3章「信じる」

「…………」

 レティシア・テイルは、シンヤ達と目を合わせようとしない。ずっと、とても気まずそうにうつむいて、足下ばかりに目を向けている。

「「「………………」」」

 とはいえ、シンヤ達だって似たようなもの。死んだはずの人物を前にして、何から話せばいいのか、どういう反応をすればいいのか、頭の整理が追いつかない。


 それでも、やはり、

「レ……レぇ……ッ」

 思考よりも先に体が動く者はいた。

「レディジアざあああああんん!!」

 おそらく最もショックを受けていたであろうユイが、愛らしい顔と艷やかな黒髪を涙でくしゃくしゃにして、レティシアへと豪快に抱きついていった。


「うわっ、ちょ……」

「わだじ、でっぎりじんだと思っだどでずがらぁ~~!」

 レティシアの背骨をへし折るかの如き勢いで、目一杯抱き締めるユイ。もはや何語を発している分からないが、困惑よりも喜びが上回っているのは分かる。


 目の前にいる少女は確かに、レティシア・テイルその人。そっくりさんでも何でもなく、特徴的な赤髪サイドテールや、平坦な胸も健在であるため間違いない。

「あんた今、余計な事考えなかった?」

「……いや、別に……」

 ようやくマトモに口を開いたと思ったら、思考を読まれてしまっていたの巻。


「と、とにかく。レティシアさんが生きていてくれて、本当に良かったよ! みんな、心配したんだからね!?」

「う、うん……」

 ――しかしながら、マリアの言葉に対しては、何故か相変わらず煮えきらない様子を見せるレティシア。


「ほんと、また会えて良かった……。三人が捕まったって聞いて、居ても立っても居られなかったのよ」

「でもどうして、後は好きにすればって突き放したの?」

「それは……私も連中にバレるとマズイから、一緒に行動はできないかなって……」

 何か、迷っているような。ホプリテスを一蹴するほどの彼女には似つかわしくない、フワフワとした気持ち悪い雰囲気。


 そんな彼女を――、

「レティシア」

「な、なによ……?」

「君が生きていたことは、俺も凄く嬉しいんだ。ペキンからパオトウまで、付き合いこそ短かったけど、一緒に塹壕を掘ったり、装備の点検もしたよな。格闘術の手合わせをしてもらった時なんか、俺を――男なのに失神させられてしまって、痣に氷を当ててくれたこともあった」

 ――シンヤは、訝しまずにはいられなかった。訝しんでしまった。


「――だからこそ、信頼していたからこそ、確かめておかなきゃならない」

 正直、これ以上は踏み込みたくなかった。せめて、彼女が満面の笑みで、疑いようのない再会をしてくれてさえいれば……!

 だけど、連合軍の兵士として、確認しなければならないことがあったのだ。レッドオーガ戦の前辺りから、薄々感じていた疑問を。


「レティシア・テイル。君が今、俺達の前に生きて現れたのは、捕虜として敵勢力に捕らえられていたから――そう解釈していいんだよな?」

「……っ!」


 レティシアを纏っていたフワフワとした違和感が、この瞬間消滅した。


 シンヤも、こんなことを訊くのは馬鹿げてると思った。彼自身、レティシアが質問に肯定することを望んでいる。

 ただ、シンヤ達を取り巻く状況が、こんなふざけた疑問を産んでしまっていたのだ。


 その疑問の発端は、ある一つの台詞。

『ソウルにいた頃、レティシア殿が教えてくれたのを思い出したでござる。殺しを快楽にしているエースがいるから、そいつにだけは絶対に関わるなと。その名も赤紫の悪魔デビルマゼンタ!』

 ――ホプリテスに包囲され行方不明となった、日本刀使いのアベル・グラントスが発した台詞だ。


 おかしな点が存在することに、気がついただろうか。


 このときレティシアは、デビルマゼンタのパイロットが、。将校クラスならいざ知らず、シンヤ達と変わらない、末端の新兵だというのに。

 凶暴と名高いエース機は、他にも複数いる。しかしながら、それだけでパイロットの素性なんか分かりはしない。


「なぁ、どうなんだよ」

「…………それは――」

 レティシアは言葉を詰まらせ、勝ち気な目は空を泳ぐ。

 実際、彼女が生きていてくれたことは、もう気が狂うほど嬉しかった。だがこの再会は、『何か』がおかしかったのだ。


「な……なにを、ふざけたこと言っとんのぉ!?」

 当然ユイが、レティシアに抱きついたまま激昂してくる。まるで、彼女を護るかのように。

「捕虜になっとったに決まっとろうもん! ま、まさかシンヤさんは、レティシアさんがテロリストの……スススススパイやったとでも言う気――」


「ユイ! やめて!」

 と叫んだのは、なんとレティシア本人。

「でも!」

「いいのよ……」

 食い下がろうとするユイに、レティシアは軽く抱擁を返した。予想外の反応に、ユイはしどろもどろになりながらも押し黙る。


 するとレティシアが、シンヤの目を――今度はまっすぐに見てきた。台風が吹こうとも地震が起ころうとも揺らぎそうにない、素晴らしく一直線な視線を。

「すべてが落ち着いたら、私が知っていることは全部話す。でも今は、あんた達を逃がすことに尽くしたいの」


 その瞳には、

「だから……今だけは……信じて」

 曇りは一片も無かった。


「……っ」

 シンヤ・ナカムラは一瞬だけ、立場が覆ったかのように圧倒されてしまった。再会して間もない頃の、どこか迷っている様相とは異なる、溢れるほどの彼女の使命感に!


「シンヤ君……」

 今まで沈黙していたマリアが突然、たじろぐシンヤの服を、後ろから軽く引っ張ってきた。

「正直私も、思うところは幾つかあったの。ずっと前からモヤモヤしてるし、レティシアちゃんに訊きたいことは山ほどある。でも、今この瞬間のレティシアちゃんは、私達が知っている“レティシア・テイル一等兵”だよ」

 マリアも、シンヤと同じような疑惑を持っていたに違いない。ただ、今はそれを追求する時ではないと、マリアは感じたのだ。


 もう何が正しいことなのか、シンヤという凡人には、分からなくなってしまった。


「…………すまん、この話は一旦やめよう」

 自分で切り出した、最低最悪な話を自ら切り上げ、渡されたアサルトライフルを持ち直す。

「シンヤさん……!」

「ここから脱出することを、最優先目標にする。話はそれからだ。――で、付き合ってくれるよな? レティシア」

「……っ! も、もちろんよ!」

 感謝や羨望。複雑な立場に置かれた自分を信じてくれたシンヤに、彼女は様々な感情が織り交ざった表情を見せてくれた。


 彼女に訊きたいことは、広辞苑並の冊子に纏めても足りやしない。それでもなお、今何を成すべきなのか考えた時、揉めている場合ではないことは明白。

 なによりこの場合は、彼女を頼ることが最善であろう。

「こっちよ。ついてきて」

 もはや、見違えるほどに迷いが消えたレティシアに連れられ、シンヤ達三人は監禁部屋をあとにした。



 見張りの敵兵は全員、死んだように倒れていた。どれも顔の一部が赤く腫れ上がっており、何をされたのか一目瞭然だ。

「痛そう」

「小学生並の感想だね」

「まぁ、あのホプリテスを叩きのめす威力やけんね……」

 兎にも角にも、レティシアの行動は本物だった。おかげで一度も見つかることなく、四人は多数のトラックが停められている広場まで接近することができた。


 すぐには突入せず、広場の様子を建物の陰から、そっとうかがってみる。

 明日、シンヤ達を連れていく予定だったであろうトラックには、サブマシンガンを装備した軽装の見張りが、二人ほどついていた。

「ホプリテスはおらんみたいやね」

「大丈夫、ホプリテスは常時起動してるわけじゃないから。仮に見つかっても、色々指示を入力するためのタイムラグがあって、すぐには差し向けられない」

「なんでそんなことを知って……いや、すまん。とにかく、あれくらいなら射撃するまでもねぇ。音を立てず、一気にトラックを奪って逃げよう」


 不意を突いて飛び出し、判断する隙も与えず銃床で相手の頭蓋を叩き割る。発砲音によって、敵を呼び寄せてしまうリスクを抑える算段だ。

 特殊部隊でも容易にはできない芸当であるが、生身でアトラスと渡り合ってきた彼らには、その程度のことは造作ないという自信がある。こんなもの、レッドオーガと対峙した時の、絶望的なまでのプレッシャーに比べればなんてことはない。

 その後は素早く見張りの装備を剥ぎ取り、シンヤが変装してトラックを運転。変装がバレようがバレまいが、海岸線へ向けて爆走するのみ。


「…………っ」

 アサルトライフルを握りしめ、呼吸を整え、最良の機会を待つ。一分……二分……と。

 そして、見張りの一人が大きな欠伸をし、もう一人がつられるように伸びをする、僅かな『隙』が訪れた。見逃すわけがない。

「今だッ」

 好機と見たシンヤの合図で、四人が一斉に広場へ飛び出す。

「「なっ⁉」」

 見張りの二人は、突然すぎる事態に思考が停止したのか、持っていたサブマシンガンを構えることすらしなかった。


 まず、マリアとユイが小柄さを活かして、低い姿勢で一気に対象へと接近。

「「はあぁぁぁあッ‼」」

 勢いのまま、腹部に強烈な銃床タックルをお見舞いした。

「あ……が……」

 訳も分からないうちに、肺の空気が絞り出され、血を吐き、苦痛の声を上げることも許さない。


 次いでシンヤとレティシアが、くの字に折れ曲がった哀れな二人の頭部めがけ、それぞれ渾身の銃床アタックとハイキックをプレゼントする。

 次の瞬間には、見張りの二人はずた袋のように転がっていた。

「レティシア……貴様……どういう――」

 最期の足掻きとばかりに、掠れた声を上げながらレティシアに手を伸ばしてきたものの、途中でこと切れて地面に沈んだ。


「はぁ……はぁ……はぁ……」

 大量に分泌されたアドレナリンを鎮めるように、肩で息をするマリア。

 その最中でレティシアをチラリと一瞥したものの、特に何も言いはしなかった。見張りが言い残した台詞が気に掛かったのだろうが、今はこの件を追及しないと決めたからだ。


「はぁ……はぁ……ふぅ……。うまくいったのはいいけど、グズグズしてはいられないね」

「うん、急いだほうがいい。全員を気絶させたわけじゃないから、すぐに勘づかれるわ」

「分かってる。見張りこいつの身ぐるみをはがすから、三人は先にトラックへ――」


『キョウイ』


『ハイジョ』


「「「――――ッ⁉」」」

 命を刈り取る、おぞましい電子音が、辺りに響き渡った。

「どうして……」

 ギギギと、四人は錆び付いた機械のように後ろを振り返る。


 そこには、目を背けたくなる現実が――十体以上のホプリテスが、シンヤ達を包囲していたのだ!


『ハイジョ』

『ハイジョ』

『ハイジョ』

 感情のない無機質な電子音が、凍り付いたシンヤ達を貫いていく。その度に、汗が滝のように体を伝う。まるで、これから流れ出る血の量を予告するかの如く。


 どういうことだ。とレティシアに目で訴えるが、彼女も「分からない」と震えながら応えた。

「いくらなんでも早すぎるわ! ホプリテスの投入には、相応の時間が掛かるはずなのに……!」

「じゃあ、誰かが私達の動きに気が付いてて……」

「そんな! 見張りの人達は、勘づいている様子はなかったとに!」


 そう、見張りがシンヤ達の行動に気が付いていた様子はなかった。でなければ、危険すぎて作戦を実行に移そうとは思わない。それ以前に、デビルマゼンタから口に出すのも恐ろしいことをされたかもしれない。

(……ということは、だ)

 無力に等しいアサルトライフルを、ホプリテスの集団に向けて牽制しつつ、シンヤは驚愕すべき結論に辿り着く。


「俺達の世話をしてくれた住民達! あの中の誰かが、勘づいて俺達を売ったんだ!」

「「「……あっ!」」」

 なんてことだ。この最悪な状況で、一定の信頼を置いていた住民達が、シンヤ達を陥れたとしか考えられない。


 なぜなら、ここが何処なのかをシンヤ達に教えたのは、住民達だからだ。その頃から勘づいていて、わざとシンヤ達の計画を進めるような真似をした。と考察できてしまう。

 もちろん、彼らにも脱走計画の件は話していない。ただ、敵兵に比べるとノーマークに近く、動向はさほど気に掛けていなかった。


 そしておそらく、情報を受け取った指揮官クラスの敵兵は、実戦経験の少ない人間の兵士では、仮に脱走現場に出くわしても、シンヤ達を抑えられないと判断したのだろう。

(だから、わざと見張りにも伝えずに俺達を泳がせ、確実に拘束できるホプリテスを、いつでも出撃できるようにしていた……!)


 軽率。そして、あまりにも屈辱的。

「あぁっ、クソ!」

 中華前線基地にあったスクラップアトラスの件のように、いつの時代も金に汚い人間はいるものだと知っていたのに!

 捕虜に成り下がった連合軍兵士に味方するより、すぐに対価をくれる方に付くのは明白だったのに!


「とにかく、この状況はマズイよシンヤ君!」

 マリア達三人が、同じように銃で牽制しつつも、ジリジリと後退してシンヤに身を寄せてくる。

 総統閣下の命令がある以上、すぐには殺されはしないかもしれない。ただ、今度は逃げ出せないように、五体満足でいられる保証はどこにもない。


『キョウイ』

『キョウイ』


 元ライノ分隊の中で、トップクラスの白兵戦能力を持つレティシアがいるとて、この数のホプリテスを切り抜けるなど不可能。

「ここまでなの……!」

 いよいよ、追い詰められてしまった。

「みんな……ここは退こう……」

 無駄に抵抗して手足を飛ばされるくらいならと、シンヤは苦汁を飲む思いで投降を決意。


 何が待ち受けているのか全く予測できない、爆弾を積んだ暴走特急への乗車を受け入れることになる。

 できることなら逃げ出したかった。マリア達だけでも逃したかった。

 こんな……こんな……。


「なぁ、シエラよぉ」

 こんな…………え?


「ここに集まっているテロリスト共をぶっ飛ばしに来たんだが、これはどーいう状況だ?」

「シエラにだって、分からないことくらいあります」

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