1章「囚われて」

 気を失ってからの記憶は、非常に断片的でしかなかった。

 最初に気が付いた時には、手足をロープらしき物で縛られ、口と目はテープで塞がれており、既に身動きも声を上げることもできなかったのだ。


 ただ、エンジン音やタイヤの音、体が縦揺れする感覚から、殴られた時に乗っていた軍用トラックに乗せられ、どこかへ運ばれていることは理解できた。同時に女性のうめき声も二人分聞こえ、マリア・フロストとユイ・キサラギも、同じように拘束されて運ばれていることも分かった。……だから何だ、とも言えるが。


 それからしばらくして、ようやく目のテープを剥がされる機会があった。おそらく、こちらがどういう人物なのか確認したかったのだろう。

 しかしながら、テープが剥がされた時の痛みと、急激に差し込んだ光で視界はぼやけており、周りに集まっている人影が辛うじて見えたくらい。それもまた、すぐに薬品を嗅がされて眠らされた。


 朦朧とする意識の中で、シンヤ・ナカムラを埋め尽くしていた想いは様々。

 自分は殺されてしまうのか……死んだらどうなるのか……連れ去られた母や父や姉は今、何をしているのか……マリアとユイだけでも助けられないのか……。

 直接敵と対峙した時とはまた違う、不安と恐怖で押しつぶされそうになってしまった。



 そして、最初に気を失ってから何日が経っただろうか。

 ほとんどが眠らされた状態で感覚が掴めなかったが、今の状況だけは鮮明に分かる。

「――んで、今は三人仲良く監禁状態ってか」

「そうなるね」

「うん」

「「「…………はぁぁぁ……」」」

 揃って盛大にため息を吐く、シンヤとマリアとユイの三人。

 連れ去られた彼らは今、粗末な服を着せられ、小さな部屋にまとめて閉じ込められていた。各々、壁を背にしてうずくまったり、申し訳程度に置かれていたパイプ椅子を弄んでいたりしている。


 部屋は日本で言うところの六畳ほどで、あとはトイレがあるくらい。壁と床はコンクリート製。家具といえば、椅子と机が一式と三人分の毛布が放り込まれているだけ。当然、装備はすべて取り上げられていた。

 天井近くに照明代わりの窓はあるが、格子がはめられており脱出は不可能。先ほど机を踏み台にして外を見ようとしたものの、格子の外側には磨りガラスがあった。

 出入り口は一つ。扉は木製のため出ようと思えば壊して出られるだろうが、その瞬間見張りからマッハで蜂の巣にされるに違いない。


 ――それで、身ぐるみ剥がされて監禁までされて、いったいどんな酷い扱いを受けたかというと、何もされていない。部屋に放り込まれてから、半日は経っているというのに。

 それが寧ろ、三人の不安を増大させていった。


「…………しりとりでもしない? 暇だし」

「うん」

「よかよ」

「じゃあ、しりと【り】」

「【リ】ンチ」

「…………………………チンパン【ジ】ー」

「【自】白剤」

「ごめん、俺が悪かった」


 こんな調子である。そもそも、何処に連れてこられたのかも分かっていない。

 拷問をされるのではないか、戦争が終わるまで重労働でも強いられるのではないか、もしくは――。

「ああっ、くそッ!」

 やり残したことだらけだ。こんなところで、人知れず終わるわけにはいかなかった。


「……それにしても、あの女の目的は何なんだ。わざわざ俺達を生かしておくような、慈悲深い人間だとは思えないんだけど」

「あの女? あ、私達を気絶させて、連れ去ってきた人のことね」

「私は、わけも分からんうちに殴られてしまったとですけど……。シンヤさんは、その人の正体を知っとるんですか?」

「あぁ」

 忘れたくても忘れられない、あんなに殺意に満ち溢れた声は。

「聞くだけで背筋が張り詰めるような、奴の甘くて冷たい声……あれは――」


 あれは間違いなく。と繋げようとしたとき、入口の扉が開いた。

「ふーん。改めて見ると、本当に普通のジャップって感じね。とてもじゃないけど、生身で四回もエースと戦った兵士様にはみえないわねー」


 あの時と同じ、甘くて冷たい女の声だった。

「「「…………ッ!」」」

 そこには、一人の女が立っていた。自信に満ちているかのように、片手をくびれた腰に当てている彼女は、分隊の中では年長にあたるケイ・ラシェールと、さほど変わらない若さと美貌の持ち主。

 普段は戦闘服を纏うシンヤ達とは対象的に、私服と思われるカジュアルな格好をしており、すらりとした脚も剥き出しにしている。


「ちょっとー、そんなに身構えなくても。とって食おうってわけでもあるまいし」

「テメェ……」

 今にでも殴りかかろうかと、シンヤは後ろ手で椅子に触れる。だが、相手が拳銃を持っていることに気づき、そっと手をひいた。

「あんた、シンヤ・ナカムラでしょ? ほんの最近配属された連合軍の上等兵で、一八歳」

「……だったらどうした」

 個人情報ダダ漏れじゃないか! という文句を飲み込み、真っ直ぐに相手の目を見る。


 思えば、敵兵と面と向かって会話するのは、初めての経験だった。

(この『人間』が敵……)

 自分達となんら変わらない普通の人間なのに、今なお殺し合い、片やほとんどの連合軍将兵は、何のために戦っているのかも分からないまま死んでいっている。これまで深くは考えてこなかったものの、今更ながら恐ろしくなってきた。


 ――ただ目の前にいる女だけは、

「俺達を拉致して何をするつもりだ。

 普通の人間であって、たまるものか。


「へぇ~、やっぱり分かってたんだ」

「当たり前だッ! テメーとは、中華前線基地で一度会話してるからな! おおかた、ブービートラップで小破まで追い込まれた時に、脱出して連合軍に紛れていたんだろうさ!」

 数多の連合軍兵士を、まるで蟻を潰すかの如く無慈悲に蹴散らし、殺しを愉しみながら進撃してきたエース機デビルマゼンタ。目の前にいる女は、そのパイロットであった!


「あの壊れたアトラスに乗っていたのが、シンヤ・ナカムラだと分かった時は驚いたけどねー。アタシも」

「それよりも質問に答えろよ。俺達をどうするつもりだ!?」

「というか、なぜシンヤ君に目をつけているの?」

「そもそもの話、あなた達の目的は何なん!? どーして、こげな侵略ば繰り返すとね!?」


 強気な姿勢をとるシンヤ達三人。最初は余裕そうにしていたデビルマゼンタのパイロットも、これを見て次第に眉がピクつく。

「はぁ~~~~!?」

「「「…………っ!」」」

「アンタ達、自分の立場を分かってんの!? いい加減ぶち殺すわよ!?」

 脅しとは思えない殺気が、一瞬にしてシンヤ達に襲い掛かってきた。


 どうやら、殺すなという命令でも受けている様子だが、ふとした弾みで拳銃のトリガーに指をかけかねない。

(それも、相手はあのデビルマゼンタだ。必要以上に刺激するのはマズイ……)

 言いたいこと、訊きたいことは山ほどあったが、とりあえずシンヤ達は一歩身を退く事にした。


「すまない、混乱していたんだ……」

「ふん、分かればいーの。てかアンタ達連合軍は、何のために“アタシ達”と戦っているのかすらも分かってないわけ? ウケるわー」

「どういうこと……?」

「だからって教えるわけないでしょ」

 ぶっきらぼうにマリアを一蹴し、デビルマゼンタのパイロットは、机に女王様の如く腰掛けた。


「ま、それ以外なら答えてあげてもいいわよ。むしろ話すつもりだったし」

 そこで再び、彼女の雰囲気がガラリと変わった。今までの、おちゃらけた中にも殺気を含んでいた様相とは異なり、少し落ち着いたように見えるほどに。


「シンヤ・ナカムラ、そしてその仲間……アンタ達はやり過ぎたのよ」


「えっ」

「ん?」

「うん?」

 三人は揃って困惑した。

 やり過ぎた、なんてまるで意味が分からない。自分達は、ただ死ぬ物狂いに……。

「エース――つまりアタシ達が、この短期間で四回も打ち破られ、うち二回はパイロットが戦死する事態にまでなった。その中心には、必ず“ある人物”がいた」

 ………………………………………え?

「それって……」


「そう。ソルジャーランキング入りしているわけでもない、ましてや戦車兵でもない、ただの日本人のガキシンヤ・ナカムラがね」


 これには流石に、頭を抱えるしかなかった。

「な……な……何の罰ゲームですかそれはああああああ!!?」

 そして、堪えもせずにデビルマゼンタのパイロットへ掴みかかり、

「なにすんのよ! このゴミ屑!」

「ぎゃっ……」

 容赦なく鳩尾を蹴り飛ばされて、部屋の隅まで無様に転がされた。


 シンヤは転がされつつ、今しがた言い渡された、絶望的なまでの不条理にも打ちのめされる。

(やり過ぎたって、そういうことかよぉ……っ!?)

 つまりシンヤ達は、まったくの無名且つただの歩兵でありながら、四度に渡ってエースを退けたことで、敵勢力に目をつけられてしまったらしい。


 こんなことがあっていいのか? 自分達はただ、前に進むべく――。

 ホワイトレイヴンを退け、

 ブラックフェアリーの気を引き、

 デビルマゼンタを足止めし、

 レッドオーガに一矢報いた。

 ……それだけなのに。ひたすら死ぬ物狂いで戦ってきただけなのに。


 だが改めて考えてみると、相当なことをやってのけてきたとも頷ける。

 仮に、シンヤ達が敵勢力のメンバーだったとしよう。この場合エースは、連合軍でいうところの将軍クラスに置き換えられる。

 するとどうだ? シンヤ達は、将軍二名に暴行を加えてまんまと逃げ延び、さらに二名の殺害を補助したことになる。ある意味、レッドオーガよりも注目される存在になるかもしれない。


 それでも、納得なんてできるわけがなかった。

「――ったく、実際にやられたアタシですら、こんなのが脅威だなんて、認識したくないっつーの!」

 デビルマゼンタのパイロットは、ポリポリと頭を掻いて顔をしかめた。

 対するシンヤは、転がったまま立ち直れていない。あまりにショックが大きかったのだ。


 そんな彼の代わりに、マリアが「ちょ、ちょっと待ってよ!」と詰め寄る。

「たしかに私達は、相当なことをやったかもしれない。でも、拉致される理由にはならないよ!」

「じゃあ、ここで死んどく? アタシはそっちの方がいいけど?」

「うっ、それは……」

 拳銃をクルクルと回してガンプレイを始めた悪魔に、上官へ臆することなく嫌味を投げたマリアすらも、言葉を飲み込んでしまう。


「まぁ正直な話、どうしてこんなことをしなきゃいけないのか、アタシにも詳しくは分かんないわー。ただ、生かしたまま連れ去ってこいって言われただけだしー」

「…………じゃあ、いったいどういうことだよ」

 ようやく立ち直ったシンヤが、ユイの肩を借りつつ起き上がる。

「俺達が“やり過ぎた”ことが、何の関係があるっていうんだよ」

 話が複雑過ぎて、因数分解すら苦戦するシンヤの脳では理解が追いつかない。マリアやユイだって同じだろう。


 そんな彼らを、デビルマゼンタのパイロットは哀れそうな目で見つつ、こう言い放った。

「だってさー、そのせいでに目をつけられたんじゃないの? この命令を出したのも、あの方だしね」

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