11章「その赤鬼、強暴につき」

 だがロベルトは、そんなことでへこたれはしない。初撃で得た優位ごと覆されようと、まだ負けが決まったわけではないからだ。

「“最強”を相手にしているんだ。こんなもんじゃ……終われねぇ!」

 王が折れたら、誰が脅威に立ち向かえるというのか。レッドオーガを放置すれば、連合軍は再び多大な犠牲を払うことになる――それを阻止できるのは、この場にいる自分達だけなのだから!


 大いなる目的を達成するべく、仲間の犠牲を顧みず、ロベルトは次なる布石を打つ。

「予定通り、まずは取り巻きから排除する。各車、調子に乗って突撃してくる二機のデカブツを狙え。キャニスター弾、一斉射ッ!」

 キャニスター弾――接近する歩兵を排除する能力を持った砲弾で、発射後に大量の鉄球をばらまく。散弾と言ってもいい。

 そんな砲弾がロベルトの指示のもと、一六両のファントムアインから次々と放たれ、突進してくる二機のアトラスへと豪雨の如く降り注ぐ。


 しかしながら、所詮は対人用の砲弾。アトラスを覆う衝撃拡散装甲を貫くどころか、足止めの効果すら皆無。『アトラスに対抗する』というのがコンセプトであるファントムアインに搭載すべきなのか、一時期物議をかもしたレベルでなのだ。

 現に一斉射を食らい続けるアトラスは、そよ風でも吹いたのかとでも言わんばかりに進撃を続けている。


 ――自分の運命が、もう決まってしまっていることも知らずに。


《…………!》

 パイロットが異常に気が付いた時には、既にロベルトの術中に嵌っていた。なんと、快調に走っていたアトラスの巨体が、急に身体中に楔でも打ち込まれたかのように鈍り、ギギギと異音を発しながらその動きを止めたのだ。

 当然、戦車隊がその好機を逃す筈もなく、

「撃てぇぇええ!」

 アトラスは間髪を入れずに叩き込まれた、一六〇ミリ徹甲弾の餌食となった。


「へっ、戦場に人型機動兵器なんかを持ち込んだ報いだ! 駆動部だらけの兵器なんて、巻き込みのリスクばかりじゃねぇかよ、阿呆が!」

 アトラスの動きが急に鈍ったカラクリとは、人型ゆえの駆動部の多さにある。キャニスター弾がばら撒いた何千もの鉄球のうち、いくつかが関節などに巻き込まれて動きを阻害したのだ。突進を続ける標的を確実に止めるため、こんな戦法をとったというわけだ。

 無論、そんな小細工が何度も通用するほど、アトラスは生半可な兵器ではない。一六両にもなる戦車が、たった二機に対して集中攻撃したからこそ成功した戦法である。


 さて、これで敵は五機にまで減ったが、まだまだ予断を許さない状況は続いていた。仲間を殺られて激昂したのか、敵部隊が猛攻撃を仕掛けんと動いたのだ。

『警戒! ロックオンされた!』

 味方戦車兵の怒号が飛ぶと同時に、ロベルト車にもレーダー照射警報がけたたましく鳴り響いた。この後に敵が仕掛けてくる攻撃は、容易に予測できる。


「ちっ、ミサイルが来るぞ!」

 ロベルトの言葉通り、レッドオーガを除く四機のアトラスが一時停止し、脚部に装備したミサイルランチャーを……なんと全弾撃ち放ってきた。

 一つのミサイルランチャーは三連装、それを両脚に装備しているのだから、合計弾頭数は二四! それも、炸薬量の多い対地・対戦車用だ。相手は死ぬ。


『な……全弾だと!? ロベルト大尉、いったいどうすれば!?』

『このままではやられます!』

 ミサイルという人類の叡智が、戦車兵達を喰らおうと襲い掛かってくる。足の遅い戦車が逃げ切るのは、ほぼ不可能!

 一応、ファントムアインに搭載されている発煙弾発射機スモークディスチャージャーを使えば、様々な能力を付与された煙幕でミサイルの誘導を弱体化させることも可能ではある。だが煙幕は、後の戦術でレッドオーガを仕留めるために温存する必要があったのだ。なにより、全弾など捌ききれない。


「……ミサイルを小出しにするなら対応策はあったが、後先考えずに全弾撃ってくるとは……っ!」

 流石のロベルトも頭を悩ませるが、瞬時に打開策を導き出し実行に移す。

「ええい、焼け石に水だがやるしかない。全車、キャニスター弾と主砲同軸機銃を一斉発射!」

『同軸機銃でありますか!?』

「いいから撃ちまくれぇ! 死にたいのか!」

 そう指示を飛ばし、ロベルトはキャニスター弾を撃つと同時に機銃も乱射した。

 するとどうだろう。キャニスター弾の大量の鉄球と、機銃から放たれる何百もの銃弾が濃密な弾幕となり、ロベルト車へ迫るミサイルを一つ残らず叩き落としてしまったではないか! つまるところ、即席のCIWSシウスだ。


『やりますねぇ!』

『我々も戦車王に続けーーっ!』

 ロベルトの離れ業に感心し、他車両も次々に即席CIWSを敢行する。しかし――。

『や、やっぱり無理……ひぐわあああああ!』

『来るなぁ! 来るなあああああああああああ!』

 戦闘機ですら回避困難な人類の叡智を、そんな現実離れした業で打ち砕くのは容易ではなく、ロックオンされた車両の実に半数弱が爆発と共に消えた。


 しかも、被害はそれだけに留まらなかった。

『注意! 一〇時方向から、レッドオーガ急速接近!』

「なにぃ!?」

 完全にしてやられた。ミサイルに気を取られていた隙に、レッドオーガは後退中の戦車隊の横っ腹へ回り込んでいたらしい。それも、今まで誰も気づかなかったくらい迅速だ。


 当然、左翼側にいた戦車が標的となり、絶対な破壊力を誇る二〇〇ミリ無反動砲が向けられる。

「くっそぉ、追いつかれた!」

 ロベルトも何とか援護を試みるが、他のアトラスからの制圧射撃に阻まれてしまう。

 先ほどのミサイル一斉攻撃といい、この見計らったような制圧射撃といい、間違いなくレッドオーガによる指揮だ。


『くそ! くそっ! くそっ!! くそッッ!!』

 レッドオーガの標的となった味方戦車は、攻撃させまいとヤケ気味に砲撃を繰り返すが、未来予知でもしているかのように軽々と回避され、一発も掠りもしない。

 当のレッドオーガはというと、見苦しいぞとでも言わんばかりに……無慈悲に無反動砲を放ち、悪足掻きをしていた戦車を、あっという間に消し飛ばしてしまった。


『…………ふ、ふざけんなよ……』

 あまりの呆気なさに、戦車兵達がこれまで堪えていたモノが爆発していく。

『なんなんだよ! このバケモノがーーっ!』

『刺し違えてやらぁあああアアア!』

 怒りが頂点に達した戦車兵の一部は、作戦を放棄してレッドオーガへと突撃していった。無論、勝ち目などない。

「よせ! まだ作戦は続いて……よせええぇぇぇぇええええええええ!」

 無謀な突撃を敢行する戦車兵達を、ロベルトは声を荒げて制することしかできなかった。



 気がつくと、残っているファントムアインは八両――つまり二個小隊だけとなっていた。このほんの僅かな攻防で、実に半数以上の精鋭達が散っていった。

「ぐ、う……」

 常識では考えられない戦術を詰め込み、精鋭中の精鋭を集めているのに、何もかもが後手に回ってしまう。

『これほどとは……』

 様々な強敵と相まみえ、そして例外なく打ち勝ってきたロベルトとプラースさえも、その絶対的な力に打ちのめされた。


 ――打ちのめされた……のだが、

「…………へっ」

『大尉?』

「へへっ、そうでなくちゃ面白くない! こんなピンチがあってこそ、最強のエース様と闘っているというもんだ!」

 ロベルトは寧ろ、燃え滾る闘志を抑えられずにはいられなかった。久しく忘れていた『劣勢』という高揚感、それが王と持てはやされてきたロベルト・クロスラインのタガを外したのだ!


「オラァァ!」

 遅めの挨拶と言わんばかりに、先ほど制圧射撃をプレゼントしてくれたアトラスに徹甲弾を叩き込む。飛翔の過程で装弾筒が分離し、一〇五ミリや一二〇ミリの其れを遥かに上回る貫通力を持った侵徹体が、胸部の装甲を一部抉った。

 被弾したアトラスはバランスを崩し、地響きと共に尻もちをついてしまう。撃破どころか小破にも至らず、すぐさまシールドを構えられて追撃も叶わなかったものの、ロベルトの鬱憤を晴らすには充分だった。


 それと同時に、残された味方車両を鼓舞する。

「各車、勝負はまだまだこれからだろう!? 作戦を継続する!」

『『『…………っ!』』』

 レッドオーガとの絶対的な差に恐れ慄いていた戦車兵達が、モニター越しに無言で力強く頷いた。もはや生きて帰る気など、毛頭ないという決意を示すように。


 そんな彼らを見てロベルトは軽くニヤリとするが、敵部隊の一部が水を差すが如く突撃してきた。先の砲撃を恐れたのか、もしくは早々に決着をつけようとしているのか、脇目も振らず有利な近距離戦に持ち込もうとしているようだ。

「ふっ、馬鹿め」

 だが、ロベルトは少しも動じない。

「追い込んだつもりで油断したか? たった八両ならゴリ押せると踏んだか? 俺達が、ただ逃げ回るために後退を続けていたと思ったのか!? 追い込まれていたのは……テメーらの方だあああアアア!!」


 次の瞬間、突撃してきたアトラスの足下が吹き飛んだ!


 上向きの衝撃がアトラスの強靭な脚を浮かせ、転倒に至らしめる。……が、倒れた先の地面も爆発して巨体を何度も弄ばれた末、耐えられなくなったアトラスが一機、そのまま動かなくなった。

 次なる罠は、大量に仕掛けられた対戦車地雷だった。いつの間にか、アトラス部隊は地雷原の真っ只中に誘導されていたということだ。


「だから言ったろ、馬鹿めと」

 呆れたように呟き、モニターの一つを軽く叩く。その画面は地形図になっており、地雷の配置も記されている。地雷はびっしりと敷き詰められているが、ところどころ通り道となる安全地帯がある。戦車隊はそこを通過して敵を嵌めたのだ。

 ただ距離をとるためだけに後退していたわけではない。多大な犠牲を要したものの、ロベルトの作戦は一手二手先を読んでいた。


 ただし、肝心のレッドオーガは地雷原に感づいていたのか、直前で歩みを止めて誘導を断ち切っていた。凄まじい洞察力である。

 それどころか、頭部三〇ミリ機関砲を使って地雷を爆破処理してしまい、他のアトラスの安全地帯まで作り上げてしまった。

「流石に、こんな陳腐なトラップに引っかかりはしないか。だがよぉ……」

 それでもいい。これで相手は四機にまで減り、作戦の“最終段階”の成功率がグッと上がったのだから。


 そして次の戦術こそが、最終段階への下ごしらえとなる。

「各車、作戦通りに展開。ここが正念場だ!」

『『『おうっ!』』』

 ロベルトの鼓舞を合図に、後退していた八両が一転、地雷原とアトラス部隊の左右に四両ずつ展開し始めた。

 当然、そんな真似をすれば敵との距離が近くなり、近距離戦を得意とするアトラスから容赦なくトップアタックを喰らうことになる。


 ……それでも、

『はははははっ! 今日は死に日和だぜ――』

『レッドオーガめ、貴様の悪夢も今日まで――』

『祖国と連合軍に栄光あ――』

 戦車兵達は死を恐れなかった。無反動砲やマシンガンを浴びて三両が光に消えても、最期の瞬間まで勝利を信じる言葉を叫び続けていた。


 ロベルトは、そんな勇者達の犠牲を無駄にすまいと、

「スモ~~~~~~ク! すべて撃ち尽くせぇい!」

 散っていった者達の怒りが込もる、全身全霊の指示を飛ばした。

 この指示によって、ロベルト車を含めた五両の発煙弾発射機スモークディスチャージャーから大量の煙幕が放たれる。煙幕は、ただでさえ視界の悪い夜闇を霧のように満たし、態勢を立て直しつつあったアトラス部隊を取り囲む。


 ……突然だが、ここで問いたいことがある。


 最強のエースを倒す一大作戦だと言うのに、連合軍はファントムアイン二〇両しか用意できなかったのか?

 自走砲など、他に機械戦力はないのか? 夜間出撃を了承してくれた空軍は?

 戦車兵や工兵を除いてもなお余る、数百人規模の人員はどうした?

 ――その答えはいたってシンプル。


「敵の視界は塞がった。、一斉に攻撃開始ーーーーッ!」

『『『了解っ!』』』


 地雷原の周囲に塹壕と偽装シートで息を潜めて、狩りの瞬間チャンスを待っていたからである!

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