2章「再会と困惑と」

「総統……閣下だと……?」

 まるで意味が分からんぞ! というのが、シンヤの率直な感想であった。

 総統閣下――誰がどう考えても、敵勢力を束ねる人物を指すだろう。連合軍で例えるなら、最高司令官であるブロント・オースティンに相当する、敵の『王将』。


 シンヤ達も訓練期間などで、上官達から総統閣下の存在は聞かされていた。

 ……とは言っても、実は人間ではないとか超能力者だとか、男だという人もいれば女だという人もおり、果ては幼女ではないかと考察する輩もいた。つまるところ、全てが謎に包まれており、明確なことは何も分かっていないのだ。


 そして、いくら注目されるようなことをやったからといって、そんな大物中の大物が、末端の歩兵なんかに何の用があるというのか。

「アタシにも、あの方のことはよく分かんないんだよねー。たまに、意味不明な命令を出したりするし」

「テメーの殺戮欲も充分意味不明だろ……」

「ん? なんか言った?」

「…………何も」

 まったくもって意図が見えてこないが、ここで延々と考察しても仕方がない。


「それで、その総統閣下とやらの所に連れて行くのか?」

「察しが早くて助かるわぁ。ここにいる部隊は四日後、カスピアンフォートレスへ向けて後退する連中と合流するの。道中は、あの時のお返しをたーっぷりしてあげるから、覚悟しておいて♪」

 これみよがしに舌なめずりを見せた悪魔は、そう言い残して部屋から出ていった。


「「「………………」」」

 三人とも、しばらく何も話そうとしなかった。敵の意図が雲を掴むように、捉えることができないでいる。

(わけが分かんねぇ……)

 そもそも戦争の発端も不明なのだから、わけが分からないのは、今に始まったことではない。しかしながら、シンヤ達を取り巻く状況は、群を抜いて意味不明であった。


 そのまま、部屋の中は沈黙が続くかと思われたが、ユイがようやく重い口を開いた。

「それで……どうするん? このまま黙って、連れて行かれなきゃならんとやか……」

「…………」

 こういった場合、基本的には抵抗の意思がないことを示し、ほとぼりがさめるまで大人しく捕虜を演じておくというのが、生き延びるための常套手段。

 ただしそれは、過去起こった『国家間の戦争』での常識であるだけで、テロリスト系の相手には通用しないケースが多い。最悪の場合、シンヤは処刑か死ぬまで重労働、マリアとユイは慰みものにさせられる。


 総統閣下に会わされるまでは何事もないだろうが、その後のことに関しては、あまりにも不確定要素が多すぎた。何をされるか、分かったものではない。

「機を見て脱走したいのは山々だけどな……。まず、ここがどこかも分からないし、逃げ切れる根拠が何もない。運が良ければ、旧軍残党なんかのゲリラと合流できるかもしれないけどさ」

「はぁ……、あんまりアテにならなさそうやね」

 まず、この三人の中で拉致された経験がある者などいない。故に最善策など出るわけがなかった。


 それでもなんとか、マリアが細眉を曲げつつも考えを絞り出す。

「とりあえず、四日後が勝負じゃないかな。なるべく抵抗の意思がないことを示して、相手の警戒を緩めておくの。幸い白兵戦の場数は踏んでるし、隙をついて武器を奪えば逆転できる。あとは、変装してやり過ごすとか」

「……場当たりにも程があるけど、迷うほど選択の余地はないよな……。なんなら俺が、アトラスを奪って強行突破する手もあるけどさ」


 以前、中華前線基地で両脚の無いアトラスに搭乗した時のことを思い出す。

 脚が無いため固定砲台同然であったものの、歩行以外に関しては割と自在に扱えていた。歩行についても、腕が動かせたのだから脚も動かせるはず。ただし、これは最終手段だ。


「あと、私達がどこに連れてこられたのか、少なくともこれは知っておかないとダメね。この三日間で調べましょう」

「分かった。上手く逃げられたとしても、戦線の内側に向かわないと話にならないしな」

「うん、めっちゃ危ない作戦やけど……やるしかなかね!」


 谷に架けられた丸太橋を渡るような計画だったが、他に策などなかった。

 なにより、今もなお億単位の人々に避難生活を強いる『吐き気を催す邪悪』なんかには、命を賭けてでも屈したくはなかった!



 ――それから僅かな期間だが、三人の監禁共同生活が始まった。

 基本的には、部屋で逃走計画を練るだけ。あとは、夕方に別室でシャワーを浴びたり、数時間に一度呼び出されて尋問を受けたりするくらい。その時に監禁部屋を出られたものの、見張りが厳重で逃走などできなかった。


 尋問については形式的なもので、自身の略歴や、第一次ワンリー攻勢における連合軍の布陣等を、尋問官はアルツハイマーかよと疑うくらい何度も訊かれた。末端中の末端であるシンヤ達が知っていることなど、ネットニュースを欠かさず見る一般人レベルだというのに。


 当然寝る時も三人一緒なのだが、これといって何かエロゲ的イベントが起こるわけでもない。というか、そんな心の余裕などありはしなかった。

 ここは敵地。自分達は、いつ見張り達に暴行を受けても、あるいはデビルマゼンタに殺されてもおかしくはないという、精神破壊が常に付きまとってくるのだから。


 食事を与えられない……ということはなく、質素とはいえパンやスープなどは普通に用意してくれた。

 食事を用意してくれているのは敵兵ではなく、元からこの地に住んでいた人達らしい。彼らは限定的ながらも敵勢力を支援することで、物資や金銭を受け取っていたようだ。

 戦争によって、流通が崩壊している状況下では致し方ない部分もあり、シンヤ達も特に咎めはしなかった。


 その代わり、彼らからいくつか情報を得ることができた。

 まず、シンヤ達が連れてこられたのは、旧中国領と東南アジア圏の境界付近。レッドオーガと戦った場所からは、なんと千キロ近くも離れている。最も近い戦線である南防衛線でも、四百キロ弱はあった。

 結果、陸路で逃亡するのはあまりにも危険であると判明。最短距離で東シナ海か南シナ海へと脱出して、海軍と合流するのが得策であろうということになった。


 また、周辺の物資集積所などが、度々ゲリラの襲撃を受けているとのことだった。

 彼らが敵兵から聞いた話によると、警備中のアトラスが何機も訳がわからぬ内に行動不能となり、集積所はホプリテスの残骸で埋め尽くされていたという。

 戦車などの陸戦兵器は目撃されていないらしく、まるで現実感がない話なのだが……。まぁ、運が良ければゲリラと接触できるかもしれないというわけだ。



 そんなこんなで準備を整えつつ、監禁生活三日目を迎えた。

 時刻は昼下がり。部屋の外は、明日の準備の為か少し騒がしい。偶にちょっかいをかけに来ていた、デビルマゼンタのパイロットも姿を見せず、シンヤ達に構っている暇などなさそうだ。


「いよいよ明日だね……」

「今夜は眠れるやろか……」

 マリアは壁にもたれて天井の一点を見つめ、ユイは小さくうずくまり、毛布に包まっていた。

 明日は、シンヤ達がカスピアンフォートレスへと連行される日であり、作戦決行の日でもある。打ち合わせは何度も済ませたが、少しでも歯車が狂えば死に直結するのは変わらない。


「しっかり寝とけよ? いざって時に反応が鈍ったりするからな」

 そう女性陣に忠告するシンヤ。ただ、彼は別の意味でも、複雑なモノを抱えていたのだった。

 というのも、シンヤが戦っている理由は家族の行方を追うためであり、カスピアンフォートレスに行けること自体は願ったり叶ったり。それで安否が分かって再会できたなら、あとは共に連合軍の勝利を祈るのもありだろう。


(…………でも、それじゃダメだ)

 静かに頭を振り、余計な考えを追いやった。そんな甘い考えでは、万が一家族の身に何かが起こった時、自分自身を許せなくなる。

(奴らは正面からなぶり殺して、母さんを、親父を、姉貴を――真の意味で救わなきゃ)

 そう固く心に決めた。


 ちょうどその時、部屋の扉が開き、誰かが入ってきた。

「「「…………?」」」

 また、恒例のなんちゃって尋問か? それとも、快楽殺人者の女が茶々を入れに来たのか? ……と思ったが、両方とも違った。


 入ってきたのは、大きめのパーカーを着た少女だった。

 なぜかフードを目元まで深く被り、マスクまで付けている。おかげでシンヤ達からは、顔が全くと言っていいほど分からない。

 体つきから、マリアやユイと変わらない歳の女性ということは察せられるものの、何か妙だ。


「あのー……」

 どちら様でしょうか。とマリアが問う前に、パーカー少女が低く……くぐもった声で遮った。


「あんた達を……………解放する」


「「「――――っ!?」」」

 この展開は、あまりにも予想外過ぎた。

「はい、これ使って」

 と、少女は有無を言わさず武器と弾薬を投げつけてくる始末。

 渡されたのは、古い型のアサルトライフル。見張りが持っていた物と同じだが、連合軍の主力アサルトライフルとは同口径で、使い勝手自体は申し分ない。……が、今それは問題ではない。


「見張りは全員気絶させておいたけど、気付かれるのは時間の問題。……まぁ、ここにいる連中の殆どは実戦経験皆無だから、ホプリテスさえ避ければ多分大丈夫。あとは好きにやればいい」

「え、ちょ」

 もう何も用はないとでも言わんばかりに、パーカー少女はさっさと部屋を出ていこうとする。


 もちろん、シンヤ達も黙って見送るわけもなく、扉に手をかけた少女の肩を掴んで引き留めた。

「おい、助けてくれるのはありがたいけど、君はいったい誰なんだ!?」

「放して……ッ!」

 小柄な体格からは想像できない程の力で、肩を掴んだシンヤの手が振りほどかれる。

 その瞬間、今まで抑えていたであろう少女の声が、素と思われる女性らしい声に戻った。


 ――


「…………おい、お前……」

 シンヤは言葉に詰まり、

「うそ……」

 マリアは息をのみ、

「こんな……ことが……」

 ユイはその場にへたり込む。

 目の前の現実が、過去の悲劇が、渦を巻くように溶解していく。


「あーあ、バレちゃったか……」

 一方のパーカー少女は、『こんなはずじゃなかったのに』とでも言いたげた様子で、ゆっくりとフードをとり、マスクも外した。

 男勝りの凛とした目、キュッと引き締まった口元、特徴的な赤髪サイドテール。それら全てが露わとなる。


「なぜ……お前が……生きて……ここにいる……!」

 第一次ワンリー攻勢において、ライノ・トーチやルカ・クロードと共に散ったはずの、が目の前に存在しているのだ!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます