4章「連合軍のやべーやつら」後半

 ホプリテスのカメラを通じ、モニター室から一部始終を見ていた指揮官は頭を抱えた。

「なんてことだ……! なぜ、連合軍のヴォルフ隊がこんな辺境にいるんだ!? いやそもそも、半年前にレッドオーガが消したんじゃなかったのか!?」

 あまりにも予想外な事態に、ただ狼狽えることしかできない。


 実は昨日、金に目が眩んだ住人から、デビルマゼンタが捕らえてきた連合兵の様子がおかしいとの密告があったのだ。

 だからといって証拠などはなく、部下を煽って拷問などに発展してしまえば、総統閣下の命令に背くことになる。だから、あえて泳がせておいて現場を押さえようという腹だった。

 しかし、まさかのイレギュラー介入でホプリテス全滅。とんだ失態だ。


「くそっ、総統閣下に何とご説明すれば……! いや、それ以前に――」

「それ以前に……何なのかな〜?」

「なっ!?」

 背後からいきなり飛んできた、軽やかながらも寒気を覚える少女の声に、指揮官は背筋を強ばらせた。


 振り返るとそこには、デビルマゼンタのパイロットであるポーラ・アルンが、不敵な微笑を浮かべてこちらを眺めていた。

「あーあ、総統閣下は怒るだろうな〜。アタシに任せておけば、こんなことにはならなかったのに」

「貴様に任せようものなら、いつ対象が死体になっていても、おかしくないだろうが!」

 もはや後の祭りであり、今さら彼女に何を言われようが仕方ない。


 異常な嗜好のせいで味方からも歪み嫌われる、この忌々しい少女は、指揮官を嘲笑うかのように「ふっ」と息を吐いた。

「それについては否定しないけどさー、もうアンタの信頼は地に堕ちてるわけよ。大人しく、総統閣下への言い訳でも考えておくことね。あとはアタシが片付けるから」

 などと吐き捨てた挙句、モニター室からさっさと出ていこうとする。


「待て! ポーラ・アルン!」

 指揮官はヤケクソ気味に呼び止め、砂嵐が巻き起こるモニターを一瞥した。映像を送っていたカメラが破壊された、監視用モニターだ。

「ヴォルフ・ガルシーロフ――現ソルジャーランキング二位……」

 彼は恐れる。ホプリテスと人間の差を覆して、なお余りある戦闘能力を見せた、文字通りイレギュラーの男を。


「脱走したシンヤ・ナカムラの制圧は容易いだろう。だがな! エースとしては中堅程度である貴様に、戦車王より戦術価値の高い怪物を…………倒せるはずがない!」


 立場も年齢も下である少女に、自分をコケにされたことへの嫌味だった。

 それだけなのに。警告を交えた、ただの嫌味なのに――。

「うざい。死ね」

 気付いた時には、ポーラ・アルンは拳銃をこちらに向けて、なんの躊躇いもなく撃ち放っていた。


 深々と、いくつもの九ミリ弾が、肉と骨を食い破ってくる。

「う……が……あぁ…………」

 撃たれた胸と腹が、じわじわと焼けるように熱い。不思議と痛みは感じないが、これから死を迎えるんだという認識はある。

(快楽殺人者とはいえ、ここまで無慈悲だというのか……!)

 あまりにも呆気ない最期。敵と戦って死ぬよりも、遥かに残酷な現実を突きつけられた気がする。


 床に倒れ、意識が薄れていく。その最中、僅かに聞こえる会話があった。

「さ、行くわよー。さん?」

「……言っておくが、お前と馴れ合うつもりはない。私はあくまで、あの青年と相見えたいだけだ。今の出来事も、見なかったことにする」


 ***


 なんと奇怪なことか。

 死んだと思っていたレティシアに再会したと思ったら、今度は死んだと思われていた伝説級の兵士達――マイク・J・ガンス、シエラ・フール、そしてヴォルフ・ガルシーロフに会えてしまったわけだ。もう訳が分からない。

(アトラスも月までぶっ飛ぶこの衝撃……。俺はご都合主義ラノベの主人公ですかぁ!?)

 もはやこの先何が起こっても、大して驚かない気がしたシンヤであった。


 ちなみに現在、シンヤ達は広場から場所を移し、敵の目が届かない路地裏に身を潜めている。

 一緒にいるシエラ・フールから「敵が集まると面倒なので、とりあえず場所を変えて話しませんか?」と提案されたわけだが、正直どんな敵が寄ってこようとも負ける気がしない。なぜなら、今シンヤ達と行動を共にしているのは、地上最強の兵士達なのだから。


 兎にも角にも、彼らに窮地を救われたのは事実。

「やっぱり、ヴォルフ隊の方々ですよね!? 助かりました!」

「まさか、伝説級の人達に会えるなんて。光栄です」

「本物やん……! 最初は気づかんやったけど、テレビで見たまんまの顔!」

「………………」

 シンヤ達は武者震いを隠しつつも、なんとか敬礼を済ませる。レティシアだけは浮かない顔をしていたが、今は突っ込まないことにした。


 対するヴォルフ達はというと、最初は警戒の目を向けてきたものの、こちらに敵意が無いと察したのか、すぐに緊張を解いてくれた。

「ほぉ〜。こんな美少女達に顔を知られてるなんて、悪い気はしないもんですなぁ」

「だーれが、マイクみたいなおっさんの顔なんか覚えるかっての!」

「大佐、あなたもおっさんだと思いますが」

 などと、敵部隊を撃滅させたばかりとは思えぬフランクぶり。

 なんていうか……ソルジャーランキング上位者という、雲の上の存在的なイメージとは少々異なっていた。


「――というか、今の今まで何をしていたんですか? 連合軍内では、ヴォルフ隊はレッドオーガに全滅させられたんじゃないかって、都市伝説にまでなっているんですが」

「あー、やっぱりそんな扱いになっていたのか。連絡手段もなかったからなぁ……」

 ヴォルフは銀髪を掻き、ほんのちょっぴり申し訳なさそうな顔になった。

「……もしかして、この近辺に出没しているっていうゲリラは、ヴォルフ大佐達ってこと!? 東アジア戦線構築作戦から今日まで、ずっと帰還せずにゲリラ活動を続けていたってわけですか!」

 そしてマリアは、ここまでの展開から驚くべき真相に辿り着いたようで、整った顔を引きつらせてしまっている。


「い、いやな? 東アジア戦線構築作戦も大詰めって時に、レッドオーガと出くわしちまってだな……。戦車の支援も、ましてや航空支援も無かったから、大隊は散り散りになって孤立しちまったんだよ。で、撤退の為に突破口を穿つのも面倒だし、そのまま前進していたらゲリラになってたっつーわけだ。あ、俺様の腹の虫は治まらなかったから、あのクソ赤鬼には一太刀浴びせてやったけどな」

「「「…………」」」

 色々とツッコミどころ満載な返答を捲し立てられた気がする。行方不明となっていた経緯は分かったものの、その経緯が人類には早すぎる内容であった。


 ちなみに、彼の言う一太刀とは、ヴォルフ隊が行方不明となった現場に残されていたレッドオーガの装甲片のことだろう。

 しかし、ソルジャーランキング四位のロベルト・クロスラインですら敗れた怪物に、どうやって衝撃拡散装甲を砕く程のダメージを与えたというのか。

(……考えても無駄だな)

 次から次へと湧き出てくる疑問を、シンヤは静かに振り払った。圧倒的イレギュラーの前では、常人の理解力など足でまといだ。


「そーいえば、お前らのことを何も聞いていなかったな」

「あ、はい。自分を含め、四人とも連合軍の兵士です。不覚にも、作戦行動中に敵に捕らえられてしまい……」

「やっぱり連合兵だったか。どうりで、アサルトライフルの持ち方が板に付いていたわけだ。最初はレジスタンスかと疑ったがよ」

「生きていただけでも幸運です。敵は素性が分かりませんから」

 シエラ・フールが、祝福するかのように胸に手を当てた。こちらもある意味、ソルジャーランキング三位の超人とは思えない、しっとりとした立ち振る舞いである。戦っていないときは、ただの優しいお姉さんという感じだ。


「じゃあ、所属は?」

「東アジア方面軍、第一歩兵師団です」

「だ、第一歩兵師団んんん〜!?」

 第一歩兵師団というワードに、最強の兵士はなぜか大仰に驚いた。

「アレか、人が死に過ぎて誰も師団長をやりたがらないっていう、死神歩兵師団かよ。まーだ解散してなかったのか……」

 なるほど、第一次ワンリー攻勢の無茶な作戦然り、シンヤ達が配属される半年以上前から、第一歩兵師団は相当酷い有様だったらしい。


「っていうか、今の師団長は誰なんだ?」

「えっと、ノーランド中佐ですが……」

「うひゃ〜、中佐だって!? 半年前は辛うじて准将の人間が師団長だったのに、ひでぇ有様だぜ」

 師団長の階級を聞いて、またしてもヴォルフは、衝撃を受けたように目を丸くした。

 というのも、『師団長』とは大抵の場合、中将や少将が務める程の規模であり、押し付けられたとはいえ中佐に務まるわけがない。……そう考えると、ノーランドは肝が据わっているというか、頭がおかしいというか。


「大佐。まさか忘れてはいないでしょうが、元々はヴォルフ隊も第一歩兵師団傘下であり、貴方も師団長候補でした」

「えっ、そうだったっけ?」

 本当に(凄まじく大事なことを)忘れていた様子である最強の兵士に、シエラとマイクは揃って「やれやれです」と首を振った。


「こんな風に何もかもいい加減だから、ソルジャーランキング一位の座をデイン・アーレイ少佐に譲っちまってるのに……」

「大佐が一位に上がることは、このクサレ脳みそを入れ替えない限り、有り得ませんね」

「だな。レッドオーガと遭遇して孤立した後、戻るのが面倒だからって、隊員を道連れにゲリラ戦を敢行するような人だからな。ブロント大将も、さぞ頭が痛いでしょうな」

「ちっくしょー、好き勝手言いやがる……」

 立場は圧倒的にヴォルフが上なのに、部下からの扱いは非常に雑な『最強』。まぁ、信頼されている証拠なのだろうが……。


「さて、お喋りはその辺にしときましょう。……来ましたぜ」

 と、マイクが急に雰囲気をがらりと変え、路地裏の入口を顎で指し示した。

 そこには、敵兵と思わしき男達が慌ただしく駆け、とある場所に向かっていく光景があった。身を潜めているシンヤ達七人に、誰一人気付く様子はない。

 そっと、路地裏から顔を出して動向を追うと、男達が向かう先に――――アトラスがいた。地に片膝を付けた、いわゆる待機状態で。


 そう、シンヤ達は、なにも世間話をするためだけに潜んでいたのではない。

 ホプリテスとの戦闘で騒ぎが大きくなってしまい、トラックでの脱出は困難と判断した結果、アトラスを奪って強行突破しようということになったのだ。

「待機しているのは二機だけ……か」

「アトラスは、三機一個小隊編成と聞いています。もう一機は、既に出撃しているのかもしれません」


「なんにせよ、乗る人間は厳選しないとな。まず俺様が――」

「大佐は控えてくださいと言ったはずです。貴方は立場上、皆を指揮しなければならないのですから。アトラスなんかに乗ったら、興奮して前が見えなくなるでしょう?」

「わーかったよ! じゃ、予定通りアトラスはお前らに任せるぜ。えーっと、シンヤ・ナカムラ……だっけ? それと…………レティシアちゃん?」

 名前を呼ばれた二人は、緊張の面持ちで頷いた。


 少し前、アトラスを奪おうという案が出たとき、即興で操縦できる人物が必要になった。

 真っ先に立候補したのはヴォルフであったが、同じようにシエラとマイクに止められたため、中華前線基地で操縦経験のあるシンヤが名乗りを上げた。

 そして驚くべきことに、レティシアも「乗れるわ」と進み出たのだ。


「…………っ」

 もう、とある疑念が確信へと変わってはいるものの、レティシアが全てを話すと約束してくれた以上、その時を待つのが最善なのかもしれない。マリアもユイも、同じことを考えているから口を噤んでいるのだろう。

 幸いにも、ヴォルフ隊の面子は特に何も言わなかった。シンヤの方の経緯は軽く説明しておいたため、レティシアも操縦経験があると解釈したのだ。


 そうこうしているうちに、敵の男達がアトラスの元へと辿り着き、コックピットハッチのセーフティを解除して出撃準備を始めた。

 ――この瞬間を待っていたのだ!


「さぁ、行くぜ。ガキ共はそのまま待ってな」

「時間はかけません」

「へへっ、腕が鳴りますなぁ」


 ヴォルフ隊の三人が、鹵獲可能となったアトラスへ一斉に向かう。マイクは左腕を、シエラはサブマシンガンを、ヴォルフは虎の子のルードショックを構えて。

 連合軍将兵約二三〇〇万人の頂点に君臨する三人の急襲。対して敵は、ほんの数人でアトラスも未起動。すでに、勝敗は決していた。

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