6章「再戦」

 などと啖呵切ったはいいものの、ホワイトレイヴンに反撃できる隙があるわけではない。ほんの少し動きを捉えられるだけで、ド素人とエースの絶対的実力差は、気が遠くなるほど残っている。

(迂闊に仕掛ければ、あっさりと斬られるのは目に見えてる。カマキリに食われるバッタみたいに!)

 シンヤは思い知らされた。これが、エースと真正面から戦うということなのか……と。


 また、相手は近接特化なんだから、距離を取れば有利になるんじゃね? という単純な話でもない。

 前方中段に構えている双剣は、コックピットが存在する胸部をカバーしており、攻撃だけでなく防御の役割も果たしているからだ。


 シンヤ機が持つのは、アトラスの標準装備である七六ミリマシンガン。衝撃拡散装甲に対しては、一点に集中砲火することで威力を発揮する。

 それが、双剣で射線を遮られていることによって、シンヤ機はマシンガンの的を絞りにくくなっている。デタラメに撃っても、弾かれるのが関の山だろう。


(かといって、俺には付かず離れずの中距離戦以外に選択肢がない。騎士の真似事してる変態かと思ったら、とんだ策士だぜ……)

 格闘戦は論外。距離を取っての射撃戦も、有効弾を望めないという有様。

 近接特化装備でありながらも、相手の戦術を制限するという狡猾さ。やはり油断ならない。


 とはいえ相手だって、シンヤがここまでやる人物だということに、多少なりとも驚いているに違いない。

 現に、シンヤが攻撃を見切っていると分かった途端、攻勢を一旦止めて様子をうかがうような素振りをしている。


『よもや、ある程度攻撃を予測できるほどとは……。ブラックフェアリーやレッドオーガと戦って、生き延びているだけはある』

「あんたにも殺されかけたよ」

 思えば、初めて遭遇したエース機はホワイトレイヴンだった。圧倒的な戦力差に押されつつも、ライノ分隊が力を結集することによって退けることができた。

 しかし、今回は真っ向勝負。前のように下策なんか用意できないし通用しない。


『あぁ、そうだ。君は打ち勝ってきたんだ、過酷な運命に。そしてさらに成長し、こうして私の前に立っている。私が見込んだ以上だったよ、君は』

 決闘をしているはずのホワイトレイヴンは、なぜかどことなく嬉しそうだった。シンヤの人称も貴様から君に変わっているし、本当に何を考えているのか分からない。


『だが――』

 しかし、

『まだまだ! 私は本気を出していないぞ、青年!』

 一度退いたのも束の間、再び激しく攻撃を再開してきた。

 青白く光るブレードが一閃。瞬きする暇もなく、轟っと唸りをあげてシンヤ機へと迫る。


 先ほどよりも、明らかに斬撃が鋭い。今度は、間違いなく本気で攻めてきている。

(は、速えぇ……!)

 もはや、目で見て、防御手段を考えてから対処するのでは間に合わない。

 ホワイトレイヴンは、斬撃へと繋がる一連の動作に全く無駄がない。プログラムでも組まれているのかと錯覚するほど、正確に剣を振ってくるのだ。だからこそ、一般機とは比較にならないほど速い。


 それでも、簡単に殺られるわけにいかない。シンヤ――というかシンヤの本能が、意思から独立して防御システムを構築し、間一髪機体を横っ飛びさせて斬撃を回避する。

 ただし、やはり完全には避けきれなかった。僅かだが剣先が装甲表面を掠め、ギャリギャリと耳障りな音を立てて刀傷を刻んだ。

 その後も何度か斬撃が繰り出され、ことごとく装甲やシールドが削られていく。直撃するのは時間の問題であった。


(こんなの、いつまでも捌ききれるものじゃない!)

 守るばかりでは駄目だ、反撃せよ。と、彼の防御システムは告げる。

 それに、今この瞬間、相手は攻勢の真っ只中で防御は手薄なはずだ。不意打ち気味に七六ミリ砲弾を叩き込めば、少しは怯んで隙が生まれるに違いない。

 しかも、両者の距離は三〇メートル前後を維持しているため、素人同然のシンヤであっても、マシンガンは撃てば当たるほどの至近距離。


 そうと決まれば話は早い。大雑把に狙いをつけ、すぐさまトリガーを引きしぼる。

「これで、どぉぉぉぉぉだぁぁぁあああッッ!!」

 ダガガガガガガッ! と、戦車数十台分の一斉射撃に匹敵する大火力が惜しみなく撃ち出され、ホワイトレイヴンへと襲い掛かる。


 多くの場合、地上において一〇〇メートル以内での戦闘は近距離戦と言われている。対して、シンヤ機とホワイトレイヴンの距離は三〇メートル前後。音速を超えて飛んでくる砲弾など、まず回避不可能。

 双剣による弱点カバーがあろうとも、攻勢に伴う防御意識の欠落が相まって、ほぼ確実に命中弾で怯ませることができるはずだった。


 ――そう、はずだったのだ。

『甘い!』

 と、ホワイトレイヴンはシンヤの安直な発想を見抜いていたかのように、なんと砲弾を受け止めながら攻勢を続行したのだ!


(こいつ……!)

 ただ砲撃を受け止めるだけでは、一時的にでも攻勢は途絶えるもの。それを無効としたのは、ホワイトレイヴンの驚くべき行動にあった。

(肩で受け止めて、被害を最小限に抑えやがった!?)

 そう。あろうことかホワイトレイヴンは、ボクシングのショルダーブロックのように、肩部装甲で砲弾が持つエネルギーを受け流すことにより、ほとんど動きを止めずにいられたのだ!


 衝撃拡散装甲の絶大な防御力があってこその戦法であるが、注目すべきはホワイトレイヴンの反応力。どう考えても、易々と披露できる芸当ではない。

 ブラックフェアリーの即席対人攻撃といい、レッドオーガの戦車鷲掴みといい、エースの緊急回避術は常人の理解を超えている。


(くっそぉ、埒が明かない!)

 今の一瞬の攻防で、生半可な戦法は通用しないとシンヤは悟った。これまで知恵を絞って窮地を幾度となく脱してきたが、エースとの決闘ではそれも限界らしい。

 ……となれば、活路を開くには知恵を借りるしかない。


 ホワイトレイヴンの攻撃を退けつつ、他の機体には聞こえない回線をレティシア機へと繋ぎ、僅かな希望を求めてこんなことを訊いてみる。

「レティシア! お前が言ってた策ってやつを教えてくれ!」

『え? い、いいけど……二つの策は、どっちもロクなもんじゃないわよ?』

「いいんだ、今は僅かでも活路を開くキッカケが欲しい! 一つ目は何だ!?」

『死ぬ気で逃げる』

「…………………………二つ目は何?」


 問われたレティシアは『……あんまり教えたくないけど――』と言いながらも、シンヤに説明してくれた。

「――ッ! そんな機能もあったのか」

 この、レティシアが示した二つ目の策は、アトラスのを利用した戦法であった。

 ただし、お世辞にも都合の良い戦法とは言えない。一歩でも間違えば、使用した者すらお陀仏だ。


 だがシンヤは逆に、この諸刃の剣へ、一筋の活路を見出していた。

「それ、使えるかも」

『え……ば、ばっかじゃないの!? これは最終手段だし、威力はともかく加害範囲は大したことない! 下手に発動しても、シンヤだけが死んじゃうわ!』

「でもやるしかねぇ。こんな所で、止まっていられないんだよ俺は!」

 どんなに悪条件だろうとも、勝てる見込みがあるなら実行するしかない。やらなければ、どのみち待っているのは死のみ。


「それに、一つ……考えがある」


 ***


 ホワイトレイヴンこと、リット・ピースナーは内心興奮していた。

 顔こそ見えないが、今自分と戦っているのは間違いなく、シンヤ・ナカムラという日本人連合兵。

 しかも、敵味方の立場を越えて会話することすらできている。平静を装ってはいるが、本当は魂が震えている。


(何を考えているんだ、私は。この青年は、自身のプライドを引き裂いた張本人なのに)

 ペキンで赤っ恥をかかされた時のことは、今も鮮明に覚えている。

 アトラス、それもエース機へ、無謀にも立ち向かってきた数名の兵士――その中心に彼はいた。ただならぬ決意を目に秘めた、勇敢なる若き兵士が。


 その後しばらくは、エースとしてのプライドをズタズタにされた怒りと口惜しさだけが残された。

 しかし、ブラックフェアリーも同様の人物に敗れたと知った時、兵士の目が蘇って脳に焼き付き、じわりじわりとリットを蝕み始めたのだ。


 青年は、ただならぬ信念を持って参戦しているはずだ。対して、お前はなんの為に戦っている?

 これまで数多くの人間を傷つけてきたわけだが、お前の戦いにそれだけの価値があるのか?


 そんな感情が自身を支配し、母を亡くす前の心優しいリット・ピースナーが、呪縛から解放されようと足掻く。

(私は半端であった。鬼になろうと決意しても、この戦争にどこか疑問を感じずにはいられなかった。そして何故か、再びあの兵士と戦えば、自分の中で踏ん切りがつくと思えてしまうようになっていた……)

 それは、ある意味『憧れ』と言えるかもしれない。


 エースと持て囃されていた自分すらも、影へと変えかねないほどに輝いていた青年――再び彼が戦う姿を見れば、何かが変わると思えてならなかった。


(…………それにしても――)

 そんな、念願であったシンヤ・ナカムラとの決闘の最中、リットは攻勢を仕掛けつつ、ある違和感を感じていた。

(先ほど少し反撃してきたと思ったら、今度は退きながらチクチクと撃ってくるようになっただと?)

 こちらとの実力差に怖気付いたのか、シンヤ機は建物の間を縫うように後退を繰り返し、とにかく距離をとろうとしている。

 時折マシンガンをバーストで撃ち込んでくるが、当然、アトラスにとっては痛くも痒くもない。


 本当に怖気付いただけなら、彼を見限って斬り捨てるだけのこと。

 しかしながら、シンヤ・ナカムラという兵士は、相手がエースだろうと決して退かない男だと断言できる。怖気付いたなんて考えにくい。

(ならば、戦術的後退とでもいうのか。だが、いったい何をしようと……)

 相手は、対アトラス戦はもちろんのこと、対エース機戦を四度も経験して生き延びている要注意人物。何を仕掛けてくるか予測できないのは、圧倒的な実力を持つリットとて例外ではない。


(だが待てよ……? 彼らは、あのヴォルフ隊と行動を共にしていたはずだ。まさかとは思うが、ソルジャーランキング上位者達が待ち伏せている場所へ、私を誘導しているのか?)

 あくまで仮説に過ぎないが、リットは一つの結論に辿り着く。もし仮説どおりなら、彼が決闘を放棄することになるものの、勝てば官軍という言葉もあり、それはそれでシンヤの執念が垣間見える。



 そうしてしばらく、シンヤ機とホワイトレイヴンの追いかけっこは続いた。おそらく、最初にいた場所から二〇〇メートル以上は移動しただろう。

 さすがにリットもしびれを切らし、少しばかり挑発してみることにした。

「見損なったぞ、シンヤ・ナカムラ。ヴォルフ隊に私をぶつければ、勝てるとでも踏んだか!」

 シンヤが勝負を捨てているわけでないと、分かった上での挑発だった。


 だがその直後、シンヤはリットの予想に反する行動を取った。安い挑発なんかには乗らず後退を続けるかと思いきや、普通に機体を立ち止まらせたのだ。

『ヴォルフ隊? はっ、違うね』

 シンヤ機はマシンガンを真っ直ぐこちらへ向け、そのまま静止した。


『あんただって分かっているはずだ。俺とあんたの間には、多少の想定外が起こったくらいじゃ揺らがない、“差”ってやつが存在することを。ヴォルフ隊に頼ったところで、それが丸ごと覆るかもって考えるほど、俺は浅はかじゃないつもりだ』

「……なら何故止まる? 君が作戦の都合上で逃げていたのは承知だが、生半可な挑発でそれを中断するような男には思えないが?」

『あぁ、まったくその通りだよ。中断なんてしていない。だって――』


 シンヤ・ナカムラは、勝利の自信に満ちた声色でこう言った。

『――今まさに、作戦ポイントに到着したところなんだからなッ!』


 他人任せの作戦を軸にしたわけでないと、瞬時に分かってしまうほど、リットは彼から力強さを感じた。

「ここが、作戦ポイントだと……?」

『へへへ……。あんたとの決闘前に、ロベルト大尉とレッドオーガの戦いに立ち会っておいて正解だった。おかげで、真正面から殴り合わず、環境をも利用するって発想が出てきたからな』

 シンヤは不気味な笑いを含んで話し続けるが、何故か機体を動かそうとしない。


『俺達が、なにも脱出計画を練るためだけに、何日も情報収集していたわけじゃない。結果的に計画が露見してしまったけど、得られたモノだってちゃんとある』

「…………どういうことだ」

『この拠点は、東アジア戦線への補給線のひとつだって聞いた。特に、フライクロウに搭載する爆薬を備蓄し、一部区画は立ち入りが著しく制限されているらしい。危険だから当然だけどな』

「――――っ!」


 見ると、シンヤ機とホワイトレイヴンの周囲には、ミサイルや爆弾、ロケット弾などが大量に置かれていた。

 そう、この場所こそが、先ほどシンヤが言っていた備蓄所。シンヤはヴォルフ達と合流するわけでも、ましてや逃げるわけでもなく、ここへ誘導していたのだ。


(知らず知らずのうちに、備蓄所まで誘導されていただと……!? いや、それよりも――)

 なんとなくシンヤの狙いが分かりかけてきたリットは、それと同時に、もっと衝撃的な事実にも気が付いてしまった。

 目の前で、マシンガンをこちらに向けたまま微動だにしないアトラスを見て、思わず声を荒げた。


「シンヤ・ナカムラ! 君は今、!?」


 対するシンヤは質問には答えず、落ち着いているような、どこか勝ち誇ったような声で続ける。

『俺は――今でこそ、こんなに最前線ばかり這いずり回っているけどよぉ。ほんの少し前まで、所属は補給大隊だったんだ。この手の爆発物や危険物に関しては、耳にタコができるほど教育を受けているさ』

 ぞわり……と、ペキン以来感じていなかった悪寒が全身を駆け巡る。いや、あの時以上かもしれない。


『ならよ……』

 相手が上をいく存在であるなら、

『今この場で、ミサイルや爆弾の安全装置も利かなくなるくらいの、!?』

 自分は突破口を見つけ、さらに上をいくのみ。


「まさか! 自爆を――」

 リットが機体をバックステップさせようとした時には、既に手遅れだった。

『かかったなアホがッ! 地獄に堕ちやがれぇぇ!』

 次の瞬間、シンヤ機が内側から破裂するように爆発したのだ。


 その衝撃波と熱風は、手始めに推進剤となる備蓄燃料に着火し、次いでロケット弾の誘爆を一気に引き起こして各所に火柱を形成。そうなったらもう止められない。

「こんな……これがぁ……!」

 航空機を破壊しうるミサイルも、地上目標に多大な効果を発揮する爆弾も、通常なら安易な誘爆を許さない安全装置ごと高熱でシェイクされ、次々と破壊行動を起こし、エース機ホワイトレイヴンを呑み込んでいった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます