終章「代償」

「「「……………………………………」」」

 シンヤ達の目の前には、レールガンによって穿たれた、巨大な着弾腔だけが残されていた。カイザーのキュクロスも、レッドオーガすらも、初めから何も無かったかのように消滅していた。

 絶対的な力を振るったレッドオーガは、潰えたのだ……あらゆるものを道連れにして。



 最強のエースの敗北は、今も世界の三分の一を勢力下に置く謎の敵勢力に、いかなる影響を与えるのか。もしかしたら、大して変わらないのかもしれない。

 だが、レッドオーガと相まみえた連合軍は、間違いなく多大な犠牲を払ったことになる。


 この僅か数時間の戦闘による連合軍の損害、計二〇六名。戦死はそのうち九四名にもおよび、参加戦力全体の約二割を損失。

 加えて、ソルジャーランキング入りしている精鋭も多くが負傷し、七名が帰らぬ人となった。


 ソルジャーランキング四位の戦車王ことロベルト・クロスライン大尉、及び操縦手のプラース上級曹長については、軽傷で済んだものの一時戦線離脱を余儀なくされた。第二次ワンリー攻勢への参加は、おそらく不可能だ。

 同じく三三四位のエルダー・ランド中尉にいたっては、重傷を負い当分の間は戦線復帰できないだろう。……部下を、全て失ったショックから立ち直ることができれば、の話だが。


 そして、ロシアの猛将として名を馳せたアレクサンドル・カイザー少将は……戦死した。

 老齢ながら、最強を誇ったレッドオーガを道連れにして、連合軍と今なお避難生活を強いられる人々の未来を紡いだのだ。


「カイザー少将……」

 シンヤは、撤退のため軍用トラックの荷台に座り込みつつも、カイザーとレッドオーガが争っていた場所をずっと見ていた。

 親しかった人物が消えるように死んだというのに、哀しさや虚しさよりも困惑が上回ってしまっている。


《お前達の仲間を死に追いやったのは、私だ》


 カイザーが死に際に残した言葉、それが魚の小骨のように喉に刺さったまま、飲み込めないでいるのだ。

「シンヤ君、大丈夫……?」

「え、あ、うん」

 気がつくとマリアが隣に座っており、マリンブルーの瞳でシンヤをのぞき込んでいた。


「考えてること……多分、私やパルターと同じだと思う。悲しめばいいのか、憎めばいいのか、悩めばいいのか、怒ればいいのかって。今のところ、その答えを私達が知る術はないけどね」

 マリアは「私って頭良くないし」と付け加えて、力なく笑ってみせる。


 すると今度は、助手席に座っていたユイがひょこっと顔を出した。

「私、カイザー少将のことはよく分からんし、場合によっては恨んだりするかもしれん。でも、それで三人が帰ってくるわけでもなかしね。今は、あれこれ考えても仕方なかと思う」

 そう言って、マリアと同じようにぎこちなくハニかんだ。


 シンヤも少しだけ微笑み返し、まだ硝煙の臭いが残る戦場跡から目を背けた。

(……そうだ、考えたって仕方がないんだ。多大な犠牲を払ったけど、レッドオーガを倒すことができた。今はそれで充分じゃないか)

 彼女達に感化されたのか、喉の引っ掛かりがスッと消えていくのが分かる。


「さて、と――」

 完全にではないが、ある程度吹っ切れたシンヤは、ここで一つ気になっていたことを口にする。

「ところで、ケイとパルターはどうした? いつ敵の増援が来るか分からないし、早めに撤退したいんだけど」

 レッドオーガを倒したとて、撤退が完了するまでが戦いである。他の部隊は最低限の片付けを終えた後に次々と離脱を開始しているが、シンヤ達のトラックは、分隊長のパルターと運転手のケイが乗り込んでいない為、まだ発車できずにいたのだ。


 と、そんなシンヤの疑問に対し、なぜかユイが申し訳なさそうに答えた。

「あー、そのことっちゃけど、レールガンが着弾した時の衝撃で、車両か何かの破片が飛んできて、パルターさんの脇腹を抉ったらしいったいね」

「もう突っ込まないわよ……」

「アイツいつも怪我してんな」

 もはや、心配を通り越して呆れるマリアとシンヤの二人。ゴタついて気が付かなかったが、またあの大男は重傷を負ったらしい。


「あはは……。まぁ私が応急処置しただけで血は止まったし、今はケイ姐さんに付き添われて、救護班の車に乗せられとるんじゃないやか」

 そしてこのタフさである。死ぬビジョンがまるで見えない。

「ったく。それじゃあケイが戻り次第出発かな」

 それまでは警戒待機だろうと、アサルトライフルを持ち直す。


 ――その直後シンヤは、奇妙な光景を目の当たりにした。

 先ほどまで普通に会話していたマリアが、

「あぅ……」

 なぜか、シンヤの隣でバタリと倒れ込んだのだ。

「おい、どうした!?」

 慌てて抱き起こし、彼女の華奢な体を軽く揺する。どうやら、息はあるようだが意識がない。


(まさか、レッドオーガとの戦いで、過度のストレスがかかったのか……?)

 大人しいマリアでも、訓練と実戦を積んだ兵士である以上、あり得ないだろうとも思った。

 しかし万が一ということもあり、とりあえずユイを呼ぶことにした。

「ユイ、ちょっと来てくれ! マリアが――」

 そこで言い淀む。なんとユイも、助手席に座ったまま、眠るように意識を失っていたのだ。

(ど、どうなっていやがる……!)

 明らかに普通の状況ではない。


 ただし、その答えはすぐに分かった。


「動かないで」

 カチャリ……と、凍てつくような女性の囁きと共に、銃口がこめかみに突きつけられたのだ。


「うっ……」

 シンヤからは見えないが、銃口の軽さから九ミリ弾を発射できる自動拳銃だと分かる。

「少しでも動いたら、君の頭が吹き飛ぶだけじゃなくて、そこに寝ている子猫ちゃん達も死ぬよ?」

「……なんのつもりだ」

 全身の穴という穴から、汗が滝のように流れ出てくる。が、なんとか平静を保って毅然とした態度をとった。

 シンヤはアサルトライフルを持っているものの、構える前に脳ミソが飛散するだろう。


 女は銃を突きつけたまま、軽やかに言う。

「君に興味が湧いただけだよ? あの雑魚――じゃなくて、ホワイトレイヴンやブラックフェアリーを欺き、挙句君に、ね?」


「……っ!?」

 シンヤは気付く。思えば、この常に殺気を含んだような声にも聞き覚えがあった。

「まさか、お前は――」

 そこまで言いかけた時、後頭部に激しい衝撃を受け、トラックの荷台に前のめりに倒れ込んだ。


 意識が……消えていく……。

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