった。


 ***


 どうしてこうなったのだろう。どこで道を踏み外しただろう。なぜ、彼らに砲を向けているのだろう。

 決断は済ませたはずなのに、時折頭の中を邪念が駆け巡る。操縦桿を握る両手すら、異常なまでの汗のせいでマトモに握れていない。


(早く終わらせたい。一刻も早く!)

 ルカ・クロードは焦っていた。圧倒的に有利な立場にいながら、この状況から抜け出したい気持ちでいっぱいであった。

 アイツの話に乗ってしまった時から、遅かれ早かれこうなることは予測できた。だが、いざその局面に出くわしてみると、自分を思うようにコントロールできない。


 それでもやるんだ。と自分自身に鞭を入れ、ガントラックを盾に無反動砲で狙っている分隊へ、マシンガンを五~六発バーストで叩き込んだ。

 そんな小突くような攻撃の後には、いびつに歪んだトラックだけが残される。無力な兵士達は、跡形もなく吹き飛んでいた。


 ――命が軽すぎる。


 無論、相手もやられてばかりではない。仲間の犠牲に怯まず、各所から何かを打ち上げてきた。

 ミサイルだ。いくつかの分隊が携行していたらしい、あらゆる型式の地対空ミサイル。荒れ狂う八岐大蛇ヤマタノオロチが如く、バシュウウウゥゥゥウッ! と一気に高度を上げて襲いかかってくる。


 本来であれば、衝撃拡散装甲を纏った巨兵に対して、ミサイル程度では嫌がらせにしかならない。ただし、これは普通のミサイル群とは違っていた。

「ヘヴィランサー……ッ」

 ルカの目はなんと、地対空ミサイルに紛れて飛翔する特殊弾頭――対アトラス共振誘導弾ヘヴィランサーの姿を捉えていた。全ての弾頭が、音速を遥かに超えた機動をしているにもかかわらずだ。


 これにより、地対空ミサイルはあくまで囮であり、連合兵の本命がヘヴィランサーであることが分かる。パイロットの目を欺き、確実に鎧を剥ぐための罠だ。常人ならばモロに喰らっていたことだろう。

 対エース機戦の場数において、第一歩兵師団はトップクラスという実績があったりする。故に、一般兵でもイレギュラーへの順応は総じて早い。飛行可能な機体は初見だろうが、のっけから対抗策を繰り出してきたわけだ。


(……だからって、易々と地上に落ちてやるわけには、いかない!)

 瞬時に、先ほど披露したような超機動で横へロール。加えて、頭部三〇ミリガンポッドで迎撃弾幕を形成。回避行動をとる。

「~~~~~~ッ!」

 強烈なGが全身を襲い、ルカの整った顔が苦痛に歪む。ケイに喉を抉られた時と同等か、それ以上に。


 そういう苦痛の甲斐あって、ミサイルはいくつかが空中機動に追い付けず逸れ、あらぬ方向へと飛んでいく。

 なおも食らいついてきた弾頭も、ルカが放った弾幕の餌食となり、ヘヴィランサーもろとも一発残らず叩き落としてしまった。

 多少の照準補正等があるとはいえ、このエース機並の対応力。地上にいる兵士の数名が、顔を青ざめさせたのが見える。


 当然、それで済ませる気はない。報復にと地上を再び掃射し、一個分隊を消し炭にしてみせる。

(この[スピリットアトラス]が、歩兵や戦車なんかに負けるはずがないんだ! どんな手を尽くしたって!)

 彼に見合わないその自信は、ひょっとしたら罪悪感というブレーキを壊すための、自分に向けたブラフだったのかもしれない。


 自らを騙し続けることは、まわりすら見えなくさせる。いつしか彼は、シンヤ達との決着を早めることに執着していた。

「終わらせる。今、この瞬間に!」

 何かから逃げるように、シンヤ達へマシンガンの狙いをつける。奴らが手出しできない上空から。

 これで終わりだ。あとはスピリットアトラスに、トリガーを引かせるだけでいい。


 そう、本当にあと一歩のところだったのだ。


 トリガーを引こうとした、コンマ以下数秒の時だ。

 バララララララッという大きなローター音が聞こえ、ルカは手を止めた。

(ヘリコプター? もう増援が到着していたのか……!)

 シンヤ達との決着を急ぐあまり、レーダーを見ていなかったらしい。


 とにかく一旦攻撃を止め、水を差した不届き者へと意識を移す。

 …………見つけた。タンデムローターの大型輸送ヘリが一機と、護衛らしき攻撃ヘリが一機。後方から接近中だった。

 見たところ他に機影はない。つまり、偶然近くに居合わせた部隊が駆けつけただけ。ステルス戦闘機あたりが来ると流石に厄介だったが、これなら大した問題ではない。


 ――そう考えていた時期がルカにもあった。


 接近を続ける攻撃ヘリのスピーカーが発した、挑発とも取れる男の声。

 発砲前に行う警告など、ヘリパイロットが接触を図ってくるのは珍しくない。……ただ、この場合は全く異なっていた。


(な、なんだ!? 今、全身を駆け巡るような悪寒が!?)

 本能が警鐘を鳴らしたのか、ルカの身体が明らかに目の前の敵を拒絶する。

 同じような経験は以前もあった。あれはたしか、ソルジャーランキング四位ロベルト・クロスラインと邂逅したとき――。


『面白そうなモノに乗りやがって。ちょっと寄越せや』

「邪魔を……スるなぁ‼」

 根拠のない恐怖感を打ち払い、先手必勝とばかりにマシンガンで襲い掛かった。相手は所詮ヘリコプターだ、新型機であるスピリットアトラスの敵ではない――そんなふうに自分へ言い聞かせて。


 だがしかし! やはりこの攻撃ヘリは、一味どころか百味も違っていた。


 ルカが発砲するや否や、攻撃ヘリは上下左右に機体を振り、巧みに砲弾の雨を掻い潜ってきたのだ!

「――――っ!?」

 何かの間違いだと、頭部ガンポッドでさらなる追撃を試みる。が、今度は戦闘機顔負けの左急旋回が炸裂。全弾がヘリと皮一枚の差で当たらなかった。


 照準補正は利いている。ルカ自身の射撃センスも、精鋭クラスといっても過言ではない。実力を隠していただけで。

 だがどうだろう。目の前を豪快且つ優雅に舞う攻撃ヘリは、戦場では湧いて出るほどありふれた代物である。スピリットアトラスとは違い、極端に先進的な技術はない。

 そんなものを相手に、なぜ自分がされているのか――答えを出すのは難しくなかった。


 けれどもう遅い。明確に『強敵』と認識された攻撃ヘリは、ルカが対抗策を繰り出すよりも早く動いていた。

 急旋回の機動を維持してルカの攻撃を捌く傍ら、ヘリは装備されていた対戦車ミサイルを一斉発射したのである。

 ミサイルは放射状に広がって、まるで巨大な手で掴みかかるようにルカ機を襲う。


 しかも、たかがミサイルと侮るのは命取りだった。腕部関節、脚部関節、ジェットパック等、弾頭一つ一つが的確にスピリットアトラスの数少ない弱点を捉え、食らいついてくる。

「弱点だけを正確に――これほどの機動を維持したまま……!?」

 辛くもジェットパックはシールドを駆使して守ったものの、多数の被弾で大きな隙ができてしまった。


 敵にとっては絶好のチャンス、見逃すはずがない。体勢を立て直そうと躍起になるルカの眼前へ、こともあろうに機首の機関砲を突きつけてきたのだ!

『機関砲はな、単に連射すればいいってモンじゃねぇ。一発一発に殺意を込めて、こうやって使うんだぁーーーーッ!』

 コンクリートのトーチカすら粉微塵にする、攻撃ヘリの機関砲――それによる猛射が開始された。


『ウラララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララ、ウゥーーーーラァァーーーーーーッッ!!!!!!』


「ぐぅ、うう!?」

 破壊の嵐とも言うべき連撃は、独特な掛け声を伴ってルカを呑み込み、切り刻む。

 もちろん大してダメージはない。しかし、動きを著しく制限され、照準を合わせることすら困難となる。


 相手はたった一機なのに、まるで数十機からの一斉射撃に晒されている気分だ。

が現れるなんて、いくらなんでも想定外……!)

 こんな圧倒的な戦闘ができる人間など、連合軍でもそう多くはない。そして今、それに該当する人物とやり合うのはリスクが大きすぎる。


 地上部隊だって、呑気に観戦しているわけではない。唯一生き残っていたファントムアイン一両が、仇討ちの機会を今か今かと狙っているのだ。反撃しようと動きを止めた途端、必殺の一六〇ミリ砲が火を噴くだろう。


「ここは一旦退くしか……っ」

 自身の不利を悟ったルカ・クロードは、シールドとジェット噴射で強引に弾幕を振り切って急上昇。

 シンヤ達とのケジメに後ろ髪を引かれつつ、西の空へと退いたのだった。

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