9章「罪」

「そうか、そんなことが……」

 両親を殺され、憎むべき対象も勝手に始末されてしまった。そのうえ、中間的要因である政府が責任逃れしたとあっては、やり切れない想いを何にぶつければいいのだろうか。

 ――裁判? ――三権分立? そんな都合のいいモノは、一部の先進国でしか通用しない常識である。


「で、でもさ。いくら新エネルギーを導入した政府に落ち度があっても、こんな世界中を巻き込む戦争に加担するなんて、訳が分からないよ! 人としてどうかしてる!」

 戸惑って声を荒らげるマリアに、「そうよね。本当にそうなのよ……」とレティシアはうなだれて答えた。目に宿した黒い炎は、既に消えている。


「事件の幕引きが図られてしばらく経った、ある日の朝のことよ。目が覚めたと同時に、突然強烈な使命感に襲われたの。『恨みを晴らせ、カスピ海へ集結せよ』って感じに」

「使命感が具体的過ぎないか」

「でも嘘なんかじゃない。抗いようのないくらい、凄まじい感覚だった。今思えばバカみたいだけど、その時は理性なんて利かなくて、気が付いた時には飛行機に乗ってた……。他の構成員も、同じような体験をして集まったみたい」


 かなり常識離れした話ではあるが、世界に喧嘩を売ったという、あまりにも凄まじい『結果』が逆に信憑性を帯びさせていた。そうでなければ、ウォリアーズ構成員は全員人間を辞めている。

 かつて、世界に喧嘩を売った過激派武装組織はいくつか存在した。だが、言語も文化も違う人達で構成された武装組織など、オカルト的な要因でもなければ纏まるはずがない。


「最初に集まったのは、ざっと三〇万人くらい。どこかの国の正規軍とか、明らかに無関係なヤバい連中も混ざっていたけど、ほとんどはド素人ばかり。対して、喧嘩相手は全世界。見た事もないような兵器アトラスが用意されていても、正直勝てるなんて思っていなかった。みんな自殺覚悟で、行き場のない怒りをぶつけたいだけだった!」


 ――それなのに! と、レティシアは強く言葉を紡ぐ。


「なぜか勝ち続けた……! 勝ち続けてしまったの! 初戦の中東やロシア方面はほぼ完封。続く西方面はドーバー海峡まで難なく追いやり、東も苦戦しつつ日本海に叩き出せた。連合軍が創設されても構わずアフリカ全土を落とし、気がついた時には、ウォリアーズの総兵力は八〇万にまで膨れ上がっていた……。もう、誰も引き返せないところまで来ていたのよ……!」


 彼女は…………嗤っていた。整った顔は狂気に歪んでおり、そんな醜い自分を隠すように覆った両手は、無意識の内か柔肌に爪を立てていた。


 嗤うしか、なかったのだろう。


 彼女達は、何も知らない旧軍や連合軍の将兵達を、何も知らないまま何百万人も絶望へと追い落としてきた。そのうえ、億単位の何の罪もない人々に避難を強い、留まった人々をも、崩壊したインフラと供給に喘がせている。

 過去の世界大戦を凌駕する其れは、一度意識してしまえば自我が崩れかねない。しかも、償うことなんて到底できないのだ。


「ポーラ・アルン――デビルマゼンタの中身ね――みたいなヤバイ連中はともかく、本当は皆分かってるの。こんな馬鹿げた戦い、今すぐにでも止めるべきだって」

 彼女は我に返ったように、顔を引っ掻いていた両手を、静かに膝の上へ戻す。

 どう言い繕おうが、自分達が救いようのないテロリストであることに変わりはない。今更引き返すことなんて、できなかったわけだ。


「だけど、それもじきに終わる」

「……どういうこと?」

「限界なのよ、ウォリアーズは。無茶な電撃戦による疲弊、伸びきった戦線に追い付かない兵站、半年くらい前から錯綜し始めた指揮系統。そこにきて、連合軍の第二次ワンリー攻勢とカルパティア攻勢が迫ってる」

「次の大攻勢を退ける力は、もう残っていないってか」

「そう。なるべくして迎えた結末、かもね」


 世界の三分の一を勢力下に置き、傍から見れば優位にいるウォリアーズは、シンヤ達が想像する以上に疲弊していたらしい。

 そもそも、総兵力八〇万人のウォリアーズに対し、連合軍は二三〇〇万人以上。予備役や協賛勢力を含めれば倍以上になる。生産力だって、比較になるわけがない。


 緒戦において各国は、未知の兵器群による電撃的攻勢や衝撃拡散装甲に対応できず、後退を繰り返して連合軍を創設するまでに至った。そんな混乱が続く中、ウォリアーズはそのままズルズルと、偽りの優勢を保っただけにすぎなかった。

 しかしながら、指揮系統の整備やファントムアイン等の対アトラス兵器・戦術が確立され、徐々に力の差が現れ始めた。第一次ワンリー攻勢が半ば失敗してもなお、多方面から攻勢を継続できるのが例だ。


 ウォリアーズにしてみれば、自殺覚悟で始めた戦争……想定外に長引いたが、これもまた誰かのシナリオ通りか。

 彼らの命を懸けた訴えが、もしかしたら『何か』に届いたかもしれない。だがこうなった以上、連合軍による制圧という報いを受けるのは必然。

 圧倒的な光に呑まれ、彼らは葬られるだろう。


「まぁ、あの総統閣下が、このまま黙って降伏するとは思えないけど」

 そこまで言い、レティシアは「ふぅ」と小さなため息をついた。背負っていた重荷を下ろしたような、そんな雰囲気で。

「さて、私が知ってることは全部話したわ。総統閣下の正体とか、細々とした事は知る由もない」


 だが、今度は――。

「ふふふっ……どう? 裏切り者を前にした気分は」

 彼女を蝕んでいた罪の意識が、解き放たれて暴走しようとしていた。


「「「…………っ」」」

「殴りたいでしょ!? 謝ってほしいでしょ!? 私はもう、覚悟はできてる! 殴るだけじゃ足りないなら、渡したアサルトライフルで撃ち殺してくれたっていい!」

 彼女の頬には、涙が伝い続けていた。

 撃ち殺してくれたっていい――この罪から私を解放してくれ! そう懇願しているようにも、シンヤ達には聞こえた。


 しかし、シンヤはあくまで冷静に返した。

「裏切り者……か。俺もマリアもユイも連合兵だから、その言い方は間違ってない。安いラノベ主人公みたいに、女だからってホイホイ見逃すこともできない」

「……っ」


「でも、レティシアが命懸けで、俺達三人を救ってくれたのは確かだ。デビルマゼンタが現れた時だって、自爆してまで足止めしようとしてた。その事実だけは変わらない」


「あ……」

 その瞬間、レティシアを食い破ろうとしていた罪の意識が、何かに恐れを為して彼女の内へと戻ったのを感じた。

 ペキンにおける被害拡大、数々の情報漏洩エトセトラ――到底許される行為ではない。だが同時に、レティシア・テイルは命の恩人であり、真実を話すという期待に応えてくれたでもあったのだ。


「ライノさんもルカも、別に君が殺したわけじゃない。ここで君を殴ろうが撃ち殺そうが、何一つ得るものは無いと思う」

 不思議と、怒りも憎しみも湧いてこなかった。どちらかといえば、反応に困ったと表現した方が正しい。

 連合軍の兵士として、如何なる理由があっても彼女を許すことは断じてできない。ただ『人』としては、救いの手を差し伸べたい自分がいた。


 そしてそれは、マリアもユイも同じであった。二人は、シンヤを見つめ続けたまま呆けているレティシアを、そっと抱きしめる。

「帰ろうよ。パルターやケイさんが待ってるから」

「ぜったい、墓参りには連れていくけんね」

 二人ともほんのちょっぴり、瞳を潤ませて。


 レティシア・テイルは、ただその優しさに溺れて、泣き崩れることしかできなかった。

「…………ごめん……なさい……っ」

 月明かりすらも眩しく、草木が風に揺れる音も轟音と覚える静寂の夜に、少女のすすり泣く声が溶けては広がっていく。


 しかしながら――。

「し、シエラ! 悪かったっての! あ、やめ、そこは男の……うぼあああああああああーーーーッ‼」

「何事ですか大佐! って、コンテナの中がルール無用のバトルロワイヤルになってる⁉」

 良くか悪くか、四人以外に聞こえることはなかった。



 早朝五時、列車は足早に海岸線近くへと移動を開始した。警戒は怠らなかったが、幸いにも敵部隊との接触は発生しなかった。

 思い返せば、そろそろ第二次ワンリー攻勢とカルパティア攻勢が開始されている時期であり、レティシアが言う通り辺境に哨戒戦力を割く余裕はないのだろう。

 そして七時半に海岸線近くまで辿り着き、今は列車を放棄して指定合流ポイントまで徒歩で移動中である。あと少しで帰れるのだ――大地獄から地獄に、であるが。


「あーあ、名残惜しいぜ」

「大佐だけです! そんなイカれた思想の持ち主は!」

 なぜか痣だらけのヴォルフは、四〇キロ近くの重量があるルードショックを軽々と弄びながら、のんびり欠伸などしている。

 その後ろを、シンヤ達四人は黙って歩いていた。それぞれ、あまり目を合わせようとはしない。

「「「…………………………」」」

(き、気まずい……)

 夜に腹を割って話したとはいえ、互いに許しあって万々歳したわけではないため、仕方がないといえば仕方ない。


 レティシアの件は、ひとまず後回しにすることになった。自分達を救ってくれたことを前面に出しつつ、正式に裁いてもらう方がいいと判断したからだ。

 加えて、かのヴォルフ隊の帰還に携わったとなれば、少しは彼女に向けられる目も緩くなるだろう。

 ちなみにこのことは、ヴォルフ隊の面々にはまだ打ち明けていない。彼らはあくまで一般的な連合兵の感性しかないため、今打ち明けても話が拗れるだけだ。


「その、さ。パルター達に会ったら、なんて言うつもりなんだ?」

 少し右後ろを俯いて歩くレティシアに、顔は見ず小声で訊いてみたりする。

「……まだ考え中。パルターとは殆ど関わりがなかったし、ケイさんもよく分からなくて。一番の問題は、付き合いが長かったアベルだけど」

「あー、すげー言いづらいんだけど、アベルは行方も生死も不明でさ。ホプリテスに囲まれて――」

「え、はぁ⁉ あの刀バカがやられたっていうわけ? なにかの冗談でしょ?」

「いや、まだ死んだと決まったわけじゃ…………あ」


 波の音が聞こえ、二人は口を噤んだ。列車を降りた時には遠目に見えていただけだが、かなり近くまで来れたわけだ。

「さて、救援は……っと」

 ヴォルフやペールらが双眼鏡を手に取り、前方に広がる海を注視する。

「いました。一〇時方向、駆逐艦です。距離約三三〇〇」

「駆逐艦~~? こりゃまた、随分目立つモノを寄越してきやがったな。牽制のつもりだろうが、沖合に待たせとけってんだ」

「何様ですかあなたは」

 ヴォルフは若干イラついた様子を見せたものの、こんなご時世で救援に来てくれたことは感謝しておくべきだろう。


(ふぅ、一時はどうなるかと思ったけど、なんとか切り抜けたか……)

 拉致などという、あまりにも衝撃的な体験をしてしまったせいで、友軍を見た途端に気が抜けそうになってしまう。

 レティシアの件やこの先に待つ戦いなど、問題はヒマラヤ級に山積みであるものの、ひとまず頭を空っぽにして休みたいところだった。


 ――だがこの物語は、安易に休息を与えてはくれなかった。

「敵機だ! 六時方向からアトラス三機、突っ込んでくる! 距離約四〇〇〇ッ!」


「「「なぁ⁉」」」

 後方を警戒していた隊員の警告で、一気に場が凍りついた。

 振り返って見れば、確かに三機のアトラスがこちらに接近中だった。木々をなぎ倒して進んでくるさまは、まさしく破壊の権化に相応しい。

 エース機の類は紛れ込んでいないようだが、それでもアトラス三機は戦車一個中隊に相当する強大な戦力。シンヤに言わせれば、勝ち目など一ミリもない。


「追跡されていた⁉」

「いや、俺様達を追ってきたわけじゃねぇ。あそこにいる、アホな駆逐艦が狙われたんだ」

 ヴォルフがあからさまに嫌味な顔で、救援に来た駆逐艦を顎で示した。

 一言で駆逐艦といっても、昨今のミサイル駆逐艦は全長一五〇メートル以上だったりと、一般人の認識を超えて遥かに巨大。それが陸地からたった三・三キロの場所にいるなど、狙ってくださいと言っているようなもの。


「ったく、ヘリか哨戒艇でも寄越せば良かったのによぉ。アトラスにビビって母船ごと近づいて来やがって」

「助けに来てくれたのに酷い言いよう!」

 海軍の経験不足が招いた惨事だが、このままでは帰れなくなってしまう。

 敵が一〇五ミリライフルでも装備していようものなら、ミサイル戦に長けた装甲の薄い駆逐艦は一撃で致命傷を負うだろう。いやそれ以前に、駆逐艦側も敵の接近に気付いているはずであるため、この場を放棄する危険性が高かったのだ。


「ちっ、やるしかねぇか」

 ヴォルフは腰から拳銃のようなものを取り出し、頭上に向けて撃ちはなった。弾頭がボゥッと低速で打ち上がり、上空で炸裂して強烈な光球と化す。

 信号弾フレアだ。要救助者が、自分の位置を味方に教えるために使う。これで駆逐艦からは、シンヤ達の位置が分かることになる。


 だが裏を返せば、敵にも位置が知られるということ。駆逐艦を狙っていた敵部隊が、それよりも近くにいるシンヤ達に目を付けてもおかしくない。現に敵部隊は、明確にこちらへ進路を変えてきた。

(そうか! ヴォルフ大佐なら、奴らを何とかできるってわけか!)

 流石は地上最強の兵士。エース機を封じ込めるくらいだから、一般機など相手にならないということか。

 それに加え、ソルジャーランキング三位と二〇位もいるのだから、シンヤ達が想像もつかないような戦いを見せてくれるに違いない。


 ――だがヴォルフの口から発せられた命令は、シンヤに現実を突きつける残酷なものだった。

。全員、あの艦で帰還しろ」

「なっ⁉ 大佐なら、アレをどうにかできるんじゃ……」

「何言ってやがる。俺様は汎用人型決戦兵器なんて呼ばれちゃいるが、ナントカフィールドを展開できたりはしねぇよ」

 つまり、ヴォルフは決死の覚悟で敵部隊を足止めする気なのだ。皆を無事に逃がすため、自分を犠牲にして。


「最強と持て囃されようが、例外だと畏れられようが、人間がいつまで経っても自然を支配できないように、歩兵はどこまでいっても歩兵だ。アトラスが三機も正面から向かってきたら、流石にどうしようもない。攪乱がせいぜい……ってところか」

 歩兵とアトラスの絶対的戦力差は、地上最強の兵士ヴォルフ・ガルシーロフをもってしても覆ることはない。デビルマゼンタを欺くことができたのは、条件が良かったからに過ぎなかったのだ。


 ……ただ、そんな風に突っ走る彼を部下が黙って送り出すわけもなく、シエラやマイクまでもがヴォルフの横に並んだ。

「ほんと、やれやれです。大佐だけでは、二機が限度ではないですか」

「ここで逃げるわけにはいきませんなぁ」

 さらに、ペール以下ヴォルフ隊の隊員も無言で武器を取り、全員が臨戦態勢にはいってしまった。

「「「…………ッ!」」」

 誰もが腹をくくったような表情だった。自分の運命はヴォルフと共にある、そう各々の背中が語っている。


 救援の駆逐艦が砲撃や巡航ミサイルで支援を開始したが、迫るアトラスにはまるで効いてない。というか、人間にテニスボールを投げつけるくらいの嫌がらせにしかなってない。

「ったく、人には散々バカだのアホだの言っておいて、しょうがねぇ奴らだな。おいガキ共、お前らはさっさと行きやがれ! ここは任せておけ!」

 ヴォルフが焦りを隠せない様子で、シンヤ達四人を急かした。


 一方のシンヤ達だって、微力ながら留まるつもりだった。彼らの覚悟を見せつけられて、自分達だけ逃げるつもりはなかった。

 ……それなのに、

「ですが――」

 言いかけた刹那、突然意識と視界が揺らめいた。

(…………え?)


 認識が追いついた時には、腹をヴォルフの拳で殴り抜かれていた。


「すまないな。説得してる時間はねぇし、苦手なんだ」

 指の一本すら動かすことができなくなり、膝から地面へ崩れ落ちる。呼吸も一時的に止まって、意識が次第に薄れていく。

「あ、があァ……」

 まるで見えなかった。それどころか、痛みすら感じなかった。


 しかも、隣でドサドサッと人が倒れる音がしたことから、マリア達も同様に気絶させられたらしい。他の隊員が動いた様子はなく、ヴォルフだけで四人を瞬きする間に制圧したようだ。

「俺様には分かる。お前らは、こんなところで止まっていい兵士じゃない。生き急ぐな」

 彼は倒れたシンヤ達に背を向け、(ペールやシエラから呆れた目で見られつつ)ルードショックを担ぎ直して言った。


「あばよ。短い間だったが、楽しかったぜ」


 破滅的な状況が螺旋する中で、ようやく掴みかけた希望の光――ヴォルフ隊。それはあまりにもあっけなく、誰も知ることのない辺境の地で砕かれたのだ。

「う、あ……。たい……さ…………」

 薄れゆく意識の中で辛うじて見えたのは、勝ち目のない戦いに向かっていくヴォルフ隊の後ろ姿。そしてシンヤ達を担架に乗せようとしている、海軍兵士の心配そうな顔だった。

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