13章「キュクロス」

 ロベルトが御すファントムアインは今も、レッドオーガと付かず離れずの距離を保っている。うかつに仕掛ければ潰されることくらい、ロベルトも承知なのだろう。

「戦車王が敗れたら、今度こそ本当にお終いだ。もう一刻の猶予もない。俺の合図で、奴のコックピット目掛けて撃て。ヘヴィランサーで御膳立てしてやる……奴に見切られなければの話、だがな」

「……了解です」

 連合軍の未来が、愛する者を救えるか否かが、この一射にかかっていると言ってもいい。


 ふとシンヤが後ろを振り返ると、仲間達が揃って無言で頷いた――『お前を信じる』と。

「五秒前!」

 エルダーのカウントダウンが始まった。彼自身も、辛うじて使える右手で発射機を操作し、レッドオーガを捉え続けている。

「……よん! ……さん!」

 狙いは胸部。ヘヴィランサーが上手く装甲を剥ぎ取れば、一〇五ミリ砲でも充分に通用し、のけぞらせて隙を作れるだろう。


 そして――。

「……! ……いち!」

 『いち』のタイミングで、エルダーがヘヴィランサーを放った。バシュゥゥ! と、弾頭が大蛇の如く軌道を調整しながら、猛烈な勢いで標的へと向かう。

 そのあとを追うように、

「ゼロ!」

「喰らってくたばれーーーーッ!」

 対戦車砲から徹甲弾が、凄まじい砲声と共に撃ち出された。

 秒速二〇〇〇メートル。人の眼が辛うじて捉えられる程度の高速光弾が、少し明るみだしてきた闇夜を突っ切っていく。


 レッドオーガは、反応するそぶりを見せない。というか、反応している暇がないのかもしれない。優位に立ち回っていようとも、相手のファントムアインが相当の手練であり、一瞬の隙が命取りだと分かっているはずだからだ。

 そんな真剣勝負に割り込む、ヘヴィランサーと一〇五ミリ徹甲弾。


「「「いっけええええええええええええええええええ!!」」」

 皆が叫んだ。叫ばずにはいられなかった。


 それに呼応するように、二つの光は、瞬く間にレッドオーガの目前へと迫った。

《…………!》

 しかし、ようやく反応を見せたレッドオーガがとった行動は、またしてもシンヤ達に衝撃を与えた。迫り来る二つの脅威に向かって、右手に持っていたもの――つまり無反動砲を投げつけたのだ!


「「「な……」」」

 再び言葉を失うシンヤ達とエルダー。

 投げられた無反動砲は、ヘヴィランサーと衝突して誘導を断ち切ってしまった。本来は衝撃拡散装甲を引き剥がすはずの強烈な高音が、虚しく辺りに響きわたっていく。

 ただ、さすがに続く徹甲弾は対応できず、狙い通り甲高い音と共に胸部へ突き刺さった。


 ヘヴィランサーの御膳立てを失った今、徹甲弾は小さな被弾痕を刻み、ほんの少しだけレッドオーガを怯ませることが精一杯。……いやそれでも、シンヤ達は充分に目的を果たした。無反動砲を投げた動作、そして徹甲弾を受けての怯み。三秒どころか、四秒の隙を作ったのだ!


『う、おおおおおおおおおおおッ! 突っ込めぇプラースゥゥ!』

 その僅かな隙を逃さず、ロベルト車が突撃していった――レッドオーガにではなく、レッドオーガの足元に転がっている物へと。

 それは、無反動砲を受けて粉砕されて残骸と化した、旧世代戦車だったもの。


「あぁ……!」

 これと同様の光景を、シンヤは見たことがある。黒い妖精ブラックフェアリーを討ち取った、あの忌まわしき場所で。

「アレに反応できる訳がねぇ!」

「お願い! きまってーーっ!」

 身を乗り出してまで懇願する、同じく“あの場面”を見ていたパルターとマリア。

「~~~~っ」

 黙ったまま、唇を噛んで成功を祈るケイ。

「え、えっ? なに?」

 何が起こるのか分からず、ただ困惑気味に見守るのはユイ。


 レッドオーガは、まだ怯みから立ち直れていない。足元に迫るロベルト車の存在には、とうに気がついているだろうが、機体性能が追い付いていないのだ。

 そこへ突入していく一匹の猛獣。惨めに潰れた味方戦車の亡骸に、充分な速度をもって乗り上げた。


 ――総重量六〇トンの巨体が、ふわりと浮かび上がる。


 この瞬間の、ロベルト車の砲口とレッドオーガの胸部までの距離……わずか三メートル。

『オラァァァア!』

 それほどの至近距離で、連合軍が誇る一六〇ミリ滑腔砲が火を噴く。

 接射と呼んでも差し支えない、逃れることなど不可能な距離での砲撃! 今度こそ、最強を討ち取れるはずだった!


 ――なのに、

『あ、が……ぁ……!』

 砲撃とほぼ同時に、ロベルト車は鈍い音をたてて地面に叩きつけられた。


「なん……だと……」

「そ、そんな!」

 キャタピラをはじめとするモジュールが幾つも弾け飛び、無残に地面へめり込んだロベルト車を目の当たりにし、シンヤ達は完膚なきまでに打ちのめされる。


 いったい何が起こったのか。

 三メートルの距離からの砲撃など、間違いなく回避不可能。が、レッドオーガは接射を回避するのではなく、なんと強引に右腕でロベルト車に掴みかかり、ねじ伏せたのだ。

 その代わり、盾にした右腕は肘の辺りに被弾してしまったようで、桁外れの貫通力によって途中から切断されている。肘から先は、ロベルト車を掴んだまま地面に落下していた。


 普通なら予測できない攻撃を見切られてもなお、戦車王は意地をみせたのだった。しかし、

(…………だから、なんだって言うんだ)

 腕一本失ったとて、残っている戦力を潰すくらい、レッドオーガならば造作もないに違いない。それに、敵基地に帰還しようものなら、新たな機体に乗って再び現れるだけだ。


「終わった――」

 力を振り絞ってヘヴィランサーを撃ったエルダーも、眼前の状況への絶望と流血で意識を失い、ばたりと倒れ込んでしまう。

 ロベルト車以外にも、ファントムアインは四両生き残っていたはずだが、戦意喪失して撤退を開始しているようだった。

「……くっ」

 たった一機に、何もかもが覆された。片腕を失って弱体化していても、レッドオーガに立ち向かおうとする者は、もはや誰もいなかった。


 そしてさらに、最悪なことは連鎖していく。

「新手だわ! 別のアトラスらしき機影が、こっちに向かってる!」

 マリアが震え混じりの悲痛な声を上げ、朝日が差し込み始めた一点を指差す。見ると確かに、アトラスらしき巨大な影が一つ、猛烈な勢いでこちらに走ってきていた。

「敵の増援……こんな時に!」

 考えてみれば、レッドオーガをおびき出した口実は、新型兵器のテストと高級将校のお忍び視察。敵もこの機を逃すまいと、万が一に備えて増援を用意していてもおかしくはなかったのだ。


 こうなった以上、あとはレッドオーガと増援に潰されるのが関の山。残された道は、撤退しかなかった。

「行くぞ、みんな」

 分隊員の命を預かるパルターが、途方に暮れるシンヤ達を冷徹に促した。固く握り込んだのか、その手には爪の跡が刻み込まれていたが。


「くっそぉ……!」

「…………シンヤ君……」

 悔しさが溢れてきて止まらない。何のために、兵士達は死んでいったというのか。

 この先再びレッドオーガが現れ、鬼神の如き強さで何百何千という人間を屠るだろう。それを阻止することができたのは、今この瞬間だけなのに。


 と、そんな時、背負っている通信機から男の声が溢れた。

『連合軍将兵の諸君、ここまでよくやってくれた』

 ……………………誰だ?


 声色から分かる、いかにも歴戦の老兵という雰囲気。……どこかで聞いたことがある。

『諸君らの意思は受け継いだ。レッドオーガは、私が討ち取ってみせる』

 救援だろうか? しかし、周りにはそれらしき戦車や航空機はいない。


 ――いや、一つだけそれらしきモノがあった。今まさに、シンヤ達を絶望きぼうへと追いやったモノが!

「「「まさかッ!?」」」

 こんな展開が、現実にありえるのか。


『こちらは、アレクサンドル・カイザー。これより、強襲機動歩兵[キュクロス]にて参戦する』


 その通信は、敵の増援と思われていた巨大な影から発せられたものだった。


 ***


 国際統一連合軍試作兵器、強襲機動歩兵[キュクロス]。

 鹵獲したアトラスをベースに、衝撃拡散装甲の評価・人型であることの有用性・アトラスへの対抗戦力となり得るかなどの実験として、有坂重工の全面協力を得て少数が秘密裏に開発生産された、連合軍製の巨大人型兵器。


 全高二〇メートルなのは同じだが、プロレスラーのようにずんぐりとしているアトラスとは対象的に、機動性を重視したスマートな体格。白と青を基調とした清潔感のある装甲と、淡い光を放つバイザータイプの頭部メインカメラが、連合軍の清き正義を象徴しているかのようだ。


 なぜ、そんなものが今になって現れたのか?

 それは、オーストラリア戦線にてテスト配備された内の一機を、この作戦に参加した味方にも極秘で、に運び込ませていたからである。

 すべては、連合軍にとって最大の脅威である、レッドオーガを確実に討ち取るために。


 そんな救世主キュクロスに搭乗する男――東アジア方面軍少将アレクサンドル・カイザーは、突進速度を上げながら目の前の怨敵を睨んでいた。

「この時を待っていたぞ、レッドオーガ! 貴様に敗北を喫したあの日から、ずっとな!」

 まだ連合軍が創設されていなかった二年以上前、旧ロシア軍がレッドオーガによって決定的打撃を受けたあの日のことを、彼は忘れたくても忘れられなかった。


 次々と死んでいく部下や戦友達、それを止めようと必死に抗っても変わらない現実。すべてが終わった時に襲ってきた、果てしない虚無。

 すべてはアイツのせいだ、アイツさえいなければ!

「ぬぅぅぅおおおおおおおおおぉぉぉ……ッ!」

 静かな雄叫びと共に、キュクロスが装備している主兵装を、突進したままレッドオーガに向けて連続して撃ち放つ。


 九〇ミリバトルライフル――キュクロスの標準装備として開発された、高火力の銃器型ライフル砲。旧世代戦車の主砲を、装薬量も抑えずそのまま連射可能にしたような、正真正銘の火力お化け。

 ファントムアインの一六〇ミリ滑腔砲のように衝撃拡散装甲を貫くことはできないが、アトラスの七六ミリマシンガンよりも瞬発火力は高く、確実にダメージを蓄積させる。


 当然レッドオーガは反応したが、度重なる損傷で動きが鈍く、本来は易々と回避できるはずの砲弾を数発受けてしまう。

 着弾した砲弾群は、ガガガッ、と耳障りな金属音を奏でて装甲を削り、レッドオーガはコンマ以下数秒怯む。

「ロベルト大尉をはじめ、数多くの将兵が命を懸けて刻み込んだ傷……無駄にはせんぞ!」

 その隙に一気に踏み込み、撃ち尽くしたバトルライフルを捨てつつ、背負っていた予備兵装を引き抜き、レッドオーガに叩きつけた!


 その名も[襲撃者の戦棍レイダーメイス]。長さ一〇メートルにもなる、巨大な鋼鉄の棍棒だ。

 熱によって溶断する対装甲ブレードとは全く異なり、純粋且つ破壊的な振動を与えることにより、衝撃拡散装甲を無視して制御機器やパイロットごとミンチにするという、キュクロスの洗練された外見からは想像できないコンセプトを持つ。


 そんなものを、なんの躊躇もなく、両手で思いきり叩きつけたのだ。

 レッドオーガもやられるばかりではなく、残っている左手に持っていた対装甲ブレードで受け止めた。対装甲ブレードが発する高熱と反応し、青白い火花が散る。

 ただ、あまりの衝撃と片腕のみでの防御であったためか、完全には防ぎ切れず体勢を崩してしまう。


「おそらく、同じ巨大人型兵器を相手にするのは初めてだろうに、反応できているのは流石としか言えない。が、やはり……あの時よりも衰えているな」

 ロベルト達との戦闘で疲弊しているとはいえ、二年以上前に交戦した時のレッドオーガは、こんなものではなかった。こんな生温い強さではなかった!


「……何があったのかは知らんが、容赦などあり得ん! 貴様は他のエースと違って、のだからな!」

 そうだ。レッドオーガのパイロットがどういう人物なのか、カイザーは知っていた。

(コイツは、ただ馬鹿げた強さを持つだけの人間ではない)

 万が一にも、コイツを生かしておく訳にはいかないのだ。


 しかしレッドオーガは、この期に及んで抵抗をやめなかった。一度体勢を崩してもなお踏みとどまり、起き上がる反動を利用して、対装甲ブレードをキュクロスの腹部に突き刺してきた!

「ぬ、お……!」

 電子機器がショートし、異常を知らせるアラームが鳴り響く。かなり深刻なダメージだ。


 それでも、カイザーとて負ける訳にはいかない。やられたらやり返すとばかりに、対装甲ブレードを突き刺した左腕をがっちり掴み、そのまま脚をかけてレッドオーガを転倒に追い込む!

「捕まえたぞ。イレギュラーめ」

 ぐぐっ、とレッドオーガを地面に押さえ込み、キュクロスの全重量をかけて完全に拘束せしめた。


 実は、はじめからこの“拘束”が目的だった。


 聞こえてはいないだろうが、カイザーはレッドオーガにこう問うた。

「なぁ……[レールガン]というものを知っているか? 二本の導電性レールに電気を流し、発生した磁界でレール間の弾体を音速の数倍で飛ばす艦載兵器――というのが、世界中の軍事組織が目指したレールガンの常識だ」


 レッドオーガは抵抗を続けているが、カイザーは構わず続ける。

「実はな、連合軍は既にレールガンを完成させていたんだよ、ほんの数ヶ月前にな」

 そう、世界中の軍事力を結集した国際統一連合軍が、何もファントムアインやキュクロスだけしか開発しなかった訳ではないのだ。


「……ただこの連合軍製レールガンは、さっき言ったような可愛い代物じゃない。亜光速にまで達した弾体は、着弾点にあるモノを消し去るほどの破壊を生み出す。そして、この機体を運んできた海軍艦艇の中に、。これがどういう意味か、分かるだろう?」

 もはや、カイザーが何を狙っていたのか、説明するまでもない。


「貴様をレールガンで消し飛ばせるようにするため、キュクロスの巨体による拘束力が必要だった。だからこそ、海軍の行動を徹底的に隠し、目の前で味方が死んでいくのをじっと耐え、貴様に接近できるようになるまで待っていなければならなかった。……この怒りが分かるか? 貴様を滅せられるなら、こんな老いぼれの命などくれてやる!」


 それだけ吐き捨てて、黄海で待機している海軍に信号を送った。

 作戦に参加している海軍艦艇には、いかなる状況であろうとも、信号を受信次第レールガンを発射せよと伝えている。まもなく、亜光速の弾体が目にも留まらぬ速さで飛んできて、自機ごとレッドオーガを消し去ってくれるだろう。

(これでいいんだ。『大罪人』の最期なんて……)

 もう、レッドオーガが中華前線基地に現れた時から、覚悟は決めていた。


 だがその前に、やっておくべきことがあった。先ほどから開いていた通信に、静かに語りかける。

「シンヤ、マリア、パルター。聞こえているか」

 それは、かつて親交を深めた若き兵士達への遺言だった。


『こちらシンヤ・ナカムラ、聞こえます! そんなことより、早くそこから離れてください! レールガンが飛んでくるんでしょう⁉ だから――』

「お前達に一つ、言っておくことがある」

 応答したシンヤを遮り、カイザーは続ける。


「第一次ワンリー攻勢で無茶な作戦を通し、お前達の仲間――ライノ・トーチ、レティシア・テイル、ルカ・クロード、その他大勢を死に追いやったのは…………私だ」


 本当は言いたくなかった。むしろ、ここを死に場所に選ぶことよりも嫌だった。

 そして当然だが、シンヤは戸惑いを隠せず訊き返してくる。

『それは……どういう……!』

「……じきに分かる。だが全て、連合軍の勝利の為にやったことだ。私はそう信じている」

 弁解にもなっていなかったが、説明している時間も心の余裕もなかった。


 抑え続けられているレッドオーガが、最期の力でキュクロスを押し退けようとしている。が、もう遅い。

 カイザーは、まだ脱出を懇願しているシンヤを含めた周囲との通信を一方的に切り、レッドオーガの赤く光る眼を睨んで呟く。


「消えろイレギュラー。私と共にな」

 その直後、亜光速にまで達した弾体が飛来し、何もかもを消し去った。

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