10章「もうひとりの生存者」後半

 ルカ・クロード。二〇歳。

 国際統一連合軍の技術少尉にして、ファントムアインの一六〇ミリ滑腔砲搭載に必要不可欠だった、反動制御開発における中心的人物。ある意味では、ファントムアインの生みの親と言ってもいい。


 また、良いモノを作るには現場を知るのが手っ取り早いという信念から、最前線を駆け回る第一歩兵師団へと転属した経緯を持つ、極めて型破りな青年である。

 戦闘においても他の兵士に遅れはとらず、ホプリテスへ勇敢に立ち向かったり、持ち前の技能でアトラス撃破に貢献したりと、粒揃いな旧ライノ分隊の中でも優秀であった。


 ……そんな彼は、第一次ワンリー攻勢におけるパオトウ攻略作戦中に、命を落としたはずだった。

 原因は、パオトウ市への無茶な突撃命令。浸透戦術による指揮系統分断が建前だったが、裏の目的はというと、第一歩兵師団に蔓延る工作員の一掃。

 彼は其れに巻き込まれて、死んだ。


 なのに――。

「みんな元気そうですね。人数は減ってるけど」

 彼は生きていた。まるで何事もなかったかのように、穏やかな表情で普通に現れたのだ。

 浮浪者のようなくたびれた装いをしているものの、好青年ぶりは変わっていない。間違いなく、ルカ・クロード技術少尉その人だ。


「ルカさん……っ!」

「お前、生きていたのか!」

 当初の目的を忘れ、ユイとパルターが持ち場から飛び出してくる。

 無理もない。レティシアに続くこの再会は、皆を覆う死の螺旋を断裂させるには強烈過ぎた。

 ユイやパルターに言わせれば、なぜ彼が生きているのかなど、この際後回しでいいのだ。


 ――だが、一部の者は違った。


「待て!」

「「…………っ!?」」

 制したのは、なんとシンヤだった。

 それどころか、駆け寄って抱擁を交わすべき相手に向かって、ゆっくりとアサルトライフルを向けたのだ!


「ルカ。感動の再会を演出してるところ悪いけど、ひとつ質問をさせてくれ」

「…………」

 今までの穏やかな表情から一転、底の知れない闇が顔を覗かせる。

 そんなルカに、シンヤは銃口を突きつけたまま、躊躇なくこう問うた。


。まずはそれを答えてもらおうか」


 刹那、

「――――ッ」

 ルカの眉がピクリと動いた。


「ちょ、え、シンヤさ――」

 これを聞いたユイは、一瞬シンヤを咎めようとしたものの、前例であるレティシアを思い出してか言い淀んだ。

 逆に、事情を知らないパルターはブチ切れて詰め寄ってくる。

「おいシンヤ! お前なに言ってんだ!? 今のは、さすがの俺も看過できんぞ!」

 太い腕が胸ぐらを掴み、ただでさえ厳つい顔がさらに険しくなった。


 しかし、シンヤは冷静にパルターの腕を振り払い、自分に非は全くないといった眼差しで一蹴してみせる。

「パルター、今言ったのはジョークじゃない。ルカと話をさせてくれ」

「うぅっ!?」

 凄み。もはや分隊一と言っていいほど成長したシンヤに、パルターは恐れをなしたように黙った。


 一方のルカも、あくまで冷静に返してくる。

「……どういうことですか?」

「腰掛けてたその車。たぶん、モンゴルが侵攻を受けた二年前から放置されていたんだろうけど、なぜかボンネットの上だけ砂埃が薄くなってるよな? 誰かが最近開けたんだよ――武器か何かを隠すために、とか」

「「「…………っ!」」」

 だが、そんなルカの落ち着きを打ち砕かんとする、シンヤの一手。


「はは、まいったな……」

 何かを諦めたように、ルカは力なく笑う。

「僕の良心が追いつかない内に、全部終わらせるつもりだったのに……」

「終わらせる、だと?」

「たしかに、この中にはショットガンを隠している。僕が隠したから間違いない」

 ボンネットを軽く叩いてみせるルカに、先ほどとは一転して言葉を失うパルター。


「僕は、みんなとの因縁にケリをつけに来た」


「「「…………!?」」」

 決定的だった。仕向けたシンヤだって、本心では否定してほしかったのに。

「だけど、シンヤさんはとっくに分かってたみたいですね、こうなることが。既に覚悟を決めた目をしているから」

「…………あぁ、薄々だけど分かってたよ」

 ルカが行方を眩ませてから約一か月、様々な出来事があった。その中で感じ、堆積していった疑問の数々は、密かにシンヤを真相へと歩ませていたのだ。


 今、溜め込んだモノを吐き出すように、シンヤ・ナカムラは語りだす。


「疑問が生まれたのは、中華前線基地で初めてアトラスに乗った時だ。アレは高いレベルで人と同じ挙動を実現していて、ホプリテスみたいな、そこらの二足歩行ロボとは訳が違うと実感したさ。その時は歩行できない状態だったけど、脚部だってトンデモない技術が盛り込まれているだろうと、容易に想像できたよ」


 デビルマゼンタ迎撃のため、アトラスを操作することになったシンヤ。当時は必死で深く考えなかったものの、これが後に意外な発想へ至らせた。


「こんなモノを設計できるなんて、どんな天才なんだろうってぼんやり考えた。だって、巨大人型ロボットの実現が難しい訳の殆どが、脚部が耐えられないって理由だったからな。特にアトラスの脚部関節は、百トン近くの重量を支えて、余りあるほどに頑強且つ柔軟でなければならないし」


 そう考えた時、ある疑問が渦巻き始めたのだ。


「かたや連合軍主力戦車のファントムアインも、主砲反動制御が最たる問題だったはず。一六〇ミリ滑腔砲なんていう前代未聞の火力に耐える反動制御は、ファントムアイン以前の主力戦車へ搭載できた例がないしな。……いや、開発にすら至ってなかったかも」


 連合軍反撃の象徴ファントムアイン。戦車対アトラスのキルレシオを、一〇対一から三対一程度にまで改善させた猛獣。

 ルカが生み出したと表現してもいい其れも、並大抵の技術では完成しなかったはず。


 だが同時に、こう考えることもできる。

「……つまり何が言いたいのかっていうと、アトラスもファントムアインも、共通点があまりに多すぎるんだよ」

「――――っ」

「こんなモノが、同時にポンポン完成するのは違和感しかない。一次や二次大戦の産物だって、もっと試行錯誤の繰り返しで生み出されたはずだ。――あぁ、もう皆も分かっただろ? この二つは、ッ!」


 パルターをはじめ、レティシアやユイなど、今まで状況を理解できていなかった数名は息を飲んだ。

 全てはシンヤの憶測に他ならず、正直言って根拠はあまりにも薄い。だがそれでも、ルカ・クロードに対する不信感を増大させるには充分だった。

「ルカ……」

 車に隠していた武器の件も相まって、分隊員達はジリジリと彼から距離を取り始める。


「疑問が確信に変わったのは、拉致された時――つまり、二回目のアトラス搭乗時。あの怪物を全開で動かしてみれば、アトラスとファントムアインの類似点を嫌でも実感できたさ」

 しかしながら、これは誰もが到達できる答えではない。普通なら、たとえシンヤと同じ考えに至ったとしても、馬鹿げたことだと思い直すからだ。


 さらに言えば、ここまでの結論に辿り着く前提として、本来関わりたくもないアトラスにどっぷり浸かる必要がある。加えて、ファントムアインの開発経緯等への理解も必須。

 シンヤの場合、二度にわたるアトラスへの搭乗に加え、ルカ・クロードという人物が身近に存在したことが真相へのトリガーだった。

 仮にだが、戦車王ことロベルト・クロスラインがキュクロスの操縦訓練を受けていたら、シンヤと同じことを思ったかもしれない。


「決定的なヒントは、カイザー少将の行動だった。あの人はレッドオーガを倒すため、密かにキュクロスの訓練をしていた。だからその過程で気付いたんだ。アトラスの脚部関節を設計した人物は、ファントムアインの反動制御開発に関わった者と、同一人物である可能性が高いってことに」


 レッドオーガと共に散ったアレクサンドル・カイザーは、旧ロシア軍の元凄腕戦車兵。ファントムアインへの理解も当然深い。だからこそ、ルカとアトラスの繋がりにいち早く気付いたに違いない。

 だからといって、根拠が薄いことに変わりはなく、連合軍の英雄に等しい存在を易々と始末はできない。それで、あの悲劇が起こった――。


「第一歩兵師団に蔓延っていたスパイの一掃――それだけで、あんな無茶な作戦を通すなんて、ハイリスクローリターンにも程がある。それについては、アトラスの創造主を始末する副産物に過ぎなかった! ペキン戦後に、わざわざカイザー少将自ら俺達に接触してきたのも、ルカを見定める為と考えれば説明がつく……ッ!」


 ペキン戦後の不可解な行動、仲間達を殺したのは自分だという主張、そして経歴。それらは全て、カイザーが残したヒント。

 第一次ワンリー攻勢におけるパオトウ攻略戦は、カイザーが人間性をも捨て去って敢行した『暗殺』だった。そう考えた時、シンヤ・ナカムラの軌跡に矛盾として残っていたが全てはまったのだ。


「………………すごいね、シンヤさんは。そこまで気付いてたんだ。要注意人物のひとりに数えられるだけはある」

 ルカ・クロードは感心したように、けれどもどこか悲しそうに言った。

「あの怪物を生み出したのは、間違いなく僕です。もう、十年以上前から計画に絡んでた。ファントムアインの主砲反動制御も、それを流用したものに過ぎません。今まで身を隠していたのは、それを連合軍側に勘付かれたからですよ」


 呆気ない。誤魔化すことすらしない。ルカもルカで、初めからこんなシナリオを巡ると分かっていたように。

(少しは否定しろよ……! 面白い冗談ですね、とか言って笑ってみせろよ……! 人がどれだけ思い悩んだと思ってやがる……⁉)

 東アジア戦線へ帰還する艦の中で、壁に爪を立ててまで苦悩した自分を、まるで嘲笑われた気分になった。


「どうしてだ? どうしてこうなった!? たしかに俺とあんたは、決して付き合いは長くなかった。たった数週間だけしか、共に戦わなかった。親友かと問われたら、大して迷わず違うと答える。…………だけどな! 俺達は! あんたが戦死したって報せを受けた時、揃って死ぬほど悲しんだ!」


 なぜ彼が連合軍に協力するような真似をしていたのか、なぜ彼がアトラスを生み出したのか、なぜ今になって現れたか。問い詰めたいことは、発声器官が潰れても足りないくらいある。

 だが、今最もぶつけるべき感情は『悲しさ』だった。せっかくの再会を、どうしてこんな風に迎えなければならなかったのか。


 するとルカは、突然「うぅ……っ」と頭を押さえ、狂気に充ちた上目で睨みつけてきた!

「うルさい――」

「えっ」

「ウるさいんだよーーーーッ! 勝手に悲しんデおけばいいさ! 僕の気持ちなんか、君達みたイな劣等種に分かるわけがない!!」

 これまでの冷静さは忽然と消え去り、我を忘れたかのようにルカは吠えた。


 まるで別人に豹変した彼は、息を荒らげながら地面を蹴って後ろに下がり、先ほどまで腰掛けていた車のボンネットに手をかけたのだ!

「やめろぉおおおおおおおおッ!!」

「ルカさん! やめて!」

 この異常事態に辛うじて反応できたのは、シンヤとマリアだけ。


 二人ともアサルトライフルでルカを追う。が、一手遅い。

 ルカは地面を蹴った際に砂を巻き上げており、ほんの一瞬シンヤとマリアの視界を奪っていた。つまり、照準が狂ってしまったわけだ。

 その隙を、彼が見逃すわけがない。手早くボンネットを開け放ち、隠していたショットガンを手に取った!


「こ……のぉ……っ!」

 砂を振り払い、アサルトライフルを向け直すが、やはり間に合わない。ルカのショットガンの方が遥かに早く、シンヤ達に牙を剥こうとする。

「――――ッ!?」

 しかし、その直前のことだった。


 タァァーーーーーーーーーーーーンッ!


 一発の銃弾が、後方からシンヤとマリアの間を抜けて飛翔し、トリガーを引こうとしていたルカの首筋を抉りとった!

「ひっ、が……あぁ!?」

 ルカの首の皮は裂けて鮮血が噴き出し、整った顔は恐怖に引き攣る。


 振り返って見れば、ケイの持つスナイパーライフルから、一筋の硝煙が上がっていた。ルカを撃ったのは彼女だった。

 しかし、跳弾で標的を撃ち抜けるケイ・ラシェールともあろう者が、急所を外すなんて有り得ない。

 例え仲間だった人間が標的だとしても、この期に及んで情けをかけるほど、ケイとて甘くはないはずだった。


「次は遅れないし、外さない……ッ」

 そう彼女は強く言い張るも、小刻みに揺れる銃口が無言で否定していた。

 対するルカは、血が噴き出す首を押さえつけつつ、痛々しい声を絞り出す。

「か……けっ、ケイさん……ごほ。君は僕をゲホッ、本当に殺せるんです……か」

「――っ、“家族”なら殺せないって言いたいわけ?」

 二人は睨み合ったまま意味深な言い合いをしているが、シンヤには何のことだか分からない。


 そして、そんな緊張状態を先に破ったのは、撃たれて追い込まれたルカの方だった。

「殺す……んだったら! さっさと殺さないとね!」

 そう、覚悟を決めた物言いをする彼は、苦痛に歪む視線をシンヤの背後に向けた。


「――――ッ!?」

 そこにあったのは、シンヤの心にほんの少し残されていた『何か』を、木っ端微塵に消し飛ばす光景。


「ぐ、お、お……」

 ひとつは、鬼の形相で苦痛に悶え、辛うじて地に足をつけているパルター。

「…………………………」

 もうひとつは、パルターの後ろで、糸が切れた人形のように膝から崩れ落ちるユイ。


「「えっ?」」

 その光景を目の当たりにしたマリアとレティシアは、揃って凍り付いた。

 一瞬、シンヤも理解が追い付かなかった。何が起きたのか分からなかった。

 ただ、二人とも全身の肉をズタズタに裂かれ、大量出血しているのは明白だった。


「ユイーーーーーーーーーッ!! パルターーーーーーーーーッ!!」


 慌ててシンヤとケイが二人に駆け寄り、倒れつつあるパルターをケイが支え、ずた袋のように転がったユイをシンヤが抱き起こす。

「す……まねぇ、俺……ユイを守れなかった」

「喋らないで! 充分よこのバカ!」

 ケイにそう言われた直後、大男パルターは安心したかのように気を失った。


 シンヤもユイの呼吸を確かめ、重傷だがとりあえず生きていることに安堵した。

 だが同時に、もうルカを受け入れ難い存在と認識するしかない現実に、シンヤは打ちのめされる。

 状況を見る限り、ケイはルカの射撃を阻止できていなかったのだ。彼は首筋を抉られながらも、きっちりトリガーを引いていたらしい。


 最初から狙っていたのか、はたまた撃たれた反動で照準が狂ったのか。どのみちショットガンから放たれた一二ゲージ弾は、ペレットを撒き散らしながらユイへと飛んだ。

 これを見たパルターは、本能的に彼女を庇ったのだろう。ボディアーマーと自身のタフさにものを言わせ、尚且なおかつ散弾特有の威力距離減衰に賭けて。


 それでもペレット全てを防ぐことは叶わず、いくつかがパルターの肉体を貫通してユイに着弾。ユイの致命傷は避けられたが、二人ともかなりの重傷だ。

「くっ……!」

 あまりにも無慈悲! あまりにも非情! 吐き気を催すほどの怒りが、全身から込み上げてくる。


「銃声だ!」

「あっちから聞こえたぞ。急げ」

「戦車隊へ支援を要請しろ! 敵の数によっては、包囲して叩き潰せと!」


 味方が騒ぎを聞きつけたらしいが、もはやそれどころではない。

「ルカァァァアアア! お前……覚悟はできているんだろうなぁ!?」

 自分でも信じられないほどの憎しみを伴い、ルカの方を振り返る。


 しかし、そこにルカ・クロードの姿はなかった。ボンネットが開け放たれた車と、砂埃まみれの廃屋だけが残されていた。

(どこに消えた? 廃屋の中か?)

 そう思った、次の瞬間――。


 巨兵アトラスが、突然目の前に出現した。


「「「…………ッ!!!?」」」

 時間が止まったと錯覚するほどの急展開に、シンヤ達は押し潰され、ただ呆然とするしかなかった。

 突然のっそりと現れたアトラスは、廃屋が作っていた死角から飛び出してきたのだ。シンヤ達が来る前から、待機状態でここにあったに違いない。


 しかしこの機体、普通のアトラスやエース機とは一線を画していた。

 特徴的な赤い二つ目は共通だが、白と深緑を基調とした装甲、キュクロスのような細めの洗練された外観、そしてなにより――背部の安定翼付大型ジェットパックが、機体の異常性を示している。


『君達には、この場で消えてもらう! そうしなければ、僕に未来は訪れないからッ!』

 その異常なアトラスに乗っているのは、ルカ・クロードだった。

 スピーカーを介して聞こえる声は、喉を風が抜けているのではないかと思うほど痛々しい。だが、何が何でも目的を果たすという凄みがある。


『僕が解放される為には、全ての障害を取り除かなくてはならない! その障害のひとつが君だ、シンヤさん……ッ!』

 圧倒され動けないでいるシンヤ達へ、翼のある巨兵を身に纏ったルカ・クロードが宣戦布告を言い渡した。


『 こ こ で こ れ か ら 君 も 死 ぬ ! 』

 そして巨兵は、

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます