7章「脱出」

 これは果たして、真にシンヤが勝ったと言えるのだろうか。

 辺り一帯は炎と焦げた瓦礫で埋めつくされ、目につくものは全て赤か黒。漂ってくるのは、金属が溶ける刺激臭ばかり。

 元凶となったシンヤのアトラスは跡形もなく消え去り、対峙していたはずのホワイトレイヴンも、その雪原のように白い装甲を灰色に染め上げ倒れ込んでいる。


 こんな酷い状況で、人の生存なんて有り得ない――そう誰もが思うだろう。しかし、それは違った。

 突然、焼け焦げて積み重なった木片がガタガタと揺れたかと思うと、木片を押しのけて人が地面から這い出てきたのだ。

「げほっ、げほ……。二度と、エースなんかに関わるもんか……おぇぇ」

 全身を煤だらけにして、激しく咳き込み続ける人物は、シンヤ・ナカムラであった。なんと生きていたのだ!


 よろよろと立ち上がり、彼は虚ろな目で辺りを見回す。

(ホワイトレイヴンは……ぶっ倒れたまま動かないな。原型を留めているあたり、ダメージ自体は大したことないって感じかな。吹き飛んだ反動で、中身が気絶してるだけかも……)

 あれほどの大爆発を引き起こして、なお撃破にはいたらなかったことにショックを受けるも、とりあえずは勝ったということにしていいだろう。


 レティシアが明かした二つ目の策とは、アトラスの自爆機能を利用した足止めだった。デビルマゼンタを拘束して腕か脚を吹き飛ばす――というのが、レティシアの最終手段だったらしい。

 ただし彼女が言っていた通り、自爆は威力が高くとも加害範囲が狭いことが欠点であり、一度発動すれば戦闘能力を失うばかりか、上手く離脱できなければ犬死は不可避。


 また、デビルマゼンタは中近距離戦を軸とするエース機。アレクサンドル・カイザーがキュクロスでやってのけたように、格闘戦に持ち込めばレティシアが言う拘束も可能だろう。

 しかし、ホワイトレイヴンに対して格闘戦は論外。自爆する暇もなく切り刻まれてしまう。


 ……ならば、加害範囲を広げてやればいい。

 事前に得ていた備蓄所の情報(意図しなかったことではあるが)をもとに、ここまでホワイトレイヴンを誘導してくる。そして、タイミングを見計らって時限起爆。

 全高二〇メートルの巨体から生み出された衝撃波と熱風は、大量に置かれた兵器達の誘爆を呑み込んで肥大化。ホワイトレイヴンの超人的な反応力と、衝撃拡散装甲をも無効にするほどの、絶大且つ広大な破壊を生み出した。


「ったく、自分でも馬鹿みたいな策を思いついたもんだ。パルターが聞いたら、絶対殴られるな……」

 生きていることを噛み締めるかのように独り言を漏らし、今まで自分がいた場所を一瞥する。

 そこには、深さ二メートルほどの竪穴がぽっかりと口を開けていた。大人が三~四人やっと収まるほどの狭さだが、中は鉄板で補強されており堅牢。おまけに頑丈なハッチまで付いている。


 これは、俗に言う緊急用退避壕。保管している爆発物が、なんらかの理由で誤爆した時、人が逃げ込む為に用意された設備のひとつ。

 厳重に整えられた基地施設ならともかく、こういった簡易的な備蓄所では、あらゆる措置を施してあるものだと、補給兵時代に叩き込まれていた。

 シンヤは、敵も同様であることに賭けたのだ。そして無事に退避壕を見つけ、自爆する前にアトラスから脱出して逃げ込んだというわけだ。


(あの鬼大隊長のシゴキが、こんなところで役立つなんてな……)

 かつてシンヤが補給大隊に所属していた頃、拠点を新設する度に退避壕を掘らされたり、防護壁を建てたりしたものだ。その時の知識が、彼に生存という選択肢を与えてくれた。


 そんな、奇跡とも言える生還を遂げた彼に、観戦を強いられていたレティシア機が、デビルマゼンタにマシンガンを突きつけられながら追いついてきた。

『い、生きてる……よかったぁ……』

『へぇ~、勝っちゃうんだ。これは流石に予想外だわ』

 二人の女性アトラスパイロットの声が、


 シンヤが勝った要因はもう一つ、この通信機にある。

 第一歩兵師団所属となってから、彼は一貫して通信兵を任され、毎回どデカい通信機を背負って戦場を這い回っていた。

 通信とはすなわち、仲間の生命を繋ぐもの。そのため、訓練期間で学んだ基礎知識から始まり、シンヤがレッドオーガ撃破作戦までに知った通信機の応用術は多岐にわたる。

 ――それはもう、似た機器さえあれば、電話機の子機みたいなモノさえ造ってしまえるほどに。


(ああ、そうさ。造ったんだよ、子機を!)

 つまり彼は、アトラスに備え付けられていた通信装置をジャックし、持っていた通信機を子機に変え、脱出後もホワイトレイヴンと会話を続けていたというわけだ。

 これは、違和感なく会話を続けることによって、相手がシンヤの狙いに気付き難くするためであった。


(まったく……、一生分の集中力を使った気がするぜ……)

 敵の攻撃を捌きながら、通信機を弄りつつ、目的地まで誘導する――なんと非現実的なことか。

 やったことはないが、車を運転しながらスマホを操作し、なおかつ助手席に座っている女を口説くようなものだろう。


『あのホワイトレイヴンを一人で……すごい……』

 彼を讃えるように、レティシアもアトラスの右手でサムズアップしてくれた。

 その光景は何とも奇妙で、いつもは破壊の権化である巨兵が、少しだけ可愛らしく思えてしまった。……あなた疲れてるのよ。


 ただ、やはり精神は摩耗していたらしく、少しでも気を緩めれば失神しそうになる。

(だけど勝ったんだ、俺は! 撃退でも……撃破補佐でもなく……正真正銘、エース機に勝ったんだ!)

 補給兵、通信兵、そして度重なる対エース機戦の経験が産んだ勝利――拳を握り込み、それを存分に噛み締めた。

「あは……あはは、アーッハハハハハハハハハハハハはははははははハハハハハハハハハハハハハハハハハ」

 狂ったように笑い、目の前で踊っていた死神を、これでもかと煽りたてる。


『……えーっと、気持ちは分かるんだけど、早くここから逃げない?』

「あははは――アッハイ」

『怪我は? 動ける?』

「……あぁ、大丈夫だ。さっさと、こんな所からオサラバしよう」

 レティシア機に続き、足早に立ち去ろうとする。

 本当は、先ほどの爆発で頭を揺すられており、まっすぐには歩けない状態。しかし一刻も早く、この場を離れたくて堪らなかった。


 それなのに。

『ねぇ、どーしてアタシから逃げられるなんて、おめでたい勘違いしちゃってるわけ?』

「――――ッ!」

 死神はまだ、シンヤ達を解放してはくれなかった。


 レティシア機に七六ミリマシンガンを突きつけ、その行動を封じていたデビルマゼンタが、もう片方のマシンガンをシンヤに向けてきたのだ。

「て……め……! ホワイトレイヴンは、勝ったら見逃すと言っていたぞ!」

『そんな口約束、アタシが守る義理はないよねぇ!? それに、二度も敗北するエースなんて、立場も何も無いってわけよ』

 当然シンヤは怒りを露わにしたが、殺人が趣味であるデビルマゼンタには全くの無意味。


 で、議論の余地など無いと判断したのか、レティシアが不意をついてデビルマゼンタへ体当たりを食らわせた。

 ガゴォン……ッ! と鈍い金属音が、衝撃波を伴って広がっていく。

『早く逃げて!』

 間髪を容れず、体勢を崩したデビルマゼンタに対し、レティシアは追撃を叩きこもうとする。


 けれども、先制攻撃を受けたはずのデビルマゼンタの方が、

『レティシアちゃ~ん? アンタみたいな出来損ないが、アタシを足止めできるとでも思ったのかな~~!?』

『は、はや――きゃあっ!』

 レティシア機よりも数段早く、七六ミリマシンガン二挺による濃密な弾幕を形成し、あっという間に押し返してしまった。


 そればかりか、足先から頭部にかけて追撃を受け、逃げる暇もなかったシンヤの横に倒れてしまう。

「レティシアーーーーッ!」

 シンヤは駆けよろうしたが、デビルマゼンタは無情にも倒れたレティシア機の胸部を踏みつけ、グリグリと甚振りながら嗤った。

『ほらほら~、早く助けないと踏み抜いちゃうよ~?』

「――――ッ!」

 腹の底から殺意が湧いた。レティシアがどんな闇を抱えていようとも、命を懸けてシンヤ達を助けようとしてくれた仲間であることに、なんら変わりはないのだから。


 だが、アトラスを失ったシンヤに、目の前の惨劇を止める術はない。

『うぅ……シン…………ヤ』

 薄らいでゆくレティシアの声色が、えげつないくらいに突き刺さった。パオトウでユイが味わった苦痛は、多分こんな感じなのだろう。


 ――が、そんなことは全く気に留めず、デビルマゼンタは容赦なく重量を掛けていく。

『アハハハハハッ! 全員、ここで死んじゃえよ!』

 総重量一〇〇トン――衝撃拡散装甲はともかく、内側にあるボディは耐えられない。

 遂にはレティシア機の胸部が、ギチギチと不愉快な異音をたてて歪み始める。中には当然、彼女が……。

(やっぱり、エースには勝てないっていうのか……っ)

 シンヤの奮戦虚しく、二人とも殺されてしまうかに思われた。その時――。


「違うな、死ぬのは俺様を敵に回したテメーだけだ。ド畜生が」


「えっ」

『なに?』

『は?』

 突如として轟いた男の声。それには、シンヤもレティシアも、果てはデビルマゼンタすらも、揃って素っ頓狂な反応しかできなかった。


 見ると、一人の男がデビルマゼンタの背後に立っており、ニヤニヤしながら見上げていた。

「呼ばれてないのにジャジャジャジャーン! た・か・が・デビルマゼンタの分際で、戦場を支配した気になってんじゃねぇよタコ!」

 戦車一個中隊以上の戦力を誇るエースを、やたらハイテンションで『たかが』呼ばわりする人物は――。


「た、大佐⁉」

 ソルジャーランキング二位にして、連合軍のやべーやつ……もとい地上最強の兵士と称される男。雪原をかける狼を思わせる銀髪は、己の存在を世に知らしめんとばかりに輝く。

「悪いな。遅くなっちまった」

 男の名はヴォルフ・ガルシーロフ。ふらりと姿を消していたはずの彼が、まるで救世主のように戦場へ舞い戻ってきたのだ!


 敵味方共に知らない者はいない顔を見て、流石のデビルマゼンタも動揺を見せた。

『……な、なによ。今さら二位が出てきたところで、特技兵でもない生身の人間なんかが、アトラスに勝てるわけないでしょうが!』

 それでも、持ち前の高慢さでプレッシャーを跳ね除け、生身のヴォルフに対してオーバーキルにも程があるマシンガンを、躊躇なく向けようとする。


 だが、ヴォルフは全く意に介さないといった様子で「おいおい」と嘲笑った。

「歩兵が巨大ロボに勝てないっていうのは、昔のガバガバ設定スパロボアニメでしか通用しない常識だぜ? 海で戦艦という概念が廃れたように、戦術っていうのは日々進化するもんだ」

 などと悠長に語る彼の頭上では、デビルマゼンタによる死刑執行の準備が進行しつつある。このままでは、地上最強の兵士がミートパテと化してしまう。


 しかし突然、

『う、動かない……⁉』

 なんの前触れもなく、デビルマゼンタの動きが、まるで金縛りにでもあったかのように急停止した。

(な、何がおこった……?)

 狼狽えているパイロットの様子から、自分で止めたわけでないことは明白。

 ならばヴォルフが何かを仕掛けたのだろうが、全高二〇メートルの巨人を生身で止める術が、シンヤですら全く想像できない。


 パイロットが無理矢理動かそうとする度、ギギギギギーッと異音が鳴り響く。本当に、何かに縛られているように見える。

「……んん!?」

 そう、。目を凝らしてよく見ると、関節などの装甲の隙間にワイヤーが何重にも入り込んでおり、四方八方からデビルマゼンタ全体を縛り上げていた!

 ワイヤーは軍も採用している太くて頑強な物であり、装甲車両の牽引にも使われる。それが何重にも絡みつくことによって、アトラスさえも拘束せしめているのだ。おそらく、ワイヤーの端は周囲の建物に引っ掛けてあるのだろう。


『こ……のぉ! いつの間に、こんな!』

 相手も幾らか動かして気が付いたのか、顎が砕けるのではないかというくらいの、怒りにまみれた歯ぎしりを披露してくれた。

「へへっ、気が付かなかったろ? 本当は俺様だけでも充分だったんだが、連合軍が誇る疾風迅雷も手伝ってくれたからな」

 ヴォルフがそう言ったのと同時に、彼の隣にシュタッと人影が降りてきた。

「やれやれ。毎回毎回、バカみたいなことをやってのけますね。大佐は」

 などと毒舌を吐く人影は、はぐれたヴォルフを探していた女性兵士、シエラ・フールであった。


「シエラ少尉まで⁉」

「すみません。アホな大佐を連れ戻すだけのはずだったんですが、こんなことに付き合わされてしまいました。でも、結果オーライだったようですね」

 まるで、買い物に付き合わされてしまったくらいの気軽さと涼しげな顔で、手についた汚れを払う仕草をするシエラ。

 疾風迅雷と称される彼女の素早さを持ってすれば、デビルマゼンタを欺くなど造作なかったのだろう。それと同等レベルの働きをするヴォルフもヤバイが。


「うぅ、バカだのアホだの……ちくせう……」

「事実です。さて――」

 シエラはふてくされたヴォルフを華麗にスルーし、今もワイヤーを振りほどこうとしている哀れなエース機を横目に見る。

「一〇〇トンの巨人に暴れられては、アレもそう長くは持ちません。とにかく、この場から一刻も早く離れましょう」

「なにぃぃぃぃ⁉ こんなチャンスを逃してたまるかってんだ! 今から、俺様主催のエース機解体ショーを――って、あぶなっ⁉」


 ヒュンッ! と、悠長にしていたヴォルフの頭数十センチ横を、いきなり銃弾が飛んできて抜けていった。

「敵はソルジャーランキング二位、ヴォルフ・ガルシーロフ! 加えて、三位のシエラ・フールもいる! そいつらには構わず、脱走者の捕縛を優先せよ!」

 敵の追っ手だった。先のエースアトラス二機とは別に、歩兵による追跡が行われていたらしい。


「ちいっ、追撃部隊か!」

「シエラや大佐を相手にしないとは、中々に賢明な判断ですね」

 敵部隊の半数は、ヴォルフとシエラに対して制圧射撃で足止めに徹し、残り半数がシンヤを捕らえようと迫る。

「おい、早く逃げやがれ! この距離じゃ援護は間に合わねぇ!」

「は、はい――うわわっ!?」

 ヴォルフの警告を受け、シンヤは走り出そうとするも、近くの地面に威嚇射撃を撃ち込まれて立ち止まってしまう。


「動くんじゃない!」

「ったく、どうして俺なんか!?」

「知らん! 総統閣下直々の命令だ!」

 いくつも銃口を向けられ、思うように動けないシンヤ。抵抗しようにも、レティシアから渡されたアサルトライフルは、アトラスと共に弾け飛んでいる。


(くっそぉ、次から次へと!)

 頼みの綱であるヴォルフとシエラも、制圧射撃ごときでは動じなくとも、流石に足を止められてしまっている。援護は期待できない。

 そうこうしている内に、敵兵の魔手は着々と近づきつつある。

「シンヤ君、大丈夫!?」

「大丈夫なんかじゃ…………えっ誰?」

 不意に君付けで呼ばれたことに違和感を覚え、声のした方を振り返る。


 見ると、そこには別行動していたはずのマリア・フロストが、息を切らせながらアサルトライフルを構えていた。

「マリア!?」

「はぁ……はぁ……。待っていられなくて、助けに来たよ!」

 肩の高さに短く切り揃えた金髪を揺らしつつ、彼女は即座に照準を合わせてトリガーを引き絞る。


 マリアによって放たれた数発の銃弾は、シンヤに最も接近していた敵兵の肩を捉え、血しぶきと共に後ろへ吹き飛ばした。

 だが、意外にも敵部隊は粘りを見せ、数にものを言わせてマリアの援護を突破しつつあった。

「怯むな、あの少女も確保対象だ!」

「もうっ、しつこい!」

 シンヤ達同様、彼らも戦場という名のチェス盤に並べられた駒だ。総統閣下からの命令とあっては、多少の障害では引き下がれないのかもしれない。


 けれど、そこへさらに割り込んだ二人の人物によって、彼らの意地も打ち砕かれることになる。

「ここは任せてもらおうか! 焼夷推進高速砲フレイムバースト!」

「私は衛生担当やけど、命を守るためなら命を奪う覚悟もしとる! 諦めて下がらんかい!」

 続いて駆けつけたのは、火炎放射器を仕込んだ義手の男マイク・J・ガンスと、ユイ・キサラギだった。


「なっ……ターミネーターまで!?」

「下がれ! さがれぇ!」

 新たに現れたソルジャーランキング上位者を前に、敵は混乱を極めて突進を止める。が、もう遅い。

 ――ボォゥワァ! ――タタタッ!

 ホプリテスをも蹴散らせる灼熱の業火、そしてユイの援護射撃が一体となって敵を呑み込み、ほとんどが為す術もなく倒れ伏す。


 そして、今までデビルマゼンタに倒されていたレティシア機の復活をもって、形勢は完全に逆転した。

 彼女は機体を立ち上がらせるや否や、頭部三〇ミリ機関砲を地上に向けて発砲し、残る敵兵を建物の陰まで追い払った。

『援護するわ。今のうちに脱出して!』

「言われなくてもスタコラサッサだぜ! ズラかるぞ野郎ども!」



 ――こうして、シンヤ達四人とヴォルフ隊の三人は、辛くも敵施設からの脱走に成功したのだった。

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