8章「戦士達」

 脱走してから約五時間後、ヴォルフ達から『ついて来い』と言われ、どこかへ寄ることになった。

 なお、レティシアが乗ってきたアトラスは貴重な火力であったが、さすがに目立ち過ぎるため途中で自爆処理した。まぁ、連合軍最高戦力がいるのだから、さほど問題ないだろう。


 ――そして、現在。

 立ち寄ったのは、戦争で廃墟と化した町の中に辛うじて形を残す、寂れた駅だった。

 そこにはコンテナを積んだ貨物列車が停車していたが、もっと気になることがあった。何故か、武装した男達が二十人くらい待ち構えていたことだ。


「大佐ぁーーっ! 今の今まで、どこで何をしていたんですかぁーーっ!」

 その内の一人が、のんびりと歩いて来るこちらに気付いた途端、目の色を変えて怒鳴りつけてきた。……正確には、ヴォルフが怒鳴られた。


「いや~、悪かったって!」

「悪かったも悪くなかったもありませんよ! 生き急ぎ過ぎです! もちろん、大佐が簡単に死ぬような人だとは思っていません。が、しかし! 敵地に置き去りにされた我々はどうなるんですかーーーーっ!」

 男は二十代半ばくらいの中背だが、年上且つ有名にも程がある人物に向かって、まるで母親のように叱りつけている。対するヴォルフも、まるで頭が上がらないといった有様。


 さらには、横で冷や汗をかきながら目線を逸らしているマイクやシエラにまで、彼は強く言い放った。

「マイク少佐もシエラ少尉も同罪です! お二人が大佐を止めなきゃ、誰が止められるっていうんですかーーっ!」

「はい、申し訳ありません」

「返す言葉もねぇや……」

 連合軍最高戦力が、揃いも揃ってあらぬ方向に目をやっている。


 当然ながらシンヤ達は戸惑いまくったが、マイクが察して(逃げるように)耳打ちしてきた。

「この五月蝿いのは、ペール・バーナー曹長ってんだ。ヴォルフ隊の小隊長のひとりで、隊内じゃ大佐と一番付き合いが長い。まぁ、親しい故のツッコミ役みたいなもんだな」

「そういうことですか」

「ああ。それに俺やシエラも突っ走りがちだから、隊員達のことを任せっきりにしちまって、頭が上がらねぇ。ペールは実質的な副隊長だ」

 となれば、ペールや駅にいる男達はヴォルフ隊の隊員というわけだ。見れば、いかにも百戦錬磨の猛者たちといった風貌で、中華前線基地守備隊とは比にならない程の覇気が伝わってくる。


 そんな彼らを束ねている(はずの)ヴォルフは、ペールの説教をニコやかに受け流し続ける。

「まぁまぁ、そのおかげで収穫もあったし、許してくれよなー」

「はぁ。……ところで、そこにいる四人は誰なんです?」

「あぁ、それが収穫ってやつ。こいつらも連合兵で、捕虜になっていたらしくてな。一緒に連れていく」

「なるほど、そうでしたか」

 話題がシンヤ達のことに変わり、ペールがこちらにスタスタと歩いてきた。


 先ほどの剣幕を見たからか、思わず身を引き締めてしまうが、彼は意外にもにっこりと微笑みながら話しかけてくれた。

「怖かったでしょう? でも、もう大丈夫。我々が列車で海岸線まで送り、海軍に引き渡します。ヴォルフ隊の名にかけて、必ず」

「あ、はい! ありがとうございます!」

「礼はいらないよ。仕事だからね」

 包み込まれるような優しさに、四人は精一杯の敬礼で返すしかなかった。もうペールが隊長でいい気がする。


「それにしても……海軍に引き渡すって? 連絡が取れているんですか?」

「おう。実は、ゲリラを続けるのも潮時だと思っててな。さっきの襲撃前に、SOSを飛ばしておいたんだ。西太平洋とインド洋担当の、連合海軍第七艦隊へな。返事なんか待っていられなかったが、暇だろうから多分来る」

 陸軍や空軍に比べたら幾分か余裕があるだけで、別に暇じゃないでしょうが。とペールが目で訴えているが、ヴォルフは全く意に介していない。


「ってわけで、海岸線まで逃げればこっちのもんだ。列車なら、車よりも遥かに早く着く」

「「「おぉ……」」」

 実は計画段階では、脱走後のことを深く考えていなかったシンヤ達にとって、これは嬉しすぎる計らいだった。中途半端感は否めないものの、行き当たりばったりよりはマシだろう。

「んじゃ、さっさと移動するぜ。全員列車に乗ってくれ」

 説明もそこそこに、皆は貨物列車へ乗り込んでいく。


 その最中、マリアがシエラにこんなことを訊いていた。

「あの……ヴォルフ隊って、歩兵大隊ですよね。こんなにも人数を減らしてしまったんですか……」

「いいえ。各所に散開していた別働隊約百名は、既に撤収を開始しています。あとは我々だけです。もともと、慢性的な人員不足の影響で引き抜きが相次ぎ、大隊とは名ばかりでしたから」

「えっ。じゃあ、欠けた人数は?」

「いいえ、一人も」

 流石は最強と謳われたヴォルフ隊。敵地にいながら戦死ゼロとは、隊長が隊長なら隊員も隊員である。



 それから時間は流れ、真夜中。時刻は午前二時を少し過ぎた頃。

 辺りは恐ろしいほど暗く、そよ風が吹き抜ける音すら五月蝿く感じるほどの静寂。敵にとっても味方にとっても危険極まりない。

 列車は海岸線まで一五〇キロ程度の所まで走ったものの、そこで日が暮れたため移動は中止となったのだ。今は、雑木林に囲まれた線路上に停車し、身を隠しながら夜明けを待っている。


「…………」

 そんな中、レティシア・テイルは眠りについていなかった。貨物列車に搭載されたコンテナの積み込み口に腰掛け、ぼんやりと月を眺めている。

 いざ戦いとなれば、その赤いサイドテールをたなびかせて雄々しく舞う戦乙女も、今宵はただの寂しげな少女にしか感じられない。

「寝ないのかよ」

「あっ」

 ザッ……と道床を踏みしめて現れたシンヤに、彼女は少し面食らった様子を見せたものの、すぐに顔を伏せてしまった。


「ちょっと心の整理を、ね。マリアとユイもいるんでしょ?」

「あぁ」

 シンヤが後ろを振り向くと、背中に隠れていたマリアとユイが気まずそうに出てきた。

「あ、あはは……。寝るに寝られんかったよ……」

「…………っ」

 二人とも、レティシアと目を合わせようとしない。まるで、何かから逃れようとしているかのように。


「他には?」

「俺達だけだ。何人かが周囲の警戒に当たってるだけで、ほとんどの隊員は寝てる。ヴォルフ大佐も、シエラ少尉の寝込みを襲おうとしてボコられてるしさ。四人だけの方が、レティシアも話しやすいだろ」

「……ツッコミどころがあるけど、聞かなかったことにするわ」


 シンヤの気遣いによってか、少しばかり普段の調子に近づいたように見える。

(今しか、ないな)

 この機を逃さず、こんな時間にわざわざ集まった目的を、改めて言ってみる。

「話して、くれるよな」

「……………………うん」

 フゥゥッと深く息を吐き、レティシア・テイルは語り始めた。ゆっくりと。


「私達は…………戦士ウォリアー。【五月事件】の呪縛に囚われた、救いようのない戦士達ウォリアーズ

 今、真実が語られる。


 ***


 ねぇ、どうして?


 どうして、お母さんは目を覚まさないの?

 どうして、お父さんは血を吐いてるの?

 お姉ちゃんも具合が悪いみたい。どうしてなの?


 最近、近所で何人も死んじゃってる……でも殺人事件じゃないって、世界中で起きてることだって、テレビの人が言ってた。


 そういえば、近くに新しい工場ができてから、みんな体調が悪くなってる気がする。

 もしかして、あの工場が原因なの?


 ……ううん。それより、お母さんもお父さんもお姉ちゃんも、他の人みたいに死んじゃうっていうの?


 ……いや………………いやだ………………。


 そんなの、いやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!?!?!!!!


 ***


「ウォリ……アーズ……?」

「そう。それが、今も世界の三分の一を勢力下においている組織。連合軍の敵」

 戦士達ウォリアーズ――突如として出現し、今なお連合軍を阻み続ける武装組織の名称。らしい。

 ○○反乱軍だとか、■■教団だとか、なんとなくソレっぽいイメージを抱いていた身としては、どうにもフワフワした印象を受けた。


「まぁ、アンタ達にとっては、二の次みたいな情報だったわね」

 次いでレティシアは、シンヤ達が最も気に掛かっていることを口にする。

「私は…………そうね。もう分かってると思うけど、っていう認識でいいわ」


「「「…………っ」」」

 レティシアの言う通り、シンヤは彼女の正体に気が付いていた。マリアも、最初は疑いすらしなかったユイまでも。

 アベルの何気ない発言、再会した当初の挙動不審、やたらと豊富な敵の情報、そしてアトラスを難なく操縦できたこと。それらが導き出すものは、揺らぐことのない確信だった。


 だが、あまりにも非情な現実。

 覚悟はできていても、強烈なボディーブローを食らったような鈍い苦痛が襲ってきた。ユイにいたっては、その場にへたり込みそうになってしまい、マリアが咄嗟に支えたくらいだ。

 各々ショックを隠しきれなかった三人を見て、レティシアは下唇を少し噛んだが、一拍おいてまた口を開く。


「主な役目は、後にカスピアンフォートレス攻略の中核を担うと思われる、第一歩兵師団の内部調査や工作。他にも、同じように何人か紛れ込んでたみたいだけど、顔は知らない」

「――ってことは、ペキンで空軍の対応が遅れたり、起爆装置が使えなかったりしたのも、あなた達の仕業なの?」

「……そう」

 なんてことだ。当時は深く考えなかった不可解な事象が、ここにきて繋がったのだ。

 今思えば、ヨーロッパ戦線にいるはずのブラックフェアリーが、ワンリー攻勢を見越したかのように東アジア戦線にいたことも――考え出したらキリがない。


「けど、予想外の事態が起こった。第一次ワンリー攻勢での無茶な突撃命令で、諜報員の殆どが死んでしまったことよ。ウォリアーズ側が、諜報員に配慮して攻撃を止めるわけにはいかないし、もとよりパオトウ守備隊には存在を知らされていなかった。おかげで、運良く生き延びた私も活動できなくなって、どさくさに紛れて撤収することに決めたの……」

「「「あっ……」」」

 この告白を聞いて、三人はハッと顔を合わせた。


《お前達の仲間――ライノ・トーチ、レティシア・テイル、ルカ・クロード、その他大勢を死に追いやったのは…………私だ》

《だが全て、連合軍の勝利の為にやったことだ》


 レッドオーガ撃破作戦の最中、アレクサンドル・カイザーが最期に残した言葉を思い出したのだ。

(まさか、カイザー少将はレティシア達スパイの存在を見抜いていて、一網打尽にするために、あんな無茶な作戦を通したってのか!)

 今となっては真意を知ることはできないが、おそらく間違いない。

 他に方法があったのではないかと、責めることはいくらでもできる。だが、どんな作戦がどんな結末をもたらすのか、誰にも分からないはずだ。


「それで、なぜ俺達を助けた?」

「……皆のことを思い出すたびに、こんな自分が嫌になった。ってところかな」

「嫌になった?」

「うん、ワンリー攻勢の後にね。パオトウで突入部隊が分断された後、ルカと一緒にホプリテスを迎え撃つことになった――っていうのは、ユイから聞いていると思う。……けれどそれは、ユイやルカへの茶番。ホプリテスに立ち向かうルカを見捨てて、私はウォリアーズと一緒に撤退したわ」


 黙り込んでいるユイを一瞥し、レティシアは続ける。

「でも、日を追うごとに胸が苦しくなって、しまいには皆に謝りたいとさえ思うようになった。それに、新たな要注意人物としてシンヤの名前が話題に出るたび、まるで戦友が名を挙げたように喜んでしまっていた。もう、そんな半端な自分に耐え切れなかった!」


 レティシアの声が次第に震えを増していき、整った顔を涙が滑り落ちていく。

 もともと彼女は、新兵として潜り込みやすかっただけで、諜報員向きの性格ではなかったのかもしれない。歳が近い者が多かったライノ分隊に配属されたのも、彼女の弱さに拍車をかけたのだろう。


「じゃあ、ウォリアーズってのは何なんだ? どうしてそんなのに加担していたんだ?」

「…………十年以上前に起きた、【五月事件】は知ってるでしょ? 人類史上最悪とも言われたやつ」

「え、そりゃあ、もちろん知ってるけど……」

 レティシアは突然、忘れたくても忘れられない出来事を口にした。


 五月事件といえば、一千万人近くが犠牲になった、前代未聞の大事件のことをいう。

 シンヤがまだ小学生くらいだった頃、発展途上国を中心に、新しく開発されたエネルギー変換技術が急速に普及したのだが、これがとんでもない公害を引き起こしたのだ。

 濃く汚染された空気や水を体内に取り込んでしまった人々は、老若男女問わず次々に倒れ、激しい頭痛や吐血を繰り返したのち、多くの場合が死に至った。

 当時は世界中がパニックに陥り、日本人であるシンヤにも、経済の混乱等で少なくない影響があったりと、事件に対して強烈な印象しかない。


「あの事件で、私の両親は死んだ」

「え……」

 レティシアは涙ながら、いつの間にか膝の上で拳をグッと握っていた。

「姉さんは辛うじて一命を取り留めたけど、学校に行けず何年も寝たきりの状態だった。当然お金なんてないから、悪いことも沢山やって生き延びたわ。……なのに、政府は何もしてくれなかった! 新エネルギー導入に対する責任を認めず、発端となった開発機関は処分されたの一点張り!」

「じゃあ、つまり――」


「そうよ。私は、両親の命を奪った政府に思い知らせてやりたかった! たとえ全てを捨てることになっても、屈辱と怒りの十字架に貼り付けられた人生を送るよりはマシだって! ウォリアーズっていうのは、そんな五月事件に囚われた人間の集まりなのよ……ッ」

 この瞬間、彼女の目は黒い炎を宿していた。国際統一連合軍レティシア・テイル一等兵ではなく、ウォリアーズ構成員としてのレティシア・テイルが垣間見えた気がした。

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