5章「積み上げてきたモノ」

 ――約三分後。


 シンヤとレティシアは、実家に帰るような気軽さで、アトラスへの搭乗を済ませていた。ほんの数分前まで、敵がいたとは思えないほど緊張感がない。

『白兵戦ならアベルも相当だったし、私だって結構自信があったんだけど、上には上がいるものね……』

 もう一機のアトラスに乗る、レティシアの呆れたような声が通信を介して伝わってくる。シンヤも全くの同感だ。


 ちなみに、シンヤは特に問題なくアトラスを動かすことができていた。脚部の動かし方も腕部同様に直感的で、かなり操作が簡略化されている。

 ただし、動かせたのはシンヤのセンスが良かっただけで、やはり歩行と射撃体勢の両立がうまくいかない。こればかりは訓練が必要だろう。


『ねぇシンヤ。あんたは実戦で、アトラスを歩行させたことはないのよね? 話を聞く限りだと』

「あー、やっぱり戦闘は無理か?」

『……う〜ん、できなくは無いかもだけど、いざ本番になったら頭が追い付かなくなると思う』

 レティシアは不安げに告げた。


 陸戦の王者たる、戦車だってそう。旧世代主力戦車ならば、砲手や操縦手が各々の役割を全うするために、頭脳となる戦車長が必要不可欠となる。

 二名での運用が可能となっている最新鋭のファントムアインでも、砲手も兼任する戦車長の負担を軽減するために、索敵や情報管制の自動化が徹底されているほど。

 アトラスは、その通常複数人で行う戦闘行動を、たった一人でやらなければならない。操縦自体は直感的であるが、満足に戦えるようになるのは容易ではない。


「分かった。あくまで俺は、レティシアのフォローに回れってことだな」

 シンヤ・ナカムラは、ご都合主義ラノベの主人公ではない。陸上戦力最強クラスの兵器を手に入れようとも、敵地の真っ只中で無双などできるわけがない。それくらいは、彼自身も心得ている。

 加えて、鹵獲した機体は後方支援用だったらしく、七六ミリマシンガンとシールドを一式ずつしか持っていなかった。もちろん予備兵装は背負っておらず、ミサイルポッドなどの脚部兵装もない。つまるところ、交戦は極力避けるべきなのだ。

『うん。余程のことがない限り、私がなんとかするから』

 そう二人は互いに確認をとり、慎重にアトラスを歩ませ始めた。



 しばらく脱出地点に向かって移動を続けたが、依然として敵は攻撃を仕掛けてこない。それどころか、隠れているのか姿すら見せない。アトラスの重々しい足音だけが、辺りに轟いては溶けていく。

(気味が悪いな……)

 敵はアトラスの能力を、ある意味連合軍よりも理解している筈であるため、恐れて近寄ってこないのかもしれない。だが、それが逆に不気味でもある。

(敵地で物事が上手く進むなんて、そうそう有り得るわけがないんだ)

 これまでの経験が、良くか悪くか不安を掻き立てた。


 押し寄せる不安を和らげるため、ヴォルフから渡された通信機で、別行動をとるマリア達に連絡を試みてみる。

「マリア、ユイ、聞こえる?」

 少し間を置いて、透き通るような声が返ってきた。応じたのはマリアだ。

『うん、聞こえるよ。今、ユイとマイク少佐と一緒にいるわ』

「そうか。敵と遭遇したりはしてないか?」

『シンヤ君達が敵の目を引いてくれているおかげで、無事に脱出できそう。それよりも、そっちは大丈夫なの?』

「あぁ、怖いくらいに静かだよ。アトラスを恐れて攻撃してこないだけなのか、もしくは何かの機会を待っているのか――」


 などと話していた時、シンヤはひとつの違和感を覚えた。

「――ん? ユイとマイク少佐と一緒って…………他の二人はどうした?」

 違和感を覚えたのは、マリアの台詞から。マリアとユイの二人が、マイクに連れられて脱出地点に向かっていることは理解できたが、なぜかヴォルフとシエラがその場に居ないことになっていたのだ。


 この疑問に対し、マリアは申し訳なさそうに『あー……』と言葉に詰まった。

『私もよく分からないけど、ヴォルフ大佐が急に居なくなっちゃったの……。それで、シエラ少尉が探しに行ったんだけど……』

「…………」

 なんて身勝手な人なんだ。と、シンヤは階級の壁をぶち壊してツッコミたくなった。

 噂では、ヴォルフはランキング一位のデイン・アーレイより純粋な戦術価値で勝ると聞くが、これでは二位なのも頷けてしまう。


『ごめんね。私が目を離したばっかりに……』

 彼女自身は全く悪くないのに、なぜか自分のことのように謝ってくる。いい人すぎて涙が出そうだ。

「マリアは悪くないっての。だいたい、最強の兵士を心配してどーするんだよ。あの人が何処で何をしようが、そう簡単にくたばりは――」


『おしゃべりはそこまでよ、シンヤ』


 唐突に、レティシアの凍てつくような緊張感に満ちた声が、シンヤを遮った。

『厄介なのが出てきちゃったみたい』

 彼女の声は、極寒の大地に放り出された者の如く、小刻みに震えていた。

 ただならぬ危機感を覚え、シンヤはレティシア機が捉えている場所へとマシンガンを向けてみる。


 そこにいたのは、一機のアトラス。森林の陰から悠々と、こちらの進路を遮るように現れたのだ。

「敵か……!」

 相手は、前線で嫌というほど目にした灰色塗装の一般機。シンヤとレティシアが鹵獲した小隊機の、片割れではないかと推測できる。


 いや、本当にただの片割れであれば、どれだけ幸せだったことだろう。


 ホプリテスをも一蹴できるレティシアが、柄にもなく怯えていた理由は、現れた敵機からの共通回線通信で知ることとなった。

『やっほー』

 送られてきたのは若い女性の声。だが、軽やかな台詞とは裏腹に、全身に鉄柱でも打ち込まれたかのような、想像を絶する殺気がシンヤを喰らい尽くした。


 この声には聞き覚えがある、なんていう次元の話ではない。


「こいつ……まさか……ッ!」

『えぇ、そのまさかよ……』

 恐怖で汗が噴き出し、喉は干上がる。牽制のため、二人揃って七六ミリマシンガンを差し向けたものの、海にコップの水を足した程度の気休めにしかならなかった。

 状況は二対一。シンヤが、素人に等しいアトラスパイロットであることを差し引いても、傍から見れば圧倒的に有利。しかしながら、敵機の中身は数的優位を補って余りある実力を持ち、しかも決して逃してはくれない人物だったのだ。


『あんたらさ〜、本気で逃げ遂せると思ってるわけ? アトラスを奪うって発想は評価するけど』

 敵パイロットは、子供におもちゃを見せつけるかのような気軽さで、両手の武器を弄ぶ――を。

 一般機は、こんな攻撃力全振りの装備などしない。

「てめぇ…………赤紫の悪魔デビルマゼンタ!」

 そう、敵アトラスに乗っていたのは、シンヤ達を拉致し、こんな状況に追い込んだ張本人であった!


 デビルマゼンタを象徴する赤紫の線模様はないが、相手は間違いなく例の快楽殺人者。レッドオーガ戦で機体を放棄したため、待機中だった一般機を使っているのだろう。

『総統閣下からは殺すなって命令されてるけど、こうなった以上は仕方ないよね〜。きひひひっ』

 アトラス二機を前に、凄まじく余裕な態度を見せつけてくる。……それも当然だ。相手は、中華前線基地守備隊を一蹴できる実力を持っているだから。


『ねぇ、降りてきてよ。今ならメッタ刺しくらいで勘弁してあげるよ。シンヤ・ナカムラ君』

「丁重にお断りさせていただきます」

『あーら残念。……で、もう一機には、レティシアちゃんが乗っているんでしょ? これはどういうことなのかにゃ〜?』

『…………』

 レティシアは聞こえないふりをし、シンヤ機とだけ話せる通信を開いた。


『ここは私に任せて、シンヤ』

「何か策があるのか? 一度戦ったことはあるけど、常識が通用する相手じゃねぇぞ」

『あの殺人鬼が此処にいる以上、追ってくるのは目に見えていたわ。対策くらい考えてる』

 言葉の割に、口調は控えめであった。あまり期待はしないでね、ということだろう。

 しかし、今は彼女の策とやらに賭けるしかない。エースを相手にするということは、それほどまでに選択肢が少ないのだ。


 だが次の瞬間、レティシアも予想だにしていなかった事態が起こった。

『下がっていろ。シンヤ・ナカムラの相手は、この私がすると言ったはずだ』

 突如として通信に割り込んできたのは、落ち着いた男性の声。それと同時に、シンヤ達に立ちふさがるデビルマゼンタの後方から、もう一機のアトラスが姿を現したのだ。


「マジかよ……」

『そんな!』

 シンヤとレティシアは、驚愕のあまり言葉を失った。デビルマゼンタの対処だけでも血反吐を吐く思いなのに、さらに敵が増えるのはもぅマヂ無理リスカしょ…………とは違う。

『この日を待っていたぞ』


 その機体は――――雪のように真っ白な装甲を纏い、二振りの対装甲ブレードを有していた。


「また……お前かあああああああああああああああああああああああッ‼」

 禿げ上がるのではないかというくらい、シンヤは頭を掻きむしった。

 白い烏ホワイトレイヴン。新手のアトラスは、間違いなくペキンで交戦したエース機そのものであった。破壊の権化たる機械人形なのに、美しいとまで思えるその姿を、忘れるわけなどない。

「なんだよこの状況は!? エース機のバーゲンセールかよ!」

 絶望を通り越して、もはや世界が一巡したような、奇妙な感覚すら覚える。


 ホワイトレイヴンがなぜ、此処にいるのかはこの際問題ではない。ただ一つシンヤ達に降りかかっている事実は、中華前線基地防衛網を容易く突破するエース機と、精鋭戦車部隊を圧倒するエース機が立ちはだかっているという、最大級の危機。

「これは夢だ……なにかの間違いだ……」

『現実逃避しないで! ちゃんと構えてよ!』

 レティシアは気丈に振る舞い、シンヤを鼓舞しようとしてくれているが、当の彼女も焦りを隠せていない。デビルマゼンタが登場した時点で緊張がヤバイ級であったのが、ホワイトレイヴンの追加でオーバーヒートしてしまっている。もう策も何もあったものではない。


 そんな彼らに、ホワイトレイヴンのパイロットと思わしき男は静かに言う。

『シンヤ・ナカムラ。私は貴様と……一騎打ちがしたい』

「何言ってんだコイツ」

 緊張と動揺が振り切れていたおかげか、意外にも素直すぎる感想が飛び出した。

 一騎打ち? タイマンがしたいということか? 訳が分からないよ。などなど、彼の脳内は混乱の限りを尽くしている。


 だが、シンヤの意向を無視して、話はどんどん進んでいく。

『まーだそんなことに囚われてんの? 二人でやったほうが早いっちゅーの! っていうか、アタシだけで充分だし』

『邪魔をするなら、貴様を殺す。どのみち、上も貴様の扱いに困っているようだしな、文句は言われまい』

『……ちっ。アタシよりちょーーーーっとだけ強くて立場も上だからって、調子に乗ってんじゃないわよ!』

『やれやれ、少しはヨーロッパで戦っている妹を見習ったらどうなんだ。とにかく手出しはするな。もう一機を見張っていろ』


 話が付いたようで、デビルマゼンタは『後で見てなさいよ……!』などと呟きながら引き下がり、レティシア機へマシンガンを向けた。

『シンヤ……大丈夫なの? 』

「大丈夫だ、問題ない。……って言えるような無双系主人公じゃないから、俺」

 よく分からないが、二機のエースを同時に相手取るという危機的状況は回避できた。しかし、シンヤとホワイトレイヴンの実力差は圧倒的なのは変わらない。勝ち目はゼロに等しい。


 それでも、こんな幸運は二度と訪れないと悟り、シンヤは腹をくくる。

 一騎打ちの理由は問わず、素直にこんな条件を持ち出してみる。

「ホワイトレイヴン。俺が勝ったら、見逃してくれるのか?」

『ふっ、いいだろう。この場だけだがな』

 泣く子も黙るエースが、そんなことでいいのか。とシンヤは心の中でツッコんだ。

  戦いに対する、美学か哲学的なものを持っているのかもしれないが、ペキンでハッタリに踊らされたこともあって、いまいち相手の人物像が掴めない。つまりは行動が読めない。


『では、まずは小手調べだ。行くぞ、構えろ!』

 応じる間もなく、ホワイトレイヴンが一気に距離を詰めてきた。そのままの勢いで、対装甲ブレードを両方とも叩きつけられる。

「のぅあっ⁉」

 間一髪、シールドで受け止めることに成功したものの、生身でいうところの金属バットで殴られたような、鈍くも強い衝撃が襲ってきた。

 さらに、高熱を発するブレードがシールドを溶断しつつあったため、急いで払いのけて事なきを得る。シールドの溶断は、防戦一方は許されないことを暗示していた。


「あっぶねぇなオイ!」

 開幕から追い詰められつつあるが、ホワイトレイヴンは構わず攻勢を続けてくる。対してシンヤは、反撃のためにマシンガンを向けることもできていない。ただただ斬撃を受け止めては、受け流すという作業を繰り返すのみ。

 ブレードとシールドがぶつかる度、けたたましい金属音と、高熱によって生じた青白い火花が散っていく。


『シンヤ!』

 レティシアが、見ていられないとばかりにアトラスを動かそうとするも、デビルマゼンタがそれを許さない。

『ふーん。そんなに撃たれたいんだ?』

『うっ……』

 彼女が心配を抑えきれないのも無理はない。手加減されている上に、機体性能自体も全く同じであるはずなのに、ホワイトレイヴンの華麗な動きについていくのが、やっとだという有様なのだから。

 本来なら最初の一撃で真っ二つにされていても不思議ではなく、その後の攻勢も防げているのは奇跡としか言いようがない。


「…………ん?」

 ――――防げている? ついていくのがやっと?


 ここでシンヤは、強烈な違和感に見舞われた。

 考えてみてほしい。シンヤは、アトラスへの搭乗はこれで二度目でしかない。しかも、まともに動かせたのは今回が初。エース機はおろか、一般機でも真正面から相手取るのはムリゲーだろう。せいぜい、レティシアの援護が関の山だった。

 加えて、彼は人間としても連合軍兵士としてもヒヨッコだ。数多の将兵の中でも最弱に位置し、生身であっても最前線での戦いには向いていない。


 だが確かに――。

(見える……ほんのちょっぴりだけど、確かに見える! ホワイトレイヴンの動きが!)

 様子見で手加減されているとはいえ、精鋭戦車部隊すらも軽く制すホワイトレイヴンの動きを、なんと彼は、。次にどんな攻撃を仕掛けてくるのか、予測することすらもできるほどに!


『やるな。だが、これはどうだ!』

(左の切り払い!)

 まただ。またしてもホワイトレイヴンの動きを見切り、攻撃をシールドで受け流すことができてしまった。

『やはり……シンヤ・ナカムラ……貴様は……!』

 相手も何か思うところがあったのか、攻勢を一旦止めて距離をとった。


 シンヤ自身、何がどうなっているのか、皆目見当がつかない。

 だが、彼の肉体と本能は知っていた。何が起きているのかを知っていた。

 レッドオーガ戦をはじめとする、強敵との連戦――末端の歩兵では、到底生き延びることなどできない死線の数々が、シンヤ・ナカムラという平凡な兵士の『生命のタービン』を回転させ、知らず知らずのうちに覚醒へと導いていたことを。

 熱い物に触った時、思考を置き去りにして手を引っ込めることのように。寒い時、無意識に鳥肌が立つことのように。シンヤは『対アトラス戦』への、いわゆる免疫ができていた!


「なんだかよく分からないけど、やれる……今の俺ならやれる……!」

 補給基地での初陣、ペキン防衛戦、第一次ワンリー攻勢、中華前線基地防衛戦、そしてレッドオーガ撃破作戦――。

 これまで積み上げてきた犠牲の数々が収束し、今ここに臨界点を迎え、シンヤの『力』として爆発したのだ!

「覚悟しろ……ッ!」

 態勢を立て直し、マシンガンを改めて構え、絶望に立ち向かう自分を奮い立たせる。

「倒してやる! かかってきやがれ……化け物エースめぇぇぇええええッッ!!」

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